畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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世界動物の日記念隔日投稿中です。


一二三話:掌の中の映写機

「あー……それな」

 

 すっかりしょんぼりしきってしまっているチベスナに、俺は頭を掻きながら答える。なんというか、居心地が悪い。

 いや、分かってはいたんだよ。

 チベスナにとってムービースター──即ち映画を撮影するってことは、とても大切なことなんだよ。それを行う為の道具であるカメラが使えなくなれば、こうなるってことは容易に想像できた。

 ただでさえ、あのカメラには俺達の思い出が入っているわけだからな。それが使えなくなったとなれば、それだけで精神的にクるものがあろうだろう。

 だから、言いたくなかったしカメラも使いたくなかったのだ。

 

「……はっ。そういえばチーターが最近えいがをとりたがらなかったのは……」

「そうだよ。カメラの電池残量がそろそろ少なくなってきているのを確認していたからだ」

 

 バッテリーの残量が左上に小さく表示されてるんだよね。だから俺の眼から見たら、カメラがあとどれだけ使えるのかは丸わかりなのだ。

 で、そのことを告げられたチベスナは、なんだか釈然としない感じに俯いてしまった。分かる分かる。多分『カメラが使えなくなるって分かってるならなんで言ってくれなかったんだ』って思ってるんだろう。

 確かに、いきなり使えなくなるよりも分かっていた方が覚悟とか、意気込みとか、そういうのができるしな。今回だってたぶんクソみたいなことに使ってるうちにバッテリー切れになったんだろうし。

 ただ、これについてはもちろんちゃんとした理由が存在している。というのも、

 

「まぁ、充電すればまた撮れるようになるし」

 

 ──という事情があるのであった。

 いやまぁ、普通の電化製品がバッテリー切れたら二度と使えないって話はありえないからな。ただ、これには問題があって……

 

「えっまたカメラ使えるんだと思いますよ!?」

「まぁ充電する場所がないとなんともだけどな」

 

 充電すればいいといっても、そもそも電気を使える環境が限られている。それに、カメラのバッテリーを充電する為の機材も持っていない。おそらくジャパリシアターが、そうでなければジャパリ図書館にでもあるんだと思われるが……、

 

「チーター! すぐだと思いますよ!? すぐじゃないと思いますよ!?」

「それはまだ分からん」

「えー!! なんでだと思いますよ!」

 

 …………これである。

 俺がチベスナにバッテリー切れの事実を説明しなかったのも、これが理由だった。つまり、チベスナに包み隠さず説明すると非常にうっとうしいことになるのが簡単に想像できたのだ。そして実際にうっとうしいし。

 

「これを充電する為には専用のアイテムがいるんだよ。チベスナ、これとセットのもんシアターに置いてなかったか?」

「…………?」

 

 うーん、これは長丁場になるか……?

 ……というか、今まで気にしたことなかったが、

 

「そもそもチベスナ、このカメラはどこで手に入れたんだ?」

 

 そこだよな。このカメラ、普通に映画撮影として利用しているから『映画関係のアイテム』と認識しがちだが……本来カメラと映画館って結びつかないものなんだよな。だから映画館以外の場所で発見したと考えるのが妥当なわけだが、だとするとカメラが置いてありそうな場所って、かなり限られてくる。

 一つは、他の平原地方の施設。

 といっても平原地方にはそこまで施設はないからな……。ライオン城と神社跡(ヘラジカたちの縄張りだ)と運動場、それとジャパリシアターって感じで。少なくとも、平原地方にカメラが売っていたりしそうな施設は存在しない。

 というか、ジャパリパークにカメラのような電化製品が売ってそうな場所は大概ないんだけどな……。アーケードもそんな感じじゃないし。とすると、このカメラは職員の私物ということになりそうなのだが──。

 

「としょかんだと思いますよ」

 

 と、チベスナはあっさりと俺の疑問に回答をもたらしてくれた。

 

 そして、チベスナの口から、ついにカメラの真実が語られる──というほど、大仰な話じゃないんだけどな。これ。

 

の の の の の の

 

しんりんちほー

 

一二三話:掌の中の映写機

 

の の の の の の

 

「チベスナさんはフレンズになったあと──まず自分の住処を造ろうと思ったと思いますよ」

 

 チベスナは手の中のカメラを弄びながら、そんなことを話し始めた。

 

「知ってる。高原での話だろ? で、ヒトのサイズに合う住処がなかなか作れなかったから、別の住処を探そうと旅をして、平原地方へ辿り着いた」

「だと思いますよ。でも、すぐにじゃぱりしあたーに行きついたわけじゃないと思いますよ」

 

 そのへんの話は詳しく聞いてなかったっけな。

 すっかり気を取り直したプリンセスと隣り合って座った俺は、立ちながら講釈気分らしいチベスナの話に耳を傾ける。

 

「平原地方にやってきたチベスナさんは、なるべく岩場っぽい住処を探したと思いますよ。チベスナさん、硬めの床の方がよく眠れるので」

「それは知ってる」

 

 ハンモックの上でもすぐ寝るが、ロッジの『しっとり』の部屋で泊まったときは本当に一瞬で寝てたからな。あと高山で岩戸的なものを作って寝たときも快眠だったっぽいし。

 そのへんはチベットスナギツネとしての習性のようなものなのだろう。

 

「そのときにヘラジカたちと知り合ったと思いますよ。結局、チベスナさんは色々試してじゃぱりしあたーに住むことになるんですが……」

「そこは色々で流すのね」

 

 あ、プリンセスがツッコミを入れた。

 まぁ大したことはなかったんだろうということは分かる。平原地方、基本的に何もないしな。

 

「そこでチベスナさんは運命的な出会いをすると思いますよ。そう──えいがです」

「……!」

 

 プリンセス、そこで固唾を呑まなくていいから。

 

「そのへんは前にも聞いたな。ジャパリシアターで映画を見て、ムービースターに憧れるようになったっていうのは何度も聞かされたし」

「そう! チーターいいこと言ったと思いますよ。チベスナさんはえいがを見て、むーびーすたーになることに決めたんだと思いますよ。ただし」

「ただし……?」

 

 ああ、プリンセスがなんかもう自分と同じような目標を掲げた先輩の話を聞くモードに入っちゃってるよ。この子、こういう真面目なところがジャイアントペンギンに気に入られたんだろうなぁ……。だってめっちゃイジりたくなるし。

 

「しあたーには、かめらがなかったと思いますよ」

「そりゃ、映画を見る場所であって映画を撮る場所ではないからな」

 

 いや、案外ジャパリパークなら『映画撮影体験』とかで映画を撮る体験コーナーみたいなのもあるかもしれんが──ま、チベスナが見つけてないってことはそういうのはないってことなんだろう。

 チベスナは俺の茶々を軽く流して(チベスナの癖に生意気だ)、

 

「それでもえいがをとりたいと思ったチベスナさんは、ヘラジカたちに聞いてはかせ達にアドバイスをもらいに会いに行ったと思いますよ」

「今のわたしと同じね!」

 

 プリンセスは胸を張りながらチベスナに相槌を打つ。驚くべきことに、本当にチベスナとプリンセスの足跡って同じなんだよなぁ……。何もないところから、パークから失われた文化を再興させようとしているという部分も含めて。

 違うのはそれが実際に実を結びそうか否かって部分だけか。

 

「チベスナさんはとしょかんにやってきて、すぐにはかせ達に聞いたと思いますよ。『どうしたらむーびーすたーになれるのか』と。そしたらはかせは『そんなの無理なのです』とか言ってきたと思いますよ」

 

 言いそう言いそう。

 

「でも、チベスナさんは諦めなかったと思いますよ。何度も何度もお願いしたら、ようやくはかせ達はチベスナさんのためにかめらを探したと思いますよ。さっさとやるべきだったと思いますよ」

「感謝の念の一つもないのかお前は」

 

 話を聞く限り速攻で諦めさせにかかった博士達も博士達だが……チベスナのこの態度では無理もないかもしれん。というか、もしかしなくてもチベスナと博士達……相性最悪なのでは? うわー、今からジャパリ図書館が面倒くさく思えてきた……。

 

「そしてそんなとしょかんで見つけたのが、このかめらだと思いますよ。それからしばらくははかせ達にとしょかんでかめらの使い方を教えてもらって……」

「おい、待て待て」

 

 今ちょっと聞き捨てならないことを言っていたな?

 

 思わず待ったをかけた俺に、チベスナは首を傾げて問い返す。

 

「なんだと思いますよ?」

「『なんだと思いますよ?』じゃないだろ。今お前『博士達に図書館でカメラの使い方を教えてもらって』って言ったな? …………お前、俺と会った時全然カメラの使い方覚えてなかったじゃんか」

 

 これらの情報が示す事実は一つ。即ち──

 

「……お前、カメラの使い方忘れてただろ」

「ぎくっ」

 

 やっぱり! おかしいと思ってたんだよ! そもそもカメラを叩いて電源のオンオフをコントロールするようなバカが、どうやって『カメラが映像を録音する為のもの』っていうことを知ることができたのかって!

 だってそうだろ。そもそもカメラのオンオフすら満足にできないなら、まともにカメラを使うのだってできないことになる。そんな状況で、どうやって『カメラの正しい利用法』を知れるというのか。ずっと疑問に思っていたが、これが理由だったのだ。

 

「はぁ……これ、定期的に教えないとまた忘れるのかなぁ」

 

 ということは、今こうやってチベスナがカメラの操作方法を覚えていたとしても、いずれまた忘れるってことだろ? また教えないとなのか……。なんだそれ。出来の悪い感動映画みたいな設定しやがって。

 

「そ! それは大丈夫だと思いますよ! あのときははかせ達がみっちり教えてくれなかったからうろ覚えのまま帰っちゃったんだと思いますよ! 今はもうばっちり覚えてるので、絶対に忘れないと思いますよ」

「そうかぁ?」

 

 正直俺は不安だぞ。

 

「チーター、チベスナのこと信頼してあげなさいよ」

 

 そこで横で話を聞いていたプリンセスに窘められてしまった。

 ま、チベスナいじりはこのくらいにしておいてやるか。

 

「つまり、カメラは図書館で手に入れた、と。……それなら、充電アイテムも図書館にありそうだな」

 

 チベスナの話を総括して、俺は立ち上がる。

 もともと図書館に行くつもりではあったが、思いがけず目的が明確化してしまったな。

 

「この先は──キャンピングゾーン。そこを抜けたら、いよいよ図書館だが……」

 

 言いながら、俺は空を見上げる。

 色々あったのですっかり日の巡りは頂点を越え、あとはもう下がっていくのみだが、時間はまだある。この分なら、今日の夜には図書館に辿り着けるだろう。

 

「夜の図書館、か……。どんな感じなのかちょっと楽しみかも」

「夜ははかせ達がでかい顔すると思いますよ」

「はかせってどんなフレンズなのかしら……?」

 

 思い思いの話をしながら、俺達は図書館へと向かい出した。

 ちなみに、博士達が実際会った感じどんな雰囲気なのかは俺もけっこう気になっている。




カメラ問題は何気に話の山場なのですが、それはそれとして内容はほのぼのです。

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