「チーター! なんでライブ見なかったと思いますよ? めちゃくちゃ面白かったと思いますよ!」
それからしばらくあと。
ライブ映像を見終えたらしいチベスナが、木を降りてくるなりそう言ってきた。そりゃあ、面白いだろうな。俺だって見ていて退屈しないだろうとは思う。
「ちょっと博士たちと話すことがあったんだよ。けものプラズムがどうとか……」
「チーター。あまり詳しい話は……」
「分かってるよ」
軽く事情説明しようとすると博士が静止してきたので、俺は逆にそれを制す。
四神の話はあまり口外されたくないんだろ? そのくらい分かってるよ。だが、こちとら大事な旅の相棒相手なのだ。余計に秘密を匂わせてすれ違いを起こすのは真っ平御免である。
だいたい、どうせ四神の問題なんてそのうち解決するんだし、機密レベルを高めたところでという感じでもあるしな。
「ま、話の方はもう終わった。特に変わったこともないよ」
「そうですか。それならよかったと思いますよ」
俺が安心させる意味も込めてそう言うと、チベスナも納得した様子で矛を収めた。つっても、今更今後の活動に影響しそうな話が持ち上がってくるわけでもなし、完全に杞憂なんだけどな。
さて。色々と話をしたりライブ映像を見たりしていたが……そんなことをしているうちにもういい時間だ。窓の外から見える景色はすっかり赤らんでいるし、空の端は段々と青とも紫ともつかない夜の色が滲み始めている。今日は図書館で寝ることになるだろうな。
……と、その前に聞いておかないとな。
「そういえば博士と助手はどこで寝泊まりしてるんだ? 上か?」
「どこと言われても……そのへんですよ。われわれ立って寝るので」
「われわれスペースには困らないので、寝るところに頓着しないのですよ」
寝る場所を決めておきたくて聞いたのだが、博士助手から帰ってきたのはあっさりとした返答だった。そうか、そうだよな。言われて見たらフクロウが丸まって寝たりしてるイメージがない。というか、フクロウが寝ているイメージ自体がない。なんか全くの不眠みたいなイメージさえある。
だが、そうするとどうしたものか。博士助手が寝床として使っている場所があれば、そこを間借りさせてもらおうと思っていたのだが……。
「……ああ、寝る場所を気にしているですね?」
「ああ。ちょっと寝相の悪いのがいるもんで、ある程度開けた場所じゃないと危なそうでな」
「そういうことなら、下で適当に寝るといいです」
「本は全部本棚の中なので、寝相が悪かろうと心配する必要は無いのです」
「りょーかいりょーかい」
またしてもあっさりめな博士の回答に『大丈夫かぁ……?』と少し不安になりつつも、縄張りの主がそう言っているならそうなんだろうということで、俺は特に拘泥せず一階の床を今日の寝床に決めた。
──なお。
当然のごとくその夜もチベスナの寝相は炸裂し、翌朝俺はチベスナの寝相キックにより落下した大量の本に押しつぶされて目覚めることとなる。
「だから悪かったと思いますよ」
「……」
「いや、チベスナさんの足が軽く当たったくらいで崩れる本が悪いのでは?」
「……」
「やっぱりチベスナさんも悪かったと思いますよ」
顔面にめっちゃ分厚い本の背表紙が叩き込まれた俺は、そんな感じで絶賛不機嫌モードなのであった。
いや、チベスナが素直に謝ってりゃ許してたよ? でもあのバカ、いつもの調子で「チベスナさんの寝相が悪いわけがありません」とか言い出すんだもん。
そりゃあ、俺だって怒りもするわけである。っていうか俺がこうして怒っておかないと、脇で俺達のやりとりを見守ってる博士と助手が蔵書を粗末に扱われたことに気付いてさらに話がややこしくなりそうだし。
「まぁまぁチーター。チベスナだって悪気があったわけじゃないんだし、許してあげましょうよ」
と、そこでちょうどよくプリンセスが仲裁に入ってくれた。いや本当にナイスタイミングである。
「……はぁ。しょうがねぇな」
「ほっと思いますよ」
そこ、安堵の溜息にまで口癖をつけない。
「それで、これからどうすると思いますよ? しんりんちほーのアトラクションはだいぶ制覇した──と思いますよ?」
「そうだな」
チベスナの問いに、俺は頷きをもって答える。確かに森林地方のアトラクションはだいぶ制覇した。強いて言うならお化け屋敷が少々消化不良だが、まぁ今すぐ引き返すほどの心残りでもない。
とするとあとは次の地方──即ち平原地方に戻るだけなのだが、
「ただ……その前に少しやりたいことがあってな」
「……やりたいこと、と思いますよ?」
「ああ」
言いながら、俺は周りのフレンズ──博士助手にプリンセスの方へと視線を配る。
カメラの充電問題は解決した。となれば、俺が遠慮する必要はもうどこにも存在しない。当然ながら! やるのはただ一つ──
「──今いる皆で、撮影だ」
「待ってましたと思いますよ!」
俺の宣言に、チベスナは飛びつくように返事した。だがあまり反応が芳しくないのが博士と助手である。
博士助手は怪訝そうな顔をしながら、
「撮影……ですか? それは映画ということです? われわれそういうのはちょっと……」
「われわれ、そういうさわがしそうなのはあまり得意ではないので……」
ま、そう来るとは思ってたさ。一生懸命準備してやったPPP復活ライブすらも固辞するくらいだ。だが、俺としてもせっかく図書館で撮影するのだ。博士と助手には是非とも出演してもらいたい。というかそうじゃないと、メンツが俺とチベスナとプリンセスだけになってしまうからな。
そして博士と助手を参加させる為の作戦は──既に用意してある!
「まぁそう言うなよ。いいものあげるからさ」
「……いいもの、ですか……?」
よし。食いついた。
チベスナよろしく、博士助手に「えぇ〜? ひょっとして演技できないから逃げようとしてる〜? チベスナですらできるのにぃぃ〜??」的な煽りを入れることも、もちろんできはする。しかしながら……そんなことをしても博士助手が俺の狙った通りに動いてくれるとは限らないからな。
特に博士助手はそこんところだいぶプライド高そうだし、どこかしらで意趣返しをしてくるであろうことは想像にかたくない。
というわけで、角が立たず確実性も高い『もので釣る』作戦を選んだわけである。
「並大抵のお礼では動かないですよ。われわれは目が肥えてるので」
「ジャパリまんなら半月分は覚悟してもらいますよ。われわれは目が肥えてるので」
「ふっふっふ。そんな甘いものじゃあないさ」
「チーター、甘くないと多分気に入ってもらえないと思いますよ?」
そういうことじゃなくってね。
「なっ失敬な! われわれはしぶくてもちゃんと食べられるです!」
「つい先日もフレンズにしぶいお茶を振舞ってもらったのです!」
あ、もうアルパカは到着済みだったのね。そりゃそうか。あの高山地帯から何日経ってるんだって話だもんな。……何日かしか経ってないのか……。
っていかんいかん。話が逸れてきてるぞ。
「それより、だ。撮影するのか、しないのか。しないなら『いいもの』は……」
「……その前に現物を見せるです」
「駄目だ。見せるのは撮影が終わったあと」
そう言って、俺はじっと二人の目を見る。
……ぶっちゃけ、俺の言う『いいもの』というのはアクセサリーのことだ。なんだかんだ言って鳥のフレンズだし、多分光り物が好きだろうと思ってな。
だが一方で、博士助手は何より食い気を優先している節がある。勝手に食べ物を期待して、勝手にがっかりして断る……という可能性もあるので、できれば詳細については伏せておきたいのである。
ま、珍しいパーク運営時代の遺物には違いないし、多分喜んでもらえるとは思うけどな。
博士助手はそんな俺の心理を探るようにじっと見つめていたが、
「……いいでしょう。その自信、相当なものだと見ました」
「大したことなかったら承知しないですよ」
「ふっ……臨むところだ。で、プリンセスはもちろんやるよな?」
「ええ! ペンギンアイドルの底力を見せてあげる!」
おお、頼もしい。
まぁ前世じゃアイドルの俳優起用は善し悪しみたいな扱いだったけどな……。
『……目標を確認』
大地が映されていた。
それも、ただの大地ではない。天空から見下ろした、地上の全てが豆粒のように縮小された景色。落ち着き払った声色は、助手のみのか。
カメラの焦点は大地全体を映すそれから、次第に拡大していき──一人の少女を映し出す。
白髪と黒髪が入り交じり、王冠のような金色のメッシュが入ったジャージの少女。そう──ロイヤルペンギン、プリンセスだ。
このカットは博士助手を撮影に引き込んだ時点でチーターがやりたいと考えていたこだわりのカットだった。
──空撮。空を飛ぶことができ、カメラのズーム機能を使うことの出来る技術力を持つフレンズを仲間に引き入れたからこそできる秘策。今回の目玉だった。
『撃墜、します』
そして、急降下。
目にも止まらぬ速さで移動しながら、アングルやズーム具合は微調整。周りの景色が流線型となる一秒が経過すると、カメラはばっちりとプリンセスをローアングルで映し出していた。
『きゃっ……!?』
対するプリンセスも流石の表現力。
驚きと戦慄を一瞬にして全身に滲ませると、そのまま後ずさりしようとし──ザザザ! とカメラの画面に侵入した助手によって回り込まれる。
今の一瞬で、助手からチーターへカメラが移動したのである。
『ど、どうすれば……!』
『ちょっと待った! と思いますよ!』
と、そんな紛いなりにも緊迫感溢れる場面を粉砕するかのごとき宣言。
そんなセリフとは裏腹に緊張に満ち溢れたアングルさばきで視点が移動すると──そこにはチベスナの姿があった。
『さあ姫、ここはチベスナさんにお任せだと思いますよ』
『あ、ありがとう名も知らぬお方……。お名前を伺っても……?』
『名乗るほどの者ではないと思いますよ』
めちゃくちゃ名乗っていたことは気にしてはいけない。プリンセスもセリフの齟齬には気づいているのか、若干笑い気味である。
しかし普通の映画ならばNGカットになるようなミスでも、素人とフレンズしかいないこの撮影では普通に許容される。
シーンは続行され、
『行くと思いますよ! やぁー!』
『愚かな……目標を変更。敵対戦力の撃滅に移ります』
勝負は──圧倒的だった。
拳で戦うチベスナに対し、助手は空を縦横無尽に舞いながら隙を見つけては攻撃を繰り返す。一つ一つの攻撃は軽いが、それでも徐々にチベスナの肉体にはダメージが蓄積されていき、そして……。
『ぐわぁあ!』
ついに、チベスナは倒されてしまう。
地に伏すチベスナ。その無念そうな(無)表情が、アップで映し出される……。そのとき。
『諦めるには、まだ早いのです……!』
声。
チベスナが視線をずらし、そしてカメラが旋回すると──そこには、空中に浮かぶ博士の姿があった。
否、浮かんでいるのではない。飛行しているのだ。
『はか、せ……?』
『最後まで諦めてはいけません……! ここでお前が折れては、プリンセスはやられてしまうのです……!』
『そう、だったと……思いますよ……!』
大事なことに気付いたチベスナは、懇親の力を振り絞って起き上がる。突然始まったのでバックボーンも何もあったものではないが、多分ここは感動的なシーンなのだろう。カメラも随分と長回しだ。
『じょしゅ……アナタの弱点は、そのひこーせーのーだと思いますよ……!』
『理解不能……撃滅します』
『そうくると思ったと思いますよ! てやっ!』
チベスナが、助手の攻撃に合わせるように砂を巻き上げた、その瞬間──
『がっ……!?』
高速の一撃を決めようとしていた助手の方が、何故か派手に撃墜されていた。
地を転がり、動かなくなった助手を見て、チベスナは言う。
『ふっ……かんたんなりくつだと思いますよ。確かにアナタの高速移動はすごい。速いということは何者にも防げない。ふかしでふかひな攻撃……。というか速いってかっこいいしつよいしカンペキな……チーターこのくだり要ると思いますよ?』
『うっさい続けて』
監督の私情が丸出しであった。
『ですが、それはあらゆるものがそーたい速度の関係で凶器になると思いますよ。だからその速さを制御できなければ、このように空中に巻き上げた小石に衝突するだけでちめーしょーとなると思いますよ』
『ぐ……そうだった……とは……機能停止……がくっ』
ところどころ緊張感に欠けるのは気にしてはいけない。
『かはせ……やりました。これではかせの仇はうてたと思いますよ……』
『ほっほ。それでいいのです。われわれは空からお前のことを見守っていますよ。われわれは博士なので』
『われわれは博士なので……』
そしてカメラは、ついにプリンセスとチベスナのツーショットとなる。片膝を突くチベスナに、プリンセスが駆け寄るシーンだ。
身長差的にプリンセスの方が多少大きいため、見た感じは妹を心配する姉という趣だが──
『ありがとうございました……! 名も知らぬ英雄さん……!』
『気にすることは無いと思いますよ。……さあ、チベスナさんも行かなくては。新たな旅が、チベスナさんを待っていると思いますよ』
そう言って、チベスナは森の向こうへと歩き出す。その背中を見送るプリンセス。朝日がさす森へと消えていくチベスナの背中を映し出し──映像は終了した。
「今回めっちゃよかったんじゃないか!?」
俺は、撮影に関して明らかな手応えを感じていた。
もちろん、細部はアレだ。台本は唐突すぎて無理があるし、唐突な仇設定や死んでるのか生きてるのか分からない博士の存在など説明不足も目立つ。
チベスナの口調や何故か博士なのでと言ってしまう助手、笑いそうになってるプリンセスなど演者の方もアレな部分はあったが……一度も撮影を中断せずしっかり撮影出来たのは、本当に稀だ!
全体的に知能の高いフレンズばかりで撮影出来たのも大きいのかもしれんが、それにしたって今回はいい出来だった。
「うんうん、よく出来たと思いますよ。むーびーすたーのめんもくやくじょだと思いますよ」
「チベスナよりもわれわれのほうがよくできていたです。われわれはかしこいので」
「いぶし銀の演技が光りました。われわれはかしこいので」
「わたしだってけっこう頑張ったわよ! なんてったってアイドルだもの!」
あ、それぞれが自分が一番だと主張しだした。みんな同じくらいよかったと思うけどなぁ……。
「まぁまぁ。俺の目から見たらみんな同じくらいよかったよ」
「むう……まあそういうことでいいと思いますよ」
何故そんな妥協した感を出してるのだお前は。
「それでチーター。お前の言っていた報酬はどれです?」
「ああ、そういえば約束だったな」
忘れてた。
言われて報酬の存在を思い出した俺は、ソリから二つアクセサリーを持ち出す。
「これだよこれ。ちょっとしたアクセサリーだな。小さめだが綺麗だし、いいものだろう?」
どや? とアクセサリーを差し出しながら、俺が言うと──
「チーター」
博士は、驚くほど真っ直ぐな眼差しで、喜ぶ素振りも見せずにこう切り出してきた。
「
……宝?