ここからしばらく、チーターとチベスナの何でもない日常をお送りいたします。
(今回から書き方をちょっと変えてます)
一三一話:一国一城の主
そういうわけで、俺達は旅を終えジャパリシアターに戻ってきた。
まあ戻ってきたと言いつつ、俺が此処にいたのは正味一時間もないくらい短い時間なのだが。
「さて、これから俺たちはここジャパリシアターで生活する──即ち寝起きしたり、ジャパリまんを食べたり、映画を撮ったりして過ごしていくことになるわけだが」
「その通りだと思いますよ」
到着した翌日。
到着した当日は色々あって疲れて寝た俺達だったが、寝て起きた朝になってから、さっそくジャパリシアターのロビーに集まって話し合いを開いていた。
殊勝に頷くチベスナに対し、俺はつとめて感情を抑えながら、
「しかし俺は…………このままでは、此処で生活することは、できない」
純然たる事実を、突きつけるしかなかった。
突然の宣言に目を丸くしたのはチベスナだ。
「なんでだと思いますよ! チーターだって『ただいま』って言ってたと思いますよ? 言ったことはもう取り消せないのでダメだと思いますよ」
「や、だってめちゃくちゃ荒れてんじゃん此処」
言いながら、俺はロビーを指し示してみた。
俺の言葉通り、ジャパリシアターは荒れ放題だった。
というかまぁ、これは他のジャパリパークの施設も同様であり、あのジャイアントペンギンが根城にしていたジャパリ水族館ですら荒れていたので仕方のない面はあるのだが……、
何度も言うが、俺は文明的なフレンズである。
文明的であるということは、ただ口で『俺は文明的だ!』と主張するだけで得られる特性ではない。
衣食住、全てにおいて文明的な最低限度の水準を満たして初めて、何ら恥じることなく『文明的である』と胸を張って言えるわけだ。
衣は良い。
フレンズの特性がマシマシだが、一応文明的な格好はできている。いずれファッション的なものも取り入れてみたいとは思っているが。
食も良い。
毎日三食ジャパリまんが提供されるだけでも十分に最低限度の水準は満たせているし、作ろうと思えば俺は料理も作れる。
だが……住だけは今のままではだめだ。
百歩譲ってジャパリシアターという寝床ではない場所を寝床に選ぶのは(屋根のある場所なので)良いとして、その場所が荒れ放題で隙間風も入り放題という現状はどうにかせねばならん。
ガラスが割れている部分は木の板を作って貼り付けるとして、まずは散乱したゴミや砂などを全て片付ける。最低限お客さんが入れるような状況にしないことには、とても住むことはできない。
「今までだって同じくらいだったと思いますよ?」
「そりゃ、旅してたし、俺の縄張りじゃあなかったからな」
よその土地に文句つけるのはおかしいだろ。郷に入っては郷に倣えということだ。
「だが、此処は俺の縄張りだからな。多少は俺の好みに合わせる」
「チベスナさんの縄張りでもあるんですけど」
「お前だって綺麗な方がいいだろ? 床が片付いてたらどこでも寝られるし」
「たしかに……」
チベスナも納得したようなので*1、俺は気合を入れる為に腕まくりの動きをして、掃除モードへと移行する。
かくして、俺達のジャパリシアター整備作戦が始動したのだった。
「
「ひどい言いようだと思いますよ!」
掃除開始より一〇分。
適当にシアターで発見した変な布きれを三角巾替わりに頭につけた俺は、早くも心が折れかけていた。
というのも、仕方がないと言わせてもらいたい。何せ本当にすさまじい荒れっぷりなのである。
汚しまくった部屋を片付けるとか、そういうレベルではない。なんかもう、元あった床が見えないのだ。その上に土の『層』が出来上がってしまっている。
何年野ざらしにされていたのか知らないが、ここまでになるともはや掃除というよりリフォームと言った方がいいかもしれない。
「そうは言ってもだな、チベスナ。これはヤバイぞ。こんなに土に塗れてたら、もう寝心地は外とほぼ変わらないんじゃないか? これじゃあ客が来ないぞ。ジャパリシアターOPENなんて夢のまた夢だ!」
まぁ、フレンズなら気にしないと思うが……。
とは思いつつも言わずにはいられなかった俺のぼやきに、チベスナは普通に首をかしげて反応した。
「??? きゃくだと思いますよ?」
「……あー……」
そうか。チベスナには客って概念がまず理解できないか。
「客って言うのはだな、お金を払って商品やサービスを享受する……」
「チーター」
「あ、はい」
流石にこの説明は無理筋だったか……。
「そうだな……まず、商売というものについて説明しようか」
「しょうばい、だと思いますよ?」
「そうだ」
俺は人差し指を立てながら、
「商売というのは、何かをあげたり、してやったりするかわりに何かをもらったり、してもらったりすることを言う」
「ジャパリまんをもらったりですか?」
「ジャパリカフェでお茶したりな」
流石に以前にも似たようなことをやってきたチベスナだ。呑み込みが早い。
「その商売という関係の中で、最初に何かをもらったり、してもらったりする側のことを『客』と言うんだ。丁寧な言葉では『お客さん』とも言う」
「ほうほう。それで、しあたーが汚いのときゃくが来ないのはどういう関係があるんだと思いますよ?」
いや、ここまで言っておいてあれだが、あまり関係ないかもな……。フレンズだし……。
とは思うが、今更引っ込みがつかない為、俺は無理くりこのままのスタンスを突き通すことにする。
「そりゃあ、映画を見るのがジャパリシアターの本来の役割だろ?」
「何を当たり前のことを言ってるんだと思いますよ? 馬鹿ですか?」
「この野郎」
怪訝な表情で俺をディスった不届きなポンコツの頭を片手で万力のように締めたりしつつ、
「だが、映画鑑賞をするにしても、内容に集中する為の環境が必要なんだよ。他の施設とはわけが違う。静かで、片付いていて、気持ち良い環境じゃないと。多分電球も切れてるはずだし、やることは色々あるんだぞ」
そのへんの設備については、ラッキーに相談すればなんとかなりそうだが。パークの施設の保守管理っていう名目なら動かすのも無理ではないだろうし。
「なるほど……。確かに、えいがを見てる最中に虫とかいたら邪魔だと思いますよ」
「そういうこと」
まぁ人間基準だと、上映中に虫なんて入ってきた日には邪魔どころの話じゃすまなくなるが……。
「でも、だとするとどこまでやると思いますよ?」
「どこまで?」
「チーター、もしかして全部片づけるつもりだと思いますよ?」
チベスナはげんなりしたような表情で俺の方を見てきた。
……む、なんかチベスナに呆れられるのはそこはかとなく腹が立つが……。
「しあたー、けっこう広いと思いますよ? 二人だけで全部片づけてたら、いつまで経ってもここに住めないと思いますよ」
「…………………………一理あるな」
フレンズの体力があるので疲れはしないが、掃除というのはなかなかに大変なものだ。
特に、道具も満足に揃っていないこの状況で掃除するとなれば、フレンズの身体能力を加味しても通常以上の時間がかかることが予想される。
そこにきて、このジャパリシアターの敷地の広さ……言われてみれば、日が暮れても終わらないどころか、一週間以上かかるだろう。
そしてそんなに時間がかかれば、掃除している間に最初に掃除したところは汚れ始める。
それだけじゃない。
掃除して綺麗にした場所だって、時間が経てばまた汚れる。それを再度掃除するコストも考えなければならない。
…………しめて、半年に一度ジャパリシアター全清掃ということになるのだろうか。
「めちゃくちゃ辛いなぁ……」
いかに俺が文明的フレンズであり、ジャパリシアターを清潔にすることに無類のこだわりを見せているとはいえ……そこまで頻繁にガッツリ掃除をするのはちょっといやだ。
というか、よく考えればこういうのは企業がしっかりと人を何人も雇って成立させているのであって、いくら人外のチカラを持っているとはいえ二人きりでやるようなものではない。
「…………とすると、使用区画を決めるのが現実的な落としどころになるか……?」
「チーター」
「シアターとして使う場所をあらかじめ決めて、そこだけ掃除することにする」
「それがいいと思いますよ!」
チベスナの賛成ももらった為、俺は掃除を一時中断して使用区画の選定に入ることにする。
「まず、ジャパリシアターにはいくつかの区画が存在している」
「それは分かると思いますよ」
床に積もった土に指で絵を描きながら、俺は続ける。
「まず入り口のエントランス、次に廊下、購買所、上映ホールが三つ、映写室も同じく三つ、会議室的な広い場所が五つ、中庭が一つ」
「けっこう多いと思いますよ」
「映画館だしな」
なのになんで会議室的な部屋があるのかは謎だが。偉い人が使ってたんだろうか。
往時のジャパリシアターに思いを馳せつつ、俺は使用区画の選定を始める。
「まず、エントランスは確定だ。現状でもガラスの破片が散らばっていて危険だし、それに入り口だからな。ほぼすべてのフレンズがここを通る以上、此処を綺麗にしないことには他を綺麗にしても何の意味もない」
「確かに、チベスナさんも巣の入り口は見栄えをよくしたいと思いますよ」
「そのわりにはここらへんもともとちっとも片付いてなかったが」
「余計なことはいいと思いますよ」
強引に流してきたな……。まぁいい。
「次に廊下。ここはエントランスよりはマシだが、土がそこそこ積もっているな。だが、全部やる必要はないのでここは『部分的にやる』としよう。まぁ、そこまで難しい場所じゃない」
「了解と思いますよ」
ここは普通に決まって、次。
「購買所。ここはアレだな、ほぼ掃除の必要はない」
「なんでだと思いますよ?」
「商品がないからな」
昔はポップコーンだのコーラだのを売っていたんだろうが、ジャパリパークが営業を停止したこの時代ではそれらを仕入れることができない。
ワンチャンボスに頼めばいけるかもしれないが、まぁジャパリシアターに客が大量にやってくるならともかく、そうでない現状で動かすのは難しいと思われるので……使うことはほぼない。
ということは、フレンズもここは見ないということだ。
幸い室内の奥まった場所にあるため、汚れの程度もそこまでじゃない。ここはオミットしていいところだろう。
「で、次。上映ホールと映写室」
「ここ大事だと思いますよ!」
「ああ。でも全部やる必要はない」
「なんでだと思いますよ?」
「必要がないからな」
さらっと言うと、チベスナは要領を得なかったらしく、さらに首を傾げる角度を急にする。
その反応新しいな……。
「上映ホールがいくつもあるのは、それだけ客が多いからってことなんだよ。今はパークにフレンズしかいないから、一つが使えれば他は使う必要ないだろ? 映写室も同じ」
「なるほど……」
さも得心したかのように顎に手を当てているチベスナだが……果たしてどこまで分かっていることやら。
「次。会議室。チベスナが俺にホームビデオを見せたところだな」
「えいがだと思いますよ」
「俺はアレを映画とは認めない」
むぎゃー!! と騒ぎ出すチベスナを抑えつつ、俺は話を続ける。
「ま、ここは必要ないだろうな。多分寝床として使うのは上映ホールとかになるだろうし……あ、そういえばチベスナは俺と出会う前はどこを寝床に使ってたんだ?」
不意に気になって、俺はチベスナに問いかけてみた。
もし俺と会う前に使ってた寝床があるなら、そこから寝床を変える必要はないからな。そこに合わせて掃除することにしたい。
「てきとーだと思いますよ。寝るときの気分によって変えてました」
「それでいいのか……」
縄張りの中ならどこで寝てもいいんだ。いやまぁ、だからこその縄張りなのかもしれんが…………それにしたって寝るとことか決まってないのか? チベスナが変わってんの?*2
ま、そういうことなら気を遣わなくて済むが。
「じゃあ、寝床は上映ホールを使うことにして……まとめると、掃除するのはエントランス、上映ホールと映写室、中庭、オマケで廊下ってことになるな」
「了解と思いますよ!」
ぐっ、と拳を握りしめ、高々と突き上げるチベスナ。気合は十分のようである。
そして俺も、気合は十分だ。
「さあ──俺達のジャパリシアターOPENに向けて、まずは第一歩を踏み出すぞ!」