畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一三三話:取り去るべき弐穢の一

「さて、順調に第一関門を突破したわけだが」

 

「やったと思いますよ! これでしあたーは完璧にきれいに……」

 

「まだ早いわ」

 

 

 第一関門だって言ってるでしょ。

 

 

 というわけで、俺達は現在次なる戦場へと足を運んでいた。

 

 確かにエントランスホールはある程度綺麗になった。まぁ泥とかで新規の汚れは発生しているが、ああいうのは時間が経てば乾燥して簡単に片づけられるものだ。

 総合的に言えば、十分綺麗になったと言える。

 

 だが。

 まだ俺達のシアターは手つかずの領域が大量にある。そのうちの一つが──これから取り掛かる映写室と上映ホールだ。

 客が入る上映ホールはもちろん、そこへ映像を投影する映写室の手入れも欠かせない。何せそこの機材が上手く動かなければジャパリシアターは機能しないわけだからな。

 

 で、この映写室と上映ホールだが、全部で三つずつあるのは既に確認した。

 しかしこれを全部やるとなるととてもじゃないが時間と体力が足らない為、一つに絞って掃除するのが今回の計画なのだが…………。

 

 

「どの上映ホールを掃除するか……」

 

 

 第一から第三まで、三組の上映設備。

 事前に下見しているが、どれも汚れ具合はあまり変わらず、きちんと綺麗にするならそれなりに手間がかかる──というラインを保ってくれている。

 ほんと、屋内の奥まったところにあるんだし埃を片付けるだけで終わりくらいあっさりしててほしかったもんだけどな。

 

 

「どれがいいと思いますよ?」

 

「基本的にどれも変わらねぇんだよな」

 

 

 上映室によって多少広さの違いはあるものの、この時代にジャパリシアターが満員になることなんてまずありえないだろうから広さを考える必要はないし。

 

 

「じゃあ、一番入口に近いのがいいと思いますよ」

 

 

 と、チベスナがさらりと意見を提示してくれた。

 ぶっちゃけどこでもよかった俺としては、そんなチベスナの率直な意見に反論する理由もなかった。

 

 

「んじゃ、そうするか」

 

 

 というわけで、全く持って締まりがないが、そういうことで話が始まったのであった。

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 

 

一三三話:取り去るべき弐穢の一

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 ──ステージ2-1。

 

 

 俺達はまず、上映ホールへとやってきていた。

 

 ちなみに俺達がやってきたのは上映ホールの中でも少し狭い一番ホール。

 ここが一番入口に近いホールだったからなのだが、狭いと掃除もやりやすくなるから結果的にはよかったな。まぁ、やりやすくなるといっても所詮は誤差レベルだが。

 

 

「で、チーター。これはなんだと思いますよ?」

 

 

 そしてそんな俺達の手には──棒の先にタオルを取り付けた、珍妙なアイテムがあった。

 

 

()()()だ」

 

 

 俺の回答も簡潔明瞭。

 

 

「いわゆる掃除道具だな。埃を文字通り(はた)き落とすための道具だ」

 

「はたき……」

 

 

 作り方は簡単。適当に外で拾った木の枝に、タオルを結びつけるだけ。けっこうがっつり結んであるから簡単にはほどけないし、仮にほどけてもすぐに結び直せる。

 道具もそのへんに落ちてた木の枝なので壊れても簡単に調達できるという二段構え。チベスナが調子に乗ってへし折っても安全だ。

 

 

「今回はエントランスと違って、砂じゃなくて埃だからな。水を吸った埃はけっこうへばりついて大変だし、椅子は布製だから埃が張り付くし、なんかカビ生えそうだし、同じやり方では掃除できなかったのだ」

 

 

 俺は口元と頭をタオルで巻いて埃からの防御態勢に入りつつ、チベスナに今回のアイテムの有用性を説明する。

 箒は作れないが、はたきくらいなら俺達の手持ちのアイテムでも再現できるんだよな。

 

 

「ほえ~……」

 

「聞けよ」

 

 

 説明中に椅子をぽこぽこ叩くな。お前タオルで顔を防御してないからそんなことしたら……、

 

 

「げほっ! げほっ!? け、けむいと思いますよ! さばくちほーにでもあったんですかこれ!?」

 

「そりゃ、此処は今まで誰も入ってなかっただろうしな……」

 

 

 いったいシアターが何年放置されてるのか知らんが、少なくとも年単位で掃除されていないのだ。そりゃあ不用意に叩けば埃も出よう。

 ま、チベスナは基本こういう奥まったところには来なかっただろうし、分からなくて当然だが。

 

 

「ほれ。タオル巻くから後ろ向け」

 

「はーい……」

 

 

 口元にタオルを巻いてやりつつ、俺はチベスナに掃除のやり方を説明する。

 

 

「まず、はたきは埃を下に落とすために使う。だからあまりバンバン叩くのは埃が舞い上がって掃除の意味がなくなるから駄目だ」

 

「分かったと思いますよ」

 

「で、下に落ちた埃を外に出せばホールの掃除は完了だ」

 

「簡単だと思いますよ!」

 

「さっき思いっきりミスったけどな。はい、巻き終わった」

 

「息苦しいと思いますよ?」

 

「埃でゲホゲホしながら掃除するよかマシだろ」

 

 

 言いながら手を放してやると、チベスナはがぜんやる気になったようで、はたきを機敏に、しかし勢いはつけないように振り回していく。

 

 主に座席を叩くチベスナを横目に、俺は上映ホールの前方──銀幕を覆う巨大な幕の方へとやってきていた。

 座席の掃除ももちろん大事だが、この舞台幕もきちんと掃除しておかないと、上映時に幕を上げるときに埃が大量に落ちてきてしまうからな。

 

 しかしこの舞台幕、普通に頂上まで五メートルくらいある。通常であれば、流石の俺もそこまでは手が届かない。

 一応ジャンプすれば届くが、そんな乱暴なやり方じゃあ上手くはたけないだろうしな……。

 

 

「…………待てよ?」

 

 

 と。

 

 そこで俺は、不意に閃いた。

 

 よく考えてみろ。パークが運営していたころも高いところに汚れはたまっていたはずだ。じゃあ、運営時にどうやって汚れをとっていたんだ?

 まさかそのままってことはありえない。パークは基本客商売だ。ヒトが消えた今ならいざ知らず、商売をやっていたころにそんな杜撰な管理がまかり通っていたとは思えない。

 では、答えは一つ。

 

 

「あった!」

 

 

 案の定、上映ホールの前のあたりを探してみると、壁際に収納スペースがあり、そこから巨大な折り畳みはしごが現れた。

 蛇腹状に折りたたまれているが、広げて見るとL字型になっており、底面についたローラーで三六〇度自由に移動ができるようである。

 蛇腹状に折りたたまれていたにしては重心・強度の両面で安定性はかなり高いようで、俺が最高まで登って動き回っても折れたり倒れたりはしないようだった。

 

 それを組み立ててみると…………、

 

 

「おお……」

 

 

 高い。

 

 地上五メートルくらいなら今までにも何度となく経験してきたわけだが、ハシゴっていう剥き出しの高所となると話は別だ。

 落下したところでこの身のこなしなら余裕で着地できると分かっていても、やはりヒトだった頃の感性で『高いところは怖い』と思ってしまう。

 

 ……まぁ、そういうことを考えずに無防備に高いところから落下するドジをかますよりは、よっぽどマシだと思うが。

 

 

 っていうか、ここからだと色んなものがよく見えるな。

 ちょうどこの位置からだと、座席を挟んで幕の向こう側に位置している映写室の中もばっちり確認できる。

 ガラスの向こう側には、フィルムを回す映写機──があるかと思いきや、何やらミラーボールのような機械が置いてある。

 

 俺の映写室のイメージとは若干違うが、ジャパリパークのよくわからん技術力によるものだと思えば気にならない。問題があるとすれば、俺が使い方を分からなければけっこう厄介なことになるくらいか……?

 その時は図書館で調べればいいのだが。

 

 

 と。

 そこで、俺はふと映写室のすみに何かの看板を発見した。

 映写室の中は照明をしっかりつけた上映ホールと違ってまだ何も触ってない為、薄暗い。

 だから中の様子は正直俺の目では微妙によく見えないのだが……、

 

 

「pavi…………lion? なんだろ。なんかのキャンペーンかね」

 

 

 見た感じ、ファンシーな看板である。多分映画のキャンペーンかなんかで作ったのだろう。

 ……俺達も、ああいう感じで何かしらのキャンペーンを開催するのもいいかもしれないな。色んなフレンズを呼ぶ足掛かりにできるかもしれないし。

 

 そんなふうに、未来のシアター運営に思いを馳せていた俺だったが……、

 

 

「あっ、チーターそれはなんだと思いますよ!?」

 

 

 下界から、チベスナの驚愕の声が聞こえてくる。

 …………あ、なんかオチが読めた気がするわ。

 

 だが、既定路線だからと回避の努力を怠るようでは文明的フレンズの名が泣く。

 俺はつとめて冷静にチベスナに呼び掛けてみる。

 

 

「チベスナ。最初に言っておくがこのハシゴは一人用だ。お前まで乗ったら流石に重心が崩れて倒れるから絶対、」

 

「チーターばっかりそういうのズルいと思いますよ!」

 

「ばかやろう」

 

 

 俺の忠告を聞かず、チベスナがはしごに手をかけ、その後。

 

 

 どんがらがっしゃーん。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

「お前な……ホントな……」

 

「悪かったと思いますよ」

 

 

 そんなこんなで、上映ホールの掃除が終わった俺達だったが……俺はエントランスのときよりも目に見えて疲弊していた。

 いやまぁ、チベスナの暴虐によって高所から落下したり、幕の埃を落としたら座席に落ちて掃除やり直しになったり、ハシゴで遊ぼうとするチベスナを牽制したり、色々やることがありすぎたのだ。

 

 つか、思ったよりも掃除でのスタミナ消耗が激しくてちと心配だが……。

 旅していた頃ならともかく、今なら別に疲れて動けなくなっても特に問題があるわけじゃないしな。少しくらい無茶して動いてもいいか。

 

 

「まぁ、なんだかんだで上映ホールは綺麗になったからいいけどな。それじゃ、次。ステージ2-2だ」

 

 

 言いながら、俺は上映ホールの後方、入口付近の上を指さして見せる。

 そこには、俺が先ほどハシゴの上で見ていた映写室がある。

 

 

「次は映写室の掃除だ。今度は狭いから、さっきみたいな無茶はするなよ」

 

「それはいいと思いますけど」

 

 

 とりあえず釘を刺してみたが、チベスナはそんなものどこ吹く風とばかりに流して、次にこう続けた。

 

 

「ところで、えいしゃしつってどうやって入ると思いますよ? 見た感じどこにも入口なんてなさそうだと思いますよ」

 

 

 …………あっ。

 

 ……そういえば、普通の映画館でも映写室ってどうやって入ってるんだろうね?




一話一ステージの予定だったのですが、それすらままならなくなりました。

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