畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

134 / 161
今シリーズはシアターの設備紹介回でもあります。


一三四話:巡り合う弐穢の二

 さて、問題の『映写室への行き方』だが────。

 

 

「…………うーむやっぱり。どう考えても天井の尺が合わんなあ」

 

 

 改めて比べてみると、廊下の天井の高さと劇場の天井の高さが全然違うのだ。

 廊下の天井の高さは一階分くらいの高さだが、劇場の天井の高さは二階分ほどある。つまり、それだけ一階廊下の上のスペースに何かがあると思われるのだが……。

 

 

「そこにえいしゃしつがあるのでは?」

 

 

 と、そこでチベスナがもっともな疑問をぶつけてくる。うん、俺もそれは考えた。

 

 

「でもここ、二階とかないじゃん?」

 

 

 そうなのだ。ジャパリシアター、二階は存在しないのである。

 基本的に一階建てであり、階段のようなものも見当たらない。では、当然『廊下の上』のスペースがあっても結局行き方が分からないということになり、最初の問題に行き当たってしまうのだ。

 

 

「うむむ……」

 

 

 ようやっと俺の考えている疑問に行き着き、チベスナも呻き声を上げるばかりになってしまう。

 まずいな……。ここでこうしている時間はないというのに。

 

 

「……壁に穴をあけますか?」

 

「馬鹿」

 

 

 そんな手荒な真似しなくても、絶対に入口はあるから。ていうかじゃないと上映できないから。そんな無駄な破壊、俺は認めないぞ。

 

 ……ただ、使えないとそもそも映画館としての働きすらできなくなってしまうわけで……。

 

 

「…………いや、待てよ?」

 

 

 そこで、俺はふと疑問に思った。

 

 

 ────そもそも、ジャパリシアター運営時に職員はどうやって映写室に入っていたんだ?

 

 

 いや、何かしらの入り方があるのは分かる。だが、それって巧妙に隠蔽されているような類のものなんだろうか。

 それはないよな。日常的に出入りするんだから、入り方は分かりやすくなくっちゃあいけないはずだ。それこそ、見てすぐに分かるような場所に。

 もちろん客が簡単に入ってはいけないから何かしらの『隠し』はあるだろうが、少なくとも、何か探し回らないと出てこないような隠し方をしているはずがない。

 

 

「……大量の座席、ハシゴの入った収納、銀幕……」

 

「チーターが何か閃きそうだと思いますよ!」

 

「ちょっとだまってて」

 

 

 おかげで引っ込んじゃったでしょ。

 

 

 …………この中で、入口に繋がりそうな場所。

 それでいて、客が簡単に触ったりできなさそうな場所。

 

 

「答えは――――ここだぁっ!!」

 

 

 叫ぶと同時──

 

 

 ──俺は、上映ホール前方にある銀幕をめくりあげて見せた。

 

 懐中電灯で照らした銀幕の内側には、

 

 

「…………やはりな」

 

 

 どこかに繋がると思しき、階段が存在していた。*1

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 

 

一三四話:巡り合う弐穢の二

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

「おおー……ここは……?」

 

「どうやら……通路兼物置みたいだな」

 

 

 銀幕の裏側から続く階段は、両側に何やら引き出しのようなものが大量に並んでいる。

 一応二人分くらいは並んで歩ける道幅だが、高さがあまりないこともあり、そこそこ手狭な印象だ。

 装飾もないから、パークのアトラクションの『裏側』という印象がよけいにするな。

 

 

「なんだかろっじにあった地下のいえみたいだと思いますよ?」

 

「まぁ、パークの職員しか利用しないわけだからな。似たような雰囲気ではあるだろう」

 

 

 デザインの共通性っていうかな。ジャパリパーク、表側のデザインはかなり多様なんだが、裏側の従業員しか利用しないデザインはけっこう似通ってるものが多い気がするのだ。

 此処やロッジの従業員居住区もそうだが、砂漠地方の地下通路なんかもな。

 

 

 と、懐中電灯で前を照らしながら、もう片方の手を壁に沿えながら歩いていると、ふと指先がスイッチに触れた。

 正直懐中電灯があっても薄暗かったので試しにスイッチを押してみると……パッと通路の明かりがつく。おお、電気系統はやっぱり生きてるか。

 ジャパリパーク、意外と電気系統は強い気がするんだよな。ラッキーが整備してるのか、それともジャパリパークのもともとのつくりが凄いのか、そのへんは謎だが……。

 

 ともあれ、明るければ探索も捗る。変に警戒しながら進まなくていいからな。

 

 あと、銀幕で覆われてて砂とかが入ってくる余地がないからか、殆ど汚れてないのもいいな。密閉されていたからか、埃もあんまりない。

 この感じだと、映写室も案外ゴミ掃除をするだけで済むかもしれないぞ。

 

 

「チーター、あれなんだと思いますよ?」

 

「あん?」

 

 

 通路を歩いている最中、チベスナが指さした方を見てみると……そこにはポスターが飾ってあった。実写だ。見た感じ…………映画ポスター、って感じではなさそうだな。

 

 

「……pavilion。パビリオンって書いてあるな。映画の宣伝って感じはしないから……おそらく、シアターの催しかなんかだろう」

 

 

 そういえばこの文言、さっき掃除中に映写室の中を覗いた時にもあったからな。こうして裏方にもポスターが飾ってあるあたり、シアターの目玉イベントだったりしたんじゃないだろうか。

 俺はpavilionってどういう意味の単語か知らないから、いまいちどういうイベントか想像がつきづらいけども。*2

 

 

「ソシャゲみたいなノリで、期間限定イベントみたいなこともよくやってたのかもしれないな」

 

「チーター?」

 

「ジャパリパークも意外と商売上手ってことだ」

 

 

 適当に返しながらさらに歩いていくと──ぐるっと大回りをしながらも、特に何事もなく、映写室の扉が目の前に飛び込んできた。

 途中の収納は大量にあったが、本当にあれは収納でしかないらしい。

 

 

「チーター、何かあるみたいだと思いますよ」

 

 

 映写室の内部が見えるくらいまで近づいたところで、チベスナがそんなことを言いながら先行しだした。

 ……? 映写室の中に何かあるっつっても、さっき俺が見つけたミラーボールみたいな装置──ああ、そういえばチベスナに映写室内部のことは言ってなかったっけ。

 

 

「これは……? なんか丸くてキラキラしててセルリアンみたいだと思いますよ? 匂いがしないので違うと思いますけど」

「俺もそれ何か分かんねぇんだよなぁ」

 

 

 言いながら、俺はミラーボールの前で突っ立っているチベスナの横に立ってみた。

 

 パチリ、と映写室の壁を手で探って電気のスイッチを押すと、幸いにも映写室の照明は生きていたみたいで、内部の様子が明らかになる。

 そこにあったのは──

 

 

「やっぱミラーボールにしか見えんな」

 

 

 まるっきりミラーボールとしか形容のしようがない装置だった。

 その他にも色々と機材はあるが、意外にも中は綺麗に保たれていた。やっぱり奥まった場所にあるからか、汚れも他の場所に比べて溜まりづらいんだろうな。

 それだけに部屋の中央にあるミラーボールがよけいに異彩を放っているのだが。

 

 ……そもそも、ミラーボールって光を反射するための装置であって、映写とかはまったく関係がないんだけどな。

 これ、どっかしらに本物の映写機があって、このミラーボールに反射させることでなんか不思議な映像体験ができる──みたいな感じだったんだろうか?*3

 

 いや、にしてもミラーボールは上映ホールの天井に設置しとけよって話だよな……。

 ここでミラーボールみたいに反射させたとしても、映写室の中に映像がばら撒かれるだけで観客には何も伝わらないもんな。

 

 

「うーん……どういう意図の装置だったのか。謎だ……」

 

「チーター、触る前から考え込んでてもしょうがないと思いますよ?」

 

「あっ馬鹿!」

 

 

 見るからに精密機器っぽいんだから勝手に触ったらあぶないでしょ! っていうかもしそれで壊したらシアター復活どころじゃ──

 

 

『ビー。上映ヲ開始シマス。もーどヲ選択シテクダサイ。「ぱびりおんもーど」ニシマスカ? 「通常上映もーど」ニシマスカ?』

 

「わっ、喋ったと思いますよ!?」

 

「えー…………」

 

 

 普通に動いちゃったよ……。いや、よく考えたらチベスナはもともとテキトーにカメラを叩くだけで曲がりなりにも撮影ができていた豪運の持ち主だったな。

 まして色々と機械操作の知識も身に着けた今なら、このくらいのことはできていてもおかしくないか。

 

 

「ち、チーター。これどっちにすると思いますよ? どっちのモードが良いと思いますよ!?」

 

「わくわくしてんじゃないよ」

 

 

 掃除中でしょ。また今度にしなさい。

 

 早くも目的を見失ったチベスナに呆れつつ、俺はミラーボール装置のボタンを探って電源をOFFにする。チベスナはそんな俺に不満そうな表情を浮かべて、

 

 

「えー! 面白そうだからやりたかったと思いますよ! ちょっとくらいいいじゃないかと思いますよ!」

 

「ぐだぐだ言わない! っつーかお前は散々映画とか此処で見てきてるでしょ。今更映写機なんかに興味津々、に…………」

 

 

 そこで。

 俺はふと気付いた。今更だが……本当に今更だが………………()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いや、なんで気付かなかったんだってくらい今更な話だが、確かにおかしい話なんだ。

 だってチベスナは今まで何度も映画を見てきたはずなんだ。何度も映画を見てきたからむーびーすたーに憧れていたわけで。

 ならば当然、チベスナは何度も映写機を操作したことがあるはずなんだ。

 

 なのにどうして、チベスナは映写室への道を知らなかっただけでなく、こんなにも映写機に新鮮なリアクションをしているんだ?

 

 …………いや、別にチベスナの証言や出自を疑ってるわけじゃないぞ。念のため。

 チベスナに腹芸とかができないのは分かっている。

 俺が心配しているのは、もっと別の部分。

 ひょっとすると、俺達の今回の映写室掃除、その意義の全てが失われかねない事実があるのではないかと……そんな不安が、急速にふくらみだしたのだ。

 

 

「なぁ、チベスナ」

 

 

 声の震えを抑え、俺はチベスナに問いかける。

 

 

「何だと思いますよ?」

 

「お前…………」

 

 

 多分、答えは分かってる。

 部屋が他の場所に比べて綺麗だった理由(わけ)。それを考えれば、自然と行き着ける答えではあった。

 

 ただ、俺はそれを認めたくなくて──

 

 

「どうやって、今まで映画を見ていたんだ?」

 

「え? ボスにお願いしてたと思いますよ?」

 

 

 ………………。

 

 

「……やめだやめだ! やめだこんな場所!!」

 

 

 つまりラッキーが掃除してくれてたんじゃん! 此処、俺が掃除する必要微塵もねぇじゃん! 時間の無駄!!

 はい! ステージ2クリア!!!!

*1
ジャパリパークの設計者はたぶん隠しダンジョンとか大好き。

*2
チーターは転生時期的に『けものフレンズ ぱびりおん』を知らない。

*3
チーターは知るよしもないことだが、ミラーボールの面一つ一つから映像を投影することで空間に映像を投影することもできる機能がある未来技術の映写機である。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。