「チーター、どうしたんだと思いますよ?」
「どうもこうもしねぇ」
無事、映写室及び上映ホールの掃除を終えた俺とチベスナは、早速中庭に出ていた。
中庭もまた結構な荒れ具合で、草は伸び放題だし調度品は横倒しになって苔が
色々と掃除のし甲斐がありそうだったが……今の俺は、掃除をする気概が全くなかった。
「早く掃除すると思いますよ?」
「俺がやらなくたってラッキーがやってくれるしな。ほら、シアターの入り口からトコトコ~ってさ」
「ボスはシアターの入口使わないと思いますよ。色々ゴチャゴチャしてるので」
「今そこ重要じゃねぇんだよ」
そのへんに置いてあったベンチの上に落ちてたゴミを払ってその上で横になりながら、俺は適当にぼやいた。尻尾もやる気なさげにふわふわと虚空をさまよっている。
ラッキーが映画を上映するときに使っていた映写室が綺麗に保たれていた理由。それを考えれば、今の俺の脱力感も分かろう。
要するに、ラッキーはフレンズが頻繁に利用している場所であればちゃんと掃除するのである。シアターの大部分は放置されていたのに映写室だけは綺麗に整えられていたのは、それが理由だ。
考えてみれば、今までにもその傾向はあった。ライオンの城だとか、アリツのロッジだとか、砂漠のオアシス植物園だとか。フレンズが多く集まる施設は妙に整備されていた。
その流れで考えていけば、施設として活発に利用されていた映写室が清潔に保たれていたのも頷ける。
映写室はラッキーが上映準備に使っているから綺麗に保たれていた。
であれば、俺達がシアターを映画館として利用し、客が来るようになる兆しが見受けられたら──
ラッキーの『フレンズがよく利用する場所』判定に引っかかって、俺達がいちいち掃除しなくてもラッキーが勝手に掃除してしまうのではなかろうか。
そう考えれば、必死になって掃除をするのは馬鹿らしいというものである。
だって俺達が整備する意味ないもんね。
「チーター、ここはチベスナさん達のなわばりなんだから、チベスナさんたちがきれいにすると思いますよ」
「………………分かってるよ。でもさぁ」
意外にもチベスナに真面目なトーンで諭されてしまったので、俺は拗ねるポーズをやめて起き上がった。
まぁ、本当にやめるつもりなんてないよ。ただ……、
「俺達がシアターを本格的に利用し始めるって分かったら、ラッキーのことだし一〇〇%善意で勝手にこの先も掃除しちゃうだろ。そうなったら『俺達が』って部分がなぁ」
時間的に、そろそろラッキーが来てもおかしくない頃だ。というか、ほぼ間違いなく一〇分以内にジャパリまんを配る為にやってくるだろう。
そうしたらラッキーが現状を感知して、『使われるようになった』施設をさりげな~く掃除し始めるのである。
こうなるともう手遅れだ。俺達がわちゃわちゃしている間にさっさとラッキーが掃除を完了させて撤退してしまうという未来が見えてくる。
せっかく俺達二人でこの先も無理なくシアターを整備できるように色々区画設定とかしたというのに、そういうの全部パーである。
「チーターはへんなところでこだわると思いますよ」
……大事なんだよ! 『俺達二人で』って部分が!
俺達の縄張りなんだから、管理も俺達がやるんだよ! 自分の家を他人に掃除させるってなんか嫌だろ!*1
「なら、ボスがそうじを始める前に全部のそうじを終わらせちゃえばいいと思いますよ?」
「……んな無茶な…………いや、待てよ?」
チベスナのセリフに反射的に否定の言葉を返しそうになってから、俺は思い直す。
確かに、ラッキーがやってくるまでに掃除を完遂させるのは不可能だ。だが、だからといってラッキーに全てを掃除されてしまうのが確定したわけじゃない。
たとえラッキーがやってきたとしても、足止めすることさえできれば、その間に掃除を完遂することだって可能じゃないか?
「チベスナ、でかした!」
「お、何か思いついたと思いますよ?」
「ばっちりだよ! 我に……策あり、だ!」
久々に言った気がするな、これ。*2
──ステージ3。
「えいやー! と思いますよ!」
右手を輝かせたチベスナが、地面を勢いよく掘りあげた。
────ここで一度、中庭の状況を整理しようと思う。
ジャパリシアターの家屋構造は、簡単に言うと『コの字型』だ。
そして家屋の内側に、中庭が用意されている。
中庭は緑溢れる庭園めいたつくりになっており、人工物らしき人工物は水の出ない噴水とところどころにあるフレンズを象った像、そして先ほど俺が寝転がっていたような石造りのベンチが五つあるきりだ。
それ以外は手入れされずに育ち切った草の茂みと立派な木々のみ。当然ながら中庭全域はそんな草と落ち葉に覆いつくされ、しかもところどころに転がった瓦礫が散乱している有様だった。
なるほど、フレンズの膂力をもってしても此処を掃除するのは一苦労だろう──だが、俺達は中庭を掃除しているわけではなかった。
というか、中庭にすらいなかった。
「いいぞチベスナ。その調子だ」
「チーターも手伝うといいと思いますよ!」
「俺地面掘るの得意じゃないし。お前そういうの上手いだろ」
「……まぁ、上手いと思いますよ! チベスナさん、むーびーすたーなので!」
ムービースター関係ないけどな。
というわけで、俺達は今、中庭から出て、中庭の入り口を取り囲むように『お堀』を作っていた。
森林地方でのことを思い出したのだ。あの地方でラッキーは倒木に挟まって移動不能に陥っていた。
分かり切った倒木でその有様なのだ。こうやって中庭に『お堀』を作っておけば、ラッキーの足止めには十分なはず。
もちろん恒久的な足止めにはならないが、少なくとも掃除時間の確保は可能だろう。
そしてラッキーは、この『お堀』に必ず引っかかる。
先ほどチベスナが言っていただろう。『ラッキーは普段シアター本来の入り口を使わない』、と。
つまり、中庭から入ってくるのだ。
パターン行動を旨とするパークガイドロボットなら、まず間違いなくこっちから来るだろう。
ちなみにこの『お堀』には、もう一つある目的もあるが──ま、今はそこまでやってられん。掃除に集中だ。
「チーター! こんなもんでどうだと思いますよ?」
「ああ。いい感じだ。早速掃除を始めるぞ」
さあ──あとは第三ステージを突破するだけだ。
お堀作成を切り上げてきたチベスナにOKサインを出しつつ、俺も作業を開始する。
もはやこのレベルの掃除にハタキは使えないし、新たに道具を作っている時間もないので……ここはもう、俺の出番だ。
「チーター、また本気出すと思いますよ? ちょっと今日頑張りすぎでは? 頑張りすぎると疲れると思いますよ」
「そうは言っても、もう時間ないし」
ずばっ! と適当にぼうぼうに伸びた草を蹴り切っていると、チベスナが眉根を寄せながら近づいてきた。
どうでもいいが両手に瓦礫を持ってるとなんかすごく威圧感あるぞ。
んで、時間がないのである。
今回は時間との勝負だからな。いくらお堀がラッキーの時間稼ぎになるとはいえ、ラッキーだって無能じゃあない。*3
ちょっと時間があれば、ラッキーも流石にお堀は乗り越えてくるだろう。その前に終わらせなければいけないのだ。そりゃあちょっとくらい体力も使うというものである。
「でも……またバテバテになるのでは?」
「いいんだよ、別に」
心配そうに言うチベスナに、俺はむしろ胸を張りながら言い返した。
馬鹿め。そんなことにも気づかない俺だと思ったか。この策を思いついた時点で、自分のスタミナの限界くらいには想像がついていたわ。
ただ……チベスナには言っておかねばなるまい。
「いいかチベスナ。今まで俺がスタミナを温存していたのはな…………そこが安全な場所ではないからだ」
旅先ではしゃぎ倒して疲れる。誰しも経験のあることだと思う。
だが、疲れて倒れ伏すのは道端などではない。たいてい、寝泊まりする為のホテルかどこかのベッドの上──つまり安全な場所だ。
つまり誰しも、はしゃぎすぎて疲れると言いつつきちんと『安全な場所までたどり着く体力』は温存しているのである。
今の俺も、それと似たようなものだ。
此処ジャパリシアターという、圧倒的ホーム。
たとえ疲れて身動きが取れなくなっても、そもそもここが俺の家なのだから何の問題もないのである。疲れが取れるまで休めばよい。家ってそういう場所だもの。
「翻って此処はどうだ。セルリアンが湧いたりもしないし、屋内だから雨風を凌げるし、安心して休める場所だ。スタミナを温存する必要なんて、どこにもないんだよ」
「な、なるほど……!」
言いながらも、俺はバッサバッサと生い茂った草を刈り揃えていく。
体力的には……やっぱ厳しいな。草を全部刈りきったら、しばらくベンチの上で横になりながらジャパリまんを貪ることになるかもしれん。
でもまぁ、この分ならラッキーがこっちに到着する前に何とかなりそうだ────と安堵しかけたちょうどその時。
俺の耳に、特徴的な足音──ラッキーがやってくる音が飛び込んできた。
チベスナもすぐさま察知したのか、フレンズ型の彫像を元に戻しながら俺の方へ目配せしてくる。
「チーター、来たと思いますよ!」
「ああ……だがお堀があるから大丈、…………待て、なんだこれは!?」
この音の方角……お堀の向こうから聞こえてきてるんじゃないぞ!? この向き……シアターの入り口から聞こえてくる、だと!?
馬鹿な……ラッキーはシアターの入り口は使わないはず――――待てよ。
もし、もしも……ラッキーが
チベスナが気付いていないだけで、中庭に入る前にシアターの入り口を使っていたのだとしたら……まずい。入口を最初に片付けてしまったのが仇になった!
このままだと、お堀の時間稼ぎが使えず、掃除が終わる前にラッキーが中庭に到着してしまうぞ……!?
「スピードを上げねば……くっ」
うぐ……ここぞというところでもう体力が……! このまま、間に合わないのか……!?
そして、膝を突いて低くなった俺の視界に、水色の姿が飛び込んでくる。タイムオーバーか……!?
『………………』
と。
頭の上にカゴを載せたラッキーは、膝を突いた俺になんかよく分からんポーズで慌てているチベスナを一瞥し、少し固まっているようだった。
ピリリリという音が鳴っているので、多分現状を把握しているのだと思う。
そして…………。
『………………』
ピリリリ、と。
電子音を鳴らしながら、ラッキーは片膝を突いた俺の目の前までやってきて、カゴの中のジャパリまんを取るように促した。
「あ、どうも」
「チベスナさんも食べると思いますよ! 栄養いちばん!」
困惑しつつもとりあえずジャパリまんを受け取った俺に続き、チベスナもなんかよく分からないことを言いながらジャパリまんを回収する。
俺達がジャパリまんを回収したのを確認すると、ラッキーはピリリ、と音を鳴らし──
そのまま去っていった。
「……あれ? チーター。ボス、特に何も掃除しなかったと思いますよ。さぼりですか?」
「さぼり言うなや。……しかし……、……あ~…………そっか。そうだったか…………」
俺は拍子抜けした思いがしつつ、そのままその場に座り込む。
どうやら俺は、思い違いをしていたらしい。
確かにラッキーは、映画館の一部を掃除していた。チベスナの映画鑑賞を手助けする一環として上映室へ行くついでに、上映室を清潔に保っていた。
だが、だからといって、俺達がシアターを本格的に使いだしたらシアターの掃除を始めるというわけでもないのだ。
今までの旅でわりとラッキーに助けられてきたから忘れていたが……基本的に、ラッキーはフレンズに対して不干渉なのである。
そんな基本不干渉のフレンズがシアターを本気で掃除していたら、ラッキーはどう判断するか。
…………既存の基準同士が若干競合することになるだろうが、最終的には不干渉の方を優先するだろう。
先ほどの沈黙は『フレンズが使い始めたのでパークの施設のメンテを再開すべき』という基準と『フレンズに対しては基本不干渉』という基準がぶつかり合ったがゆえの沈黙というわけだ。
「チーター」
「結局、俺の独り相撲だったってことかな……いや」
もしも俺達があそこまで本気で掃除をしていなかったら。
たとえばラッキーのことなんて全然気にせず、テキトーに掃除をしているだけだったら、ラッキーは多分さりげなく紛れ込んでさりげなく掃除を完遂させていたことだろう。
あそこまで必死になって掃除をしていたからこそ、ラッキーも不干渉ルールに則って立ち去ってくれたのだと考えると……。
「正しく、怪我の功名ってヤツかもしれないな」*4
「チーター」
…………この後めちゃくちゃ説明した。
────ステージ3、クリア。
ミッション、コンプリートってね。
チーターの『縄張り』観がけっこう出せたのではないかなと思います。