畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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なわばり編、まだまだ全然続きます。


一三六話:その渇きに終止符を

「のどがかわいたと思いますよ」

 

 

 ある日。

 

 掃除もあらかた終わった中庭でのんびりしていると、ふとチベスナがそんなことを切り出してきた。

 いつものことだ。ジャパリシアターの近くには水場がないため、チベスナは喉が渇くとこうして俺に川まで外出するよう誘ってくる。

 

 もちろん旅をしているわけでもない今は、喉もそう頻繁には乾かない。このへんはフレンズの動物としての側面が働いているのか、基本的に水を飲むのは一日一回で十分。

 水筒を使って貯水もしているのでこうして川に行くような機会は本当に数日に一回とかなのだが、逆に言えばこうやって数日に一回は外出する必要も出てくる。

 

 俺は日光浴をしていたベンチから身体を起こして、

 

 

「じゃあ汲みに行って来るか。水筒どこ置いた?」

 

「そうじゃ、ないと、思いますよ!」

 

 

 チベスナはそう言って憤慨するように肩をいからせた。そうじゃないって……? 喉が渇いたから水を汲みに行く。当たり前の話だと思うが。いつもやってることじゃん。

 

 イマイチ要領を掴めない俺に対して、チベスナは耳と尻尾までぴんと立たせてモノ申してくる。

 

 

「チーター! いちいちのどがかわいたら水筒の水を汲みに行くのは大変だと思いますよ! 水はだいじだとおもいますよ!」

 

「それは分かるが」

 

 

 ぼんやり答えたが、俺はチベスナの真意を理解していた。

 

 あー、なるほどね。

 いちいち水を汲みに行くのが面倒というわけだ。

 

 

「旅してるときはお水がなくなる前に川があったので大丈夫だったと思いますよ。なんでこのへん川がないんだと思いますよ!?」

 

「川がないからだろうなぁ」

 

 

 トートロジーだが、そうとしか言いようがない。

 強いて言うなら、川が近くにあるとシアターの立地的に不都合があるからだろう。大雨のとき増水して被害が出るかもしれないとかそういうの。

 まぁ、チベスナの話を聞いた感じ、平原地方で大雨が発生すること自体今まで一度もないことらしいので心配する必要もないだろうけど。

 

 

「っていうか今更じゃないか? チベスナここにずっと住んでたんだから、そういう不満とかとっくに出てたんじゃないか?」

 

「旅をする前はお水あんまり飲まなかったので。旅をしてから常にすいとうがあるすばらしさを知ったと思いますよ」

 

 

 あー……要するに俺の影響というわけね。

 

 ……まぁ、さっきからピンと来ないリアクションをしている俺だが、まぁチベスナが思いつく程度の不満を俺が考えたことがないわけもなく。

 その点については、実は既に解決策を考えているのであった。

 というか、水汲み面倒とか俺が一番考えそうなところだからな。いちいち疲れるし。

 

 

「よいしょっと」

 

「おっ、チーター何か案があるんだと思いますよ?」

 

 

 完全に立ち上がると、チベスナは俺の表情に勝算の色があることを見抜いたらしかった。

 ふふん。その通り。我に策あり、だ。

 

 

「尻尾が得意げだと思いますよ」

 

 

 この尻尾消してぇ……!!*1

 

 

「……こほん。気を取り直して、具体的な作戦だが──」

 

 

 俺は咳払いをすることで意識を切り替えつつ、チベスナへの説明に入る。

 

 川が近くにないことによる、水汲みの面倒さ。

 確かにこれは問題だ。数日にいっぺんだとしても、これを何度も何度も繰り返さねばならないのである。解消できるならば、それに越したことはないだろう。

 そしてこれを解消するには、ある簡単な発想の転換があればいい。そう、たとえば──

 

 

()()()()

 

 

 とか。

 

 

「川を? ……チーター、川は作るものではないと思いますよ。大丈夫ですか? また疲れたと思いますよ?」

 

「余計なお世話だこの野郎」

 

 

 俺は体調万全だっちゅうに。

 

 

「この間お前、ラッキーの侵入を防ぐためにお堀を作ったろ?」

 

 

 結果的にラッキーの侵入を防ぐ目的としては失敗に終わったお堀だが、アレの目的はラッキーの侵入阻止だけじゃない。

 というか、ラッキーの侵入阻止の為だけに中庭に穴を掘ったりするのは効率が悪い。ラッキーの侵入を妨害したいだけなら、表に放置してた(のちにラッキーに回収してもらった)残骸たちを積めばいいだけだからな。

 ではなぜそうせずわざわざお堀を作らせたのかといえば、こういう思惑があったからである。

 

 

「アレを掘り進めて川に繋げれば、水が流れてくるじゃん」

 

「あっ!」

 

 

 チベスナも気づいたらしい。

 

 そう、川は作れるのである。

 

 

「チーター……流石はかんとくだと思いますよ」

 

「お前掌クルックルだな。監督じゃないが」

 

 

 ちなみにお堀を作ってから少し待ったのは、川造りがめちゃくちゃ疲れることが予測されたため、前回の掃除の疲れをいやす必要があったからである。

 そして多分、作業を始めてからも休憩はちょくちょくとる。

 

 このことからも分かる通り実はかなり長期スパンの作戦なのだが(多分フレンズの力を以てしても一週間はかかるんじゃないかな)、チベスナはそんなこと全く気にせず上機嫌であった。

 つまり向こう一週間は飲み水確保が面倒くさいことに変わりはないんだけどな……。

 

 

「そうと決まればチーター! 早速作業開始だと思いますよ!」

 

「おー」

 

 

 ま、チベスナのこういうところはいつものことだから、今更だけどな。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 

 

一三六話:その渇きに終止符を

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 さて、川を造る──という策を打ち出したわけだが、実際のところ『穴を掘りました! 開通! 川完成!』とはならない。

 何故なら掘ったばかりの穴は表面がボロボロですぐに崩れてしまい、強度によってはせっかく掘った川が崩れて埋まってしまう可能性すらあるのだ。

 これを回避する為には────

 

 

「さっきは川を造るといったが、実際には川を造るわけじゃない」

 

「は? 何言ってると思いますよ? チーター?」

 

「気持ちは分かるが『コイツ馬鹿か』みたいな顔するのは非常にムカつくため許さん」

 

 

 チベスナの頬を引っ張ってひとしきりアーアー言わせたのち、

 

 

「平たく言えば、『水路』だな。俺達が作るのは水路。つまり、表面が舗装された川だ」

 

 

 そもそも川の表面が崩れない材質になればいいのである。

 たとえば石を加工して川の表面に貼り付ければ、水は川の表面までしみこまないので崩れる心配もないというわけである。

 あと、石で補強するので単純に強度も上がる。

 

 

「チーター?」

 

「あん? ……ああ、舗装か」

 

 

 確かに舗装はチベスナにはちと難しすぎる語彙だったな。

 

 

「舗装っていうのは、そのものの表面を何かしらで覆っちまうことだな。たとえば……」

 

 

 俺は適当な小石を手に取る。うーん……こんなもんか。

 

 すぱっ、と。

 

 人差し指に力を集中させて指を動かすと、小石はいともたやすくスライスされる。そうしてできた石の薄板を拾い集めると、俺は適当な地面の上にそれを押し付ける。

 ま、こんなんじゃ強度もないし川の舗装にはもっと分厚い石の板を造らないといけないのだが……、

 

 

「こんな感じで、石を薄っぺらく切って貼り付ける。これが今俺達にできる『舗装』だな」

 

「おおー! これ、チベスナさんも見たことあると思いますよ! しんりんちほーで」

 

「だな」

 

 

 森林地方のキャンプ場で発見した、水路状の水場。実は今回の作戦のイメージはアレが元になっている。

 ああいう感じで水場を構築すればたぶん他のフレンズも利用するだろうし、そうすればシアターの集客にも使えるというわけである。

 

 

「ただ、問題がある」

 

「問題? なんだと思いますよ? いちぶのすきもない完璧な作戦だと思いますよ」

 

「石が足りないんだよな」

 

 

 水路の長さが全部でどれくらいになるかは不明だが……一〇〇メートルとかその程度で終わる長さじゃないことは分かる。下手すると一キロとかやんないといけないかもしれない。

 その場合、その長さ全部を舗装する為の石を用意しなくてはいけなくなるわけで……当然、そんなに大量の石はそのへんに転がってる小石ではどうにもならないのである。

 

 

「た、確かに……! 石がないとどうしようもないと思いますよ! チーターどうするんだと思いますよ?」

 

「採石するしかないよなぁ」

 

 

 石がないなら、採ればいいのである。何メートルも掘れば硬い石に行き着くだろうし、その石をさらに掘り出せばどこでだって採掘自体はできる。

 この綺麗な平原を穴ぼこ塗れにするのは忍びないから、流石に採石する場所は考える必要があるが。

 そしてこの場合、目下の問題はそこなのだった。

 

 

「うーん……どこで掘るか。このへん、ライオンやらヘラジカやらのなわばりもあるからな。勝手に掘ると迷惑かけるかもだし……」

 

「うーん、お願いしたら普通にオッケーしてくれると思いますよ?」

 

「そりゃそうなんだが」

 

 

 俺だったら『石が欲しいから庭をめちゃくちゃ掘らせてくれ』って言われても『嫌だ……』ってなるし、やるならやっぱ一通り可能性を考えて、『色々考えましたけどこれ以外方法がありませんでした』ってなってからの方がいいと思うんだよな。

 他に方法を探したっていう真摯さが大事というか……。*2

 

 

「まぁチーターがいやならとりあえずがんばれるだけがんばってみるのもいいと思いますよ。チベスナさんは疲れないので」

 

 

 と、渋っているとチベスナの方も折れてくれたようだ。すまんね。

 

 

「で、とりあえず考えたのは高山地帯に行くことだが……」

 

「こうざんから石を運ぶんだと思いますよ?」

 

「俺も同じこと考えたので没」

 

 

 まず確実に俺がバテる。高山地帯から平原地方へ一気に行くってだけで既に若干疲れるというのに、石なんて持とうものならダウンは確実である。

 ソリを使ったってデカい石を運ぶことは難しいだろうしな。逆にソリが壊れるわ。

 

 

「うーん、でも、そうなるといい場所は思いつかないと思いますよ。誰かが穴を掘った場所をさらに掘るとかどうですか?」

 

「どうですかと言われましても」

 

 

 チベスナらしい発想だとは思うが、そもそも既に誰かが穴を掘ってるっていうロケーションが特殊すぎるだろ。

 誰がこの平原地方で既に穴を掘るって、

 

 …………いや。

 

 

「……そうか。ありかもしれないな、その考え」

 

「ありだと思いますよ?」

 

「賭けだがな」

 

 

 誰の邪魔にもならない採掘現場。既に穴を掘っているフレンズ。平原地方──これらのキーワードから導き出される答え。

 時期的には、いるかどうか微妙なところだろう。フレンズが巣のことで悩むのは、チベスナの例を見る限りフレンズ化してすぐのとき限定だからな。

 だが、もしも俺の賭けが実を結べば……。

 

 

「チベスナ。久しぶりに湖畔に行くぞ」

 

 

 あと、ビーバーの顔も見てやりたいしな。

*1
消せる。

*2
完全にチーターが感じる後味の問題。




なわばり編、実質某開拓番組みたいなところあります。

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