「今日もよろしくお願いするであります!」
「よろしくー」
翌日。
俺達はプレーリーと合流して遺跡──実際には遺跡ではないのだが、そっちの方が通りがいいのでそう呼ぶことにした──にやってきていた。
水路づくりは、一旦中断した。
というのも、やはり本格的に作業をする前にそれぞれの呼吸をそろえる必要があると思ったのだ。
昨日の俺のスタミナ0事件もそうだが、やっぱ共同作業をするならある程度呼吸を合わせられるようにならんとな。
俺が先導する以上、その速さに合わせてもらわないといけないのだが、やっぱプレーリーとしてもいきなりその速さを理解しろというのも難しいだろう。
俺自身も、やっぱりアニメで見ただけのふわっとした認識ではプレーリーの細かい作業の癖とかまでは分からないし。
そしてそういうものを理解するには、やはり一緒に旅をするのが一番だと、俺は自分の経験から確信している。
遺跡探索は旅にしてはちょっと小規模だが、まぁお互いの呼吸を理解するのには十分じゃなかろうか。
というわけで昨日発掘した大穴まで戻ってくるなり、チベスナは感慨深そうな声をあげながら穴の下から覗く無機質な廃墟を見下ろす。
「おお……ここが遺跡だと思いますよ」
「昨日も来てたよな」
なんか初見のようなリアクションをしているが。
「じゃあ、俺がまず下に降りて安全確認するから。合図したらチベスナ、プレーリーの順番で降りて来いよ」
「了解であります!」
「早めに合図をするといいと思いますよ」
チベスナとプレーリーの声を背中に、俺は地下に空いた穴へと飛び込む。
はてさて、鬼が出るか蛇が出るか……。
「よっと…………」
穴から降りて地下の床に降り立つと、そこは以前ピラミッドの地下から入った通路とはまた違う趣となっていた。
持ってきていた懐中電灯を照らしてみると、それが良く分かる。
「ここは…………下水道、か?」
匂いがしないのであんまり分からないが、地下の空間は巨大な管上に広がっており、床にあたる部分には水の痕と思しきものがこびりついている。
その他には、おそらく穴をあけたときに落ちたであろう土礫を除いて何もない。埃っぽい感じすらもしないので、おそらく完全に外界から遮断されていたのだろう。錆びつきのようなものもない。
「…………」
耳を澄ませば、おぉぉ……という風の共鳴が遠くから響いてくる。
物音の類も……ないな。セルリアンがいるということもないようだし、安全そうだ。
「おーい、二人とも! 大丈夫そうだぞー」
とりあえず念のため土礫を蹴っ飛ばしながら、俺は二人に合図を出す。
ほどなくして、穴からチベスナとプレーリーが下りてきた。
「よっ……ここは、なんかピラミッドのちかみたいだと思いますよ?」
「ほぁっ。ここ……なんだか怖いでありますね……戻れるでありますか?」
「心配すんな。戻るときは俺が投げるから」
この俺が退路のことを考えずに飛び降りたりするわけがなかろう。
ちなみに俺自身は流石にこの下水道と思しき空間の天井まで跳躍するジャンプ力はないが、壁面が丸いので多分走れば天井まで落ちずに登れるんじゃないかな?
まぁ登れなくてもチベスナにシアターまでタオルとってきてもらってロープみたいにすれば問題ないし。
「それ、チーターが疲れて動けなくなったらどうするんだと思いますよ?」
…………………………………………。
「俺、頑張るから」
「ちょっとチーター! そこ考えてなかったんだと思いますよ!?」
「いいんだよ! ちょっと歩いて探索するだけだから! 疲れるような心配全くないから!」
そもそも俺が疲れるような危険があるっていう想定自体があまりに後ろ向きすぎだろ! ビーバーだってそんな心配はしないと思うぞ!
一応ゴーサイン出す前にセルリアンの危険とかそういうのも確認したからな! 問題ないって言ったら問題ないんだよ!
「まぁまぁ。それより早く探検しようであります。わたし、けっこう此処がなんなのかわくわくしてるでありますよ。広い穴で楽しそうですし」
「よし! プレーリーもこう言ってることだし行くか! 時間がもったいないしな!」
「チベスナさんは心配だと思いますよ……」
背中に受ける視線は黙殺しつつ、俺は懐中電灯を照らしながら改めて周囲の状況を確認する。
さっき水の痕を見つけたが、足元に水気は一切存在していなかった。
まぁ当然か。ジャパリパークはもう長いこと稼働してないだろうし、ここを水が流れるようなことも長いことなかっただろう。
「ここ、どこかに繋がってると思いますよ?」
「さあ、どうだろうな」
後ろできょろきょろとあたりを見渡しているらしきチベスナに、俺は微妙な返答をする。
実際微妙なんだよな、このへん。おそらくこの遺跡はもともと下水道だったんだと思うが、そもそも下水施設という概念自体がジャパリパークと噛み合っているとは思えないというか……。
いや、川の氾濫対策とかで必要だったんだろうか? サバンナとかジャングルとかで水が溢れて地形が変わったらそりゃパーク的にも困るだろうしな。
そういう水をうまいこと処理するためには下水道を島中に張り巡らせる必要がある的な……。*1
「うーん、色々道が分かれてるようなふんいきがするでありますね」
「お? 音とか匂いで分かるのか?」
「いえ、なんとなくであります。わたし、こういう穴にはけっこう覚えがあるので!」
ああ……穴を掘るけものとしての経験則だったのね。しかし実際、下水道的なものなら道が分かれてる可能性は高いというかほぼ間違いないからな……。
…………いや! そうじゃないだろ! 道が分かれてるってことはつまりこの先迷う危険性があるってことじゃないか! 危ない……! 気付かず分かれ道を進んで道に迷って疲れ果てましたとか洒落になってないぞ……!
しかも地方を跨ぐ下水道なら、出てきた先が平原地方から全然違う場所でしたとかになってもお話にならないし。
いや、別に歩いて帰ればいいんだが、プレーリーを巻き込んだ手前ね……。そういうことになっちゃうのはあんまりよくない。
「このへんに……よし、あったあった」
俺はそのへんに蹴っ飛ばした土礫の塊を拾い上げる。普通にバレーボールくらいのサイズはある塊だ。
こいつを少しずつ砕いて地面に撒いておけば、道しるべの代わりにはなるだろう。そうすれば迷う心配もない。
「チーター、それどうするんだと思いますよ?」
「『ヘンゼルとグレーテル』だよ」
「チー……いや、聞いたことあると思いますよそれ」
お、映画館にあったラインナップに童話の翻案とかがあったんだろうか。
っていうかそのわりには最初に言いかけてたあたり、お前もしかしなくても『なんか難しいこと言ったな』って思った瞬間俺の名前を言うのが習慣づいてたりしないか?
「ま、プレーリーのために説明しておくと、この塊をちょっとずつ砕いて地面に撒けば、自分の歩いてきた道が分かって分かれ道を進んでも迷う心配がないってことだ」
「おお! チーターどの、さすがかしこいであります! わたし迷う心配とか全然してなかったでありますから……」
「チーターは心配性だと思いますよ。分かれ道があったとしても、後ろを向いたら来た道は一本だから迷う心配なんかないと思いますよ。どうですチーター、チベスナさんの推理は」
「二〇点」
「なんでだと思いますよ!!」
ムキ―! と怒る赤点チベスナを宥めつつ、
「あのなチベスナ。確かに道が分かれ道だけだったらそうかもしれないが、実際には『複数の道が合流する』ってこともあるんだ」
俺はメモに『Y』の字を描いてチベスナに見せてみる。
するとチベスナは要領を得なかったのか、怪訝な表情を浮かべて首を傾げた。
「これは分かれ道だと思いますよ?」
「だがこうするとどうだ」
ふむ。チベスナは『Y』を分かれ道と見たわけか。その言葉を受けて、俺はメモ帳の上下を回転させる。
くるりとメモ帳を回すと、『Y』は『人』になった。チベスナはさらに首を傾げながら、
「あれ……? 分かれ道じゃなくなったと思いますよ……?」
「そういうこと。こうなると戻るときに分かれ道になるから目印がないと迷う」
まぁ来た道を覚えてればいいんだけど、俺達の場合多分道中わちゃわちゃするから道とか覚えてる余裕ないと思うんだよね。遺憾ながら。
「べつに覚えてるから迷わないと思いますよ? やっぱりチーターは心配性なのでは?」
「俺の疲れを心配するお前に言われたかねぇ!」
「ま、まぁまぁお二人とも喧嘩はよくないでありますよ……?」
「え? いや喧嘩ってほどでもなかったが……」
いつものようにやりあっていたらプレーリーに宥められてしまったが……こういうこと前にもあった気がするな。
確か水辺地方でコウテイにも同じ心配をされてた。あのときはジャイアントペンギンがうまいことフォローに回ってくれたから助かったが、やっぱ普通のフレンズからしたら喧嘩してるように見えるのかな。気を付けよう……。
「気を取り直して、目印をつけながら出発するぞー」
「おー! と思いますよ」
「であります!」
うむ。二人とも元気はいっぱいだな。
そうして歩くこと数分経ったのだが──まぁまぁ、特に何もなかった。
いや、本当に何一つ変わったものがなかったというわけではない。
横を見ればどこかしらの排水溝と繋がっていると思しき小さい横穴が散見されるし、下を見ればたまに流れ切らずに残ったと思しき落ち葉のようなものもある。
ただ、大前提として周囲の景色はコンクリートに包まれた殺風景なものなわけで、特に景色が変化することもなく……。
結果として、正直に言うと面白みに欠ける光景だった。
まぁ、俺はそれでもパークの裏側を垣間見てるということでそれなりに楽しんではいたのだが、他二人はといえばそうでもないらしく……。
「チーター、これどこまで行くんだと思いますよ? 面白くないし戻ろうと思いますよ」
「チーターどの、わたしもそろそろ戻った方がいいのではと……」
「ううむ」
俺はといえば、少々困っていた。
今回の目的は観光ではなく、三人の呼吸をうまいこと合わせられるようになることで作業の効率化を図れる下地を作るというものである。
それなのにここまで見どころらしい見どころや三人での協力ポイントなども特になく、これでは単にちょっとぶらぶら廃墟を歩いて俺が満足しただけで終わってしまう。
どうしたものか──と唸りながら、何かないかと懐中電灯で前を照らしながら歩いていると。
「お?」
俺は視界の端に、何やら不思議なものを発見した。
「チーター、どうしたんだと思いますよ?」
「あれを見てみろ」
『それ』があったのは、通路の壁面。
湾曲した壁に一定の間隔で、タラップ*2が設置されていた。
それ自体は、特に目を惹くような派手さは持ち合わせていないだろう。
だが、タラップというものの存在理由を考えれば、俺が注目した理由も分かるはず。
そう。
『上り下りする為のもの』があるということは、その上に『向かうべき場所』があるということなのである。
「チベスナ……上を見てみろ」
言いながら、俺も懐中電灯を照らしながら上を見上げてみる。
そこには──分かりやすくマンホールのフタと思しきものでふさがれた穴があった。
「こ……これは!? チーター!?」
「出口……みたいでありますね! やっぱり色々穴があったでありますか!?」
「どうやら、そうみたいだな……皆、探検の第二ステージだぞ!」
こうなれば、探検にも一波乱あってお互いに呼吸も合わせやすくなるはず。
そんな希望を胸に、俺はタラップを駆け上がって穴の外へと向かうのだった。
八岐大蛇は一説によると氾濫する河川の脅威をあらわしているそうです。
つまり、氾濫してない普通の川なら大蛇。