畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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総合評価八〇〇〇点ありがとうございます。
皆さんの感想、コメント、チタチベへのツッコミ、評価、お気に入りが私の力となっています。


一四二話:大蛇の寄り添う銀幕

「…………む?」

 

 タラップを登って入口と思しき場所のフタを押し上げた俺だが、すぐに妙な感覚に気付いた。

 入口のフタ自体は、施錠されているわけでもなく簡単に押し上げることができる。できるのだが……何やらフタの上に布のような毛皮のようなものがかぶせられているため、フタを押し上げただけでは外に出ることができないのである。

 それでもまぁフレンズの膂力なら無理やり出ることはできそうなのだが……それ以前に何かがかぶさってるってことは、ここって屋内か何かなのか?

 

 

「チーター! 外はどんな感じだと思いますよ?」

 

 

 と、とりあえずその場で思案していると、チベスナが下から声を上げた。

 俺はフタ開けを一旦棚上げし、チベスナに返答する。

 

 

「まだ分からん! 何かがフタの上を覆い隠しているみたいだ!」

 

「壊しちゃえばいいと思いますよ?」

 

「パークの備品はなるべく傷つけたくないんだがな……」

 

 

 とはいえ、このまま片手だけだと、上に覆い被さっているものを破壊しないことにはいかんともし難いな……。

 この場所がマンホールみたいなものだとして、マンホールって下水管理をするときの入り口になっているものだから、メンテナンスの難易度の面で言えばそんなに撤去に手間のかかるものが被さってるとも思えないんだが。

 タラップに掴まっていないといけないからどうしても片手は塞がってしまうし……、……いや、待てよ?

 よく考えたら俺、尻尾があるじゃん。尻尾でタラップに掴まればよくね?*1

 

 というわけで、尻尾を使ってタラップに掴まり、自由になった両手を使ってフタをずらしてみる。

 それでもやっぱり上には布のような……いやこれ質感的に絨毯か。絨毯は依然乗っかったままだが……両手を使って探ってみると、どうも切れ目のようなものがあり、絨毯はめくることができた。

 

 

「チベスナ! プレーリー! 出られそうだぞ!」

 

 

 二人に一応声をかけつつ、俺はタラップに手を戻して穴から這い出てみる。と──すぐに違和感に気付いた。

 いや、別に何か異常なものがあったわけじゃない。あたりは、大方の予想通り屋内。それも薄暗い通路のような場所で、廃墟となったジャパリパークでは概ねありふれたロケーションだ。今までの旅でも何度も見てきた。

 この場合俺がおぼえた違和感というのは、()()()()()()()()()()()()()ことだった。馴染みがありすぎる、と言い換えてもいい。

 

 端的に言って、俺はこの場所を知っていた。

 この場所の景色を、この場所の匂いを、この場所の音を、ここ数日であまりにも知りすぎていたから、逆にそれが違和感となっていたのだ。

 

 

「チーター、ここどこだと……あれ?」

 

 

 後から穴から這い出てきたチベスナも、同様の違和感をおぼえたらしい。

 

 そう。端的に言えば、ここは──

 

 

「じゃぱりしあたー、だと思いますよ?」

 

 

 俺達の縄張りだった。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 

 

一四二話:大蛇の寄り添う銀幕

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 

「ここがチーターどのとチベスナどののなわばりでありますか?」

 

「ん、まぁな」

 

 

 キョロキョロと物珍しそうなプレーリーに、俺は説明不能の恥ずかしさを感じながら応じる。

 いや……他のフレンズを自らの縄張りに招くのもそうだが、俺はそれ以上に疑問で頭がいっぱいになっていた。

 あの穴の形状や内部の様子からして、チベスナが称していた『遺跡』というのが下水道だったというのはほぼ間違いない。それはいいのだが……何か、具体的な説明はできないのだが、そこがすごく気がかりなのだ。

 排水設備……何か俺は見落としていないだろうか?

 

 

「でも、これはいいと思いますよ。しあたーからお手軽に遺跡探索できるならチーターも満足だと思いますよ」

 

「いや、すぐ見飽きるだろ」

 

 

 あと俺の観光を困った趣味みたいに言うのをやめなさい。世の旦那さん方の晩酌とかとはわけが違うんだぞ。

 

 

「でもチーター、遺跡探索好きだと思いますよ? チベスナさん、だから教えてあげたんだと思いますよ」

 

「あ、俺の為だったんだ」

 

 

 チベスナ自身も探検とか好きそう――というか好きだから、てっきり自分が見てみたいんだと思っていたが(そしてそれなのに途中で飽きたんだと思っていたが)、チベスナなりに気を遣ってくれてたんだな。

 

 

「いや、チーターをおいてけぼりにすると後ですねるので、待っててあげたんだと思いますよ」

 

「お前……」

 

 

 拗ねねえよ! お前は俺を何だと思ってるんだ!

 いや確かに俺がいない間にチベスナとプレーリーがいなくなってたらそこそこ慌てると思うが、それにしたって『俺をおいてけぼりにして勝手に探検するなんて……』と言い出すほど幼稚じゃないぞ俺は。

 

 

「……まぁいい。結果として俺は満足できたしな……」

 

 

 ……そうなんだよなぁ。そこが問題なんだよ。

 俺にとっては有意義な時間だったが、目的である『三人の呼吸を合わせる』に関しては微妙なわけで、それを達成できないままシアターに来ちゃったんだよなぁ……。

 ……いや、考えようによってはお手軽に戻って来れるチェックポイントが見つかったってわけで、ここからさらに探検するってことも可能、か?

 

 そう考えると、ここで一旦荷物を整えて再出発するっていうのもありかもな。

 

 

「ここはいい巣でありますねぇ……。広い穴があるのが良い感じであります! わたしはもう少し地面がやわらかい方が好きでありますけど……」

 

 

 と、プレーリーは笑顔を浮かべながらシアターを見渡して言った。

 

 

「まぁコンクリだからな」

 

 

 プレーリーにとっては穴って生活の一部だから、材質は土とかの柔らかいもののほうがいいんだろうが、下水道って排水のための設備だから耐水性の高い材質じゃないといけなくなっちゃうんだよな。

 

 …………ん? ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 排水…………だと?

 待てよ? 排水機能ってそもそもそこに水があるから必要になるものだよな。

 ってことは。ってことは、だ。

 ジャパリシアターにマンホール、即ち排水機能のメンテナンス設備があるってことは……ジャパリシアターには『排水する水』が存在するってことになるんだよな。

 うん、再確認だが。

 

 

「チーター、どうしたんだと思いますよ?」

 

「ちょっと確認したいことができた」

 

 

 怪訝そうなチベスナに構う余裕もなく、俺はジャパリシアターの奥へと歩を進める。

 あえて掃除をしなかったためにほぼ探索もしていなかった、売店コーナー近くである。

 

 

 いや、ジャパリシアターに水道設備があること自体は、実のところ俺も分かっている。

 考えてみれば分かることだが、映画館みたいな行楽施設に水洗トイレがないはずないからな。多分シアターの設備の残り具合から察するに、トイレはまだ使えるはずだ。

 だから俺がたった今気づいたのは、『ジャパリシアターに排水設備があること』ではない。

 それに付随して、疑問に思ったのだ。

 

 

 果たしてジャパリシアターにある排水設備は、トイレのためだけのものなんだろうか? と。

 

 

 トイレに排水設備が備わっているなら、当然別の水道設備もあって然るべきなんじゃないだろうか?

 たとえば。

 

 

「あるのか…………? 『冷水機』が……」

 

 

 ないとは言い切れない。

 

 一般的とは言い難いかもしれないが、俺も何度か映画館に足を運ぶ中で、館内に冷水機があるところに何度か行ったことがある。

 ましてジャパリパークの中である。動物たちを観察したりして暑い中屋外を何時間も歩き回れば、水を飲みたいと思うお客さんも多かろう。冷水機の需要は、普通の映画館よりも高いといっていい。

 もちろん自販機なんかも色々用意はしてあるんだろうが、そういう場合って冷水機も置いてある印象なんだよな。

 

 

「チーター、れいすいきと思いますよ?」

 

「………………水を、飲める場所だ……」

 

 

 忸怩たる思いを言葉に乗せながら、俺はチベスナの方へは振り向かずシアターの奥へと進んでいく。

 

 

「え、チーターどの、それってつまり」

 

「言うな、プレーリー。まだ決まったわけじゃない」

 

 俺達が水路づくりをしている事情を知っているプレーリーが言いかけるが、俺はそれをあえて遮る。

 そしていくつかの上映ホールを抜けて、なんだかんだで掃除していなかったため、未だ探索の手をつけていなかった売店のあるエリアへとやってきていた。

 

 そこは、一言でいうと廃墟だった。

 奥には受付カウンターがあるがそこには当然受付の人はおらず、本来であれば上映スケジュールが表示されているであろうモニターは真っ暗で何も映さない。

 待合用に設置された無数の椅子も、壁に設置されている色あせて内容の分からなくなった映画の宣伝ポスターも、伸び放題になって根が鉢から飛び出ている観葉植物も、何もかもが文明の終わった寂寥感を俺に与えていた。

 

 そして、その一角に、それはあった。

 

 

「…………ごくり」

 

 

 思わず、俺は生唾を呑み込む。

 喉が張り付くような感覚は、果たして緊張からか。もしくは────単純に、喉が渇いているのか。

 

 まだだ。

 仮に冷水機があったとしても、まだそれが使えると決まったわけじゃない。

 そもそも、下水設備が整っているからって上水道まで整備されているとは限らないじゃないか。フレンズしかいなくなったことで上水道のメンテナンスはラッキーもやらなくなったかもしれない。

 でないと、でないと…………。

 

 

「チーター? なんか耳が震えてると思いますよ? もしかして疲れましたか?」

 

「疲れてはいない」

 

 

 耳を抑えながら、俺はおそるおそる冷水機の前に立つ。

 冷水機はこの廃墟の中にあって意外と正常な状態を保っていた。長く使われていないせいか全体的に煤けてはいるものの、明らかに機体が壊れていたといったような様子は見受けられない。

 普通の、足元にペダルがあり、上に水の噴出口がある立方体のアレである。

 

 俺はそのペダルに、祈るような気持ちで足をかけ―――

 

 

 ちょろろろろ。

 

 

 その祈りを嘲笑うかのように、噴出口から水が出た。

 

 

「あ!? チーター、水だと思いますよ!」

 

「…………ああ…………」

 

 

 さて、ここで俺が直面した状況を説明すると、こうなる。

 

 

 ・俺とチベスナ、水が飲みたい。

 

 ・飲み水を確保する為にはけっこう歩いて川まで行って水を汲まなくてはならない。

 

 ・それが大変なので、水路を作って家の近くまで引っ張ろうとする。

 

 ・そんなことしなくても水を飲めることが発覚する。←今ココ!

 

 

 つまり、俺達のやってきたことは全て、無意味……ってことになるわけで…………。

 ……………………。

 

 

「やめだやめだ! もう水路づくり終わり!!!!」

*1
たぶんフレンズよりもけものボディを便利遣いしてる。




フレンズはサンドスター生命体(脳内設定)なのでトイレの必要がありません。

最近以前に増して廃墟描写に力を入れるようになりました。

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