畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一四三話:大蛇を覆う石鱗

「チーター、水路づくりすると思いますよ」

 

 

 ……と、威勢よく言ったはずなのだが。

 チベスナはノータイムで水路づくりの続行を提言してきた。

 あれ、意外だな。チベスナはこういうとき速攻で『冷水機があるならそっちでいいと思いますよ』とか『チーターうっかりでは? うぷぷ』とか言うタイプなのに。

 

 

「意外と乗り気だなチベスナ」

 

 

 まぁ水路づくりなんてやめやめと言ったものの、プレーリーをここまでガッツリ巻き込んでる関係上、本気でやめるつもりは俺もない。

 ここまでやっといて、プレーリーもビーバーも手伝わせといて、それは流石に無責任すぎるからな。

 ただまぁ、流石にちょっと拗ねつつ気持ちを整える時間は欲しかったのだが……そんな事情があったので、俺は自分の辞めっ気よりもチベスナの乗り気の方が気になって問いかけていた。

 対するチベスナはあっさりとした調子で、

 

 

「だって巣の前にすいろ、欲しいと思いますよ」

 

 

 と答えた。

 

 

「分からないな……。冷水機があるのにか?」

 

「のみ水があるのとすいろがあるのとは別だと思いますよ?」

 

 

 …………!

 

 チベスナの言葉を聞いた瞬間、俺は頭をガツンと殴られたような衝撃を覚えた。

 そうだ……俺は、『飲み水の確保』という合理性に気を取られて、最も重要な部分を忘れてしまっていたのではないだろうか。

 

 そう。

 目の前に川がある映画館って…………なんかいいじゃん。

 

 ばかばかしいと笑うことなかれ。

 こんな世界なのだ。楽しいことをせずして何の生きる意味があろうか。

 生活を便利にするのはもちろん大事だ。掃除も、水路づくりも、確かに生活を便利にするためにやったことだ。

 でも、その手法には『俺がやりたいから』という意向が強く反映されていたじゃないか。

 たとえば掃除だってやろうと思えばラッキーに任せることができたし、水路づくりだって手段を選ばなければビーバーとプレーリーに作業の大部分を任せることだってできた。

 それをやらなかったのは、『自分のなわばりの整備だからあくまで俺達がメインで作業したい』という()()があったからである。

 

 それと同じだ。

 たとえ水源自体は内部の冷水機でどうにかなるとしても……中庭まで引っ張られた綺麗な水路が陽光を反射して煌めく光景は、とても風情があるのではなかろうか。

 水路づくりのモチベーションなんて、そんなもんで十分じゃなかろうか。

 

 

「……フッ。まさかチベスナに教えられるとはな。そうだよな、水路だからこその価値ってもんもあるよな……」

 

「やっと気づいたと思いますよ? れいすいきじゃ水浴びがめんどくさいと思いますよ」

 

 

 ………………あ、そっちね……。

 

 

 

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一四三話:大蛇を覆う石鱗

 

 

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 というわけで、チベスナの水浴び欲を満たすべく俺達は作業を開始したのであった。

 ろくに探検もできなかったので正直作業効率については少し不安だったのだが、そこは何故かなんとなく上手くいくようになっていた。

 俺が不十分だと思っていただけで、あの探検も意外と無駄ではなかったということなのだろうか。

 

 

「ふぅ。とりあえずこれで水路の原型はできたな」

 

 

 二時間ほどの作業のあと。

 掘り終えた水路を見て、俺はひとまず一息ついて額に浮かぶ汗をぬぐった。

 俺もネコ科のフレンズなのでほぼ汗はかかないのだが、それでもここまで黙々と頑張れば流石に多少じっとりとはするものである。

 

 

「いやぁ、いい仕事をしたであります。これもチーターどのとチベスナどののお陰でありますよ!」

 

「プレーリーは結局作業ガッツリ手伝ってもらっちゃって悪かったな。ありがとう」

 

 

 一応、役割分担についてはだいぶ調整を入れたけどな。

 

 俺が道しるべとなるラインを引き、チベスナがそのラインをもとに穴を掘り、そしてプレーリーが最終的な仕上げをする。

 下水道に立ち入る前は作業の大部分にプレーリーが介在していたのを、なるべく抑える方向にバランス調整した形だ。

 各々の役割を厳密に分担した分、連携できてないと作業も難しいのだが……チベスナはきちんと俺の指示通りに穴を掘り、そしてプレーリーも俺達のスピードに合わせて仕上げをしてくれていた。

 お陰で想定していた半分の時間で穴掘りが終わってしまったくらいだ。おそるべしプレーリー。

 

 

「こちらこそ感謝でありますよ。チーターどのとチベスナどの、実はとてもいいコンビなのでありますね」

 

 

 と、プレーリーはにこやかに笑いながらそんなことを言った。

 ……い、いやまぁ否定するつもりもないが、面と向かっていきなりそんなことを言われるとちょっと照れ臭いな……。

 

 

「ふふん。ようやく気付いたと思いますよ。チベスナさんとチーターはむーびーすたーとかんとく。すいぎょのまじわりだと思いますよ」

 

「お前水魚の交わりなんて難しい言葉知ってんなあ……。…………あ、監督じゃないが」

 

「……ちっ」

 

 

 お前……! 難しい言葉を使えば俺が誤魔化されると思ったか!?

 言葉の意味が分からない的な意味じゃなくて、難しい言葉を使うことに感心する的な意味で! 浅はか!

 

 

「……やっぱり、群れというのはいいものでありますねぇ。二人とも、いいコンビであります」

 

 

 そんな俺達のやりとりを見ていたからかは、分からないが。

 プレーリーはにっこりと微笑んだまま、ぽつりとそんなことを呟いた。

 まぁ、プレーリーは群れで生活する動物だしなぁ。やっぱ集団生活的なものに惹かれる節はあるのかもしれないな。

 

 とはいえ、ここは俺達の縄張りで、プレーリーを受け入れてやるわけにもいかんのだが。

 プレーリー自身もそういう期待をしているわけではないだろうし。

 

 

「お前にもそのうち見つかるよ、たぶん」

 

「チーター、てきとーこいたと思いますよ?」

 

 

 なので俺は、未来を知るがゆえの『現時点では無根拠』な励ましをするしかないのだった。

 

 あとチベスナ、なんか語彙が俺みたいになってきてない?

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 そんなわけで、残る作業──石の加工と水路の舗装に移るわけなのだが。

 

 

「こればっかりは、スピードが肝心となる」

 

「スピードと思いますよ?」

 

 

 石を手に持ちながら、俺は二人に対してそんなことを言っていた。

 人差し指にけものプラズムを集中させながら、

 

 

「そうだ。これから石を薄っぺらく切って舗装用の石材にするわけだが……当然ながら、表面がガタついていてはいけない」

 

「当然と思いますよ?」

 

「実用面で問題が出るんだよ」

 

 

 表面がガタガタだと水の抵抗が増えて舗装の耐用年数が極端に落ちるかも、みたいなことをビーバーが言っていたのである。

 確かに言われてみれば、人工的な水路とかでも表面がガタガタしているようなものはあまりお目にかからない気はする。

 そりゃデザイン的にそういうものもあるのかもしれないが、それはそれだ。

 

 

「じつようめん……。なんとなく分かったからいいと思いますよ。でも、それとスピードで何の関係があるんだと思いますよ?」

 

「フッ……試しに実演してみてやろうか」

 

 

 いまいち要領を得ていないらしいチベスナに分かりやすく説明してやるべく、俺はあえてゆっくりと人差し指を動かし、石を切断する。すると……、

 

 

「あれ、切り口ががたがただと思いますよ? チーター不器用では?」

 

「これが『手動』の限界なの」

 

 

 機械でやればそりゃ精密にもできようもんだが、人間レベルの器用さではゆっくりやっちゃうとどうしても手の震えとかが発生するんだよ。

 発生しないのは特別手先が器用なフレンズとか、そういう特殊能力持ちだけになる。

 あるいはゆっくり動くのが特徴のフレンズとかな。案外ナマケモノのフレンズとかそういうの得意なのかもしれないが。

 

 

「だが、これを高速でやると──」

 

 

 言いながら、俺は再度指先にけものプラズムを集中させて、今度は勢いよく石を切断する。すると……、

 

 

「今度は切り口綺麗だと思いますよ。チーターやればできると思いますよ」

 

「やり方の問題だってんだよ」

 

 

 さっきの俺は気合が入ってなかったみたいな理解をするんじゃありません。話が進まないでしょ。

 話の腰を折るチベスナにデコピンの制裁をくわえつつ、種明かしを始める。

 

 

「指先ってのはな、そこまで精密な動きはできないんだ。チベスナもソリづくりのときに痛感したと思うが、完全にまっすぐ自分の身体を動かすことは難しい」

 

「それは分かると思いますよ」

 

「それはこう……筋肉のブレによって生じるものなんだ。フレンズの筋構造がどうなってんのかは知らんが、まぁ機械並みの精密さっていうのは難しいだろうな。だが、筋肉がブレて直線運動させられないなら、ブレる暇を与えなければ多少は綺麗に線を引くことができるわけだ」

 

「おお……」

 

 

 どうやらチベスナも納得はできたらしい。

 さて、ここまでプレーリーの方にはあまり分かりやすい説明にはなってなかった気がするが、どこまで理解できたかな……、

 

 

「なるほど! つまりこうでありますね!?」

 

「はやい」

 

 

 早速石をめちゃくちゃに分割して、薄い石のパネルを三〇枚ほど生み出していた。

 いや、今説明……っていうか凄い精密さだな!? これ早速貼り付けていかないと今に石パネルの山ができるぞ……。

 ていうか、作業速度で言えば俺の速さにも肉薄するレベルじゃない? いや、肉体の速度という意味ではなく、作業効率とかそういう総合的な速さで。

 

 

「まぁ待てプレーリー。そう焦るな。あまり急ぎすぎると俺達の手が間に合わなくなるからな」

 

「あっ……失礼しましたであります。つい楽しくなってしまい」

 

 

 楽しくなって、か……。プレーリーは本当にモノづくりが好きなんだな。

 俺やチベスナなんかは、完成品は楽しみだが作業自体はそこまで好きじゃないからな……。

 

 

「で、パネルができたら石を貼り付けるぞ。特に接着用の材料なんかはない。掘った地面が柔らかいうちに石を隙間なく埋め込むんだ」

 

「それ、剥がれると思いますよ? 水とかで」

 

「これが実はそうでもない」

 

 

 らしい。ビーバーからの受け売りだが。

 

 

「石を隙間なく埋め込めば、それぞれの石が引っかかることで石が剥がれづらくなるらしい。もちろん隙間なく埋め込めるように埋め込む段階で微調整は必要になるけどな」

 

「なるほど! こうでありますか!?」

 

「はやい」

 

 

 だから早いよ! なんで説明した次の瞬間には水路に六角形の石パネルを隙間なく貼り付けてるんだ!?

 

 

「ではチベスナさんもやってみると思いますよ。……あっ割れた」

 

「あっ割れたじゃないが」

 

 

 まぁ割れた石も隙間に入れれば無駄じゃないから別にいいが……。

 とはいえプレーリーの丁寧な仕事のあとでこれだと、落差でちょっと笑ってしまうな。

 

 

「あっ、チーター今チベスナのこと笑ったと思いますよ!?」

 

「笑ってないが」

 

「その耳は笑ってると思いますよ!?」

 

「耳!?」

 

 

 くっしまった……! 消したい、この耳!*1

 

 

「そんなに笑うなら、チーターだって石を埋め込むといいと思いますよ! これ薄いから結構大変なんだと思いますよ! チーターなんて絶対割ると思いますよ!」

 

「おうおう、言ったなチベスナ。この俺を侮るとはいい度胸だ」

 

 

 そこまで言うならやってやろうじゃないか。文明的フレンズを舐めるなよ。この程度の日曜大工など余裕で──、

 

 

「あっ割れた」

 

「ほら割れたと思いますよ」

 

「うるせぇ」

 

 

 くっ……これけっこう難しいぞ……!

 何が難しいって、本当に薄っぺらいのだ。薄っぺらいといっても普通に一〇ミリはあるのだが、フレンズの膂力をもってすると慎重に触らない限り簡単にパキッと折ってしまうのである。

 日曜大工って言ったが、普通に日曜大工の難易度を超えてるぞ……!

 

 

「やっぱりチーターだってダメだと思いますよ。いえ、チーターの方がチベスナさんよりダメダメなのでは?」

 

「……ほう?」

 

 

 言ったなこのポンコツめ。

 そうやって調子に乗ってマウントをとるのがお前の敗因だ。そこまで言うなら乗ってやろうじゃないか、お前の安い挑発にな。

 

 

「ならば決着をつけようじゃないか。俺とお前で、どちらが上手く石パネルを設置できるのか!」

 

「望むところだと思いますよ!」

 

 

「…………いい、コンビであります……ね?」

 

 

 あ、プレーリーは巻き込んでごめん。

*1
消せる。




チーターはかばんちゃんにはなれないのでフレンズの抱える問題を解決はできませんが、
それはそれとしてなんかしらの救いという『お土産』は持って帰ってもらっています。

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