畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一四五話:今再びの密林

「この間はありがとな」

 

 

 水路づくりの翌日。

 俺はチベスナを伴ってもう一度湖畔にやってきていた。水路づくりの顛末を説明してやらないと、ビーバー的には心配で夜も眠れなくなってしまうからな。

 

 

「いえいえ! おれっちはただやり方を考えただけッスから……あっそうだ大丈夫だったっすか? おれっちの考えたやり方で上手くいったッスか? フレンズたちの噂話で立派な川ができたらしいことは聞いたッスけど、何かご迷惑おかけしてたかも……」

 

「心配いらん。お前の考えた方法のお陰で、全部上手くいったよ」

 

 

 いやマジで。結局あのあとじっくりと水路の点検もしたのだが、石のパネルは一枚も剥がれる部分はなく、乗ってみてもしっかりと体重を支えてくれていた。

 チベスナが調子こいて川の上で盛大に転ぶという一幕もあるにはあったが、それでもパネルが壊れることはなかったしな。

 

 

「ほっ……それはよかったッス……」

 

「ビーバーはもうちょっと胸を張るといいと思いますよ。胸を張ると気分がすっとすると思いますよ。えへん」

 

「お前は別にそう言いながら胸を張る必要はないからな」

 

 

 胸を張るチベスナの真似はせず、ビーバーはにこりと笑いながら、

 

 

「実は、おれっちにとっても川を作ってくれるのはありがたかったッス。水場が増えると、おれっちが行ける場所も増えるので……」

 

「あ、そうなんだ」

 

 別に水場がなかろうと行きたい場所に行けばよかろうとは思うが……ビーバーみたいな性格だと、水場っていう『ホーム』の外になると怖くなるみたいなことは確かにありそうだよな。

 

 

「いろんな場所に行けるのは、おれっちも新鮮で楽しみッス。おれっち今までしんりんちほーまでしか行ったことなかったッスし……」

 

「ま、徐々に慣れていけばいいだろ」

 

 あー、森林地方には行ったことあるんだ。それなら大丈夫かもしれないな、水場から出ても。まぁ、この性格だし誰かの引率は必要になるかもしれないが……。

 

 

「その点、チーターさん達はすごいッス。いろんな見たことない場所を冒険して……。もう、パークは全部回ったんじゃないッスか?」

 

「そんなことはないぞ」

 

 

 どこか羨むように言うビーバーに、注釈するように俺は答える。

 旅の途中で行かずに先に進んだ場所ももちろんあるし、言うほど『全部』ではないんだよな。

 

 

「あれ、そうなんスか? 想像できないッスねぇ……。なんだか二人ともどこでも行けそうな気がするッス」

 

「チベスナさんはそうだと思いますよ。ただチーターはスタミナがないので、こうざんとか苦手だったと思いますよ」

 

「言うなよ」

 

 

 あえてボカしてたのに。

 ……そういえば、あそことか行ってなかったっけな。

 

 ──アルパカのジャパリカフェ。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 

 

一四五話:今再びの密林

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

「というわけで、旅をしよう」

 

 

 ビーバーとの話を終えて、感謝のしるしとしてお土産を渡して、シアターに戻ってから。

 俺はチベスナにそんな相談を持ち掛けていた。チベスナは俺の提案を否定も肯定もせずに、

 

 

「旅だと思いますよ?」

 

「そうだ。そういえばアルパカのジャパリカフェにまだ行ってなかったと思ってな」

 

「あー、そういえば」

 

 

 言われて、チベスナも思い出したようだった。

 前に高山地帯に行ったときにもアルパカとは一度会っているのだが、その時アルパカはちょうど図書館に行く真っ最中だったから、時系列的にジャパリカフェはできていないのだ。

 アルパカとはそのとき『またいずれ』みたいな話はしていたのだが、今の感じだと思いだしたときに行かないと多分いつまで経っても行かない気がするし。

 あと、宣伝の為にアクセサリーをジャパリカフェに何個か置かせてもらうのもいいかなと思ってな。

 

 

「別にいいと思いますけど、その間しあたーはどうすると思いますよ? お客さんが来るかも」

 

「そもそもまだ営業開始してないだろ」

 

 

 ……とはいえ、今の俺達と同じように、出先でお土産を渡して宣伝したフレンズがその間に遊びに来る可能性は十分あるんだよな。

 そういう意味で、留守の間にフレンズ達に俺達の動向を伝えておく方法は考えねばならない。それは俺も分かっている。

 まぁ、分かっているということは既に手は打ってあるんだが。

 

 

「留守の間は、これを使う」

 

 

 言いながら、俺はメモ帳を数枚貼り付けて作った大きめのイラストを取り出した。

 イラストには、俺とチベスナのデフォルメされたイラストが山に向かっている様が描かれている。

 

 

「これは……チベスナさんとチーターだと思いますよ?」

 

「そうだ。これで俺達が山に向かってるってことは分かるだろ?」

 

「なるほど! 確かにこれを見ればチベスナさん達が山にいると一目で分かると思いますよ。さすがチーター」

 

 

 ふふん。これで後顧の憂いは断ったな。

 それじゃあ――――

 

 

「出発! と思いますよ!」

 

「いや、旅の間の飲み水とか持って行くアイテムの吟味をする」

 

「………………」

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 その後、何故かぶーたれるチベスナをなだめつつアイテムの選別をした俺は、そのままチベスナを引き連れて高山地帯へと向かっていた。

 高山地帯へは砂漠地方を通るとかなり近道なのだが、今回はあまり大荷物を持ちたくない──ソリを持ち出すほど長旅にするつもりがない──ということで、あえてジャングル地方を通って向かうアプローチを採用した。

 ジャングル地方を通るルートだと若干回り道になるが、タオルなしで砂漠地方を通ろうとすると絶対に行き倒れになるからな。こればかりはしょうがない。

 

 

「チーター、せっかくだしじゃんぐるちほーのアトラクションで遊んでないのがあったら遊びたいと思いますよ」

 

「あん? ジャングル地方で遊んでないエリアか…………ないな」

 

 

 これは一周目のときから分かっていたことだったので、俺はトートバッグから地図を取り出すまでもなく答える。ジャングル地方はサファリがメインになっている地方だからな。あるのはブンブンっていう良く分からん施設*1くらいなのである。

 まぁ、その代わりジャガーの橋渡しという新名所はできているけどな。……そういえば、ジャガーにもお土産渡してなかったな。せっかくだしアイツにもアイテムを渡してやるか。

 なんてことを考えていたのだが、チベスナにとって俺の回答はあまり面白くないものだったようで。

 

 

「ないなんてことはないと思いますよ! チーター、ちゃんと探しましたか?」

 

「んなこと言っても、前回のときにないって話したろ?」

 

「そうだったと思いますよ……? ……でも、せっかくまたジャングル地方に来たんだし何か新しいものを見つけたいと思いますよ!」

 

「無茶苦茶だなぁ……」

 

 

 別に目的地の高山地帯で真新しいもの見られるんだし別にいいじゃん。

 ……んー、ただまぁ、同じ場所ならせっかくだし別の面も楽しんでみたい、というのは俺にとっても理解できる気持ちだ。

 んで、ただでさえアトラクションがないジャングル地方で新しい一面を発見するためには、どこを重点的に探索すればいいか、だが。

 

 

「…………」

 

 

 ぱっと周囲を見て、俺の脳裏には答えが浮かんでいた。

 俺の目の前には、雨季でないせいか水位が低く、そして水も心なしか澄んで見える河があった。

 泥で濁っていれば考え物だったが、ここまで河が済んでいるならば──

 

 

「泳ぐか?」

 

 

 という選択肢も浮かんでくる。

 何せ最近の俺達は水路を作ったことで水遊びがちょっとしたブームなのである。最近っつっても水路作ったのは昨日の話だが。

 だからか、チベスナはわりと乗り気で、

 

 

「面白そうだと思いますよ! 確かに今日のじゃんぐるちほーは水がきれいですしね」

 

「飲み水にはしたくないけどな」

 

 

 わざわざ冷水機で水を補給してきたので、これを飲んだ後に川の水はあんまり飲みたくない。

 ……ああ、以前の俺ならなんだかんだで川の水でも喉はうるおせるしと普通に流せていたはずなのに。文明度を上げるということは、満足を遠ざけてしまうということなのかしら。人間の業とは悲しいものよ……。

 

 

「えー。飲めばいいと思いますよ。チーターはわがままですね」

 

「…………」

 

 

 まぁ、コイツは人間ではないので文明度が上がるとかそういう心配は必要ないみたいだが。

 

 

 気を取り直して、川遊びである。

 トートバッグをそのへんの木の枝に引っ掛けた俺は、服のまま川の中に入っていく。

 水位が低いとはいえ、ジャングル地方の川は深い。一六〇以上はある、女(フレンズだが)としては長身の部類に入りそうな俺でも足がつかない深さだ。

 

 

「チベスナ、大丈夫か? 泳げる、ア!?」

 

 

 し、尻尾!?!?!?

 

 尻尾に走った違和感に振り返ってみると、後ろにいたチベスナが俺の尻尾をよすがに水面に浮いていた。

 

 

「お前、何してんの?」

 

「ちょ、ちょっと深いのでチーターに掴まってると思いますよ」

 

「…………浮けるなら大丈夫だから、手ぇ離せ」

 

「嫌だと思いますよ! 流されたらどうするんですか」

 

「泳げ!! 犬かきできるだろ!!」

 

「チベスナさんはキツネだと思いますよ!」

 

 

 そういうことじゃねぇ!!!! っていうか尻尾を掴まれると…………痛いんだよ! 激痛ってわけじゃないけど、尾てい骨の付け根辺りが慢性的につねられてるようないやな感覚になるんだよ!

 

 

「うー……しょうがないと思いますよ」

 

 

 言って、チベスナは渋々俺の尻尾を手放した。まったく……手とか肩とかならいくらでも貸してやったっていうのに。なんでアイツはピンポイントに俺の急所を狙うかね……。ほんと尻尾消したい。*2

 

 ──あれ、そういえば俺、何気にこうやって足がつかない場所で泳ぐのは初めてかもしれないな。水浴びしたり水路づくりしたりしてるうちに全然気にしなくなってしまったが、ジャングル地方を旅していたときは泳ぐのも少しビビってたっけ。

 それが今じゃすいーだもんな。すいー。

 

 背泳ぎしながら、俺は周りの景色を楽しむ。*3

 水面ぎりぎりから眺める密林の景色というのは、やはり乙なものだ。前にジャガーに運んでもらった時も同じようなこと考えてた覚えがあるけど。

 水の冷たさ、飛び散る飛沫、その先に見える緑のコントラスト。そして陽光──こればかりはやはりこの季節のジャングル地方で、しかも自分で泳がないと分からない景色だ。十分『二回目ならでは』なんじゃないだろうか。

 

 

「なあ、チベスナ──」

 

 

「あー、チーター! 助けるといいと思いますよ!」

 

「はっ!?」

 

 びっくりして起き上がり立ち泳ぎに移行した俺は、そこで初めてチベスナの様子を目視する。

 チベスナは……あのポンコツアホギツネは……ぷかーっという力の抜けた態勢のまま、川を流されていた。

 

 ……チベットスナギツネの川流れ……。

 

 …………って言ってる場合じゃねぇ!

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 その後、チベスナは俺の懸命の救助活動によって無事に岸まで連れていくことができた。色々やっているうちに数百メートルくらい流されてしまっていたが……。

 お陰でトートバッグを引っかけていた木まで少々歩くハメになった。

 川遊び? あんなことがあったあとで続行できるほど俺は楽観的じゃないよ! ジャングル地方の川はチベスナに遊ばせるには深すぎる! もっと浅い場所じゃないとダメだ。

 

 と。

 

 トートバッグを引っかけた木まで戻ってきた俺は、そこで思わぬフレンズと遭遇した。

 そのフレンズとは──。

 

 

「わー、何これ? 見たことない木の実! おもしろそー!」

*1
多分観察所であろうということは分かっている。

*2
消せる。

*3
チーターは無自覚だが、顔を水につけるのが本能的に怖いため背泳ぎしている。




というわけで、今回はじゃんぐるちほー~こうざんの取りこぼしたイベントを回収しに行きます。

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