さて、カワウソと別れて高山地帯へと歩いていた俺達だったが……やがて、とある問題があることに気付いてしまった。
それは、ジャングル地方の地図を見て気付いたことだった。なんと──
「これ、河渡らないと高山地帯に行けないな」
ということであった。
いや、別に河が渡れないとかそういう話じゃないんだよ。頭の上にトートバッグ載せて立ち泳ぎすればトートバッグを濡らさずに向こう岸に行けるし。
何ならどっちかが先にわたってトートバッグを投げるでもいい。ただ、問題が一つあり……チベスナが河を渡れるか、ちょっと微妙なのである。
さっき遊んでたら普通に流されたしな。
また同じように流されたら、立ち泳ぎではチベスナを助けるのに時間がかかるし、流されれば元の場所に戻るのにもけっこうな時間がかかってしまう。
で、俺がチベスナを介護しつつ河を渡ろうと思っても、流石にそこまでやるとトートバッグを濡らさずに渡りきるのは至難の業になってくるし……。
と考えると、ちょっと一計を案じないといけないなということになってくるわけである。ジャガーが見つかれば、ジャガーに河渡しをしてもらえて楽だったのだが──。
「お! チーターにチベスナ! 久しぶり! 元気してた?」
と。
そんな願いが天に通じたのか、ジャガーの声が耳に届いてきた。
苦悩の只中にいる俺の脳が都合のいい幻聴でも作り出したのか──とちょっとだけ思いつつ顔を上げてみると、そこにはソリを曳きながら河を下っているジャガーの姿があった。
水の中なので、曳いてるって言うかはちょっと分からないけども。
「おう、久しぶり。こっちは元気だったが……」
「ジャガー! 久しぶりだと思いますよ。ちょうどいいところに来たと思いますよ!」
「え? あれ? どうかしたの?」
「実はチベスナさん達、こうざんに行きたいんだと思いますよ!」
挨拶もそこそこすぎるだろ。もう少しお互いの近況を話す程度の心の余裕はあってもバチは当たらないと思うぞ?
とはいえ、そんなことを言われたらジャガーの方も何もしないはずがなく。
「おー! そいつはちょうどいいタイミングだったね! じゃあ乗りなよ。そこまで送っていくからさ」
と、快諾してくれるのだった。
……久々に会ったけど本当に良いヤツだな、こいつ……。
「いや、本当に久しぶりな感じがするな」
ソリの荷台に乗りながら。
俺は、荷台から見るジャングルの景色を堪能しつつそんなことを言う。
ジャングル地方でジャガーと出会ったのが、遠い昔のように感じるよ、マジで。
今でもジャングル地方でバテたのは俺のフレンズとしての生き方の教訓として根付いているし、あそこで経験したことは俺の血肉になっている。ソリの作成とかも含めてな。
「そうだねー、チーター達はあのあとさばんなちほーに行ったんだっけ?」
「ああ。雨季だったからちょっと通るのが大変だったけどな」
「でも、ぬいぐるみとか楽しかったと思いますよ。……あっ! チーター、ぬいぐるみ! 取りに行こうと思いますよ!」
「また今度な」
チッ……気付いたか。忘れたままならこのまま永久にスルーしようと思っていたんだが……。
というか、どのみち今回はいけないけどな。ソリ持ってきてないからぬいぐるみ運ぶのクソ面倒くさいし。
「チーターけちんぼだと思いますよ」
「なんとでも言いたまえ。今回はダメ」
「むうー……」
「あっはっは! チーターとチベスナは相変わらずだねえ」
駄々をこねるチベスナをいなしていると、ジャガーは楽しそうにそう言って笑った。……相変わらずかなあ? チベスナのあやし方は俺も少しは上達したと思うんだが。
「そうだ。ジャガー、ソリの調子はどうだ? 乗り心地は今のところけっこういいが……浸水とか。ほら、一度壊してるし」
「んー、今のところ気にしたフレンズはいないかな。すごくいい感じだよ! 引っ張るのも楽だし、いいもの作ってもらっちゃったねー」
「そりゃよかった……」
言って、俺は意外と安堵している自分に気付いた。
ビーバーみたいに、過剰に心配しているわけではない──と自分では思っていたが、やっぱり心のどこかで気になる気持ちはあったみたいだ。
まぁ、そりゃな。自分が作ったもんだし、一度派手にぶっ壊してるし、譲り渡した相手がそのことで迷惑を被ってないかとか心配するのは当然だよな。
何にせよ、ジャガーの手助けになってるならよかった。
「よくないよ! わたしばっかりこんなにしてもらっちゃってさー、チーター、チベスナ、何かお礼させてよ」
「え、いや、それ以前に俺はお前に助けられてるんだが……」
疲れて動けなかったときに、洞窟まで案内してジャパリまんの面倒も見てくれたのはジャガーだしな。
いやほんと、今でも感謝してるよ。ジャガーがいなかったらちょっとアレだったからな。不安なまま体力を回復させないといけないハメになってたからな。
「チベスナさんは特に助けられてないのでお礼をしてもらうのもやぶさかではないと思いますよ」
「オメーもジャパリまんもらってたろうが!」
しれっと記憶を消去するんじゃない!
「ともかく。お礼なんていいから。そもそもソリだってチベスナが馬鹿やって壊したのをあげただけなんだし」
「チベスナさん壊してないと思いますよ!」
「壊したろうが!」
しれっと記憶を消去するんじゃない!*1
「そう? なんだか悪いねー」
さらりと言いながら、ジャガーは上機嫌でソリを曳いていく。
後頭部ごしに見えるジャガーの耳は、やはり嬉しそうにぴこぴこと動いていた。……うむ、やっぱ耳は感情がよく出るなぁ……。俺の耳もこんなんなんだろうか。
「おっ、ほら、もうそろそろ着きそうだよ」
と、ジャガーの言葉に、後頭部に落としていた視線を上に向けてみると、そこには薄く緑に覆われた峻厳な山々が聳え立っていた。
山腹にはところどころに柱のようなものが建っており、おそらくアレがロープウェイなのだろうと推察できた。
もうここまで来ると河渡しをする必要もなくなってくるので、ジャガーに河岸へ乗りつけてもらう。
「はい、とうちゃーく! ここでいいんだよね?」
「ああ、ありがとう。だいぶ助かったわ」
「お疲れと思いますよ! ……ジャガー、ネコ科なのに本当に疲れないと思いますよ。なかなかやると思いますよ」
「アハハ、疲れやすいのはチーターだけだよ」
……くっ。事実なので特に言い返す言葉がない……。しかもジャガーには煽る意思もないしな。
しょうがないのでそこについては流し、
「そういえばジャガー。あのあと旅をしているうちにいいものを見つけたんだよ。ジャガーにも渡そうと思って」
「え? なになに?」
「アクセサリーだ」
俺はトートバッグから輝く珠を取り出すと、差し出されたジャガーの掌の上に置いてやる。
ジャガーはアクセサリーを見てから首を傾げ、そして俺の方に視線を向けると、
「これ、なんなの?」
「珍しいもの。大量に見つけたから会ったフレンズには記念に配ることにしてるんだ」
「ちなみに! これはしあたーにも置いてあるので、ほしければまた来るといいと思いますよ!」
お。チベスナが宣伝文句を引き継いだ。
流石にこう何度も言っていればチベスナも内容を覚えるか。
「おー! ありがとう、こんないいもの。何かお礼に手伝おうか?」
「いや、いいよ。記念に渡してるだけだしな」
手伝い……と聞いて、山登りの手助けとかしてもらうのもいいかもな──と一瞬思ったのだが、今回の山登り、実は非常に簡単だと分かっているので問題ないのである。
何故非常に簡単なのか。
それは──ここのロープウェイには、非常用の予備ゴンドラがあることを知っているからである。
思い出してほしい。アニメではラッキーがそれをどこからか引っ張り出して、ロープウェイを移動していたではないか。現にフェネックがそれを使って頂上まで登ったりしていたしな。
それを使えば、わざわざ山登りをする必要もないため、ジャガーの手助けも必要ない、ということなのである。
それに、確か予備ゴンドラは手狭だったような気がするから、ジャガーまで乗せちゃうとぎゅうぎゅう詰めになっちゃうかもしれないし。
「じゃ、俺達は行くよ。色々ありがとな、ジャガー」
「しあたーにも来るといいと思いますよ!」
「うん! ありがとね~!」
ジャガーの陽気な声を耳にしつつ。
俺達は高山地帯へと向かうのであった。
「しかしチーター、よかったと思いますよ?」
高山地帯へ行く道すがら。
ふと、チベスナがそんなことを問いかけてきた。
意図を掴みかねて、俺は怪訝な感情を声色ににじませながら問い返す。
「何がだ?」
「ジャガーのことだと思いますよ。色々とまた助けてもらった方がよいのでは? この山、登るの多分大変だと思いますよ。チベスナさんは平気ですけど」
「あー、そのことね」
そういえばチベスナにはさっきの俺の思考はまるっと全然説明してなかったからな。チベスナが不思議に思うのも無理はない。
「それなら心配は要らん。まぁ見てろ、ちょうどここに──」
そこまで言いかけた、ちょうどその時。
ジャングルの木々を抜けたその先に、コンクリートで作られた駅のような場所が見えてきた。
実際の乗り場は二階相当の高い位置にあり、そこから二本の線が伸びて山の頂上に繋がっている。
全体的にコンクリートの無骨さがありありと出ているが、柱が緑色にペイントされていたり、階段の手すりが黄色く塗られていたりと、ところどころにジャパリパークらしい意匠も存在している。
特に目を惹いたのは階段の入り口近くに設置されたMAPだろうか。キョウシュウエリア全域の地図なのだが、高山地帯にあるものだからか特に高山地帯について詳しく書かれているようだ。
チーターの視力のよさゆえ見えるが──どうもジャパリカフェについても書いてあるようだ。やっぱり開園当初からジャパリカフェは運営されていたんだな。当然のことだけど。
「ロープウェイ乗り場がある」
「……ロープウェイ?」
「山を簡単に登る為の乗り物」
首を傾げるチベスナに適当に答えつつ、俺は鉄製の階段を登って乗り場へと向かう。
さあ、あとは適当に備え付けられている予備ゴンドラを取り付けて、濃いで山の頂上まで行けばミッションコンプリートである。
アルパカに会って近況報告をしてお茶を飲むだけだ。いやあ久々に飲むな、お茶。楽しみだ……。
「チーター、ここ何もないと思いますよ?」
とかなんとか考えつつ乗り場に到着すると、案の定何もないことにチベスナが疑問の声を上げる。
焦るな焦るな。これから予備ゴンドラを取り付けるんだから。
さあて予備ゴンドラ、を……、
…………あれ?
あたりを見渡してみたのだが……予備ゴンドラがしまわれていそうな場所が、どこにもない。
あれ? あれあれ? おかしいな、確かにアニメではラッキーが予備ゴンドラを設置して、かばんとサーバルが山から下りていたはずなんだが…………、…………ん?
あ!!!!
そうじゃん!
ってことは予備ゴンドラがあるのは山の頂上で、麓には予備ゴンドラないんじゃん! っていうか、そもそもアニメではかばんはトキに運んで、サーバルは自力で登ってたんだった……。麓に予備ゴンドラがあるんなら、普通に考えてその時点で使うはずだよな……。不覚だった……。
「チーター、どうしたんだと思いますよ?」
「…………アテが外れた」
忸怩たる思いを胸に応えた俺に、チベスナはどこか呆れたような視線を向けながら、
「ジャガー、今からでも呼びに行くと思いますよ?」
…………。
……多分もう河下っちゃってるでしょ……。