「んじゃ、いってらっしゃいねぇ~。夜までには戻ってくるんだよぉ~」
「おう」
「行ってくると思いますよ」
コーヒーとミルクティー(砂糖ドバドバ)を十分に堪能したあと。
アルパカの見送りを背に、俺とチベスナは喫茶店を後にし、一路、ジャイアントペンギンに間接的にオススメされた『ジャパリ博物館』へと向かい始めた。
高山地帯といえば俺にとってはスタミナ不足のトラウマが記憶に新しい魔の領域。博物館というアトラクションに続くとはいえ、その道中が果たしてどれほどの苦難か……と、正直身構えていたのだが。
「チーター、全然疲れないと思いますよ?」
「道がわりと平坦だからな」
俺の警戒とは裏腹に、博物館までの道はちょっとしたハイキングコース程度の勾配を保ち続けてくれていた。
道幅も大体四メートル程度と、俺とチベスナが並んで歩いても多少余裕を持っていられるレベル。
道の端には手すりと転落防止の金属柵が設置されており、かなり来園者のことを考えた作りになっていることが伺えた。
「……まぁ、そりゃそうか」
「チーター?」
「んにゃ、他の高山地帯に比べてかなり歩きやすいデザインになってるなって」
首を傾げるチベスナに簡単に答えながら、俺はひとり得心していた。
だって、他のアトラクションと違って博物館って明らかにインテリでインドアな施設だからな。
ジャパリ図書館もそうだが、利用者はノリノリで遊びを楽しむっていうよりは、むしろ少し疲れ気味の人とか、最初から知識を求めてる層になるだろう。であれば、インドア派でも簡単に行けるように道中が整備されているのはある意味当然ではある。
この道にしたって、ひょっとしたらジャパリバスで行けるような道なのかもしれないしな。俺が見つけてないだけで、地下道から高山に繋がる出口があるとか、パークなら十分あり得ると思う。
……今のうちに見つけておいた方が、今後高山地帯に遊びに行くとき便利か? そういえば地下道の把握はパークで生活していく上ではわりと急務かもしれない。覚えておこう。*1
「そうですか? チベスナさんは良く分かんないと思いますよ」
「そりゃお前はもともと山登り得意だしな……」
平然と斜面とか登るもんなお前。たまにこけて滑落するけど。
「お、そうこうしているうちに博物館が見えてきたな」
そんなこんなで歩くこと十数分。
俺たちの目の前に、マンモスの頭部を模した館が見えてきた。
……ファンシーな見た目だが、あのジャイアントペンギンがわざわざ俺達を誘導したのだ。きっと何かあるに違いない。
そんな思いを込めて、俺は眼前に聳え立つ太古の巨象を見上げ呟く。
「ここが……」
「なんかゾウみたいなのがいると思いますよ」
マンモスね。
いや俺も巨象って思ったけども。
入口のガラス戸は特に施錠をされているわけでもなく、簡単に開けることができた。
本来であれば施錠されていて然るべきだが……時の流れで施錠が壊れたのか、あるいはジャイアントペンギンが前もって開けてくれていたのか。
まぁ、俺達にとっては都合がいいので気にしなくてもいいか。
内部の照明系は流石に切れていた(スイッチをオフにしてあるだけかもしれない)が、天窓から差し込む光によって、館内が全く見えないということはない。
といってもやはり薄暗くはなるが……夜目の利かないチーターの目でも見える程度には明るい。
そんな館内は、入口近くだからかかなり広々とした作りになっていた。
記念碑(?)なのか、入口から入ってすぐのところに真っ黒く大きな石で作られたメッセージボードのようなものがあり、その裏手に総合受付があったと思しきカウンターが設置されている。
その奥では道が二手に分かれており、ここからだとちょっと何があるか分からないが、多分何かしらの展示があるのだろうと思う。
「ほあー……なんか変な匂いがすると思いますよ?」
「だな。古臭いというかなんというか……」
他では感じられない、博物館特有の匂いだ。
ヒト時代から経験のある匂いだが、改めて考えてみるとこの匂いって何が原因なんだろうな? 保存用のなんかの匂いとかなんだろうか……?
「チーター、それでこの後はどうすると思いますよ?」
「そうだな……とりあえず手当たり次第に探索してもいいが、ジャイアントペンギンが俺達を此処に誘導したってことは、何かしらの思惑があるってことだろう。手がかりを探す為にも、まずは案内板を探した方がよさそうだな」
案内板自体は多分入口近くにあると思うが……問題は案内板がちゃんと見られる状態かってところだなぁ。
入口はそんなに壊れてなかったから心配要らないとは思うが、ジャパリパークの案内板、たまにけっこう劣化してるんだよね。流石にノー手がかりで行くのはちょっと探索に時間がかかりすぎる気がする。
というか、ジャイアントペンギンが俺達を此処に誘導した理由もイマイチ分かんないんだよな。
アイツは無駄なことはしないタイプだから、まさか『お勧めの観光地だから見てほしいな』みたいな軽いノリではないと思うが……。
いや、俺はそういうお勧めの観光地とか教えてもらうのすごくうれしいから、案外そこを読んで気を利かせてくれたっていう可能性も否定できないが。
「その必要はないぞー」
と。
とりあえず案内板を調べようと動き始めた俺達に、少し前までよく聞いていた声が届いてきた。
声の方を見てみると──館内の奥、右手の道から、見覚えのある小柄な影がのそのそと近づいてきていた。
その姿を見て、俺は驚きよりも先に呆れの感情が先立った。
「…………一応、誘導に乗った自覚はあったが……タイミングまでドンピシャとはな」
近づき、天窓から差す陽光で露わになった姿は──ご存じジャイアントペンギンだった。
「や、流石にそこまで神がかっちゃいないさ~。そろそろ来る頃かと思って、一週間前から高山地帯に里帰りしてたんだよ。色々準備もあったしな」
「それでも十分すげーよ」
水辺地方で別れてから、そこそこ時間が経っているというのに……俺たちの行動パターンがそこはかとなく読まれておる。
いやまぁ、アルパカの件は確か水辺地方で話していたはずだし、俺達が平原地方に戻ってひと段落して、高山地帯にもう一回行こうと思うまでの時間とか、確かに推測すれば誤差一週間くらいなら何とかなる範疇かもしれんが……。
……ん?
「準備?」
危うく聞き流しそうになった一言を聞き返すと、ジャイアントペンギンはひとつ頷き、
「そ。今回おまえたちに来てもらったのは、ただ観光案内がしたかったからわけじゃあない。分かってると思うけどな。じゃあなんでこっちに来るようアルパカに言伝を頼んだか、だが……」
そう言いながら、ジャイアントペンギンはスッと俺──正確には俺の肩にかけたトートバッグを指さす。
深謀遠慮が服を着て歩いているようなそのフレンズは、不敵な笑みを口元に浮かばせながら、
「そのバッグの中身。……『アクセサリ』の真の価値を……今のうちに伝えとこうと思ってな」
で。
そんなふうに話を切り出された俺達は、何故かそのまま館内を案内されていた。
巨大な恐竜の白骨標本がまるで並木道のように立ち並ぶ通路をゆっくりと歩いていると、案の定チベスナがぶーたれた調子で口を挟む。
「話はどうしたと思いますよ? チベスナさんは早くあくせさりの真の価値とやらが知りたいと思いますよ。骨がいっぱいでちょっと怖いと思いますよ」
「まぁ落ち着けチベスナ。ジャイアントペンギンに限って無駄なことはしないだろ。っていうか俺は観光もしたいし」
「ニシシ、信頼されたもんだな~……」
そりゃお前のこれまでの行いを見てればね……。
だがまぁ、アクセサリの話というのにわざわざ俺達を博物館に誘導した理由については確かに気になるところだな。
さっきから見た感じ、ここの展示物は主に絶滅動物って感じみたいだし……。
……あるいは鉱物を展示する区画もあって、サンドスター関連の展示物や文書もそこにあるとか……か?
「チーター、なんか分かったと思いますよ?」
「え? なんでだ?」
「耳が分かった感じだったので」
えぇ!? なんかちょっと閃いた程度だったのにそれで反応するのか、俺の耳……! くっ、消したい!!*2
「およ? もう察しがついたのか、流石チーターだな。ま、多分予想の通り。この博物館には古代の生物の展示だけじゃーなく、鉱物──特に
「万博かよ……」
「ばんぱく?」
「……詳しいな。ヒトレベルでも相当マイナー知識だぞ」
そうか? 普通に教科書に載ってる話だが……、……いや、ジャパリパークができた年代が超未来とかだったらそうでもないのかも? まぁ年代のことなんて考えてもしょうがないが。*3
「そしてそのラインナップの中には──『サンドスター』も含まれている」
「へー……」
やっぱりね。それで、サンドスターが中に入っているアクセサリの話に繋がってくるわけか。
………………ん?
「やっぱ察しがいいな。……そ。『サンドスター』ってのは、最初、空から降ってくるモノだった。それで此処で展示されてた」
「ジャイアントペンギン、何言ってると思いますよ? サンドスターは火山から出てくるものだと思いますよ。空から降ってきたというのは勘違いでは?」
「…………いや……」
そういえば、俺も考察とかで聞いたことがある。アニメの前にやってたアプリ版じゃ、サンドスター火山ってのはなかったって話を。で、確か空から降ってきたって話もあった気がする。今までは特に気にしてなかったが……。
「お。その様子だと噂話程度とはいえ知っていたみたいだな。ま、話のメインはそこじゃーない。いずれ話しとこうと思うけど、たぶん今のおまえ達に話しても意味はないし……一気に色々話しても困るだろ」
「あ、うん。その気遣いは助かる」
チベスナはもちろん、俺も情報量が多すぎるとパンクしちゃうからね……。
時間はいっぱいあるんだし、今急に全部話さなくちゃいけないほど切羽詰まった事情もない。
「じゃあ、結局なんの話だと思いますよ? アクセサリの話で、山は関係ないなら……アクセサリの中のサンドスターのことだと思いますよ?」
「お。そこは知ってるんだな。博士と助手に聞いたんだろうが……」*4
「ああ。しかし説明してくれてもよかったのにな。博士と助手に聞いたときは驚いたぞ」
「それも今と同じだよ。色々話したし、サンドスターの話までしたら情報が多すぎてお前達も困るだろ?」
確かに……。
「さ、話してる間に着いたぞ。此処から先が、問題の『鉱物コーナー』だ」
そう言って、ジャイアントペンギンが立ち止まる。
見上げてみると、そこには『宇宙の石たち』と書かれたアーチが設置されていた。そしてそのアーチをくぐった向こう側には、宇宙のように薄暗い空間に、星々を模したと思われる照明が点々と配置された、幻想的な空間があった。
「照明が多いから、整備が大変なんだよな。ラッキービーストにいつも助けられてる」
冗談めかして笑いながら、ジャイアントペンギンはこう続けた。
「ようこそ二人とも。わたしの『故郷』へ」