畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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新しく特殊フォントでけもフレ風フォントが使えるようになっていたため、色々変えてみました。
つくる人、フォント作者さん、ありがとう。


一五五話:銀幕の浪漫

「ライブを見るのは良いけどさ」

 

 

 ビシイ! と宣言したままのプリンセスに対し、俺は気持ちを切り替えながら切り出した。

 

 

「……具体的にどこでやるんだ? ステージとか、場所なくないか?」

 

 

 そう。

 PPPがライブをしていた水辺地方や遊園地と違い、平原地方にはステージらしきものは存在していない。ライブをやるというのなら、当然ながら音響設備は欲しいだろうし、それが用意できずとも最低限ステージは必須のはずだ。

 だが残念なことに、ジャパリシアターにステージはない。そもそも映画を見る為の施設だから当然だが……。

 

 

「あると思いますよ?」

 

 

 と、そこでチベスナが口を挟んできた。

 なに……? 俺の知らないところにそんなものがあったというのか……? 確かにシアターの施設は全て見たはずだったが……。

 

 

「チーター、大丈夫だと思いますよ? 広い場所ならいっぱいあると思いますよ。ホールとか」

 

「ってあそこかい!」

 

 

 俺は思わず拍子抜けしてしまった。

 チベスナが言っているのは、おそらくスクリーンのある上映ホールのことだろう。だが、あそこは全面に銀幕があるだけで、PPPの面々が歌って踊れるようなスペースはない。

 多分チベスナはステージという言葉だけ聞いて、『なんか広そうな場所』を反射的に言っているのだろうが。

 

 

「あのなチベスナ、お前も映写室の掃除のとき見たろ? あの舞台幕の向こう側には銀幕しかなくて、銀幕をめくっても映写室への道しかなかったろ?」

 

「でも、前にボスがいろいろ直してるのを見てたと思いますよ」

 

 

 …………は?

 

 

「えいしゃしつの入り口以外のところがうまい具合に動いて、ステージができると思いますよ」

 

 

 …………そ、

 

 

「そういうことは早く言わんかぁぁあああああ!」

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

なわばり

 

 

一五五話:銀幕の浪漫

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 衝撃の事実が発覚した後、俺達は掃除を済ませて清潔になった上映ホールへとやってきていた。

 ただ──俺としては、状況が進展したにも関わらず素直に喜べないでいる。完全に自らのなわばりになったと思っていたジャパリシアターに、まだ知らない機能があったからだ。

 おそらく、舞台挨拶とかで役者がステージの上に立って挨拶するときの為に、銀幕の向こう側にステージを用意していたのだと思うが……くっ、ちょっと考えれば分かりそうなものを、今まで気づけていなかったとは……。

 

 思えば、川とかでシアターの外観についてはけっこう手を加えていたし詳しくもなったが、内装についてはまだ掃除すらできていないところがあるんだよな……。

 なんだかんだで破壊されているガラス戸の修繕も終わっていないし、俺はまだまだジャパリシアターを完全に自分の縄張りにしたとはいえないのかもしれない。

 

 

「頑張らねば……!」

 

「チベスナ、チーターはどうしちゃったの?」

 

「落ち込んでる感じじゃないので放っておくといいと思いますよ」

 

 

 そんな風物詩みたいな扱いをしなくても。

 

 

「だが」

 

 

 そこで俺は、話を切り替えるようにPPPの面々に言う。

 

 

「俺が知らなかったということは、ステージの出し方は俺もチベスナも知らないということだ。だから、ステージが使えるようになるまでちょっと時間がかかるかもしれないぞ」

 

 

 おそらくステージの汚れについては、ラッキーがいろいろ直してるという言葉から察するにそこまでではないと思うが、出し方についてはおそらく俺もチベスナも分からない。

 というか、掃除をしてるときに誤作動とか起こってないあたり、ちょっとそのへんを触った程度では出せないだろう。

 大方、映写室で何かしらの操作をする必要があるのだろうが……あそこらへん、きちんと見られてなかったからなあ。ちょっと準備に時間を要するかもしれない。

 すぐに用意できると誤解されて、時間がかかって顰蹙を買うのもなんなので、一応そこは断っておいたが……、

 

 

「大丈夫よ! わたしたちも……ほら」

 

 

「ら、らいぶ……本当にやるのか……」

 

「コウテイさん! しっかり、しっかり!」

 

「ううっむしゃぶるいがしてきたぜー!」

 

「それって本当にむしゃぶるいなのー?」

 

 

「……ちょ、ちょっと心の準備が必要だから……」

 

「ああ……」

 

 

 そういえば、初めてのライブ(かばん達が見てたやつ)でも、フルル以外はガチガチに緊張してたっけ。

 見知った顔だけで練習するといっても、そりゃ緊張するよな……。……しゃーない。

 

 

「チベスナ」

 

 

 ホントは、今後の為にも操作関連の調査はチベスナも一緒にやってもらう予定だったが。

 

 

「どうしたと思いますよ?」

 

「俺はステージの操作方法とか調べてるから、チベスナはコイツらの様子とか見ててやってくれ。緊張ほぐしたり」

 

「んー、分かったと思いますよ」

 

「よし」

 

 

 本来ならぐだぐだ食い下がりそうな場面だったが、チベスナも俺の意図を汲みとってくれたのだろう。

 さらっと了承してくれたので、俺は映写室の方へ移動を始める。

 ……何気に、『フレンズの為にシアターの機能を動かす』って初めてだな。そう考えると、広義の意味じゃアイツらが俺達の初めての『お客さん』になるのかもしれないな……。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 銀幕をずらして、その奥へ続く階段を上ること少し。

 ミラーボールのような不思議な装置が中央に鎮座した、小さめの部屋──映写室に到着した。

 映写室の広さは四畳半程度で、その中央にミラーボールのような装置がある為、けっこう手狭である。

 前回の掃除のときはラッキーが掃除をしていたことが発覚した後すぐに映写室を後にしたので、それ以外のディティールはよく見ていなかったが……よく見ると、部屋の側面には飛行機のパイロット室や電車の運転室のような調子で、色んなスイッチがずらりと並んだ設備が三面を埋め尽くしていた。

 

 

「これは……迂闊に触るのはマズイな」

 

 

 おそらく、現状のスイッチの設定はラッキーが最後に映画を上映したときの設定のままなのだろう。ならこれを弄ってしまうと、最低限の映画鑑賞すらできなくなってしまう可能性がある。

 下手に触る前に、きちんと設備を確認しなくては。

 

 

「えーと、……あ、ジャンルごとにスイッチが区分けされてるのか」

 

 

 が、流石にそこはジャパリパーク。

 職員がスイッチの押しミスとかしてはいけないという判断だろう。『ホールのライトアップ設定』とか『音響設定』とかみたいな感じで、スイッチの種類ごとに配置が区分けされているようだった。

 これなら……えーと、あったあった。

 

 

「『上映設備の変形』。これだな」

 

 

 ……変形、ジャンル分けできるほどいっぱいあるのか。

 っていうかただの映画館なのに色々とモードチェンジできるあたり、ジャパリパークってすごいよな。確か上映モードとパビリオンモードがあるとか言ってたし。

 で、肝心のステージ変形はどこかな、っと。

 

 

「『3D上映モード』、『4D上映モード』、『爆音上映モード』、『応援上映モード』……上映モードだけでも色々あるんだな……」

 

 

 応援上映モードがわざわざ分けてあるのはちょっと分からんけど。あと上映設備の変形が必要なのかも全然分からんけど。

 

 

「……『舞台挨拶モード』、『ロボットモード』……いや待て待て待て待て!?」

 

 

 せっかくそれっぽいモードを見つけたのに、その直後にあったモードのせいで色々と吹っ飛んだぞ!? ロボットモードってなんだよ!?!?

 ちょ、それ…………押してみたいじゃん! そのモードは、絶対に押してみたいやつじゃん!!

 

 

「………………」

 

 

 ……分かってる。

 俺がやるべきことは、PPPのライブ練習の手伝いをすること。その為にロボットモードへの変形なんてのは邪魔な要素であり、此処で感情のままに動くべきじゃない。それは分かってる。

 分かってるんだ!!

 

 

「……すまない」

 

 

 それでも、俺はその魅力に抗うことができなかった。

 文明的フレンズなのに──いや、文明的フレンズ()()()()()

 

 ロボットという字面を見て心が躍らない男の子なんて、嘘だろ。

 

 そのまま、俺の指は『ロボットモード』のボタンを押下し、

 

 ウィーン、と。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「う、嘘だろ、ジャパリパーク……!!」

 

 

 まさか……まさか、こんな設備があったとは!?

 

 弾かれたように、俺は残りのボタンを見てみる。するとやはり──他にも色々あった。『魔法の国モード』、『海賊船モード』、『自宅のソファモード』、『ねこモード』、『サファリモード』……おそらくこれらの全てが、それっぽく座席を変形させる機能であるに違いない。

 全て、映画の臨場感を増幅させるため……。

 

 

「……今まで、さぞ歯がゆい思いをしていただろうな……。だが安心しろよ、シアター。お前の機能は、俺がしっかりと使いこなしてみせる……!」

 

『チーター! 何してると思いますよ!? イスはいいから、早くステージを出すと思いますよ!』

 

 

 あっ、はーい。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 上映ホールの方から聞こえてきたチベスナの催促に応え、ステージモードに上映ホールを変形させた俺は、そのままさっさとPPP達のもとへと戻ってきていた。

 今の俺とチベスナは、ホールの最前列に座ってPPPのライブ練習を見ているところである。

 

 

「……こほん。そ、それじゃ、やるわよ」

 

「がんばれー」

 

「落ち着いてやるといいと思いますよ」

 

 

 心ばかりの拍手をしながら、五人の演技を見守る。

 ちなみに、プリンセスは音源用にラジカセを持ってきていたらしく、チベスナは今回そのラジカセの操作担当でもある。まぁ再生ボタンを押すくらいならチベスナにもできるからね。

 そして俺はと言うと、カメラを構えて五人のライブ練習を撮影する係である。

 やっぱり、映像に残しておいた方がどこを直すべきとか色々分かるからな。映画撮影とは若干関係ないが、まぁいいだろう。チベスナも文句言ってないし。

 

 

「いくと思いますよ! さん、はい」

 

 

 合図を出しながら、チベスナはラジカセの再生ボタンを押す。

 そして。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

『ぱぱ ぴぷ ぺぺ ぽぱっぽー ぱぱ ぺぱぷ!』

 

 

 チーターにも聞き覚えのある歌声が、ステージから届いてきた。

 中でも最も明瞭に聞こえるのは、五人の歌姫の中心──プリンセスの歌声だった。緊張で硬い面持ちながらも、プリンセスは精一杯の笑みを作っていた。

 PPPの持ち歌──『大空ドリーマー』は、Aメロの前に最も馴染みのある歌詞(サビ)が来る変則的な構成である。

 歌い始めという慣れないうちはタイミングを掴むのが難しい場所で最初の盛り上がりが発生するため、最初で躓けば後の歌声にまで影響が及んでしまう。

 

 

『空はー 飛べないけどー 夢のーツバサがあるー だ、か、ら!』

 

 

 その点で言えば、プリンセスはまずまずの出来栄えだった。

 表情や動きは確かに硬いが、決められた振り付けや歌詞はしっかりと守れている。もちろん修正の余地はあるが、最低限形にはなっていた。

 しかし、他のメンバーはといえば……。

 

 

『ぽ、POTAPOTA 汗水……なんだっけ!?』

 

 

 イワビーは歌詞が覚えられず。

 

 

『PIKAPIKA 光輝いてっ!』

 

 

 ジェーンは自信満々で歌詞を間違え。*1

 

 

『い、いつか大空を制すのだ……』

 

 

 コウテイは自信がなさすぎて声が小さく。

 

 

『泣いたり~笑ったり~』

 

 

 唯一フルルはのんびりしているなりにもしっかりとできているが。

 

 

『Pop People Party, PPP!』

 

 

 一応、プリンセスがしっかりと締めたが──

 

 

『……チベスナ、ちょっと音楽止めて頂戴。一旦ここまでの動きを見直してみましょう』

 

 

 歌姫達の前途は、少しばかり多難のようだった。

*1
「PAKUPAKU 大きく育って」が正しい。




今回出てきた『大空ドリーマー』の歌詞は、ハーメルンさんで申請により歌詞使用が許可されたため使うことができました。
つくる人、ありがとう。

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