畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一五八話:黄昏の宝物

 そしてそんなこんなで幕を閉じた合宿開始から、二日後。

 俺はいつものように日の出とともに目を覚まし、己の腹の上に置かれていたチベスナの脚をどかす。

 

 

「んん……おはようと思いますよ」

 

「ああ、おはよう」

 

 

 目を覚ましたのは、いくつかある会議室の一つ。俺達は此処にタオルを敷き詰め、寝床として使用しているのだった。

 見るとそこらにチベスナが回収してきたぬいぐるみが配置されており、丈夫そうなものに関しては寝るときのクッションとしても利用されている。かくいう俺も、『寝そべりチベスナ』というぬいぐるみを枕として使っていた。

 チベスナからは『やめた方がいいと思いますよ! やめないとチーターを枕にすると思いますよ!』と言われているが、現状既に足置きにされている俺にそんな脅しは通用しないのであった。

 

 

「さて、昨日はプリンセスたちの合宿の様子を見てたが、今日はどうするかね」

 

 

 寝床のタオルを片付けながら、俺はぼんやりと呟いた。

 

 合宿の場所は提供してやったが、四六時中全部様子を見るのも何か違う気がする。

 昨日は一応本格的な開始初日ということで一応付き添ってはみたものの、やることといえばダンス練習と発声練習とかで、俺が口出しできるようなものは一切なかったし……。

 というかそもそも、まだ俺は映画の編集体制の整備とかやらねばならないことがけっこうあるため、根本的に四六時中PPPの面倒を見てやることなどできない。

 チベスナは、映画撮影がなければ暇そのものだから問題ないが……。

 

 

「ちょっと様子を見るのもいいと思いますよ? いい気分転換になるのでは?」

 

「いや、別に行き詰まってもいないし……」

 

 

 特にサンドスターを使う作業でもないから、疲れたりする心配もないしな。

 手先の器用さもすっかり前世時代と同水準だし、もはや俺はジャパリパーク最強の動画編集者となったも同然である……。編集ソフトの使い方さえマスターすれば……。

 

 

「そういうわけで、編集ソフトの使い方勉強する為に習作とか作らないといけないから、チベスナは適当にそのへんで時間潰してて」*1

 

「ええ~、チベスナさんもう飽きたと思いますよ」

 

「飽きたも何もお前の縄張りでもあるだろーが」

 

 

 ヘラジカ達のところに遊びに行ったりとか、色々あるだろ。

 どのみち動画編集のやり方は覚えないといけないんだからいつまでもお前のことを構ってはいられない──

 

 と。

 

 チベスナの駄々をどう宥めるか考えていると、

 

 

「た、大変だチーター! チベスナ!」

 

 

 会議室の扉を、コウテイが慌てて開ける。

 俺はタオルを片付ける手を止め、コウテイの方へ向き直った。コウテイはといえば、慌ててこっちにやってきたのか既に息を切らしかけている。

 フレンズの身体能力的にシアター内をちょっと走った程度で息が切れるわけがないから、よほど慌てていたのだろう。

 

 …………何事だ?

 プリンセスとイワビーが喧嘩したとかかな、それともフルルがポカしたとかだろうか……。物が壊れたとかだとちょっと嫌だが……。

 

 

「どうしたコウテイ、何があった?」

 

 

 とりあえず話を聞くために問いかける俺に、コウテイはゆっくりと息を落ち着けながら、こう返した。

 

 

「お……おたからを、発見してしまったんだ」

 

 

 …………お宝???

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

なわばり

 

一五八話:黄昏の宝物

 

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 お宝を発見したというコウテイの言葉に引き寄せられるように、俺達はPPPのもとへと急行していた。一応、お宝を保管する為にトートバッグも忘れない。

 ……なんかこうしていると、旅をしていた時のことを思い出すなあ。

 

 しかしお宝ってなんだろう? アクセサリの類は流石にないと思うが、だとするといったい……? シアターの、それも上映ホールに置いてあるようなものでそんな物珍しいものはないと思うが……。

 

 

「なぁコウテイ、お宝ってどんなものなんだ?」

 

 

 最悪、PPPの早とちりということもあるので、走りながらコウテイに質問してみる。

 するとコウテイは少し興奮した様子で、

 

 

「あ、ああ! 何やら薄くてキラキラしたもので……見つけた瞬間、プリンセスが『これはお宝よっ! すぐにチーターを呼んできて!』と言っていたんだ……! あんなに慌ててるプリンセスはたまにしかないぞ」

 

「そこそこあるのね……」

 

 

 まぁプリンセスってけっこう取り乱すもんね。

 

 

「チベスナさん達を動かすからには、相当のおたからじゃないとチベスナさんもかんべんしないと思いますよ」

 

「うっ……! だ、大丈夫さ、きっとチベスナも気に入る……と思う。多分……」

 

「ま、そいつについては見れば分かるだろ──着いたぞ!」

 

 

 びくびくし始めてしまったコウテイを宥めつつ、俺達はPPPの合宿会場となっている上映ホールを勢いよく開ける。

 その上映ホールの奥、PPPの面々が集まっているステージでは、確かにプリンセスが何かを持って騒いでいる姿が確認できた。

 

 

「だから、これは本来としょかんにしかないものなのよ! きっと、先代PPPの持ち物に違いないわ!」

 

 

 その手にあったのは──CDだった。

 

 

 なるほど。確かにそりゃプリンセスからしたらお宝だわな。

 確かに映像媒体は基本的にジャパリ図書館にしかないし、希少価値的にも有用度的にもお宝といって相違ない。俺にとってもお宝と呼べるカテゴリだ。

 だが……、

 

 

「それはどうかな、プリンセス」

 

 

 嫌な予感がして、俺はプリンセスに待ったをかけていた。

 

 嫌な予感というのは、どうもアレがアイドル関係の品には見えなかったということだ。

 というか、映画館にアイドルのライブ映像が置いてあるなんて都合がよすぎる。もしそんなものがあるとしたら、精々水辺地方の水族館あたりじゃないだろうか。

 あそこは先代PPPのステージもあったわけだし、アーカイブとしてライブ映像を保管していたっておかしくない。

 

 だが、シアターはあくまでも『映画館』。

 ミュージシャンの自伝映画みたいにアイドルの道程を描いた映画とかならともかく、ライブそのものが映像として保管されているのはおかしい。

 となると、アレは高確率でそういったものとは無縁な、単なる映像作品を保存したディスクということになる。

 

 

「どういうことかしら、チーター」

 

 

 ステージの方まで歩み寄った俺に、プリンセスは首を傾げながら問いかける。

 

 

「そいつの中に入っているのはライブ映像だけとは限らないってことさ。別の映像が入っている可能性もある……」

 

 

 ……しかし、いったいどうして映画館にCDなんかあるんだろうな?

 映画館って言っても、別にCDを販売する施設でもないだろうし……。かといって何にも使わないのにCDが持ち込まれるはずもない以上、きっと何か理由があるんだと思うが……うーん、分からん。

 

 

「詳しいことは分からんが、とりあえずこれは預かっておこう。中身についてはまた今度な」

 

「え~、しょうがないわね……。分かったわ」

 

 

 CDを受け取った俺は、そのままCDをトートバッグに仕舞う。

 また今度図書館にでも行って確認してみるかね、これは……。

 

 

「それでチーター! 来てくれたってことは今日も練習を見ててくれるのかしら!?」

 

「いや、コウテイがお宝を見つけたって俺を呼びに来たから様子を見に来ただけで……」

 

「ありがとね! じゃあ、今日もばっちりわたし達の練習を見てなさい! 決定よっ!」

 

「おう……」

 

 

 編集作業の勉強は練習を見てやってからでもいいかな……。

 くっ、しっかりと合宿の監督をさせられている気がする……俺は監督ではないのに。

 

 

「まぁいいか。じゃあ、今日俺達が来るまでに何してたか教えてくれるか?」

 

「はいっ! 今日は皆で歌の練習をしてましたっ! 昨日、チーターさんに『歌も踊りもいっぺんにやろうとしてもなかなか上達しないだろうし、まず片方からやってみたらどうだ?』って教えていただいたので!」

 

「でも、なかなか合わなかったんだよな~」

 

 

 なるほど、それで煮詰まっていたところでCDを見つけてしまったものだから、余計にプリンセスは期待をかけていたと……。

 …………ふむ。

 

 

「合わなかったっていうのはどういうことなんだ?」

 

「えーっとね、声の大きさとか、リズムの取り方とか、そういうのがバラバラになっちゃって……とにかくうまいこと一つにまとまらなかったのよ」

 

 

 なるほどね……。

 実際のアイドルはメンバーの歌のうまさで声の大きさを調整してるって聞いたことはあるが(定かではない)、流石に今のジャパリパークでそこまで精密な音響調整は難しいだろうしなぁ。

 というかそれ以前に、リズムも取れないのではお話にならない気もする。確か昨日俺が見ていた時にはそんなことなかった気がするのだが……。

 

 

「それって、どうやって歌ってたんだ?」

 

「どうって……わたしが聞き役になって、みんなが音楽に合わせて歌うだけよ? 変わったことなんてしてないわ」

 

「なるほどな……」

 

 

 そういうことか。

 俺が昨日見ていた時は、プリンセスも一緒に歌っていた。

 リズムも声の大きさも完璧なプリンセスと一緒に歌っていたから自然と他のPPPメンバーも正しく歌うことができていたが、プリンセスがいなくなったことでリズムが取れなくなったというわけだな。

 

 だが、プリンセスがいなければリズムを合わせることもままならないようでは、流石にアイドルとしてダメだろう。

 いつかプリンセスが風邪で寝込んだり、ライブ直前に拗ねて引きこもったりしたとき、プリンセスなしではライブもできませんでは話にならないからな。*2

 

 

「そういうことなら……まずはリズムを意識した歌練習をするべきだな」

 

「リズムを意識した歌練習???」

 

「うむ」

 

 

 俺は鷹揚に頷き、

 

 

「いきなりメロディに乗せて歌うと、伴奏とかで自分の声と音楽が混ざってリズムが取れてるか分かりづらくなるからさ。手拍子とかでリズムをとってやって、それに合わせて歌うようにすればリズムも取れるんじゃないか?」

 

 

 前世の中学時代、合唱練習とかするときは音楽教師の指揮と口ずさんだリズムだけで練習してたし。

 

 

「俺が手拍子するから、それに合わせて歌えばいい。いくぞ」

 

 

 いち、にー、さん、しー。

 

 

「空は~飛べないけど~♪」

 

「夢の~翼、が、ある~……」

 

 

 ……ん? なんか歌のリズムが取れていないような。

 

 

「どうした、リズムが乱れてきてるぞ」

 

「そうじゃなくて、チーターの手拍子がなんかちょっとズレてないか?」

 

「なっ!?」

 

 

 そ……そんなバカな! 俺の手拍子がズレているだと!?

 

 

「ズレてると思いますよ」

 

 

 反射的に視線を向けて意見を伺ったチベスナにも、同じことを言われてしまった。

 なんてことだ……俺、リズム感なかったのか…………。いや、確かに歌とか音楽の授業以来だったが……。

 

 

「では代わりにチベスナさんがやると思いますよ。いち、にー、さん、しー」

 

「何をバカな……俺でさえできなかったものがお前に出来るわけ、」

 

 

「だから♪ POTA POTA 汗水流して♪」

 

「PAKU PAKU 大きく育って♪」

 

「いつか大空を制すのだぁ!」

 

 

 できてる…………。

 

 

 ……いや、そうか! 変に理性に従って動いている俺よりも、野生動物としての本能を前面に出しているチベスナの方がリズムに乗ったりするのは得意なのか!

 子供がリズムに乗るのが下手なように……俺もまた、文字同様『リズムに乗る方法』を覚えなくては、きちんとしたリズムとりはマスターできないというわけだな……。

 

 

「ニヤリ」

 

 

 全てを悟ったチベスナが、俺に対して勝ち誇った笑みを向ける。

 

 …………フフン、そうか。

 チベスナよ……。お前がそういうつもりなら、俺も乗ってやろうじゃないか。

 

 

 クルリ、と俺はその場で踵を返し、合宿会場を後にしようとする。

 

 

「ち、チーター!? どうしたの? 今日の練習メニューはまだまだあるわよ?」

 

「いや、なに。気にするな。夕飯の時間には戻るから」

 

 

 そう言って、俺は顔だけ振り向いて、不敵な笑みを浮かべて見せた。

 

 

 

「────修行だ。三日待ってくれ。俺は、最強のリズム取りになってみせる」

*1
こんな感じでチーターが構わない為、気分転換と称して連れ出したい。

*2
何気に失礼。




違う、そうじゃない。

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