畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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(さておいちゃったよ……)


一五九話:黄昏はさておき

「チーター、本当に行くと思いますよ?」

 

 

 チベスナが、不安そうに首を傾げた。

 

 先ほどのリズム取り失敗事件より、一時間後──俺は荷物を纏めて、早くも出立の準備を完了させていた。

 トートバッグを持った俺は入口の外に立って、ロビー内のチベスナと向かい合っている。

 

 

「べつにリズム練習くらい、チベスナさんが付き合うと思いますよ。わざわざ外に出なくてもいいのでは? スネてると思いますよ?」

 

「仮に俺が拗ねてこれやってたら、そのセリフでさらに拗らせてるからな?」

 

 

 まぁ、流石にもう拗ねてはいない。*1

 それはそれとして──やらねばならないこともあるからな。

 

 

「これだよ」

 

 

 言って、俺はトートバッグから先ほど発見したレコードを取り出す。

 

 

「それは……」

 

「さっきPPPが発見したレコードだ。コイツが何なのか、いまいち分かってないからな。図書館にでも行って、博士助手に確認してこようと思ってな。シアターじゃレコードの再生機器はないし」*2

 

 

 科学力の進んだジャパリパークでレコードが上映できないってのもどうなんだ……と思わなくもないけど。*3

 

 

「上映室じゃなくてステージにこれが落ちてたって部分も気になる。だからちょっと確認したくてな。リズム取りの練習もあるが」

 

「CDはともかくリズム取りの方は一日じゃどうにもならないと思いますよ? 泊まりだと思いますよ?」

 

「いや、夕飯までには帰る」

 

 

 コツさえ掴めばあとは独学で何とかするにきまってるじゃないか。

 一から十まで教えられないと覚えられないようじゃあ、文明的フレンズとは言えないからな。

 

 

「う~ん、じゃあチベスナさんは待ってると思いますよ」

 

「まぁついてくって言っても留守番させてたけどな」

 

 

 一応俺とチベスナの縄張りなのに、PPPに留守番させるわけにもいかないからな。

 というわけで、大人しく留守番を決めたチベスナをその場に残し、俺は図書館へと向かうのだった。

 

 

「いってらっしゃ~い」

 

「おう。夕飯までには戻る」

 

 

 言ってから、すっかり此処が『帰る場所』になったなぁと感慨深くなった。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

なわばり

 

 

一五九話:黄昏はさておき

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

「で、われわれのところまで来たということですか?」

 

「チーター、大丈夫ですか? ちゃんと食べていますか?」

 

「さりげなく馬鹿扱いするんじゃねぇよ!」

 

 

 というわけで、俺はジャパリ図書館へとやってきていた。

 平原地方から森林地方までは目と鼻の先な上、道順さえ分かっていればジャパリ図書館までの道もすぐ辿り着けてしまう為、昼のジャパリまんが必要になる前に到着してしまった。

 ちなみに、朝のジャパリまんは道中ラッキーに会ってもらったので今はわりと満腹気味である。

 

 

「……メインの要件は円盤(レコード)の方だよ。再生機器、此処にしかないだろ? シアターにあった用途不明のレコード。気になるだろ」

 

「まぁ……それは確かに」

 

「われわれとしても、『おたから』になるかもしれないですからね。協力してやってもいいです」

 

「助かるよ」

 

 

 コイツらの横柄な物言いにもすっかり慣れたものである。

 レコードを手渡すと、空を飛ぶ博士助手の後を追って、以前来た時に利用した樹上の映写室へとやって来た。

 

 

「チベスナは元気してますか?」

 

 

 助手に再生の準備をさせながら、博士が不意にそんなことを聞いてきた。

 

 

「意外だな。フレンズの近況とか気にするのか、博士」

 

「失敬ですね。わたしは知ってるフレンズの近況には常に目を光らせてるですよ。この島の長なので」

 

「ほう……」

 

 

 言われてみれば、アニメでもかばんを真っ先に助けに入ったのって博士と助手だったっけ。

 いつもは極限まで自分たちは働かない癖に、確かにあの時は自分達が率先して動いてたな……。

 

 

「ま、いつも通りだな。今は縄張りの整備とかで忙しいけど。……あ、そういえば今はシアターの方にプリンセスたちが来てるよ。アイドルの合宿とかなんとかで」

 

「ああ……それなら知ってるですよ。図書館にシアターまでの道を聞きに来たので」

 

 

 そうだったんだ。流石にジャイアントペンギンから話を聞いただけじゃ道順までは分からなかったか……。

 

 

「ですが、変わりないようで何よりです。しあたーもけっこう盛り上がってるようですね」

 

「まだまだだけどな」

 

「けんそんしなくていいです。聞いてますよ。川を造ったらしいじゃないですか」

 

「ああ……」

 

 

 凄いなあれ、図書館の方にも伝わってたんだ。

 まぁ、けっこう水飲みに来るフレンズもいるしな……。いやあ、作ってよかったなあ。

 

 

「チーターもすっかり縄張りの主が板についてるみたいですね」

 

「まぁ、館長だし」*4

 

「それはよく分かりませんが……」

 

 

 博士は不可解そうに眉をひそめながら、

 

 

「しかし、気を付けなければいけませんよ。たとえどれだけ大事な縄張りでも、」

 

「博士、チーター。準備ができましたよ」

 

 

 そこまで言いかけたところで、タイミング悪く助手の声がこちらに届いた。

 見ると、映写室のテレビは既に再生準備を完了させている。

 

 

「博士、今何か言いかけてたようでしたが……」

 

「いえ、大した話ではないのです。またあとで」

 

「おう」

 

 

 まぁ、前後の話の流れからして『どれだけ大事な縄張りでもお前らの方が大事なんだから、整備やりまくるのはいいけど無茶はすんなよ』みたいな話だろう。

 実際ダウン前提で大掃除したりしたので、そのへんは勝手に肝に銘じておくとするか。

 

 さあ、映像を見るとしよう。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 ──そこに現れたのは、異形の怪人だった。

 

 体躯は、すらりとした人間そのもの。黒いビジネススーツを身に纏い、手には白いシルクの手袋を纏ったその姿は、紳士的ですらある。

 しかし──その印象を塗り潰して余りあるのは、頭部の異常さだった。

 

 

 ありていに言えば、その頭部は──ハンディカメラを模していた。

 

 

 画面端から現れたその怪人は、大仰な動きをしながら画面中央へと忍び歩きをしていく。

 ビジネススーツの上からでは分かりづらいが、その身体には女性的な膨らみが認められ、ハンディカメラのような頭部の端からは何か緑色の髪のようなものが覗いていた。

 

 

 なんかクオリティの部分で既に不安要素が見え隠れし始めたが、それはそれとして映像は進行していく。

 

 

 画面中央へと忍び歩きを終えた怪人が左右を見渡していると、そこに同じくビジネススーツを身に纏ったパトランプの怪人が数人飛び出してきた。

 ザザザッ! と思いっきり野生を感じさせる身のこなしでカメラの怪人を取り囲んだパトランプの怪人達は、体型や身長からしておおよそ少女と呼べそうな姿をしている。

 明らかに……だったが、それは言わぬが花。映像はそのまま進行していく。

 

 どうやら悪事を働いていたらしいカメラの怪人は、パトランプの怪人に囲まれたことを理解すると、慌てながらもなんとか包囲の外へ逃げようとする。

 しかしフレンズ扮したパトランプの怪人がそんな下手人を逃がすはずもなく、全員が一斉にカメラの怪人へと飛び掛かり────

 

 

『ぎゃあ!!』

 

 

 ……女性の痛々しい悲鳴と共に、画面が暗転。

 そして、『NO MORE えいがどろぼう!』という文字が表示された。

 

 

 

● ● ● ● ● ● ● ● ●

 

 

 

 ミライさん……。

 

 

 ──俺は、思わず死んだ目で映像を見てしまっていた。

 いや、アレ完全にミライさんだよね? 俺ミライさんのこと知らないけど、パトランプの連中はどう考えてもフレンズだし、フレンズとあんな風に交流できるのって多分ミライさんくらいだろうし。

 っていうか、被り物からちょっと髪が出てたし。

 

 ……雑かよ! チベスナやフレンズの作ったものでもないのに……雑か! ジャパリパーク! なんでパークガイドを啓蒙CMに使ってんだ! ちゃんとした役者を! 使え! そんなどうでもいいところで独自性を出そうとするんじゃない!!

 

 

「これは……いったいどういうメッセージなのでしょうか……?」

 

「あの格好……フレンズとは違いましたね。人型の……セルリアン? まさか、アレは『例の異変』の映像記録だというのですか……?」

 

「な、なんですって……!」

 

「あ、そういうのじゃないから」

 

 

 盛大な勘違いをし始めている博士助手に対し、俺は急いで待ったをかける。

 待ったをかけるが……どう説明したものか? 博士助手には俺が元ヒトって説明してないしなあ。……同じものをシアターで見たとか言っておけばいいか。

 

 

「アレは、要するに『映画泥棒』はやめようっていうコマーシャル映像なんだよ」

 

「えいがどろぼう?」

 

「こまーしゃるえいぞう?」

 

「チーター、一から説明するですよ」

 

「いきなり専門用語で話されても訳が分からないですよ」

 

「ウス」

 

 

 果てしなく偉そうにダメ出しされたので、俺は分かりやすい言い回しを心掛けながら続ける。

 

 

「映画ってのは昔から、流されてるものをビデオカメラで撮影する『泥棒』に悩まされてきたんだ。映画館は映画を見に来てもらうモンだろ? 勝手に録画されて見直されたら、その分映画館が損をする。そこは分かるよな」

 

「ええ、分かるですよ」

 

「チーター、馬鹿にしてるですか? 調子に乗らない方がいいですよ」

 

 

 コイツらこういうとこチベスナみたいだな……。

 

 頭をグリグリしてやりたい衝動を抑えつつ、さらに続ける。

 

 

「それをやられると困るから、『やめようね!』ってのを注意する短い映像を、映画が始まる前に流すわけだ。そうすればやめようって気になるだろ?」

 

「確かに……」

 

「なるほど、ヒトならではの知恵というわけですか」

 

 

 まぁ実際にはそれでもやるやつはやるんだが、純粋なフレンズ的にはこういう説明でよかろう。

 

 

「つまり……」

 

「この映像は映画館ではいつものように流されていたもので、特に重要ではない、と?」

 

「残念ながら、そうなるな」

 

 

 気になるのは、何故映画館で流されるような映像がただのレコードに収まっていたか、だが……。

 まぁ、ジャパリパークだしな。レコードをそのまま上映することだってできるだろう。

 

 

「……あれ、ってことは俺達が撮影した映像、編集してDVDに焼いたら実際に上映できたりする……のか?」

 

 

 いや……レコードを上映に使えるということは、つまりそういうことになる。

 これは僥倖だぞ! 普通に諦めていたが、やっぱやるならちゃんと劇場のスクリーンでやりたいからな、上映! これは編集技術の勉強にも身が入るというもの……! 完璧な映像編集をしなくてはな!

 

 

「はかせ、チーターはかなりやる気のようですね」

 

「アレでけっこう真面目な子ですからね。まぁチベスナが横にいればほどよく落ち着くでしょう」

 

 

 ……なんか言われているようだが、勘違いしないでほしい。俺は元ヒトとして、文明の徒として恥ずかしくないモノを作りたいというただそれだけなのである。

 なんでもかんでもやるとなったら真面目に引き受けて本気になってしまうとか、そういう感じではない。俺だってえり好みはちゃんとするぞ。

 

 

「なんにせよ、おたからじゃないならわれわれいらないのです。これはチーターが持って帰りなさい」

 

「きちんとえいがどろぼうを防ぐですよ」

 

「ウス」

 

 

 多分これがマスターだと思うし、壊れないように大事に持ち運ぶとしよう。何気にミライさん出演の映像って相当貴重だしね。あんな被り物してたとしても。

 

 ……っていうか、推定ミライさんとの初遭遇がアレって……。

 かばんはなんかすごい伏線的な映像と一緒に見たのに、俺はあんな微妙なコスプレCM……。なんなのだ、この落差…………。

*1
怪しいところ。

*2
なお、チーター達はまだ上映機器の詳しい確認をしていない。

*3
チーターはフィルムしか知らないが、現在でもデジタル上映を行っている劇場では映像記録媒体にレコードを用いていたりする。

*4
館長じゃないが。




今回が2019年最後の更新となります。
皆さん本年もお世話になりました。
来年は畜生道完結の年にします! 頑張るぞ!

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