「いや、すまんすまん……あ?」
物音に驚いてやって来たらしいフレンズに謝った俺は、そこで改めて件のフレンズを見て、思わず一瞬固まってしまった。
何故って、そこにいたのは俺も見覚えのあるフレンズ――アニメにも登場したビーバーだったのだから。……確か、正式名称はアメリカビーバーだったか?
「な、なんッスか? ジャパリまんならありますけど……ら、乱暴はよしてほしいッスよ…………」
「失敬な! そんなひどいことはしないと思いますよ!! チーター、アナタが乱暴者だからとんでもない勘違いをされてると思いますよ!」
「俺のせいかよ…………いや、半分以上俺のせいか。すまん。ちょっと木に登りたくて、ハシゴ代わりに木を切り倒しただけでな……驚かすつもりはなかったんだ」
「そ、そうだったッスか……ほっ。安心したッスよ~……あ。すみませんッス。勝手に驚いて……」
ビーバーはそう言って文字通り胸を撫で下ろし、
「おれっちはアメリカビーバーッス。ビーバーって呼んでくださいッス」
「ご丁寧にどうも。チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ。むーびーすたーをやってます。こっちかんとくで乱暴者のチーター」
「乱暴者言うな。……ただのチーターだ。見識を広める為に旅をしてる。よろしくな」
そう言って、気を取り直しつつ挨拶しておく。監督じゃなくて、ただのチーターな。ただの。
…………あっ!? また手が勝手に招き猫スタイルになってる!? こ、この右手は~~~~!! チベスナのボケに意識を向けてた隙に……!
「…………チーターさん、急に右手抑えてどうしたッスか? 痛むッスか……?」
「気にしないであげてほしいと思いますよ。持病みたいなものですので」
…………勝手に病気扱いすんなよ……。
いい加減こうなるのにも慣れてきたので(無論、招き猫スタイルの屈辱に慣れたわけではないが)、割合早くに立ち直った俺は話を進める。
「そういうわけで、騒がしくして悪かったが特に何かあるわけじゃない。強いて言うならそうだな、この先の湖に用があるというか」
「それならちょうどいいッス!」
軽く事情を説明してみると、ビーバーはニッコリと笑みを浮かべてみせた。ちょうどいい……? ……あ、そっか。確かあの湖はビーバーの縄張りだったな。そういうことなら、まさに渡りに舟ってわけだ。
一人合点していた俺の予想を裏付けるように、ビーバーは続ける。
「そこはおれっちの寝床ッスよ~。よければ案内するッス」
「それは助かりました。さあ、案内するといいと思いますよ!」
……最近気付いたが、チベスナって『~してください』って言うことがないんだよな。いつも『~して欲しいと思いますよ』か『~したらいいと思いますよ』だ。まぁだからどーって話でもないが。新発見だ。
「ここがおれっちの寝床ッス!」
そんなことを言うビーバーの向こうには、大きな湖が広がっていた。
「おぉ……」
「これが湖……近くで見ると圧巻だと思いますよ!」
まったくな。
というかチベスナ、圧巻なんて言葉よく知ってたな……というのは、流石に失礼か。
ともあれ、湖のスケール感に圧倒されながらチベスナはさらに続ける。
「こんな巨大な場所を寝床にしているなんて……じゃぱりしあたーを縄張りにしているチベスナさんにも匹敵していると思いますよ」
「あ……そっちじゃなくて、寝床はもっと手前にあるのッス……期待させて申し訳ないッス……」
別に何も悪くないのに申し訳なさげに肩を落とすビーバーの視線の先には……何やら葦系の水草の山があった。……あれ? 原始的だな? コイツ確かアニメでログハウスとか作ってたような気が……できてないにしても、もうちょっと高等なものを巣にしていてもいいような……案外アレが本来のビーバーの巣に近いんだろうか。
そういえば、どういう経緯でアレ作ろうとしてたんだったかはアニメからじゃ分からないな。
「……フッ。勝ったと思いますよ」
「いやそもそも戦ってすらいねぇから」
お前は巣を作ってすらいないからな。どっちかというとお前の負けだ。
「前はああいう感じでもちょうどよかったッスけど、フレンズになってから身体が大きくなってしまったせいで、あれじゃ合わなくなってしまって……なんとか大きくしようと思ってるんスけど、強度が……」
「分かると思いますよ! チベスナさんも元々使っていた巣穴に身体が入らなくなってしまったので、しょうがなく新たな巣穴を探しているうちに、じゃぱりしあたーを見つけたと思いますよ!」
そんな感じで、チベスナとビーバーの間で寝床談義に花が咲いていた。おお、けものトーク……。
っていうかチベスナ、住めそうな場所を探しているうちに地方を跨いで草原地方までやってきてたのか……凄い旅路だな……、いや、この地図を見てみると高山地方は殆ど島の中心――サンドスター火山の周囲を取り囲むエリアだ。ジャパリシアターは草原地方の東端近くにあるから、案外遠くもないのかもな。
「チベスナさんは元々ある地形を元にして寝床を作るタイプッスね。おれっちは自分で一から作らないと気が済まなくって……」
「難儀な性分ですねぇ。もうちょっと楽ができるところは積極的に楽をするといいと思いますよ。チベスナさんのように」
「お前はもう少し苦労した方がいいと思うけどな」
主に俺に、お前の楽のツケがきてんだよ。ツケが。監督・脚本・撮影・演技指導・小道具・旅程計画・荷物持ち、今んところ全部俺だぞ。っていうか今更だがなんで俺はコイツの撮影の実務殆どを担ってるんだ……。
「それで、どうしてこの湖に来たッスか? 何か用があるって言ってたッスけど……」
「ああ、そうだったな」
話が逸れに逸れまくってた。本題に戻すか……。
「それはだな……これだ」
言いながら、俺は満を持してトートバッグから水筒を取り出した。手の中のステンレス製のそれを見て、ビーバーは目を丸くする。
「な、なんッスか、それ……?」
「この蓋を開けて、中に水を入れて、蓋をすると、水を遠くまで持ち運びできる。これで水を汲みに来たんだ」
「お、おぉぉぉ……! すごいッス! ちょっと貸して欲しいッス……!」
「あ、ああ、いいけど……」
凄い食いつきだな……ビーバーは別に飲み水に困るような場所で住んでないし、水筒の有難みはそこまででもないと思うんだが……。
「ふむふむ……ああ! ここの裏側がこう掘られているから、回すと閉められるわけッスね。すごいッス、とても考えられてるッス~……」
ひとしきり観察して満足したのか、ほっこりした顔になったビーバーは、そのまま俺に水筒を返す。
「ありがとうッス。とても勉強になったッス。……ちょっとやりたいことを思いついたので、さっきチーターさんが斬った木、ちょっともらっていいッスか……?」
「良いも何も、試しで斬った木だしな。全部持って行っていいぞ」
「ありがとうッス~!」
そう言うと、ビーバーは一目散に元来た道駆けていった。
「……変わった子だと思いますよ」
「ビーバーもお前にだけは言われたくないと思うが」
その後、憤慨するチベスナを適当に宥め賺しながら、俺は無事に水くみに挑戦していた。まぁ、失敗するようなものでもないんだが……。
「……し、しかし、ある程度まで深いところまで行かなくてはいけないのは……落ち着かないと思いますよ」
チベスナは胸まで浸かるような水位に、流石に怖じ気づいているようだ。まぁ無理もない。泳ぎが得意なフレンズもいないのに水の中っていうのは、動物的には緊張するところだろう。ただ――、
「しょうがないだろ、浅瀬すぎると中に砂やら水草やらの不純物が入って飲みづらくなるし」
特に砂粒で中が傷つけられると、汚れが溜まりやすくなるからな。ヒトのときよりは衛生的なこととか気にならなくなってきた俺だが、それでも流石にカビまみれの水筒から水を飲みたいとは思わない。なるべく綺麗に使う努力をしないとな。
「そうは言っても、こんな大量の水たまりの中に入るのは初めての体験だと思いますよ。チベスナさん泳げませんし……」
「心配するな。俺も多分泳げん」
「安心できる要素がないと思いますよ!?」
溺れたら終わりって条件は一緒の俺が慌ててないってことは安全だってことだよ。……俺とチベスナだと高校生と中学生くらいの体格差があるから、一概に同じ条件とは言えないんだけども。
ヒトだった頃なら泳げたんだが、生憎今の俺はフレンズだからな。チーターが泳げるって話は聞いたことないし、多分泳げなくなってるんじゃねぇかな。文字も書けないし。
訓練すればできるようにはなると思うが……。
「足が着くような場所でビビるなって。ほら、もう水も汲めたじゃねぇか。……それに、いちいち水なんか怖がってたら『これからやりたいこと』もできないし」
「ビビってなんかないと思いますよ! 怖がってもいないと思いますよ!」
猛抗議するチベスナをスルーしつつ、湖から出る。チベスナもあれで良い感じに奮起したのか、もはや水への怖さは忘れているようだった。うむ、よしよし。
「……あれ? 『これからやりたいこと』?」
「お、ムキになるあまり聞き漏らしてはいなかったか」
「失敬な。チベスナさんはいつでも平常心だと思いますよ」
「はいはい」
ぶるるるるるっ。
言いながら身震いして水気を飛ばし、俺は頷、…………なんで身震いして水気飛ばしてんだ俺はぁぁぁ…………!! せめて服脱いで渇かすと色々あるだろうが! っていうかなんでごく自然に服のまま湖ん中に入ってっちゃってんだよぉ……!
「チーター、そういうのもういいから続きを話すといいと思いますよ」
「これ俺の最後の砦なんだよ……気づいても恥を感じなくなったら、俺は色々と終わる……」
とはいえ、話が進まないからな。続きを話してやるか。
「で、『これからやりたいこと』だったな。それはさっきの水に入ることにも関係していて――」
「お待たせしたッス~!」
……と、そこでビーバーの声が遠くから聞こえてきた。
どうやら、もう戻ってきたみたいだな。
「ビーバー、いったい何してたんだ?」
「えへへ……これッス!」
俺が問いかけると、ビーバーは嬉しそうに笑いながら、木でできた円筒形の何かを身体の陰から取り出した。
「これは……?」
「……もしかして、水筒か?」
目を瞠りながら問いかけると、ビーバーはこくりと頷いて見せた。
「こうすると、ちゃんと開くッスよ!」
きゅるきゅると蓋を回すと、ビーバーの言うとおり蓋が開いた。中もきちんとくりぬかれているらしく、ディティールはともかく大まかなところは完全に俺が見せた水筒とほぼ同じものになっていた。
いやすげぇな。まさか見ただけでここまで精密に作れるのか……。
……あれ、 ビーバーってものを作るときに『失敗したらどうしよう』って手が止まってしまう弱点がなかったっけ? ……ああ、これはまだ見ぬ仕組みにわくわくして『試し』で作っただけか。
「すごいではないですか。一から道具を作るなんて、チベスナさんにもできない偉業だと思いますよ」
それだとこの世の大半の行動は偉業になりそうだが……。
「ほんと、すごいと思うッス。この仕組みを使えば、あの『家』ももっと上手く作れるかも……」
「『家』? それはあの草の寝床なのでは?」
首を傾げてみせるチベスナに、ビーバーは曖昧な表情で首を振った。……家、まだ未作成の段階。…………ああ、そういうことか。
「実はおれっち、新しく家を作ろうと思ってるんス。それが、これなんスけど……」
そう言って、ビーバーは懐のポケットからラミネート加工されたイラストを取り出して見せる。
「……? なんですこれ? シルエットは何かの建物のようではありますけど……」
「なるほど。確かに家、だなぁ……」
「チーターさん!? 分かるッスか!?」
「もちろんチベスナさんだって分かると思いますよ」
張り合うな張り合うな。
「そうなんス。おれっちはこれ、家だと思ってて……こんな頑丈でしっかりした家に住めたら、素敵だなぁって思うッス……」
「いいことではないですか! チベスナさんも応援すると思いますよ!」
「……ただ、これを作るためには木がいっぱい必要で……こんなにたくさんの木、集めるとなると心配がいっぱいで……倒れた拍子に壊れて使い物にならなくなったらどうしようとか、長さが短かったらどうしようとか……」
おおう……出たな心配性。
そういえばアニメでも余裕で木を切り倒してたのにわざわざ博士にお願いしてたのが疑問だったが、こういう感じで木が切れなくて困ってたのかも知れないな。
「どうしようもないので、図書館まで行ってはかせ達に木をとってきてもらうようお願いしようと思ってたところなんス」
まぁその木、殆どサーバルのお茶目で水につけられて駄目にされちゃうんだけどな。
「でも、遠出するのも色々と心配で……飲み水のこととか不安だったッスけど、これでなんとかなったッス! ありがとうッス!」
「まぁ、助けになれたなら何よりだよ」
「ですね。フレンズ助けは気分がいい思いますよ」
まぁ俺もお前も何もやってないけどな。
と、意図せずしてビーバーの助けになれたことにほっこりしていると、
「あ、そうです」
チベスナが、さもいいこと思いつきましたと言わんばかりの顔をし始めた。なんだなんだ……?
身構えた俺の方を指さしながら、チベスナは言う。
「フレンズ助けついでに、家づくりに使う木もチベスナさん達に任せるといいと思いますよ。チーターならすぐに伐採してくれますし」
…………まぁ、手助けするくらい別にいいけども。
それはそれとして、なんで一〇〇パーセント俺がやるのに『チベスナさん達に』なんだ?
祝・初原作改変(はかせの仕事奪う=ビーバーのジャパリまん負債をなくす)