「そういえば、木って具体的に何本いるんだ?」
木を伐採しに行くその道中。
俺は、歩きながら何の気なしにビーバーへ問いかけていた。確かアニメだと一〇〇本ほど斬り倒していたはずだが、流石に一〇〇本も木を運ぶのは面倒なので具体的な希望本数があるのであれば聞いておきたかったのだ。
ただ、ビーバーはというと――、
「本数ッスか? えっと、家を作るのにはあれくらい…………でも、失敗するかもしれないッスし、かといって多めに運んでもらうのもチーターさんに悪いッスし……………………うう、分かんないッス」
……この調子だった。いや、数が見えてるなら多少多めに見積もって言ってくれていいんだぞ? 面倒ではあるけど、別に先を急ぐ旅じゃないんだから。
「じゃあまあ……適当に一〇〇本くらい、でいいか?」
「はいッス。ありがとうッス……」
「気にしないでいいと思いますよ。困ったときはお互い様ですからね」
申し訳なさそうに言うビーバーに、チベスナは鷹揚にそう返した。そりゃその通りだが、おそらくこの先の伐採で何もしないだろうことを考えると、お前が言うことではないような……。まぁ言ってることに異議はないから別にいいが。
「チベスナの言うとおりだな。それで、家を作るのに使う木材だが――」
そう言いながら、俺は歩きつつそのへんに生えている木を指さして見せる。
「ああいう、普通の葉っぱがついているような木は家を作るのには向かない」
家を作るのに使うのは主に針葉樹。確か生前の日本じゃそのためにスギを植えまくって、そのせいで花粉症が社会問題になってたしな。スギ花粉殺すべし。フレンズになった今じゃ関係ない話だが、前世じゃそのせいで毎年春はひどい思いをしたもんだ……。
ちなみに、広葉樹がなんで向かないのかまでは知らない。多分木の密度的な話だと思うが。
「じゃあ、何なら向いてるんです?」
「葉が針のようになっている木だ」
「……ああ! 岩山で生えているのを見たことがあると思いますよ。あれですね」
「おれっちもこのへんで見たことがあるッス。それならこの先にあるッスね」
だろうな。俺もアニメでこのあたりが広葉樹と針葉樹の混成林だって聞いた記憶があるから確信を持って歩いてるんだし。それにしても俺、よくこんなこと覚えてたよなぁ。こういう細かいとこばっかり覚えてるんだよなぁ……。
……しかし、なんか肌寒いような気がする。確か針葉樹は寒い地域で生えてるものだったと思うし、併せて考えると、このへんは北アメリカ大陸的な気候になってるのかもしれないな。ちょうどアメリカビーバーもいるわけだし、湖に林ってロケーションもそれっぽいし。
「しかしチーター、よくそんなことを知っていましたね。物知りだと思いますよ。さすがはチベスナさんのかんとく」
「監督ではないけどな」
「ほんとに、すごいッス……! おれっち、そんなこと全然知らずに家を作ろうとしてて……恥ずかしいッス……」
「いやいや、俺はすごくないし、知らなくて当然だから」
なんか勝手にずーんと来ているビーバーに、俺は慌ててフォローを入れた。……なんかおかしな言い方になってしまったが。
そもそも俺が知っているのは義務教育を受けてれば雑学レベルで身に着く知識だからだし、逆に言えば義務教育を受けてなければ知らなくて当然ということでもあるからな……知っている俺有能とか、知らないビーバー無能とかそういう話じゃない。
…………というか、フレンズってヒトの特徴――つまり相当高度な学習能力を持ってるのに、パーク全盛時代にフレンズの教育をしようとか考えなかったんだろうか?
まぁ精神的にヒトとはかなりかけ離れた特徴を持ってるところはあるだろうから、一筋縄じゃいかないこともあったと思うが……現在の状況を鑑みると、もうちょっと教育に力を入れてもよかったと思う。せめて図書館に教科書あるいは国語ドリル的なのがあればいいんだが……。
「というか、それを言ったら俺なんて家を作ろうとすら思ったことなかったしな。自分で立派な家を作ろうってだけ上等だよ」
「そんな……照れるッス」
「照れる必要はないと思いますよ。チベスナさんもすごいと思います。ビーバーはもっと胸を張っていいと思いますよ」
「チベスナの言うとおり」
まぁ、そうは言っても性格上難しいだろうってことも分かっているが。
かばんの代わりにプレーリーとの仲立ちをしてやってもいいが……そもそも今の時期にプレーリーがいるかも分からないしなぁ。アイツ、そこまで巣作りで試行錯誤してた様子でもなかったから多分生まれてから日が浅いんだろうし。
「ともあれ、だ。まずは木を切らないといけないんだ。頑張っていこうぜ」
「ですね。チベスナさんは応援していますよ」
「何言ってんだ。お前もやるんだよ」
「えっ」
何をそんな突然次の試合に呼ばれたみたいな顔してんだ。当たり前だろ。
むしろ何で応援してるだけで済むと思った。
なんのかんので現場に到着した。
「おー、これなら一〇〇本くらい切っても全然余裕がありそうだと思いますよ」
立ち並ぶ針葉樹の数々を見て、チベスナは感嘆の声を上げる。歩いているときはただの背景だったが、こうして木そのものを目的に――その数を意識に入れてみると、その数は圧巻のひと言。砂場にある砂粒に思いを馳せて気が遠くなるような感覚だ。
「だろ。……だが、これだけの数を全部俺一人で斬り倒すのは流石に骨が折れる。疲れるしな。だから、お前達にも木を斬り倒してもらうぞ」
「わかったッス……!」
「チベスナさん木なんか斬ったことないと思いますよ」
俺の指示に、やる気十分なビーバーとは裏腹に、チベスナはなんか微妙な顔をしていた。まぁお前はやったことなさそうだが……でも、穴は掘れるんだろ?
「地面が掘れるなら木だって掘れる! いけるいける!」
「木って掘るものなんですか……?」
ぶつくさ言うチベスナを置いて、俺は『斬り倒した木に押し潰されないように気をつけろよ』と忠告してから二人と距離を空けておく。仮にも木を斬り倒すわけだしな。三人で密集してやってたら、倒れてくる木とかでハチャメチャになりそうだし。
だがまぁ、これで必要な準備も整った。
さあ――――やるか!
「せい!」
意志を固めた俺は、脚に力を集めてローキック気味に蹴りを入れる。断面を前方に向けて傾斜させることで、倒れ込む向きを調整する為だ。
俺の蹴りはまるで何にも当たっていないかのようにスムーズに振り抜かれ――そして、ズズ……と一瞬遅れて、思い出したみたいに木の断面がズレ始める。うん、やっぱりフレンズの技は強いな。
「この調子でどんどんいくか……」
右足を輝かせたまま、俺は隣の木の前に移ってもう一度蹴りを入れる。遅れて木が倒れる。
そしてさらにもう一回。遅れて木が倒れる。
何度も繰り返すうち、森林一帯にどっしんどっしんと凄まじい音の連続が響く。……どうでもいいが、これ周辺の動物を無用に刺激したりは……しないよな。アニメでも似たようなことをかばん達がやってたと思うし。
まぁ、もし仮に獰猛な肉食動物とかが来ても、このフレンズの体なら特に危険じゃないから、問題なくはあるんだが……果たして手加減できるかってとこが心配だ。後でフレンズになったとき『あの時俺のこと殴った奴!』ってなるのは御免だぞ。
……なんてことを考えつつ木を斬り倒し続け、大体三〇本くらいの木を目の前にしたあたりで……ふと、俺は違和感に気付いた。
そういえばさっきから、俺が斬り倒すとき以外に木を斬る音が聞こえねぇ。
おかしいな、そんな一本の木を斬るのに時間がかかるほど、木を斬るのって難しいもんじゃないはずなんだが。
ビーバーはもちろん、プレーリーだって地面に穴を掘る生態だったがなんだかんだ木を削り倒してたような気がするし。
気になって元来た道を戻ってみる、と――
「ううう……」
木の目の前で、頭を抱えてしゃがみ込んでいるビーバーの姿があった。
「ビーバー!? どうした、頭でもぶつけたか!?」
そんなドジを踏むタイプには見えないが、緊張してるってこともあるし……と思って駆け寄ってみるが、よく見たらその場に木が転がってる様子もない。というか、ビーバーの目の前の木は無傷で健在だ。
これは……。
「……あ、チーターさん。面目ないッス~……。もしミスしちゃったらどうしようと思うと、手が動かせなくって……」
「ああー……いい、いい。そうだな、そうだったよ……」
ビーバーってそういうタイプだったもんな。忘れてた。木を斬るのだって、『試し』じゃなければできなかったわけだしな。そんな奴に木を斬れっていうのが土台無茶だったんだ。一本や二本くらいならいけるだろうと思ってた俺の見込みが甘かった。
「むしろ、慣れないことさせてすまんな。ビーバーは俺が斬った木を運ぶのを手伝ってくれるか。あれでけっこうな量だし」
「りょ、了解ッス……! 今度こそ、しっかりやってみせるッス!」
「ああいや。そんな気張らなくていいから。てきとーで。どうせ失敗したらまた斬ればいいだけの話だしな」
明らかに肩に力が入っていたのでそう言うと、ビーバーも心なしかリラックスしたようだった。そんなビーバーに木の場所を告げて別れると、俺は次にチベスナの方へと向かうことにした。
ビーバーはともかく、チベスナはスペック的にも大丈夫だし、斬り倒した木に押し潰されないようにと言い含めておいたので、流石に大丈夫なはず……。いったいどうしたというんだ……?
まさかセルリアンが……?
そう不安に思った俺は、とりあえず全速力でチベスナの担当場所へと移動する。そこにあったのは――
「せい! せい! たあ! とお!」
一心不乱に木に蹴りを入れている、ポンコツアホギツネの姿だった。
「おい、ポンアホ」
「原型がないと思いますよ!! あとチベスナさんはポンコツでもアホでもありません!」
いやしかし……これはポンコツでアホと言わざるをえんだろう。なんで蹴り入れてんだお前。
「だって……チベスナさんだってチーターみたいにかっこよく木を蹴って斬り倒したかったと思いますよ……」
「……はぁ。んなこと言っても、俺が蹴りで木を斬れるのは脚力が尋常じゃなく高くて、ついでに爪も常に出ているからであって、誰でもできるってわけじゃねぇんだぞ?」
「そんなはず……チベスナさんだって足からキラキラさせてスパッといけるはずだと思いますよ!」
優しく諭してみたが、それは逆効果だったらしい。むしろやる気に火をつけたと見えるチベスナは、拳を握って木に蹴りを入れだした。まぁ、実際キラキラしたのは手でも足でも出せるとは思うが。
……一応一蹴りごとに木はへこんでるし、チベスナの足も大丈夫そうだからそのうちへし折れるとは思うものの……。
「そんなことより数が欲しいんだがなぁ……」
この分だと、コイツが一本へし折る前に俺が一〇〇本斬り終わるレベルだぞ。
「まぁまぁ、任せてください。今にチベスナさんもコツを掴みますので!」
……チベスナはやめる様子なしと。というかコイツ、多分俺が何気なく木を斬り倒してるのをみて『かっこいい!』って感化されちゃったんだよな。
それならば……。
「まぁ待てチベスナ」
俺は一計を案じることにした。
「そうは言っても、だ。俺と同じやり方ができるようになったからといって、それじゃあ芸がないと思わないか?」
「む……どういうことです? 説明するといいと思いますよ」
俺の言葉にチベスナは蹴りをする足を止めて、俺の方に向き直る。よし、食いついた。
「たとえば……そうだな。蹴りじゃなくてこう……オラッ!」
俺は手に力を込めて、貫手の要領で木に突きを放つ。フレンズの
だが、穴掘りが生態の一部になっているチベットスナギツネなら違うはず。
「こんな感じで、木に風穴をあけて倒すのも格好良くないか? ちょうど穴を掘るみたいな要領で」
「おぉぉ……さすがかんとく! かっこいい知識が泉のようにわき出てくると思いますよ」
褒めるな褒めるな。
「では、早速チャレンジしてみましょう。えいっ」
ぐりんっ、と。
アドバイスの効果は劇的だった。特に手をキラキラさせていないにも拘わらず、チベスナの貫手はまるでプリンのように木を抉っていた。
半ば以上を失った木は、めきめきと音を立て……そして、豪快に地面に倒れた。
「おぉぉぉぉぉ…………!!!!」
チベスナは感動の余り言葉を失っているようだった。…………これで、後は大丈夫だな。
「んじゃ、あとは任せた。三〇本くらい用意してくれればいいから」
「了解だと思いますよ!」
ビッとサムズアップしてみせたチベスナに適当に手を振りながら、俺も自分の持ち場へと戻る。
さあ、あと二〇本頑張るとするか……!
で、終わった。
斬り倒した木を集め終えた俺達は、丸太の山を前にしてげんなりしていた。これ、かなりの量だぞ……。
一応距離はそこまで離れてないのだが、明らかに量が……量が多い。一〇〇本以上ある。何故って?
「……しょうがないと思いますよ。楽しかったんですから」
「まぁ多い分には構わねぇけど、余分な木は自分で運べよ」
「えっ」
『えっ』じゃねぇよ。ただでさえスタミナがないんだから、この量を俺が運びきれるわけがないだろうに。
というかビーバーが作業中から少しずつ運んでくれていたのにこの量って。横のビーバーも苦笑してるぞ。
「まぁ、これだけいっぱい木があれば、色々なものが作れそうッスけどね……。二人とも、ありがとうッス。後の木は、後日おれっちが自分で運ぶッスから……」
「……そうか?」
いや、悪いけど正直俺もけっこう蹴りで疲れてるんだよな。木を運ぶところまでやるとキツかったから、助かる申し出ではあるんだが。
「それじゃあ、これにて一件落着ですね! 流石はチベスナさん達だと思いますよ」
「…………ま、今回はよく頑張ってたし、ツッコミはなしにしといてやるか」
俺は褒めるところは褒めていく方針なのだ。
…………さて、手伝いはしたし、ここらで一つ――協力した『目的』を達するとするか。
「それとビーバー」
「? なんッスか?」
「一つ、折り入って頼みがあるんだが……」
そう言って、俺は話を切り出す。
フッフッフ。無償で手伝いをしてやるほど、俺はお人好しじゃあないんでな……!