畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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二三話:砂漠の楽園

 オアシスの入り口ドアを開けると、中からひんやりした空気が俺達のことを出迎えてくれた。

 

「わぷっ……なんですこれ? 中がひんやりと……」

「お、冷房生きてたか。これはラッキーだな」

 

 動揺するチベスナをよそに、俺は僥倖(ぎょうこう)に頬を緩ませつつ中に入る。チベスナもそれに続き――扉を離すと、物々しい音を立ててガラス戸は閉まった。

 空調のことを考えて、密封性の高い扉にしたんだろうな。お陰で涼しさの暴力すら感じかねねぇぜ……。急に気温が下がったせいか、けっこう身体が震える。

 

「ん~、やっぱりちょっと涼しいくらいが過ごしやすいと思いますよ。ここはまさに砂漠の中の楽園だと思いますよ」

「……俺はちと寒いがな……」

 

 チベスナの方はわりと元気だな……。やっぱり山がちな地方の出身だから寒さには強いんだろうか。というか山って寒さだけでなく寒暖差も厳しそうだよな。環境適応能力が高い生態のフレンズは羨ましいな……。

 

「それで、ここからいったいどうしましょう? 一応ここにオアシスの地図があるみたいですけど」

 

 妙な羨望に包まれていると、チベスナがいつの間にか数メートル先の案内板的なものの前に移動していた。

 遅れて周囲の様子を確認してみると……どうやら現在地はエントランスホールのような場所らしかった。入って右手には受付のような場所があり、その奥にチベスナのいる案内板がある。

 この建物自体はそこまで大きくなく、大体縦横三〇×一〇メートルって感じだ。あとは奥に扉が三つあるくらいしかないあたり、ここは普通に受付コーナーでしかないのかもしれない。

 

「チーター?」

「ああ、すまん。今行くよ」

 

 チベスナが怪訝な表情をしだしたので、俺は観察を切り上げて案内板へと向かう。

 それで、ええっと案内板によると…………ふむふむ。

 

「何か分かりましたか? 話すといいと思いますよ」

「……やっぱり此処、オアシスそのものってより、砂漠の中のオアシスをテーマに作成された休憩所兼植物園らしいな」

「??? いきなり話が飛ぶのはやめた方がいいと思いますよ?」

「飛んでねぇよ! 徒歩で行けるくらい地続きだっつーの!」

 

 この施設の説明をしてるんだっつの。えーと……。

 

「ところどころ地図が掠れてて、具体的に何があるのかは分からんが……どうやら種別や植生に応じて分類して、エリアごとに砂漠の植物を栽培してるらしいな」

「なんでそんな意味のないことを……」

「……………………」

 

 そりゃ、フレンズ達にとってみれば無意味か。鑑賞目的とか研究目的とか、色々あるのだよ。文明人には。

 

「おっ、なんか植物の果実を収穫できる体験コーナーもあるらしいな。果たして今もできるか分からんが……」

「それやってみたいです! チベスナさんそれやってみたいと思いますよ!」

「お前ってほんと分かりやすいよな……」

 

 まぁ、行くのは全然構わんが……手入れされてなくて収穫できなくなっててもぶーたれるなよ。

 

「……あ、そうだ」

 

 そこで俺はふと思いついて、カメラを取り出して回し始める。様々なアングルから撮影だ。

 

「チーター、いきなり何してるんです? チベスナさんを撮るならともかく……」

「かなりB級な小細工だが、こういう資料映像を挟めば、少しはそれらしい映像ができるだろ、多分。その為の撮影だよ」

 

 まぁ、これは使えたらいいなくらいのものだ。実際あまりにも雑すぎて使えませんでしたみたいなオチになる可能性もあるし。

 しかし、そんな駄目もとな俺の行動にも、チベスナはいたく感心したようだった。

 

「なるほど……流石はかんとく。おそるべき計算力だと思いますよ……!」

「監督じゃないからな」

 

 ことあるごとに俺を監督にしないように。

 

「ですが……それなら、他にも色んなところを撮るといいと思いますよ! さあ、あっちの扉へ行くといいと思いますよ!」

 

 そう言って、チベスナは駆け足で奥にある三つの扉のうち真ん中の方に手をかける。……あ、多分その先はどれも植物園ゾーンだから、栽培の為に気温も……。

 

 ガチャリ。

 

「あっっっっっつ!?」

 

 ……ほら、言わんこっちゃない。

 

の の の の の の

 

さばくちほー

 

二三話:砂漠の楽園

 

の の の の の の

 

「熱気がー熱気がすごすぎると思いますよー」

「あそこが涼しすぎたんだよ」

 

 一度は温度差にやられたチベスナだったが、そこは寒暖差の激しい環境の出身らしく、ぐだぐだ言いつつもわりとあっさり植物園へと移動していた。俺も正直熱気に辟易してはいるものの、ヒトだった頃よりも体感で相当頑丈になっているフレンズの身体の恩恵か、わりと不快感は控えめだった。

 

「ここは……」

 

 そんな俺達が現在探検しているのは――

 

「見るからにサボテン、だな」

 

 ――サボテンが集合している植物園だった。

 

「サボテン、ですか? ……あ! こっちに説明が書いてあると思いますよ!」

「はいはい、今読むから」

 

 案内板を指さして読めと言わんばかりにこちらの方を見てくるチベスナにそう言って、俺も案内板に歩み寄ってみる。ええっと……どれどれ。

 

「『サボテンとは、サボテン科の植物の総称です。サボテンの多くは茎や根の内部に水を貯えられる「多肉植物」ですが、サボテン以外にも多肉植物はあるので、多肉植物だからサボテンと呼ぶのは間違いだったりします』……」

「何のこっちゃ分からないと思いますよ」

 

 確かにちょっとややこしいな。こんなの説明の最後の方にくっついてきそうなコラム並にどうでもいい知識なのに、なんで名前の説明の次に持ってきちゃったんだろう……。

 

「続きな。『サボテンの丸い胴体のような部分はすべて茎であり、とげとげは葉っぱが退化したものです。とげは動物に食べられないように進化したと思われますが、とれたとげが動物にくっつくことで別のところに根付いたりするためのものになったりもするそうですよ』…………らしい」

「ほー、つまりこのとげをばらまけば、砂漠も緑でいっぱいになるということですね?」

「緑は緑でも、棘まみれの緑になりそうだがな」

 

 すごく嫌そうな顔になったチベスナを伴って、俺はサボテン植物園を見て回る。

 長い間放置されていたようだが、案外内部は整然としていた。というか、さっきの案内板からしてちゃんと文字が読めるレベルだったしな。ひょっとすると、ボスが定期的に植物のメンテナンスとかもしているのかもしれない。アイツほんと何気に万能だよな……。

 と、ふと天井からぶら下がっているポップが目に入った。ええっと……文字がかすれていて読みづらいが……。

 

「こっちは……ヒモサボテン属コーナーだって」

「ひも? サボテンでさらにひもですか? いったいどんな形状なんでしょう……」

「こんな感じだな」

 

 さらに歩くと、俺達が歩いている通路の両脇に紐サボテンと思しきサボテン達が姿を現した。

 俺は正直紐って言ってもちょっとシルエットが細くなっているくらいだろうな、と思っていたのだが……とんでもなかった。俺の目の前にあるヒモサボテンの外観は、サボテンというよりは……アロエの方が近い。アロエを上から見た時十字になるように重ねたような感じの形をしていた。

 

「全然違うと思いますよ、これ」

「あんま触るなよ、棘が刺さるかもしれないし」

 

 つんつんとつつくチベスナに言いつつ、俺も心中で大いに同意していた。ぶっちゃけ、サボテンと言われなければそうと気づかないかもしれない。そのくらいにかけ離れた形だった。

 んーと、色々とプレートがついているが……何やら英語? な上に文字がかすれてて読みにくいな……。見た感じ『Hylocereus』の部分は共通らしいから、多分ここが『ヒモサボテン』に対応して、〇〇ヒモサボテンって感じになるんだろうが……。

 

「お、ヒモサボテンの解説プレートだぞ」

「おー、待ってたと思いますよ。ささ、読むといいと思いますよ」

 

 と、色々と見ていると、端っこの方にさっきのサボテンの解説よりは小さめの案内板を発見した。

 急かすチベスナに応じるように、俺も案内板の音読を始める。…………もうなんか慣れてきたな、この流れ。

 

「なになに……『ヒモサボテンは、通称サンカクサボテンとも呼ばれるサボテンの一種。ヒモサボテンの果実はピタヤの名で知られているよ』。知らなかった……」

「なんでこの案内板さっきと口調変わってるんです?」

 

 そこにツッコミ入れられても、俺は知らねぇよ。

 

「『ヒモサボテン属は種類ごとに果実の味がぜんぜん違うから英名は区別があるけど、植物や花の外見にはあまり違いがないから鑑賞目的での栽培が多い日本では個々の和名はつけられていないんだ』。ついてないんかい!」

「えいめいとかわめいとかちんぷんかんぷんだと思いますよ」

 

 言語の違いはチベスナには難しいかもなぁ……。

 しかし味が全然違うってのに外見が似てるから個々の和名をつけないって、だいぶアバウトだよなぁ……。どうりで植物の根もとに刺さってる名前のプレートに英語しか書かれてないわけだ。ジャパリパークって基本日本語なのに。

 

「……って、果実ですか? ヒモサボテンの果実……いろんな味がするのですか……?」

「いろんな果実があるだけで、いろんな味がするわけじゃないと思うが」

 

 そんな七色の味とか期待しても絶対期待外れにしかならんからな。

 

「えーっと、『ドラゴンフルーツも、実はヒモサボテン属の果実なんだよ』だと。へー、そうだったんだ」

「どらごんふるーつというのがまずどんなものなのか分からないと思いますよ……食べてみたい……」

「俺も食ったことは一度くらいしかないな」

 

 学生時代、友人とふざけて買って食った覚えがある。なんか評判だと甘酸っぱいって話だったが、食べてみたら薄味で微妙だったんだよなぁ……。

 

「チーター、食べたことあるのですか!? チベスナさんも食べたい! 食べてみたいと思いますよ!」

「あー、そうだな。ええと……収穫体験コースがこの先にあるみたいだ。行ってみるか」

「はーい」

 

 チベスナはもはやドラゴンフルーツを食べることしか頭にないと見えて、もうニコニコしながら手を挙げて元気よく返事をしだす始末だった。いつもこのくらい素直ならいいんだが…………いや、この後でいまいちおいしくないドラゴンフルーツを食べてブーブー言われることを考えると善し悪しか。

 

「しかしチーター、いったいどこで食べたんです? たしかへいげんちほーから出たことはなかったんですよね?」

「まぁ、昔取った杵柄ってヤツだな」

「きねづか?」

 

 なんてことを言いつつ歩いているとまたガラス戸が目の前に現れた。

 ガラス戸には『この先ドラゴンフルーツ収穫体験コーナー』と書かれていて、扉の向こうにはその言葉通り、赤い実が大量に生ったヒモサボテンの並木道とも呼べる空間が広がっている。……うお、なんかここまで大量に実ってると圧巻だな。

 

「おー! いっぱいだと思いますよ! 食べ放題!」

「ほどほどになー」

 

 言いながら、俺はガラス戸を開ける。中はやっぱり暑いが、もうそれはここに来てから慣れたものだ。チベスナと一緒にドラゴンフルーツの()っているヒモサボテンに駆け寄ってみると……、

 

「……ん? なんかシールが貼ってあるな」

 

 実のうちの一つに、シールが貼られていることに気づいた。黄色い、丸いシールだ。見てみると……『食べごろ!』と書かれてある。……ああ、このシールが貼られているものを収穫してねってことか。親切だなオイ。っていうか、なんでいまだにこんなシールが貼ってあるんだ? これ、ひょっとしてずっと前のものとか……? それともラッキーが定期的に貼りつけてるのか? うーん……。

 

「このシール、なんて書いてあるんです?」

「食べごろって書いてあるから、多分これが貼ってあるものを食べるんだと思うが……いやちょっと待て、しかし」

「おおー! 久々に果物を食べると思いますよー!」

「あっ」

 

 俺が止めるのも聞かず、チベスナは意気揚々と果物に丸かじりした。あー……大丈夫か? まぁ腹は壊さないと思うが。

 

「う……」

 

 一口食べて、その味を舌の上で転がしていたチベスナだったが――その表情が、明確に変化する。

 

「あまーい! おいしいと思いますよ、これ!! これは……食べたことがないくらい甘いと思いますよ!!」

 

 喜びの表情だ。

 言いながら、チベスナは手よりも大きなドラゴンフルーツを両手に持って、満面の笑みでかぶりつき始めた。

 そ、そこまでか……。ジャパリまんもけっこう甘かったと思うが、それよりもずっと甘いって感じだよな、このリアクション。おかしいな……俺の食べたドラゴンフルーツはそんなに甘くはなかったと思うんだが。

 

 半信半疑になりつつも、俺も食べごろシールが貼られているものを一つもぎ、そしておそるおそる皮を剥いて食べてみる。

 と。

 

 口の中に、急速に甘味が広がった。

 

「ぅんぐっ……甘っ!?」

 

 思わずびっくりして飲み込んでから、俺は驚きの声をあげてしまった。

 な、なんだこれ……!? めっちゃ甘い。しかもその甘さがくどくなくて、酸味と上手く噛み合ってる。本当に何個でもいけそうな甘さだ……!

 

「いや、これ本当に美味いな。俺が前に食ったのとはくらべものにならないおいしさだぞ」

「もぐもぐもぐもぐ?」

「いや食いすぎだろ」

 

 あと、食べながらしゃべるんじゃない。何言ってるのか全然分からないし、行儀悪いぞ。

 ツッコミを入れられたチベスナは、口の中にある分を飲み込んで、手に残っていた欠片も口の中に放り込むと、それを飲み込んで口を開く。

 

「……ごくん。これ、何個か持っていけないですか?」

「いや、それは難しいだろうな」

 

 チベスナが持ち運びたい気持ちも分かるが、こればっかりはな……。

 

「おそらく、このドラゴンフルーツ……完熟なんだ」

「完熟?」

 

 俺が前に食べたものは薄味で、これが濃厚な甘味を持っていた理由。多分、そこが関わってると思う。

 

「俺が前に食べたものは、実が完全に熟してなかったんだ。熟してない実は、食べてもすっぱかったりしておいしくないだろ?」

「ああ、そうですね。確かに……。何度か食べたので分かると思いますよ……」

「だが、ここのは多分定期的に手入れなりされていて、食べごろなものを食べることができている。つまり、完全に熟しきったものを食べられるんだ。これは確かにうまいが、一方で足が早い。熟しきった果実は、もうそのあとは腐るしかないからな。ましてこの陽気じゃあ……」

 

 そこまで言うと、チベスナも俺の言わんとしていることが分かったようだった。さすがに自然の摂理についてはチベスナも理解しているらしい。

 

「なるほど。長持ちしないのでは、持って行ってもしょうがないと思いますよ……。残念です。外でも食べたかったのですが……ここまで食べにくるのは大変ですし」

「地下道があれば、地上をわざわざ歩かなくてもいいんだがなぁ」

 

 そこの探索もこれからしなければ。すっかり植物園探検を堪能してしまってたが。

 

「では、ここのおいしいどらごんふるーつをまた食べるためにも、地下道を探すとしましょう。チベスナさん、おいしいものを食べて元気もやる気もいっぱいいっぱいだと思いますよ!」

「いっぱいは一つでいいからな。二つくっつくと余裕が皆無になるからな」

 

 ま、意欲があるのはいいことだが。

 

「……さて、それじゃ後半戦、開始しますか!」

 

 日が落ちるまでには、地下道が見つけられればいいんだが…………。


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