畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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二五話:熱砂に舞う天使

「うお!?」

「わ! びっくりしたと思いますよ……」

 

 驚いて振り返ってみると――そこには、プラチナブロンドの髪色をした少女が佇んでいた。

 頭からは同じ色の大きな耳が生えており、瞳は驚いてたじろいだ俺達を前にしても全く揺れずにぽけーっと開かれたまま。蝶ネクタイ、ブラウス、そしてスカートというネコ科フレンズ特有のいでたちと言い、俺は彼女に見覚えがあった。

 

 砂漠のような酷暑環境でも過ごしやすいミニスカート――誰あろうスナネコだ。

 

「おや……フレンズですか。お一人だけですか?」

「はい。というか、基本ここに二人以上で来るフレンズは珍しいです。アナタ達、いったいどこから来たのですかー?」

「チベスナさん達はへいげんちほーから来たと思いますよ」

 

 首を傾げるスナネコに、チベスナは(何故か)胸を張りながら答えた。

 そんな二人を横目に見ながら、俺はぼんやりと考えごとをしていた。

 

 …………なんでスナネコがここにいるんだろう?

 いや、砂漠地方だし、此処は水場でもあるだろうからスナネコがここにいること自体はそうおかしなことではないが、確かスナネコって夜行性じゃなかったか。もうじき日が暮れるとはいえ、ちょっと活動時間が早いんじゃないだろうか?

 ……いや、よく考えたらアニメでもかばん達と出会ったのは日中だったか。そう考えると、フレンズの夜行性ってあんまあてにならないのかもな……。サーバルもだいぶ日中活動してるし。

 俺もチベスナも昼行性だからあんまり実感はわかないが。

 

「ぼくはスナネコです。アナタ達は?」

「フッフッフ……よくぞ聞いたと思いますよ。我々こそ先ほどこのおあしすの危機を救った救世主――」

「あ……」

「ちょっとスナネコ、どこ見てるんですか!? チベスナさんの話を聞くといいと思いますよ!」

 

 あ、チベスナのめんどくさいノリをばっさり切り捨てた。

 これがスナネコ節かぁ……。………………俺も参考にしようかな。

 

の の の の の

 

さばくちほー

 

二五話:熱砂に舞う天使

 

の の の の の

 

「……気を取り直して。チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ。こっちは相方でかんとくのチーター」

「監督じゃないからな。……チーターだ。よろしく」

 

 挨拶をして――――招き猫の手は、我慢ッ!! ……我慢、できた……! よし! 本能を克服したぞ!

 

「よろしくお願いしますー」

 

 一方、スナネコはそう言ってネコ科のフレンズらしく普通に招き猫の手で挨拶する。

 ……なんとか無事に挨拶は済ん、……ハッ!! き、気付けば俺の手もスナネコの挨拶に釣られて招き猫になっていた……。完全に挨拶を乗り切って油断していた……! くっ……。

 

「それで、二人はなんでここに来たんですかー?」

 

 ……気を取り直して、水場まで歩いていきながら俺達は話を続ける。

 成長はしてるんだ。うん、いずれはきっと、完全に招き猫の手を我慢できるはず。多分……いや絶対! 頑張ろう!

 

「此処に来た理由ですか? それはですね、話すと長くなるのですが……」

「あー…………じゃあいいです……」

「さっきから何だと思いますよアナタは!! もうちょっとチベスナさんの話を聞いた方がいいと思いますよ!!」

「うぉー……雲が流れてるー……」

「…………!! チぃータぁー!!」

「今日はいつにも増してボロボロだなお前……」

 

 珍しく完全にペースを奪われているチベスナに新鮮さを感じつつ、このままだと文字通り話にならないので、俺はチベスナとスナネコの間に入る。

 ……いや、別にチベスナの話が話にならなくてもそれは別に問題ないのだが、俺は俺でスナネコに聞きたいことがあるもんでな。このままディスコミュニケーションの坩堝(るつぼ)に飲み込まれてそのままバイバイ、ってことになると、非常にもったいないし。

 

「俺達、ジャパリパーク中を旅してまわってるんだ」

 

 俺がそう言っても、スナネコはこちらに意を介さずぼうっと雲を眺めていた。……が、一応耳はぴくりと反応しているので、聞いてはいるらしい。最悪の反応ではないとみて、俺は話を続ける。

 

「ここには休憩に立ち寄ったんだが……此処にフレンズがいない理由、知ってるみたいだな?」

「はい。知ってますけど」

 

 なんてことを言っていると、ちょうど俺達はオアシスの中心部ともいえる場所――水場に到着した。

 オアシスは、直径一〇メートルくらいの巨大な噴水広場だった。中心部分はアスレチックのようなものが立っており、広場の外周を覆うようにヤシ系の木が広がっている。さながら屋外にできたヤシ科植物の植物園、といったところか。

 

「それが、どうかしたのですか-?」

「いや……気になってな。教えてくれないか?」

 

 普通は(少なくとも他の地方では)大勢のフレンズが集まっているはずの水場で、フレンズが一人もいない……というのは、妙な話だろう。普通であればあり得ない、と思う。

 それが有り得るとするならば、このオアシスの近くにフレンズの交通を妨げる『何か』がある……くらいだろう。流砂とかそういうの。そういうのは事前に知っておかないと、俺達の場合ほぼ間違いなく引っ掛かるからな。主にチベスナが引っ掛かって俺がその巻き添えを食うという形で。

 だから、事前に聞いておきたいのである。

 

「はいはい! チベスナさん分かると思いますよ。ずばり、セルリアンがいるからでしょう。だから怖くて近寄れないんだと思いますよ」

 

 それなら良いんだがな。セルリアンは俺たちで退治したし。

 だが、正直俺はその可能性は薄いと見ている。水場ってのは重要だ。もし仮にセルリアンのせいで水場が使えないという話になっているなら、ハンターがそれをどうにかするだろう。

 ここにいたセルリアンは確かに数こそ多かったが、俺たちで退治できたことからも分かるようにそこまでの脅威だったわけじゃない。ハンター達なら……いや、下手したらハンター単体でも、退治は可能なはず。その気になれば砂漠に住んでいるフレンズが結託して退治することだってできたはずだ。

 そう考えると、セルリアン原因説は現実味がないように思える。

 そんな俺の推理通りといえばいいのか、チベスナの推理を聞いたスナネコは――、

 

「……………………」

 

 まるで発言自体がなかったことのようにぽけーっとしていた。いや、完全スルーかい。せめてひと言くらい返してやってくれ。

 

「何かリアクションするといいと思いますよ! せめて合ってるかどうかだけでも答えるといいと思いますよ!」

「……えーと、此処にフレンズがいない理由でしたねー」

「無視しない方がいいと思いますよ!」

「まぁまぁチベスナ、ここは抑えて……」

 

 チベスナと相性悪いなぁスナネコ。

 まぁ、話の腰を折るわけにもいかないのでチベスナのことを宥める方向で行くが。

 

「理由は簡単。ここに住んでるフレンズは水があんまりいらないのです」

 

 ……なんと。

 予想外の……そして割と拍子抜けする理由だ。

 だが、考えてみれば当然か。そもそも砂漠に住む動物がフレンズになったなら、その生態の特徴――たとえば生命維持に必要な水分量も引き継がれているわけで。砂漠の生物はオアシスがないと絶滅してしまいます……なんてわけもない以上、そもそもオアシス自体多くのフレンズにとっては必要ないってことになってしまうのか……。

 

「ぼくも、此処にはめったに来ません。今日はちょっと気が向いたので、散歩がてらここまで歩いてきたのです」

「そうだったのか……」

 

 いや、ちょっと安心した。巨大な蟻地獄があるとかそういう話ではなかったんだな。それが1番の気がかりだったからな……。

 

「でも、ここは他とは違って色んなものがある面白場所なので…………たまに来ると面白いです」

 

 そう言うと、スナネコは説明することに飽きたのか、きょろきょろと辺りを見渡しては色んなところを見て回り始めた。

 

「スナネコ…………なかなか変わったフレンズですね。けっこう手強いと思いますよ」

「お前も大概だけどな」

 

 むしろ厄介度で言えばお前の方が上まであると思う。

 あと手強いってなんだよ。

 

「ま、ちょっと休憩して喉でも潤せ。このドラゴンフルーツ、めちゃくちゃ甘いけどその分水が欲しくなるからな……」

 

 言いながら、俺は残りのドラゴンフルーツを手で弄ぶ。おいしいのはおいしいんだが、なかなかに味が濃いからな。噴水に水飲み場もあるから、どこを使わせてもらおう。あと、水浴びもしたいし。

 

「わぁー、それ、それなんですか-?」

 

 と。

 そんなことを言いつつ水飲み場へ向かっていると、そこらへんをうろちょろ歩いていたはずのスナネコが猛烈に俺に食いついてきていた。何の話だ何事だ……と思ったが、すぐにドラゴンフルーツのことだと思い至る。

 

「これか?」

「それですそれです。見たことないものですね、いったい何ですかそれ?」

 

 ドラゴンフルーツを掲げてみると、スナネコはよりいっそうグイグイと興味を示し始める。此処に来たことあるのに、存在を知らなかったのか……。こりゃ、施設内の設備はフレンズ未踏ってことになるのかな。

 

「これはドラゴンフルーツ。食べ物だ。あそこの館の中で手に入れたんだ。食べるか?」

「いえ……あとでにしときます」

「ほんとに冷めるの早いな!?」

 

 まだリアクションされてから一〇秒くらいしか経ってないぞ!?

 だが冷めてもなおあとで食べるつもりなあたり、相当興味は惹いたらしい。あとで機を見て渡しておいてやるか。俺もう腹一杯だし。

 

「チーターチーター、こっちすごい水だと思いますよ。こことか水がふき出てます……これはいったい……」

「噴水だなぁ」

 

 と、気付けばチベスナが噴水付近でわちゃわちゃしていた。

 モロに水を浴びちゃっているので服も含めて全身ビショビショだが、チベスナが気にした様子はない。まぁ、暑いしすぐ乾くので別に良いとは思うが。

 

「あ、チーター。例のプレートがまたあったと思いますよ」

「おう、どれだ」

 

 チベスナが指差したプレートは、広場の隅にあった。

 もうすっかり恒例となったプレート音読を始めようとそこまで行くと、軽く別行動していたスナネコも興味を惹かれたのかするっと近寄ってきた。

 

「なんですなんです?」

「ふふん。チーターはここに書いてある『もじ』が読めると思いますよ。チベスナさんもゆくゆくは読めるようになります。すごいでしょう」

「すごいのはチーターだけでは-?」

 

 バッサリと切り捨てられて泣きついてきたチベスナの頭を撫でてやりつつ、

 

「なになに……『オアシスの多くは地下水が湧き出ている「泉性」だよ』……あー、やっぱり地下水なのか」

「ちかすい??」

「地面の下にたまってる水のことだよ」

「ほぇー」

 

 チベスナとスナネコは揃って感心していた。分かってるんだか分かってないんだか……。

 

「『ただ、それだけでなく川や雪解け水が流れ込んでできるオアシスもあるよ。こっちの方が大きなものになりやすいんだ』……まぁ、別に水源がある方が規模は大きいだろうな」

「雨は関係ないんですね」

「ん? まぁ、雨については何も書かれてないな……」

 

 全く降らないってことないと思うが――って、気づいたらスナネコがいねぇ! 飽きるのはやすぎないか……?

 

「オアシスのこともよく分かったので……これでもうチベスナさん達はオアシスマスターだと思いますよ」

「オアシスマスターってなんだよ」

 

 まぁ、オアシスのことはだいぶ詳しくなったと思うが……。

 

「そんなことより、チーターもこっちきて水浴びしたらいいと思いますよ。かなり気持ちいいですし」

「そんなことって……まぁいいけど」

 

 やっぱ話題転換の唐突さではスナネコにも負けてないと思うぞ、チベスナ。

 ……とはいえぶっちゃけ暑かったのは事実なので、俺も噴水広場に足を踏み入れる。広場の土台は外観は石造りのように見えたが――踏んでみた感触は、大分やわらかい。……材質なんだ、これ?

 靴とニーソを解除してみると、外観こそ石だが感触は若干のクッション性が感じられた。発泡スチロール……みたいな感じだ。具体的な材質はさっぱり分からんが。

しかしなんでこんな柔らかくしてるんだろうか……。

 

「……あ、なるほど。転倒したときに怪我しないようにか」

 

 ちょっと地面を踏みしめていたら、ふとそのことに気がついた。

 そういえば水場だしな。足元滑りやすくなってるだろうし、安全のために足場を柔らかくしておくのも納得だ。よく見たらデザインも全体的に丸みを帯びているし、

 

「おぉー! チーター、今何をしたのですかー? 毛皮が消えて、つるつるにー」

 

 と、安全性にも配慮されたジャパリパークデザインに感心していると、服を消した俺にスナネコが食いついてきた。スナネコもそこは気になるんだな。

 

「ふふーん! 服はですね、消そうと思えば消せると思いますよ! チーターが発見しましたがチベスナさんもできると思いますよ。すごいでしょう」

「すごいのはチーターだけなのではー?」

 

 またもやバッサリと切り捨てられて泣きついてきたチベスナの頭を撫でてやりつつ、

 

「ただ、あんまり脱がない方が良いぞ。身体冷やすかもしれないし」

「おー……」

「聞けよ! そして脱ぐなよ!」

 

 目の前でブラウスを脱ぎ始めるスナネコを慌てて押し留め、服を着直させる。あんまりそういうのは……よくないからな。靴とか脱ぐだけにしておこうね。

 

「いやいやチーター、水を浴びるときは服を脱ぐのが正解なのでは? というわけでけつだんてきに脱ぐと思いますよ!」

「ああうん……お前はいいや」

「なんだかよく分からないけど扱いが雑だと思いますよー!?」

「水浴び、まんぞく……」

 

 なんてことをやりつつ。

 結局、俺達は夕方まで遊んでしまった。だから地下道……。


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