畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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二七話:反転する紅蓮

 スナネコと別れた俺達は、とりあえず見晴台から出て噴水広場まで歩いてきていた。

 既に日はほぼ地平線の向こう側へと沈み、空は茜色から紫色に変わりつつある。全体的なカラーリングが白中心なせいか、日の光によって色彩が目まぐるしく変化していくのは、何か幻想的な不思議さを感じさせる。よくテーマパークでライトアップによって色合いを変化させるような演出があるけど、ああいうのを使わなくてもここまで見事に変わるもんなのか。

 

「……しかし、そろそろ本格的に日が暮れてきたな……」

 

 ただ、それに応じてだんだんとあたりも暗くなってきていた。昼行性のチーターは夜目がきかないから、暗くなると探索自体の難易度も上がってくるんだよな……。急がないとマジで何も見えなくなってしまう。

 それでもチベスナはまだ動けそうだが…………逆に言えば、チベスナしか動けないということになる。それはつまりゲームオーバーという意味だ。アイツにまともな探索とかできると思えん。

 

 それに、俺はさらにもう一つ、重大な問題に直面していた。それは――、

 

「……………………ねむい」

「ええっ、チーター、このタイミングでですか!?」

「いや寝ねぇよ! まだ寝ねぇけど、ねむい…………」

 

 昼行性であるチーターの本能ゆえか、さっきからマジで眠い。日が落ちたら寝ましょうって俺は健康的か。くっそ、まだ精々七時とかそのくらいだぞ……? ジジイババアじゃあるまいし、いくらなんでも眠くなるのが早すぎる。いつもはここまで早くはないんだけどな……。

 …………ああ、今日は慣れない砂漠で疲れてるのかもなぁ。ボケが一人多かったからツッコミも二倍だったし……。自分で思っている以上に疲労がたまっているのかもしれない。

 

「ともかく、早く寝床を探さないとな。じゃないと二人して、砂漠で凍えるハメになる……」

「暑かったり寒かったり、さばくちほーは散々だと思いますよ……。こうざんよりひどいと思いますよ」

 

 まぁ、砂漠だしな。そもそも生物が棲める場所じゃないと思う……。何で砂漠に生き物がいるんだろう? とたまに本気で疑問に思うしな。こんなところにいないでほかのところで生活すればいいだろうに。いくら過酷な場所で外界ほど強い捕食者がいないとはいえ、皆無ってわけじゃないんだし……。それを言ったら、砂漠以外の過酷な状況にも同じことが言えるんだが。

 

 と、そんな感じで無駄話をしつつ、俺達は寝床を探し始めた。

 

の の の の の

 

さばくちほー

 

二七話:反転する紅蓮

 

の の の の の

 

「寝床を探す――と意気込んだはいいものの」

 

 それからすぐあと。

 俺達の寝床探しは、さっそく暗礁に乗り上げていた。というのも、

 

「……どんな感じで探せばいいんだろうか」

 

 そもそも、寝床の探し方が分からなかった。

 何せ俺は現代日本人。これまでもヘラジカの縄張りで寝たりライオンの縄張りで寝たりと、自分で一から場所を見繕って野宿したことは一度もなかった。言ってみれば野宿のノウハウが欠片もないのである。一応、寝床に必要な条件は分かっているが……『こういうところがいいよ』みたいなコツがないことには、条件だけを考えて延々と却下を繰り返して時間を浪費しかねない。

 というわけでチベスナに水を向けてみたのだが。

 

「そんなことチベスナさんに聞かれても、分かるわけないと思いますよ」

 

 ご覧の有様である。

 チベスナはいっそすがすがしいほど憎たらしい言いっぷりで、肩を(すく)めていた。……が、まぁこれも考えてみれば当然のことではあった。そもそもチベスナは――というかチベットスナギツネは、一から巣作りするタイプの動物ではないしな。

 チベスナというフレンズだけに限って考えても、コイツはジャパリシアターに住んでいたわけで……野宿の経験とか遠い昔の話で、確実に錆びついてるよな。

 

「ただ……セルリアンに襲われないように、安全な寝床を探すのが重要だと思いますよ」

 

 と思っていると、チベスナにしては鋭い発言が。

 確かに、セルリアンに夜中に襲われる……っていうのが一番怖いよな。

 

「かく言うチベスナさんも、もともとじゃぱりしあたーを縄張りにしようと思った理由は雨や風、セルリアンから身を守れるからだと思いますよ。その後で運命的な出会いをしたのですが……」

「うん、そうだね……」

 

 その話長くなりそうなら後にしてもらえないかな……眠いから……。

 

「チーター、なんかスナネコみたいだと思いますよ」

「眠いんだよ……。で、えーとセルリアンに襲われないような安全な寝床探し、か……」

 

 案外これ、『凍えないような場所』にもつながるところじゃないだろうか。セルリアンに襲われないような場所ということはつまり野ざらしにされてないってことだから、必然的に気温の低下を受けづらい。そしてそんな場所が寝られないほど狭かったりでこぼこしていることはまれだから、セルリアンに襲われにくい場所を見つけることが、自動的に寝床探しに繋がるということになる!

 

「…………で、具体的にどこだろうな、そこ」

 

 方針が決まったところで、どこにすればいいのかが全く定まっていないのだ。

 一応心当たりのある場所といえば、植物園がある。あそこは密閉されている上に砂漠の植物用に気温も温かく調整されているだろうし、広さも申し分なかった。……ただ、そもそもあそこにセルリアンがたむろしていたことを考えると、安全とはいいがたい……。一応穴は塞いだが、あれだってやっつけ仕事だから多分入ろうと思えばすぐに入れるしな。

 ……まずは今まで行っていない場所を探してみるか?

 ええと、今のところオアシスで行っていない場所は、この見晴台の裏にある売店と、その隣にある施設ってところか。このくらいなら、軽く見て行っても時間的にはギリギリ大丈夫そうだな。

 

「いっそ穴でも掘ってそこの中で寝ますか? 普通に地面の上で寝るよりはあったかいと思いますよ」

「……いや、パークの施設を壊すのはダメだろ」

 

 あと、それだと狭い上にセルリアンの問題は解決できてないっていう。

 

「それよりも」

 

 そう言って、俺は見晴台――正確にはその裏にある売店の方を指さす。

 

「その前に、やれることをやろう」

 

の の の の の の

 

 というわけで、まずは売店に行ってみた。

 

「おおー! ここにもいろんなものが……今日こそぬいぐるみを……」

「だめ」

 

 おバカみたいな誘惑に駆られるチベスナをけん制しつつ、俺は棚の間を歩いていく。もちろん、チベスナのように目的は物品収集というわけではなく、此処を寝床として使えるか確認しているのだが。

 おそらく、ここはオアシスの土産物店という感じなのだろう。砂漠の意匠のグッズがけっこう置いてあった。食品も置いてあったのか、内部は密閉されてそこそこ過ごしやすい環境、かつセルリアンが侵入してくるような隙間もない――と、いきなり好条件だったのだが。

 

「……寝るには狭いな」

 

 いかんせん、此処は商品棚が場所を占領しすぎている。俺はともかく、チベスナはけっこう寝相が悪いから、棚にぶつかったりして満足に寝られなさそうだ。最悪棚を倒してその棚がドミノ倒しみたいにして俺を押し潰したりとか、そういう嬉しくない未来予想ができる点も大幅にマイナス。

 

「むぅー、じゃあなぜチーターはここに来たのですか?」

 

 ぬいぐるみを却下されたチベスナが、サボテンっぽいキャラの人形を小脇に抱えながら不満そうに問いかける。ほら、ダメだって言ってんだろ。それ早く棚に戻してきなさい。

 

「此処を寝床に使えないかなって思ったんだが」

 

 砂漠という場所柄汗を拭う需要が大量にあったのだろう、棚に収められている大量のタオル類を一枚引っ張り出してみながら、

 

「……ダメっぽいな。空調も安全も申し分ないんだが、広さがなー。せめて段ボール二枚分くらいのスペースでもあればいいんだが……」

「えー、広さくらいなら我慢してここでいいんじゃないですか? チベスナさんは別にかまわないと思いますよ」

「俺が構うんだよ」

 

 お前の寝相で俺がひどい目に遭うかもしれないからな。

 棚をズラしてスペースを確保するのは……絶対チベスナが大量に品物を落として後片付けが大変になるからダメだし。

 

「チーターはせんさいだと思いますよ」

「…………コイツ…………」

 

 誰のせいで繊細にならざるを得なくなってると思っていやがるんだこのポンコツアホギツネ……。

 

「……ええい! 次! 次だ!」

 

 言いながら、俺は売店の外へと出る。薄暗いので分かりづらいが、売店の隣は………………神社だった。

 

「は???」

 

 俺は、思わず素っ頓狂な声を上げてしまう……が、しょうがないだろう。だって、オアシスを散策していたら目の前に神社が出てきたのだから。そんな奇妙な光景に出くわせば、誰だってそんな反応をしたくもなる。

 

「なんだこれ……」

 

 薄暗いのでよーく目を凝らしてみると、俺達の目の前にあったのは、正確には石造りの神社――だった。さすがに木造建築ではない。だが、入り口に置いてある稲荷の石像を見る限り、どんな材質であれ神社であることに間違いはないだろう。

 なんでこんなところに稲荷神社があるんだよ……。

 

「なんでしょうね、これ?」

「神社……だとは思うけど、色々と謎すぎるな……。暗くてよく見えないし、ここの探索は明日にしておこう」

 

 どのみち、ここも寒さをしのげるような場所じゃなさそうだしな。それに神社で夜を明かすってなんか怖いし……。

 

「んー、これでこのオアシスの施設は全部回ったことになるんだが……」

 

 条件に合いそうなのは特に何もなかったな。こうなったら、野性の勘を頼りに植物園の中で寝るか……? それがいい気がしてきた。

 なんかもう眠いし、それにいよいよ寒くなってきたし……。

 

「……うっ」

 

 寒すぎて思わず片膝を突きかけた俺は、そこでなんとかチベスナに支えてもらった。

 

「ち、チーター! こんなところで力尽きてはダメだと思いますよ! 重いと思いますよ!」

「お前フレンズだろぉ……」

 

 ヒト一人の重量くらい余裕で抱えられるだろうに……。

 くっ……考えろ、俺。

 全ての条件に当てはまる寝床がない状況で、どうにか安全かつ快適に寝られる方法を……。何か…………。

 

「……うーん、もう穴を掘るくらいしか思いつかないと思いますよ。掘っちゃいますね」

「待て待て待て待て!」

 

 フツーに穴を掘ろうと屈んだチベスナに、俺は思わずさっきまでの満身創痍っぽい眠気を吹っ飛ばして必死の制止を行う。

 だからさっきそれダメって話したろうが!

 

「えー、なんでダメなんですか? 寝床がないなら作るしかないと思いますよ」

「だから、それ、俺達が安全かつ快適に眠れる条件を何一つクリアできてない上にパークの施設をむやみに壊してるから…………って、ん?」

 

 そこまで言って、俺はふと、違和感を抱いた。何か今、大事なことをチベスナが言ったような気が……?

 

「どうかしましたか? 今ならかなり拡大した穴を掘ってみせると思いますよ」

「いや、そっちは別にいい。っていうか絶対やるな。落盤するから」

 

 ……そうだ。

 そうだった。その手があった…………『寝床を作る』!

 

 なければ作ればいい。当たり前といえば当たり前だが、盲点だった。最初から全部そろった条件のある場所など、探す必要はなかったのだ。何か一つか二つ、条件に合う場所を探せば……残りの条件くらい自分たちの手で無理やり帳尻を合わせることくらいできるはずだ。

 

「でかした、チベスナ!」

「お、何か思いつきましたか? ようやくだと思いますよ」

「ああ。お蔭さまでな。…………寝床を、作るぞ!」

 

 すっかり眠気を吹っ飛ばした俺とチベスナは、そうして行動を開始した。

 

の の の の の の

 

 寝床を作る。

 とはいえ、チベスナのように穴を掘るのではほぼ無意味だ。チベスナはあったかくなると言っていたが、それは横穴とかの場合。地面に穴を掘っても上から地面を被せたりしない限り温かくはならない。

 では、どこにどう作るか。

 

 …………答えは、木の上だ。

 

 材料は既に売店で確認できていた。

 棚に入っていた、大量のタオル。使うのはこれだけだ。

 

「こんなので本当に大丈夫なんですか? 不安だと思いますよ」

「心配いらん。数を被せればなんとでもなるからな」

 

 俺達は、セルリアン退治をした砂漠の高木コーナーに戻って作業をしていた。俺達の見立て通り、屋内である砂漠の高木コーナーは夜であっても日中ほどではないが暖かさを維持していた。ここなら凍える心配もないだろう。

 

「しかし、これで寝床が作れるなんて不思議だと思いますよ。チーターの考えることは面白いですね」

「これも昔取った杵柄だな」

 

 前世じゃこんなサバイバルじみた知恵を働かせたことなんて一度もなかったから、これは単なる思い付きなんだけどな。

 適当に言いながら、俺とチベスナはタオルを枝と枝にまたがるように引っ掛ける。それを何度も繰り返す。

 そうして、俺とチベスナは木の上に二人で寝っ転がれるくらいのスペースを確保することに成功していた。強度も……うん。寝返りを打ったくらいじゃなんともないな。

 

「……でもこれ、どうやって上まで登るんです? チベスナさんはもちろん、チーターも木登りはできませんよね?」

「ふふん。その点については心配いらん。我に策あり、だ」

「そう言うときのチーターはあんまり信用ならないと思いますよ……」

「うるさい」

 

 そうでもないだろうに。

 なんて言いつつ、俺は足を差し出して片足立ちになる。昼間にセルリアンを退治したときと同じ格好だ。

 

「……え?」

「俺が木の上までお前を蹴っ飛ばす。そうすれば、チベスナは登れるだろ? あとはお前が俺を上まで引っ張り上げるだけってわけだ」

「ええー…………」

 

 なんだその嫌そうな顔。

 

「あのふわっとした感じ、嫌だと思いますよ……」

「つべこべ言わない」

 

 そう言うと、チベスナは嫌そうな顔をしたまま俺の脚の上に乗っかる。よーし、これで準備オーケー。チベスナの準備が整ったのを見て取ると、俺はそのまま――勢いよく、それでいて微妙に加減をして足を振りぬく。

 ゴゥン! と我ながらかなりの轟音を響かせながら足を振り切ると――、

 

「…………ぁぁああああぁぁぁああ!?」

 

 昼間と同じように、チベスナが悲鳴を上げて木の上に弧を描いて落着した。うーむ、我ながら惚れ惚れするコントロール力。サッカーとかもうまいんじゃないだろうか、俺。

 

「チベスナ―、どうだー?」

「どうも何も……ってうわ、わりといい寝心地だと思いますよ! 予想外に!」

「そりゃよかった」

 

 フッフッフ……俺の文明力もなかなか馬鹿にはできんというわけだ。正直相当行き当たりばったりだった気がするが。

 近づいて様子を見てみると、チベスナは木の枝の中に敷かれた二畳くらいの広さのタオルの寝床で、心地よさそうにくつろいでいた。タオルを何枚も重ねた甲斐あって、木の枝の上だというのに落ちる様子は微塵もない。これなら本当に大丈夫そうだな。

 

「じゃ、引っ張り上げてくれ」

「はいはーい」

 

 手を伸ばすと、木の上からチベスナが身を乗り出してその手を掴んでくれる。かなり無防備な態勢だが、まぁフレンズの膂力(りょりょく)なら問題なく俺のことを引っ張り上げられ、

 

「あっ、」

 

 ……などと思っていた俺の予想を裏切り。

 不用意に身を乗り出しすぎたチベスナは、そのまま手を引っ張ったときの勢いに耐え切れず、逆に引きずり降ろされて俺の上に落下してきたのだった。

 

 もちろんこの後再チャレンジして、今度は無事に俺も寝床に上がることができたのだが……。

 …………いたかった。

 

の の の の の の

 

「ふぅ……一時はどうなることかと思ったが、なんとかなったなぁ。ここなら木の上だから安全だし、暖かさも申し分ないし、ふかふかだから寝心地いいし、広さもそこそこあるし」

 

 無事に寝床に上がった後。

 二人で並んで横になりながら、俺はそんなことを呟いた。

 地面がもふもふだから、長い髪を体の下敷きにしても痛くないというのがまたいい。やっぱタオルは常備必須だな……。

 

「チベスナさんは別に地べたでもよかったんですけど……」

「セルリアンに食われても知らないぞ」

 

 すっかり話の前提を忘れて調子こいているので、俺は冷や水を浴びせてやる意味も込めてそう言ってやる。するとチベスナははっとした様子になったようだった。

 

「なんておそろしいことを……チーター、はくじょうだと思いますよ」

「…………、……いやまぁ、知らないってことはないが……」

 

 流石に食われでもしようもんならそこそこ必死に助けると思うが……いや、食われても知らないぞっていうのはそういう意味ではなくてだな。

 

「まぁ、はくじょうなチーターと違ってチベスナさんはちゃんと助けてあげますがね。感謝するといいと思いますよ」

「はいはい」

 

 まぁ、俺がお前に助けられる姿がまるで想像できないのだが……。……いや、今日も助けられたか。眠気と寒さでダウンしかけたとき、ごくごく自然に支えられてたし。それに寝床を作るっていうアイデアも、コイツがいなければ出てこなかったかもしれない。

 

「…………頼りにはしてるよ。少しはな」

 

 ただ、それを認めるのは少し気恥ずかしい。

 そんな思いで、小さく呟いてみる。

 

 

 

「んんー?? 声が小さいと思いますよ? もっと感謝の気持ちを伝えてもいいと思いますよ?」

「調子に乗るなよポンコツアホギツネぇ!」

 

 …………やっぱ前言撤回しよう。こいつは頼りにならん。

 

 

 ――――そんな感じで、砂漠の夜は賑やかに過ぎていった。




フレンズの大半は耳がいいので、『照れ隠しに聞こえないくらい小さな声で呟く』とか通用しません(主な犠牲者:ボス)。

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