畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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四一話:芽生えた欲望

 まぁひどい目に遭った。

 

 トキの歌声を聞きに林を出ていった俺だったが……気づけば茂みの横で寝ていて、太陽も瞬間移動をキメていたのだ。

 

「……えー。まだ下山もできてないのに……」

 

 思わず、身体を起こした俺はそんなことを呟いていた。

 記憶の断絶……そして太陽の移動即ち時間の経過。これらが示すのは、さっきまで俺が気絶していたという事実。

 トキの歌を聞いた記憶は……ある。というか、流石に歌を聞いて気絶したわけではない。歌があまりにもひどすぎて眩暈がしたら、ちょうど運悪くそこで転んで、さらに運悪く頭を切り株に思いっきりぶつけたのだ。

 人間だったら確実に首がいっちゃうパターンだが、フレンズの頑丈さゆえか気絶だけで済んだらしい。

 

 ともあれ、気絶をしたのはまあいい。問題は、時間である。まだ山の上だしこの時間だと下山している最中に日が暮れてしまいそうだ。というか荷物がまだ山頂だし……。……今日は山頂で野宿かぁ。まぁセルリアンはさっき潰したし山頂はまだ安全な方だろう……。

 

「あ、チーター。起きました?」

 

 と、今後の予定を考えてげんなりしていると、チベスナが俺の顔を覗き込んできた。心配しなくても元気だよ。

 

「……あ、ほんと? 大丈夫かしら……ごめんなさいね。わたし……」

 

 チベスナのセリフを聞いて、少し離れたところで落ち込んでいたらしきトキが歩いてくる。べつに気にしなくてもいいのにな。……いや、下手なのは改善してほしいが。

 

「あー、平気平気。気絶したのはお前の歌のせいじゃないし」

「まったくだと思いますよ。チベスナさんも聞きましたが全然平気でしたし。全然! 平気でしたし!」

 

 ああ、けっこうキツかったんだな……。

 ……っていうか、チベスナも結局トキの歌聞いたのか。俺が聞くだけでよかったのに。

 

「そうなの? よかったわ……。あまりの歌に感動して倒れちゃったのかと……」

「それだけは絶対にない。絶対にない」

 

 なんかとんでもない思い違いをしているトキを、俺はばっさりと切り捨ててやる。お前、自分の歌が上手い気でいたのか……? ……いや、そういえばさっきも俺達のこと勝手にファン認定してたし、アニメでも確かかばんのことを勝手にファン扱いしていたような……。そう考えると、自分の歌声には自信があるのかもしれない。

 ……ますます誰かさんと似ているような気がする。実際の実力のお粗末さも含めて。

 

「でも、鬼ごっこしながら歌うのはなかなか新鮮な体験だったわ……」

 

 そう言って、トキはぼんやりと思い返すように虚空を見つめだす。それ俺的にはだいぶ負い目になる話なんだが……いや当人が満足してるんならそれでいいんだけどさ。

 

「歌だけでなく飛ぶ姿でも、聞くフレンズを魅了することができるのね……勉強になったわ。今度から動きも積極的に取り入れてみようかしら」

「ただでさえひどいのがよけい悲惨になるからやめとけ」

「はうっ!!」

 

 トキが言葉の刃でグサッと刺されたようだが、ここはちゃんと言わせてもらう。

 確かに、トキの歌を聞かないで逃げるのは筋が通らない。俺はそう思った。だが、それは別にトキの音痴を全肯定しようって話じゃねぇ。

 サーバルやかばんは歌のよしあしなんか知らないから無邪気に全肯定するが、俺はヒトの前世を持つ文明的なフレンズ。こと芸術に関してはこだわりを見せねばなるまい。あとお世辞で褒めるのもそれはそれでなんかアレな気がするしな。

 

「というかだな」

 

 俺は立ち上がってお尻についた砂をはたき落としながら、

 

「トキ、お前の歌はひどすぎる」

「はうっ!!!!」

「チーター、はっきり言いますね……」

 

 さらに言葉の刃が胸に突き刺さったトキを横目に、チベスナが感心したように言う。まぁいつもお前にも言ってることだしな。演技下手とかセリフ覚えろとかそもそも言うとおりに演技しろとか。最後に関してはほんと頼むよお前。

 

「何がひどいかは、実際に聞いて少し分かった。お前喉で歌ってるだろ?」

「喉から……? ええと、こういう感じかしら、」

「いやいい! 多分そういうことで合ってるからやらなくていいから!」

 

 俺は両手でけも耳を押さえつつ、しっぽで『待て』のジェスチャーをする。こんな至近距離で歌われた日にはたまったものじゃない。

 

「力任せに歌うから、ただでさえ聞くに堪えない歌なのによけい聞くに堪えなくなってるんだよ」

「うぐっ……」

「チーター、容赦ないと思いますよ。やはり根に持っているのでは?」

「そんなことねぇし」

 

 いやほんと。聞くだけ聞いたんだから言うこと言わないとなって思ってるだけだから。まぁ、ここだけ聞いたんじゃただのダメ出しにしか聞こえないかもしれんが……。

 

「だからもうちょっとこう……腹から声を出す感じで歌えば、楽に声が出せるからその分丁寧に歌えるんじゃないか?」

「う……なるほど。こんな感じかし、」

「いや今は歌わなくていいから!!」

 

 俺は即座に両手でけも耳を抑えながら、しっぽで『待て』のジェスチャーをする。

 

「そう……? せっかくだから試してみたいんだけど……」

「まぁまぁ、今日は喉を休めろよ。ずっと歌いどおしだったから喉が疲れてると思うし。こういうのは、休憩も大事なんだよ。うん」

「流石チーター、いいこと言うと思いますよ」

 

 こんなところで腹から声を出した強化版殺傷音波を浴びせられたらたまったもんじゃねぇので、俺は慌ててそれっぽい理屈をひねり出す。そういえばトキは紅茶を飲んだ後歌声もマシになってたという話だったような気がするので、まぁそこまで外した推論ではなかろう。

 チベスナも生死がかかっているからか、必死に俺の言うことに頷いて見せた。

 

「なるほど……。確かにそのとおりね」

 

 トキはにっこりと微かに笑って、

 

「チベスナが羨ましいわ。わたしのこともかんとくしてくれないかし、」

「チーターはチベスナさんのかんとくですので絶対にダメだと思いますよ」

 

 チベスナに速攻で遮られてた。

 いや、別にお前の監督ってわけでもないんだけどな……。

 

の の の の の の

 

こうざん

 

四一話:芽生えた欲望

 

の の の の の の

 

 結局、山頂に辿り着いた頃には日は半ば沈んでしまっていた。

 こうなるのが嫌だったので俺はトキに運搬を依頼していたのだが……チベスナの方が『いえ、トキにばかり苦労をさせるのは悪いのでみんなで歩きましょう』とかなんとか珍しく殊勝なことを言い出した上にそれがかなりもっともな話だったので、仕方がなく断念したのだった。ほんと余計なところでまともなこと言うよなコイツ。

 

「しかも山頂は寒いんだよ……タオルがあるけど寒いんだって……」

 

 そう言いながら、俺は体をぶるりと震わせる。こういうことがあるからなるべく早く下山したかったのだ。一応タオルはあるからこれを掛布団代わりにすればまだマシにはなると思うが……タオルは風通しがいいからどこまでしのげるやら。明日風邪とかひかないよな。ていうかフレンズが風邪ひくのかも分からんが。

 

「心配しなくていいと思いますよ、チーター。チベスナさんやトキと集まって寝ればかなり暖かくなるはず」

「お前の寝相でそれ言ってんの?」

 

 絶対俺の腹が何度も蹴られるんだよバーカ。何度も夜に起こされるんだよバーカ。

 

「……現状だとそうするしかなさそうだけどな。山頂には木もないし……。かといって登山道だとチベスナが寝相で転がり落ちそうだし……」

「失敬な! チベスナさんの寝相は芸術的だと思いますよ!」

「ああ、そうだな」

 

 芸術的な悲惨さだ。

 

「やっぱり、今からでも山の下まで運ぼうかしら……? 一人ずつしか運べないけど、そっちの方がいいかもしれないわ」

「いえ! 大丈夫だと思いますよ! お構いなく!」

 

 そんな俺達の様子を見かねてか、トキがさらに申し出てくれるが……何故かチベスナこれを却下。なんだ? お前はそこまでトキの体調を気遣ってるのか? なら俺のことも気遣ってくれてもいいんじゃないか?

 それとも俺はまだイケるという信頼の表れだとでもいうのか? ならもう少し俺のことを疑ってくれた方がいいぞ。

 

 ……うーん。

 

「せめて、風よけが欲しいな。そこらから手ごろな岩を集めて、丸い形に並べよう。んで、その中に入ってタオルをかぶって寝れば、まだ暖かい気がする」

「よしきたと思いますよ!」

 

 これにはチベスナもあっさり賛成。……なんだかんだでコイツもしかして山頂に泊まりたかったんだろうか。あるいは、山頂から見る日の出を撮影したいとか? 俺達大体朝、日が昇る前に起きるからな……。その可能性は大いにあるかもしれない。

 

「……なんだか面白そうね。わたしも手伝わせてもらうわ」

 

 ようやく首を縦に振ったチベスナに乗っかるように、トキも同意を示してくれる。こうなってくれればこっちのもんである。

 俺はようやくうまく回り始めた状況に安堵しつつ言う。

 

「じゃあ、急ぐぞ。完全に日が沈み切るまでが勝負だ。トキは上空から手ごろそうな岩を探して俺達を案内してくれ。トキが見つけた岩を俺とチベスナが山頂まで運んで、簡易的な寝床を作る」

「分かったわ」

「いえっさーだと思いますよ!」

 

 そうして、俺達は寝床づくりを開始したのだった。

 ……いやー、にしても、空を飛べるフレンズって超便利だな。トキは歌がヤバすぎるけど。

 

の の の の の の

 

「…………」

 

 そして、寝床の設営(?)が終了した後。

 俺は無言で岩で作った寝床の中に転がり込むと、そのまま黙って睡眠態勢に入った。大岩はチベスナの力によって若干カッティングが施されている為、隙間風の問題はそこそこ改善されていた。

 頑張って大量に岩を運んだので寝るスペースも大体四畳半ほど確保されている。三人で寝るには微妙に手狭だが、まぁ最悪というほどではなかろう。

 

「……ぐぅー……」

「ちょっと待つといいと思いますよ!」

 

 と、そこで夢の世界へ羽ばたこうとしていた俺を押しとどめる無粋な声が一つ。

 

「なんだよチベスナ……もう寝たいんだけど……」

「いくらなんでも早すぎると思いますよ! チベスナさん、今回は暗くなって夜目が効かなくなったチーターを助けて岩を運んだり、途中で疲れたチーターを助けて岩を運んだり、岩をいい感じの形にしたり、けっこうはちめんろっぴの大活躍だったと思いますよ!」

「あぁー……うん、頑張ったな……。でも俺も頑張ったんだ……つかれた……」

「チーター!?」

 

 …………うん。頑張って岩を運んで、夜風の回避とついでにほんのりセルリアンからの防衛も兼ねた寝床を作った……のはいいのだが、ただでさえ疲れ気味だった俺が岩を運んで山を登ったり下りたりするというのは……まぁ片道一〇〇メートル程度の近距離でも超疲れるわけで。

 途中から暗くてトキのガイドも見えなくなったこともあって、岩を運ぶのも正直七割くらいチベスナにやってもらってた。岩のカッティングもけっこう頑張ってたので、そこは褒めてやりたいのだが……いかんせん眠い。明日でいいかなそれ……。

 

「チーター、チベスナさんけっこう頑張ったと思いますよ。今日はなかなかのものだったと思いますよ!」

「うー、今日はいつにもましてうるさい……」

 

 元気有り余ってるな。バンジージャンプでなんか余計なものでも目覚めたか……?

 

「チベスナはいつも頑張ってるよ……ちゃんと分かってるから……とりあえず今は寝ろ。明日もあるんだからな」

「ほんとですか?」

「こんなので嘘言って何になるんだよ…………」

「……そうですね! おやすみなさいと思いますよ、チーター」

「おやすみぃー」

 

 そう言って、俺はタオルをいっそう被る。チベスナも満足したのか、さっきまでの不満そうなのが嘘のようにけろりと静かになった。

 ……そもそも、コイツのことを放っておけないって思ったのもこいつなりに一生懸命映画撮ってるんだなってのが分かったからだし。不真面目そうに見えてけっこう何事にも一生懸命なんだってことはもう分かってるよ。

 ……ん? そういえばトキがいないような。

 

「……トキ?」

 

 薄目を開けてトキの姿を探してみると、トキは丸く並べた岩の中の寝床ではなく、寝床を作る岩の上に立っていた。

 

「なんだトキ、寝ないのか……?」

「ええ。わたし、あんまり寝なくても大丈夫だもの」

 

 そうなのか……。そういえば鳥って寝てるイメージないもんな。

 

「それに、そこはちょっと狭いからね」

「あー……」

 

 四畳半くらいだと確かに手狭だしなぁ。トキが寝る必要のないフレンズなら寝ない方がいいやって思うかもしれんな。もう少し広めに作っておけばよかったか。まぁ作るのはほぼチベスナだから俺は何も言えんが。

 

「おやすみなさい、チーター、チベスナ。……ほんとう、チベスナが羨ましいわ。わたしも、すてきなかんとくができないかしら……」

 

 そんなトキの呟きを聞いたような聞いてないような思いがしつつ、俺の意識は微睡みの中に落ちていった。




切り株に頭をぶつけて気絶したと認識しているチーターですが、フレンズは基本物理無効(独自設定)なので正確には『歌で余裕がなくなっているところに頭をぶつけたショックで勝手に気絶した』のが正解です。
……チーターの名誉の為にも黙っておくべきだったかもしれません。

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