「はい、着いたよー」
そんなジャガーの言葉と共に、ずずんと少々身体が揺れる。
見ると、橋の残骸はちょうど川岸に乗り上げる格好になっていた。ああ、話に夢中で気付いてなかったが、もう着いてたのか。
振り返ってみるとあっという間のクルージング(?)だったな。道中で見るものも大体新鮮だったし。……途中で水浴び中のインドゾウのフレンズに出くわしたのはビビったが。お前ジャングルにいる動物じゃないだろ?
「ありがとな、ジャガー。お蔭でだいぶ楽ができたよ」
「いいっていいって! 困ったときはお互い様だからねー。それに、色々と面白い話も聞かせてもらったし、っと」
言いながら、ジャガーはさらに橋の残骸を岸に上げて、自身も川から完全に出る。ん? どうしたんだろう。
「話を聞いてたらさ、チーターたちが作るソリっていうのがどんなものなのか気になってきちゃったんだよ。よかったらわたしもソリを作るところ見させてもらえないかな?」
お……意外だな。別に困ってるわけでもないからジャガーが手伝いに来ることはないだろうと踏んでたが、まさか『気になる』って理由で同行を求められるとは。
フレンズってそういう知的好奇心はあんまりないもんだと思っていたが……いや、そういえばかばんが橋を作るってなったときもけっこう興味津々だったっけ。知的ではないかもしれないが、それはそれとして好奇心は旺盛なのかもしれないな、フレンズって。
ともあれ、見学者は大歓迎だ。ましてジャガーにはこの数日かなりお世話になってるんだし、歓迎する理由こそあれど拒否する理由など微塵もない。
ゆえに、俺とチベスナは自然と互いに目を見合わせて頷き合う。
「もちろん、いいと思いますよ!」
「のんびり見てってくれ。退屈するかもしれないけどな」
こうして、俺達はジャガーを仲間に加えて再度、あの激闘の地水道施設へと向かうのだった……。
水道施設までの道中は、特に問題になるようなこともなかった。精々、途中でミナミコアリクイと出くわしてびっくりされたくらいで、実に平和だった。
そういえばジャングル地方で三日滞在していたが、セルリアンの気配は一度も感じられなかったっけ。今までの地方では一日滞在すればほぼ確実にセルリアンと出くわしてたのに、此処は平和だなぁ。
……まあ、ジャガーだのインドゾウだの、何気に強そうなフレンズが揃ってるから、出てきた端からパカパカ倒されてるのかもしれないが。
「ここがその作業場所?」
水道施設に着くと、ジャガーは物珍しそうにあたりを見渡しながら首を傾げた。
ジャングル地方で住むフレンズにとっては、こういうコンクリ製の建造物はあまり馴染みがないかもしれないな。
「ああ」
ジャガーの言葉に頷きながらあたりを見渡してみるが、以前と比べてとくに変わった様子はない。塀のようなコンクリート製の壁で四方を囲み、その中に同じくコンクリート製の二階建ての建物があるという実にシンプルな景色だ。
無機質な建造物の表面には長い年月をかけて蔦系の植物が這い回り、塀を越えて伸びる枝から散った葉が無表情な灰色に彩を添えている。
地面のコンクリートはところどころ剥がれていて、そこがまた廃墟感をかきたてるアクセントになっていた。
「……よしよし、タオルはちゃんと残ってるな」
俺はそんな敷地の隅の方、先日の作業の際に脇によけた落ち葉の近くに無事置いていったタオル類を発見する。少しばかり汚れてはいるものの、このくらいなら洗えば問題なく使えそうな範疇の汚れだ。
「これは?」
「タオルだと思いますよ。寝床を作るのに使ったりします。でも持っていくのがすごく邪魔なので、ソリを作りたいんだと思いますよ」
「それだけが理由じゃないけどな……」
だが実際のところ、当面の喫緊にして最大の理由はそこだ。ほんと、移動にタオルを抱えて持っていくのは超大変なのである。フレンズで二人旅だからここまで持って来れたが、普通の人間の体力だったり一人旅だったりしたらまず間違いなく高山地帯の入り口で捨てていたと思う。
「へぇ~。寝床にねえ。普通に木の上とかで寝ればいいんじゃないの?」
「それだと安眠できないだろ」
首を傾げるジャガーだが……それがどれほど難しいことか分かっているのだろうか? 俺は木登りするタイプの動物じゃないし、チベスナに至っては絶望的な寝相なんだぞ。ジャガーは木登りが得意だから実感ないかもしれんが。
「地面で寝るなんてやってたらセルリアンがいつ襲ってくるか分からなくてとてもゆっくりなんて寝られないし、かといって枝の上で寝たら寝返りもおちおち打てないからな。タオルを使って『枝の上に地面を作る』ことで初めてクオリティの高い睡眠が得られるのだ」
「くお……? うーん、分からん……」
「チーター」
「いやお前は分かれよ」
ジャガーはともかくお前はいつもそこで寝てるんだからさ。
「要するに、気持ちよく寝る為にはタオルを使って木の上で寝るのが一番ってわけだ。旅だと色んな場所で寝なくちゃいけないからな。それにチベスナは寝相悪いからすぐ木から落ちるし」
正直、ここまでの感覚から言って俺だけなら別に何もなしで木の上で寝られると思うのだ。今まで寝入った瞬間から動いてたこと一度もないっていうくらい寝相がいいし、俺。
でも、チベスナはそうはいかない。コイツは寝るとき腹見せながら寝るような飼い犬的寝相の悪さを見せやがるし。そういうことを考えると、やっぱタオルの存在は必須なのである。チベスナだけ下で寝かせるわけにもいかんしな。
「うへー。旅暮らしも大変だなあ」
「でもこれも慣れるとけっこう楽しいと思いますよ」
「だな」
俺とか、フレンズの身体能力やもともとやりたかったことだからみたいなのも関係しているが、アウトドア経験殆どないのにこうして文明が殆ど廃れた状態の旅もそれなりに満喫できてるしな。けっこう楽しいもんだ。
と、そこで俺は手をぱんぱんと叩きながら言う。すっかり話し込んでしまったが……。
「さ、無駄話はこれくらいにして、作業始めるぞ。ジャガーもちょっと手伝ってくれると助かる」
「分かったと思いますよー」
「うん、了解!」
いよいよ、ソリ作りの再開だ。
「でも、どうすればいいと思いますよ? 結局前回は切り口が歪んじゃってうまくはまらなかったと思いますよ」
ジャガーの協力もあり、木を数分で斬り倒した後。
材木を敷地に並べた俺に、チベスナが不安そうな面持ちで首を傾げてみせた。まあ、一応手先の器用さを向上させる訓練もしたにはしたが、正直ビーバーだのプレーリーだのの領域には程遠いからな。
あのへんのフレンズは多分特性として精密作業ができるタイプだろうし、努力でどうにかなるレベルを超えてしまってる。
「確かに、俺達の力ではどうしようもできないだろうな。そこのジャガーも難しいだろ」
では、どうすればいいのか。
その方策は既に、あの洞窟暮らしの中で見つけている。
「だが案ずるなチベスナ――我に策あり、だ!」
「久々に出たと思いますよ」
……ひそかにキメ台詞にしようかなって思ってるんだから、ちゃんとカッコつけさせてくれよな。
「こほん」
気を取り直す意味も込めて、俺は咳払いする。俺の秘策、それは――。
「この、水道施設を使う!」
びし! と、俺は施設の壁を指さしてみせた。
「ここですか? 壊すんですか?」
「お? 壊すんなら手伝うよ!」
「壊さねぇよ!」
なんで壊すんだよ! 二人して発想が危ねぇなおい!
「そもそもだな、俺達がソリを上手くつくれなかったのは、材木を真っ直ぐ切ることができなかったからだ。定規の類も持ってないから、フリーハンドでやるしかなかったからな。そこは分かるよな?」
「分かると思いますよ」
横で話を聞いているだけのジャガーも頷いていた。
前提理解が共有されているのを確認した俺は、話のステージを一つ上に持っていく。
「なら、どうすればいいか」
「そりゃ、真っ直ぐ切ればいいと思いますよ」
「そう、そうなる」
ただ、ここで一つ問題が発生するわけだ。
「で、どうやって?」
どうやって。俺達は定規類を持ち合わせてない。つまり手持ちの道具じゃ真っ直ぐっていうのをどうやっても作り出せないのである。辛うじてメモ帳は直線だが……あれじゃ定規の代わりにするのは難しいだろう。フレンズの技を使うと切れ味がよすぎるし、薄すぎるし。
「どうやって……この施設を使って……?」
「どうやるんだろう……? 思いつかないなぁ……」
「答えは――こう、だ!」
言いながら、俺は丸太を施設の壁の角に密接するように立たせる。ちょうど半分くらい、壁からはみ出るような形だ。
「……これのどこが秘策なんだと思いますよ? ただ壁に丸太をくっつけただけに見えると思いますよ。チーター、やはりまだ疲れているのでは? ジャパリまん食べますか?」
「ここぞとばかりに煽りおって……」
俺は至って正常だよ。
「まあ見てろ。チベスナ、この丸太を支えておいてくれ。あ、危ないから壁の近くに指出すなよ」
「はーい」
「おっ、どうするのどうするの?」
「フッフッフ……こうするのだ!!」
言いながら、俺は壁に手を添える。そして指だけを光らせ――振り下ろす!
刹那。
ズパン!! と快音をたて、丸太が綺麗に真っ二つに切断された。
「お? おお……すごいと思いますよ! きれいに切れてます!」
「ふふん。人工物は直線で構成されてるからな。それに手を添えて、その形に添わせて切れば疑似的に直線を再現できるという寸法よ」
まぁ厳密に言えば直線ではないんだろうけども、現状では最も直線に近いのは間違いない。あとはこれを溝を彫る時とかにも応用すれば、真っ直ぐ彫ることができる。手間はかかるが、確実に完璧なものが作れるはず。
「すごいねえ。よくこんなの思いつくなぁ」
「そうでしょうそうでしょう。チーターはチベスナさんのかんとくですからね」
「監督じゃないが」
ま、ここのあたりは人類の叡智というヤツだな。伊達に二十数年もヒトやってきてねぇよ。
「とまれ、こうすれば材木同士が噛み合わないってこともないだろ。一気に作っちまうぞ!」
「おー!」
「と思いますよ!」
俺達三人はそう意気込んで、意気揚々と作業に取り組んでいく。
……掛け声の時点で若干気力が削がれるのは、まぁご愛嬌ということで。なんか力抜けるんだよなぁチベスナは……。
それから、およそ一時間後。
「はぁ、はぁ……」
俺は、額に浮かんだ汗をタオルで拭いながら息を荒くしていた。
俺だけではない。チベスナも、ジャガーも首にタオルをかけては、額に玉のような汗を浮かべていた。
その原因は作業にサンドスターを消費したからというのももちろんあるが――それ以上に大きいのは、それだけの気力を使って精密作業をしていた、という部分だろう。
俺はまだいい。手先が器用になったため、わりとハイペースで作業を進めることができた。だが、その脇で材木から板を切り出す作業に従事していた(彫りの作業は流石にまだ任せられない)チベスナとジャガーにとっては慣れない上に失敗できない作業ということで、けっこうプレッシャーだったらしい。
俺自身も溝を掘るのは力加減との戦いでもあったからかなり大変だったしな。
「ふう……ふう…………ふぅ」
呼吸を落ち着け、俺は前を見据える。
そんな風にそこそこ満身創痍だった俺達の目の前には――――、
――――新品の、ソリがあった。
「………………やったああああああ!!!!」
誰からともなく、歓声が上がる。
互いに手をたたき合い、笑い合い……チベスナ抱き付くな、暑苦しい!
結局作業中の失敗は二、三度程度で済み、余分に木を斬り倒していたこともあってか追加伐採はなしで無事にソリは完成した。
軽く叩いてみて強度のテストをしてみたが、ぐらぐらしたりもしないどっしりした安定感。これなら実用に足るだろうと確認できる出来栄えだった。
いやー……長かった。
湖畔から温め続けて、砂漠地方、高山地帯、そしてジャングル地方……何日かかっただろうか? これの為に三日寝込んだりして……長い長い旅路だった。しかし今、ついに俺達はソリを手に入れたのだ!
「ソリだと思いますよ! ソリだと思いますよ!」
チベスナはすっかりはしゃいでソリの中に乗り込んでいた。
あ、ジャガーが引っ張ろうとしてら。
「進むといいと思いますよ!」
「りょうかーい!」
「わー進んでると思いますよ!」
はっはっは、お前が進めって言ったんだろ。
「いやー……達成感だなぁ……」
ソリは俺とチベスナが寝転んでも普通に安眠できそうなくらいの広さと、座り込んだら胸まで隠れるくらいの高さがある。今既にタオルを敷き詰めているが、それでも全然残り容量には変化がないというレベルだ。
これならあと五倍は荷物を増やしても問題なさそうだな。……いや、流石に五倍も増やせば容量より重量が問題になってくるかも。
「な、チベスナ。自分たちで作ってよかったろ?」
「確かに作ってよかったと思いますよ! これはいいものだと思いますよ!」
「いいねえ、これ! わたしも欲しくなっちゃうなあ」
「はっはっは、また今度作ろうな」
ジャガーには色々手伝ってもらったし、めちゃくちゃ世話になったし、これをあと一個作るくらいなら全然やぶさかでもない。でもまぁ今日はちょっと疲れたので、明日以降でよろしく頼む。
「……そうだ!」
と、そんな感じで俺含め感性の達成感でワイワイしていると。
不意にチベスナが、何かを閃いたようだった。
「どした?」
「いいことを思いつきました。チーター……」
首を傾げる俺に、チベスナはもったいつけて言い……ソリを指さす。
「これを使って、えいがを作るといいと思いますよ!」
…………。
おー……なかなかの無理難題来たぞ。
図らずもジャガーさんノルマを達成してしまいましたが、別に狙ってやったわけではありません。
あと、インドゾウはジャングルに生息する動物らしいです。