「確かに……さばんなちほー、けっこう泥だらけだと思いますよ」
ぬいぐるみたちを泥から守る『盾』の必要性。
それを告げた俺に、チベスナは思案気な表情を作って頷いた。チベスナとしては当然、せっかく手に入れることができた念願のぬいぐるみが汚れたりするのは嫌だろう。話が通じたのを確認した俺は、さらに続ける。
「そう。このまま行くとせっかくのぬいぐるみも泥まみれになっちまうからな。何かしらの対策は必要になってくるってわけだ」
「危ないところだったと思いますよ……このままだとぬいぐるみを川で洗わなくてはならないところでした。さすがチーター、かんとくなだけあると思いますよ」
「監督じゃないが」
あと川で洗うのは大丈夫なのかね。なんか中の綿とか縮みそうな気がして怖いんだが。そもそも中身が綿かどうかも定かじゃないけども。
とまぁそんな感じで、泥対策はアーケードに入る前に気付いてたことだが、チベスナには言ってなかったのでここらで情報共有も兼ねつつ。そんなことを話しあいながら、俺とチベスナはアニマルランドを後にする。
「やっと明るいところに出たー……」
懐中電灯一本を頼りにしてたから、曇天でアーケードの屋根ガラス越しとはいえまだ明るいと表現できる場所に戻ってきて、俺はひとまずほっと一息つく。
ちなみに、ぬいぐるみは二人とも抱えて持ってきていた。チベスナのヤツが結局あのでっかいぬいぐるみを持っていくことにしたもんだから、一人じゃ抱えきれなくなったのだ。お蔭で何を持って来たのか分からんし……。
「……あ、せっかくだからあの一階にあったクマも持っていけばよかったと思いますよ」
「………………」
「冗談だと思いますよ」
え~まだやんの? と顔で言った俺を横目で見たからか、チベスナもあっさりと前言を翻した。いや、付き合いはするけどいい加減めんどくさいからな……。
「それはともかく」
チベスナは俺の目の前に進み出てから、くるりとこちらの方を振り返り俺に問いかけてくる。
「それで、泥とか雨を防ぐものの目星はついてるんですか?」
うむ、良い質問だ。
「実は全然ない」
「ええっ、それで大丈夫なんですか?」
あっさりした回答にチベスナが目を剥くが……心配はいらない、と俺は思っている。
「大丈夫だよ。なければ作ればいいだけだし。最悪ソリを此処に置いてちょっと遠出して、適当な木で蓋でも作ればいいだけの話だし」
設計図をビーバーに書いてもらったとはいえ、一からソリを作った経験は俺にとって確かな自信になっている。今ならソリの設計を応用して大抵のDIYはどうにかできるはずだ。
ただそれは非常にめんどくさいので、なるべくあるもので済ませたい。ここだったら買った商品を入れる為のビニール袋とか大量にありそうだし、それを切り開いてたくさんダクトテープでくっつける……とかでも十分雨水は防げそうだな。
要するに、色々とやりようはあるってことだ。とりあえず色々見て回ってから細かいことは考えよう。ついでに、今日寝る為の場所とかもそこで探そう。
「では、早速捜索開始ですね?」
「いや違う」
ぬいぐるみを抱えたまま別の場所へ向かおうとするチベスナを尻尾で制止し、それから駐車場の方を指し示す。……いま割と無意識にやってたが、便利だな尻尾。両手が塞がってるときの意思表示に意外と使えるぞ。細長いから何やってるのか分かりやすいし。
「……捜索に行く前に、一旦このぬいぐるみ群をソリに置いて行こう。両手塞がってるんじゃ動きづらいしな」
というわけで、ぬいぐるみを置いたので探索開始である。
たったの七個くらいだと思っていたのだが、いざソリに載せてみるとぬいぐるみは意外と大量だった。ぬいぐるみの山……と表現できる程度には大量だった。ソリを大型に作ってなかったら運んでる最中に道がガタガタしてたら振動で吹っ飛んでしまっていただろう。備えておいてよかったな。
「とりあえず、入れそうな店はかたっぱしから見ていくぞー」
空が曇っていたので一応雨対策としてソリをアーケードの屋根の下に移動させた跡、俺達は再度アーケードへと入っていく。今回は目的の店があるわけではないので、本当にかたっぱしから探していくしかない。
一応、俺としては本命の物品があるのだが……まぁ『アレ』が普通の店にあるとは思えないし、あんまり期待はしていない。
「じゃあまず一店目ー」
「ここはなんだと思いますよ?」
「んあー……『
看板を見上げてみるが、生憎文字が掠れてて読みづらい。んー……文字スペース的に、多分『
「きぁんど? よく分からない名前だと思いますよ。キツネの鳴き声みたいな店ですね。ここキツネ用ですか?」
「や、多分字が掠れてるだけ」
あとキツネの鳴き声は多分『こんこん』とかそんな感じじゃなかろうか。
そんな感じで適当に言い合いながら俺達は店に入ってみる。
中は案の定暗く、夜目がきかない俺は懐中電灯必須である、が……。
「意外とファンシーだな」
中はパステル調のカラーリングで統一されていて、全体的なデザインもふわふわの雲などファンタジー寄りだった。多分ここは子供向けの商品を販売してるところだったんだろうな。
棚で通路を区切る形は、普通の店と変わらないが……店内の隅の方に、子供が遊べそうな広場みたいな場所がある。これはいったいなんだろう……? ……あれかな、子供向けの店だから、商品を買うついでにそれを遊ぶ場所を提供、みたいな感じか?
ちょっと違う気もするが……。休憩所みたいな感じなのかもしれないな。子供の体力だとアーケードで買い物する頃には休憩したくなってるってこともあるだろうし。
「んー……これは日用品か?」
棚周りに懐中電灯を照らしながら歩く俺は、棚に並んだ品揃えを確認してそう呟いた。
見た感じ、このへんは文房具が並んでいる……が、やはり全体的にデザインはファンシーっぽいし、よくある子供向けブランドのお店のような感じがする。日用品は欲しいが、こういう可愛い系はなんか使うの恥ずかしいから今回はパスでいいかな……。
「っと、そうだ。泥・水避けになるものを探してるんだった」
なんか自然と日用品探しに思考が移行しかけていることに気付いた俺は、そう言って首を振り意識を切り替える。……といっても、こんな日用品売り場じゃ大したものなんてなさそうなもんだが……。
うーん、やっぱりレジ袋が最有力か。接着用のダクトテープならあるし。……問題はダクトテープだと時間がたつにつれて粘着力が弱まりそうってとこだよなぁ……。
「チーターチーター、これなんだと思いますよ?」
「あーん?」
と、一人悶々と考えていたらチベスナから声が。
またなんか変なモン見つけたのか……と思いつつそちらの方に行ってみると、チベスナは棚から何やら小物を手に取って目を輝かせていた。
「なに見つけたんだ?」
「これだと思いますよ!」
そう言ってチベスナが俺に差し出してきたのは――キャラクターがプリントされたセロハンテープ。
キャラクターといっても、版権の問題か特定作品のキャラクターというわけではなく、キャラクター化された動物(?)だ。なんか色鮮やかな……ネコ? なんだろうコイツら。ジャパリパークのマスコットキャラみたいなのだろうか? そういうのってラッキーの役目じゃないのか?
「セロハンテープだが……多分使い道あんまないと思うぞ」
「チーター」
「ダクトテープの弱いバージョン。ダクトテープよりすぐ剥がれる」
俺は辞書じゃないんだぞ。もう今更だが。
「はあー……。でもカワイイし気に入ったと思いますよ」
「そのくらいなら別に持って行ってもいいが」
かさばらないし。
「ほんとだと思いますよ!? じゃあ早速……」
「あっ」
コイツ俺のトートバッグの中に入れやがった!
「お前な……このくらいは自分のポケットにでも入れとけよな」
ブラウスに胸ポケットあるの知ってるんだぞ。
別にこのくらいは気にしないが。
「とはいえ、ほんとキャラもの中心って感じで、雨避けになりそうなのはあんまりないな……合羽とかあったらなと思ったんだが」
「チーター」
「雨降ってる時に着ると雨避けになる追加毛皮」
「追加毛皮……ですって……!?」
追加毛皮という俺の言葉に、チベスナは新たな概念を入手した衝撃で目を剥く。まぁ俺も追加毛皮って言い方は改めて考えたら相当奇妙だと思うけどな。だが実際服=毛皮なフレンズ的には、コートとか合羽って追加の毛皮なんだよな……。
「追加毛皮と書いて上着と読む」
「うわぎ…………」
ぼんやりし始めたチベスナはさておき。
「そういや、レジャーシートとかないかな」
ふと、俺はその可能性に行き着いた。合羽はキャラものが入る余地がないからここにはないかもしれないが、レジャーシートはわりとキャラものが多かったような気がする。とすると、キャラもの特化なこの店の傾向的にレジャーシートがある可能性はなかなか高いのではないか……!?
今日一番の冴えを見せた自分の頭脳に戦慄しつつ、俺は品物探しを再開し――。
「……やっぱないかぁー」
そして撃沈した。
うんまぁ、多分この店小物専門店なんだよな。鉛筆とかキーホルダーとかそういうのなんだよ。
あ、ちなみにレジ袋もなかった。……というか、多分どこかにストックみたいなのはあると思うんだが、けっこうレジ周りが入り組んでる上に暗くて懐中電灯だけだとよく分からなかった。くそう。
「チーター、ありそうですか?」
と、俺が撃沈したタイミングでチベスナが棚の向こうからひょっこりと顔を出してきたので、俺は無言で首を横に振ってみせる。
どうでもいいが、チベスナの顔を見るのに懐中電灯で照らしてるからか、そこはかとなく不気味な感じになってるな……。
「ダメだな。この遊び場の床をはがして使えないかなって一瞬思ったが……蓋にするにもちょっと不安定すぎる気がするし」
店内の隅にある遊び場はジグソーパズルみたいな小さなパネル状のクッションがいくつも組み合わさってできた床でできているのだが、いかんせん地面にがっちり接着されているので剥すのが大変な上に、けっこうつなぎ目のあたりがすり減ってボロいので多分水除とかの役割は果たせなさそうなんだよな。
「じゃあ、次行ってみようと思いますよ。次次」
チベスナは妙に俺のことを急かしながら、次の店に向かおうとする。俺としてもさっさと捜索を終わらせたいのでその意見には賛成なのだが……。
「その前にチベスナ、その胸ポケットの中にしまってるヤツ俺に見せてみな?」
ポケット使えとは言ったが、流石に身体のシルエットが変わるくらい詰め込むのはどうかと思うぞ。
大量のキーホルダーの持ち込みを八割ほど却下した俺は、ブツクサ文句を言っているチベスナを引きつれながらその隣の店へと乗り込んでいた。いや、だってあんなにキーホルダー持ってても絶対邪魔になるだけだし。というかお前そういう小物意外と好きだよな。
閑話休題。
この店の看板もだいぶすり減っていてなんと書いているか読めないのだが、この店に関してはどんな店か入る前から分かっていた。
というのも、この店が西部劇に出てきそうな雰囲気なのと、案内図でここがどの店か事前に確認していたからなのだが。
「ここがフレンズのバーか……」
店内を懐中電灯で照らしてみると、そこは先ほどまでとは打って変わってシックで落ち着いた雰囲気の店内だった。懐中電灯の乏しい明かりというのを考慮しても、何か寂しい感じがするな。
「チーター、バーってなんだと思いますよ?」
「お酒を飲むところだよ、簡単に言えばな」
「おさけ……ですか?」
「ああ。飲むと酔いが回る不思議な飲み物だ」
「ほぁー……」
よく線の細い少年がバーに入って『お嬢ちゃん、ここじゃミルクは出してねぇんだ』ってコワモテの店主に言われて実力を見せてビビらせる、みたいな展開あるし、多分バーは基本お酒しか出してないんじゃないだろうか。
あ、でもけっこうオシャレな感じだしカルーアミルクとかに使うミルクは出せるかもしれないのか……? そこはどうでもいいか。
「んー、でもここにはぬいぐるみを守れそうなものはなさそうだと思いますよ」
「まぁまぁ、探してみないと分からないじゃないか。樽とかあったらその中にしまえばけっこう防水になるし」
「チーター」
「ちょっと待ってろ。………………。こういうの」
説明が難しかったので、俺はメモ帳に簡単なイラストを描いて見せる。こういうときメモって便利だよな。口で説明するより見て分からせた方が百倍速いし。
「ほー……これは面白いものだと思いますよ。でもなんでばーにこんなのがあると思いますよ?」
「酒を入れるんだよ。何でわざわざこんなのに入れるのかは知らん」
昔からの伝統ってヤツなんだろうとは思うが、正直木に入れたままにしてると味が落ちそうなのでプラスチック製にしたらいいと思う。そっちのが衛生的だし。
んで、その後一応バックヤードも見てみたのだが……。
「……ダメだな、何もない」
残っていたのは空の段ボールだけ。段ボールも蓋に使えなくもないのだが、やっぱり防水性には欠けるしやはり心もとないよな。
せめて食べ物でもあれば……特にお酒……と思ったのだが、それもダメ。飲料水の類は見事に全部なくなっていた。食料も無論だ。やっぱりこういう食べ物の類はフレンズが全部片づけちまったんだろうなぁ……。お酒、久々に飲んでみたかったなぁ……。
「はぁ……」
「チーター、ぬいぐるみを守るものがないことより何か別のことにがっかりしてません?」
「んなことねぇよ」
「あとチーター、その段ボールは何のために使うんです?」
「それはほら……色々だよ」
「チーター」
「……………………」
わかってるよ。冗談だよ。ちゃんと置いてくよ。
「……じゃ、次行こうか。次次」
この件について深堀りされるとちょっと分が悪いので、俺はそう言いながら次の店への移動を急かす。
チベスナにそこはかとないジト目で見られつつ、俺達は次の店へと向かった。
のだが。
「これは…………工事中、か?」
バーの隣の店は、どうもリニューアル工事中らしかった。
工事中……といってもその工事が終了することはもはやないと考えるとなんかちょっと悲しいが。多分、工事中に……『例の異変』とかいうのが起こっちゃったんだろうな。『例の異変』って何なんだろうなぁ……。黒セルリアンが出てきたヤツなんだろうか。でもアニメの描写的に、ミライさん達で黒セルリアンは倒せてるっぽいんだよな。
「なんか一面がこの間のすいどうの建物みたいになってると思いますよ」
言いながら、チベスナは物珍しそうに地面をつま先でこんこんと叩く。
内装は完全にまっさら。商品棚もテーブルや椅子もなく、ただ何もないまっさらなコンクリートの床と二階に続く階段があるばかりだった。あるものといえば、精々何かの作業に使っていたと思しき工具と、その下敷きになっている工事に使っていたと思しきブルーシートくらいだろうか。
……一階がこの調子ってことは、二階もこんな感じなんだろうか。
「なんか探しても無駄感がバリバリすると思いますよ。ここはダメなのでは?」
「だなぁ」
流石に、この更地具合では何もないだろう。工具には心惹かれなくもないが、ああいう金属製のものは重たいし、いざとなればフレンズの怪力でどうとでもできる気がするしな……。
……真面目に考えると工具を生身で代用できるってどういうことだよと思ったが、そういうことをいちいち気にしてると埒が明かないので考えないことにする。
「じゃ、次のとこ行くか」
そう言って俺はブルーシートの上に置かれた工具類から視線を逸らしてチベスナに言、
「――――待てよ」
ったその直後、脳裏に電流が走った。
今、さらっと流していたが……このブルーシート。
これ………………使えるんじゃないか? そこそこの大きさに布状の形態。今ソリにある分くらいなら、適当にくるんでしまえる量なので防水的にはばっちりである。
「チベスナ! これだよ! これ!」
「ええっ? この硬そうなのですか? これでどうやってぬいぐるみを守るんだと思いますよ……。チーター、疲れているのでは?」
「そっちじゃなくてその下の青いの!!」
あとことあるごとに俺を疲れさせるんじゃない。
「これを使えば、ソリの防水もだいぶ向上するはずだ。ちょうど二枚もあればソリも十分覆えそうだしな」
「おお! 確かに」
そう言ってブルーシートを引っ張って持ち上げて見せると、チベスナも表情をほころばせる。うむ、よかったよかった。これで泥除け問題は解決だな。
「…………」
そんな風にしてほっと安堵していた俺の横で、チベスナは何やら神妙な面持ちでブルーシートのことを見つめていた。……? なんだろう、似合わない顔して。
「どうした、チベスナ?」
「いや、大したことじゃないんですけど」
チベスナはそう前置きして、
「……これがあれば、ソリいっぱいにぬいぐるみを入れてもふたをしてうまいこと運べるのでは? やっぱりもっと持って行っていいと思いますよ」
「今この場でブルーシートずたずたにすんぞ」
なお、この後チベスナの若干必死な謝罪によってブルーシートは正式に俺達の持ち物になったのであった。
大体書き上げてから、コイツ(チーター)はなんでただブルーシートを探すのに一話(七〇〇〇字超)かけてんだろうなって思いました。