畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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今回から遊園地編です。


ゆうえんち
六二話:過客迎える七色の橋


「うー、雨が強くなってきたな」

 

 そう言いながら、俺は相変わらずソリの上で傘を差していた。

 見上げた空は分厚い雲で覆われていて、日差しの代わりに冷たい雨をこれでもかと言わんばかりに落としている。

 ソリの中にも少しずつ雨水が溜まってきてしまい……ぬいぐるみをブルーシートで包める程度の量に収めておいてよかった。この雨だと被せたくらいじゃ余裕で雨水が入りこんでしまっていたに違いない。

 

「チーター、チベスナさん疲れたと思いますよ……。なんだか浅い川でも歩いてるみたいです」

「悪いなチベスナ……もうちょっと頑張ってくれ。ここで立ち往生すると色々困るし」

 

 先程までよりもずっと軟質な泥の足音を響かせながら言うチベスナに、俺は悪いと思いつつもそう言う。

 チベスナが疲れるのも無理はない。雨足が強くなってしまったせいでもはや地面は半分液状になり、しかも高低差のせいか若干流れが生まれてしまっているので歩くのも大変なのである。

 だが、それゆえにここで一度立ち止まれば泥にソリの足が取られて動けなくなってしまいそうだし、そうなれば無理にチベスナが動かそうとしてソリが壊れる可能性すらある。その為にも、チベスナには頑張ってもらわなければならない。

 

「俺も手伝えればいいんだがな……」

「チーターはすぐ疲れるから別にいいと思いますよ」

「分かってるよ」

 

 この悪路じゃ俺が変に出張るよりもチベスナに任せた方が良い、ということでこの体制なのであった。

 しかし当然ペースは遅くなるし、何よりチベスナがバテてしまってはどうしようもないのでどうにかそうなる前にここを抜けたいところなのだが。

 

「雨季のサバンナがここまでとはなぁ……乾季も乾季で大変なんだろうけど、やっぱ悪路は鬼門だよなぁ」

 

 ゆっくりゆっくりと少しずつ後方に流れていく泥の川と背の低い雑草の川辺を眺めつつ、俺はそんなことを呟く。

 この調子だと、今から雪山地方の旅が心配になってくるなぁ……。というか、ソリがあるから高山地帯のような無茶はもうできないし。まぁ、アニメではバスで旅が出来ていたから進行不能になる心配はしてないが……。

 

「あたりも、誰もいないと思いますよ」

 

 チベスナの言うとおり。どこかに身を潜めて雨をしのいでいるのか、辺りには動物の影すら見られない。その事実は、今のサバンナの状態は紛れもなく『過酷』なのだということを意識させる。

 

「チベスナさん、どうせなら晴れてるときに行きたかったと思いますよ」

「次行くときはそうするか。ぬいぐるみの持ち運びもそっちのが圧倒的に楽だし……」

 

 まぁ乾季がいつとかも分からないんだけども。現地のフレンズとメールでもできたら『今日から乾季だよー』みたいな感じで連絡取り合えるんだがなぁ……。文明の滅んだこの状況で言っても仕方ないか。

 

「……ん? ちょっと匂いが変わったと思いますよ?」

 

 と、そこでチベスナが唐突に首を傾げた。

 そして、その感覚は俺も感じていた。つまりちほーの変わり目。フレンズの鼻だと、気候の違いからくる匂いの変化が如実に分かるのだ。

 サバンナ地方の場合は雨だったので匂いが分かりづらかったが、俺も明確に空気が変わったのを感じていた。

 

「これは……」

 

 そこからしばらく歩いて行くと、その先には――滝があった。

 といっても、本物の滝ってわけじゃない。目の前にある、サバンナの境界。まるでそこを区切りにしているみたいに雨雲が途切れているから、その断面がまるで滝のように見えるのだ。

 

「すごいな、こんな景色が有り得るのか……」

 

 ジャパリパークの環境にも大分慣れたつもりだったが、ちょっとここまでとは思っていなかった。自然を超えた超自然の驚異である。

 

「きれいだと思いますよー」

 

 そんな風に思っている俺の横で、チベスナはぼんやりと空を見上げていた。

 綺麗って……確かに雄大な超自然って感じだがこれを綺麗な光景だと思えるってやっぱチベスナのセンスは分からん……。

 なんて思いつつチベスナの視線を追った俺は、そこで合点がいった。

 

「……綺麗だ」

 

 そこにあったのは、七色の光で構成されたアーチ。

 おそらくサバンナと遊園地の緩衝地帯として設置された草原の広場には、巨大な虹がかかっていた。

 サバンナの大雨と遊園地の日差しが上手く噛み合わさったことで生まれた、超自然の芸術だ。

 

「チーターチーター、ここがゆうえんちですか?」

「ああ。地図には確か、『ジャパリパークの玄関口』って書いてあったが」

 

 ……なるほど、ジャパリパークの玄関口。

 確かに、歓迎されているような感じがするな。

 

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ゆうえんち

 

六二話:過客迎える七色の橋

 

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 ちなみに。

 ここキョウシュウエリアへの交通は全て日の出港で管理されていたりする。らしい。まぁここ自体島で、陸路がない以上当然といえば当然の話なんだが、何を言いたいかと言うと……日の出港に隣接している地方は遊園地しかないということである。

 つまり、この遊園地はキョウシュウエリアを訪れた利用客にとってはまさしくキョウシュウの玄関口になるということなのだ。

 遊園地が玄関口ってなかなかファンシーな心配りだよな、ジャパリパーク。

 

「おー……ここがゆうえんちですか。なんだかあーけーどみたいだと思いますよ?」

「多分系統としては同じようなもんだしな。にしても、どうせなら遊園地とアーケード、ついでに宿泊施設もまとめてしまえばよかっただろうに……」

 

 そんなキョウシュウの玄関口に足を踏み入れた俺達は、そのままサバンナとの緩衝地帯を抜けて本格的な遊園地の敷地にやってきていた。

 個人的に動物園と遊園地はかなりセットにしやすいものだという印象がある――子供のころよく行ってた動物園も遊園地が併設されてた――のだが、やはり超巨大総合動物園であるジャパリパークともなれば遊園地の規模も段違いらしく、地図を見る限りキョウシュウエリアのだいたい一〇分の一くらいの敷地面積は遊園地に割かれているらしい。

 チベスナが例に挙げていたアーケードは確かに大きかったがあくまでサバンナ地方のいち施設の域を出てはいなかった。その点、地方全体を遊園地にするジャパリパークのスケールの大きさを感じざるを得ないところだ。

 

「……しかし、よくなじむなぁ、そのわりに」

 

 ファンシーなパステルカラーのタイルが敷き詰められた道を歩きながら、俺はぽつりとつぶやいた。

 どう考えても人工色まみれになっているのだが、あたりにはたくさんの木が生えているばかりか、むしろ林の中に遊園地が建設されているみたいな勢いなのである。自然の割合がかなり高いせいか、どうも人工物による異物感みたいなものが薄れている気がする。人工物自体のデザイン性も関係しているのかも知れないが。

 ともあれこのへんはやはり遊園地的な色があるとはいえ『巨大総合動物園』なのだなぁと思わされる。

 

「チーター、何ぼんやりしてると思いますよ? チベスナさんは早くアトラクションで遊びたいと思いますよ」

「そう言ってもなぁ、チベスナ、多分ここのアトラクション、たいてい動かないと思うぞ?」

「なっ……それはどういうことだと思いますよ!?」

 

 チベスナは目を丸くして、噛みつくようにして俺を問い詰める……が、仕方ないものは仕方がない。だって遊園地のアトラクションって基本機械だもの。アニメの描写を思い返してみるまでもなく、このなんとなく錆びた感じのアトラクションたちがまともに動くとイメージするのは難しいだろう。

 

「どうもこうも、多分壊れてるだろうしなぁ」

 

 ちなみに、俺達が今いるのは遊園地の中でも最も端に位置する場所。ここまで中央から離れるとあまりアトラクションもぱっとしたものはなく、スワンボートの浮かんだ人工湖や子供用の巨大滑り台、休憩所など全体的にのほほんとした、多分メンテがなくても問題なさそうなものが揃っているのだが……チベスナの様子的に、そこらへんは多分どうでもいい感じだな。

 

「そんな……どうすれば……」

「それより俺はあの湖で泥を落としたい」

「好きにすればいいと思いますよ……」

 

 すっかり意気消沈してしまったチベスナを引っ張りつつ、俺はブーツと靴下を解除して足に着いた泥を洗い流していく。ほんとはシャワールームみたいなのがあればよかったんだけどな。

 つか、サバンナ地方から遊園地に来た利用客は多分泥が足についてるだろうから、洗える場所を提供する方が親切なのではなかろうか? ……バス移動が基本だから大丈夫とかなんだろうか。ううむ、俺もバスが欲しい。

 

「…………うし。綺麗になった。すっきりすっきり」

「チベスナさんは全然すっきりしないと思いますよ……」

「もう空はすっかり晴れてるのに、陰気だなぁお前……」

 

 お前の周りだけなんかどんよりしてる気がするぞ。

 俺は先ほどまでの雨天が嘘のようなからっとした晴れ模様の空を見上げながら、

 

「じゃあ、あそこのスワンボートでちょっと湖を見て回ってみるか?」

「すわんぼーと? ああ、あそこのあれですか? 浮いてるみたいですけどどうするんです? チベスナさん達泳げませんよね?」

「泳ぐってお前……ああ、なるほど」

 

 そうか、チベスナに『足漕ぎ』という概念はないか。そりゃ泳いで押したり引いたりすると勘違いするよな。

 

「そこは問題ない。アレはちょっと変わったシステムでな……中に入ってこう……足を動かすと、それでボートが動く仕組みなんだよ」

「な、なんですかそれ!? つまりソリの中にいながらにして泳げるみたいな……?」

「ひらたく言えばな」

 

 あと、超画期的みたいなリアクションしてるが、足を動かしてるわけだから基本的に歩きと大して変わらないぞ。労力的には。

 

「そういうことなら、是非ともチベスナさんもやってみたいと思いますよ! いざすわんぼーと!」

「はいはい……」

 

 まぁ、俺から話を振ったわけだし、やらないという選択肢はない。

 そういえば前世から数えてもスワンボートに乗るのなんか実は初めてなんじゃないだろうか? などと適当なことを考えていると……、

 

「…………ん」

 

 ぴくり、と。

 俺の嗅覚が、『それ』を捉えた。この、背筋がびりびりとするような感覚……セルリアンの匂いだ。

 

「近いな……」

「みたいですね」

 

 チベスナもすぐに理解したらしく、いつもより少し声を低くして答えてきた。

 匂いからして……セルリアンはあの林の向こうか。大きさは、ちょっと大きめか? 別に積極的にぶつかりに行ってやる理由もないが……。

 

「チーター、やりましょう! このままだとゆうえんちのものが壊されるかもしれませんよ!」

「まぁ、それは困るよなぁ……」

 

 今は使えないとはいえ、かばんが復活したら修理して遊べるようになるかもしれないし。それに、たとえ使えなくてもなんかこう……文化的価値的なものとしては十分だろう。文明的なフレンズを標榜している俺としては、そこを見逃すわけにはいかない。

 

「……よし、やるか!」

 

 ゆえに、俺も腹をくくることにした。

 向こうに見つからないように距離を詰めると……通路を埋めるみたいに、大体直径二メートルくらいのセルリアンがぷかぷかと浮かんでいた。色は緑。なんか毬藻みたいだな……。毬藻セルリアンと呼ぼう。

 毬藻セルリアンは特に何かするというわけでもなく、その場に浮かんでいるだけだった。多分周りにフレンズがいないから何もすることがないんで待機してる、みたいな感じだと思うが……そもそもセルリアンって、普段何してるんだろうな? フレンズがいないときとかずっとあんな感じなんだろうか。

 

「チーターチーター、今回はどうすると思いますよ?」

 

 と、そんなことをぼんやりと考えていると、横からチベスナが声をかけてきた。ううむ。どうするか、か……。

 今回は遊園地の敷地内だから、なるべく周りの破壊を避けたいんだよな。せっかくきれいな通路だからここも壊したくない。とすると、直径二メートルのセルリアンの上部にある核を一撃で、かつ相手を戦闘態勢に持っていかせる前に破壊する必要があるんだが……。

 

「うーん。一撃は厳しいか……?」

 

 砂漠のときのようにチベスナを蹴り上げて、俺が注意を惹いているうちに核を攻撃……という流れでもいいといえばいいのだが、あのときと違って今回のセルリアンは直径二メートル級となかなかにデカイ。もし仮にチベスナの登っている木を攻撃されたら、もう核どころではなくなってしまうのは想像に難くない。とすれば……。

 

「…………よし、これならいけそうだ」

「おっ、早速何か思いついたと思いますよ?」

「任せとけ」

 

 興味津々とばかりに言うチベスナに、俺は胸を叩いて答える。

 

「我に策あり、だ!」

 

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 さて、そういうわけで今日も今日とて毬藻セルリアン討伐の始まりである。

 実は二メートル級ってなると、この間カバと一緒の時に出会ったのが初めてで、実際に退治したことはもちろんないのだが……まぁ、なんとかなるだろう、多分。

 

「さあセルリアーン! こっちだと思いますよー!」

 

 そう叫ぶのは、スワンボートに乗り込んだチベスナだ。

 軽く漕ぎ方をレクチャーしてみると、チベスナはあっさりスワンボートに乗れるようになった。それを使って湖の真ん中あたりから、毬藻セルリアンに大声で呼びかけさせたのだ。

 すると当然、毬藻セルリアンはその声に反応して、湖の中にいるチベスナに接近するわけで……。

 

 オオオオ、と唸り声のような音を出しながら、案の定毬藻セルリアンは湖の方まで近寄っていく……が、流石に水の上を移動することはできないらしく、そこで立ち往生してしまった。

 これもまた計算通り。

 

「……フゥー…………」

 

 そんな様子を、俺は近くの茂みから観察していた。

 いつもは大体俺が囮になるのだが、今回に限ってはチベスナに囮をお願いしていた。というのも、俺にしかできない仕事があるからなのだが。

 ちなみにその仕事というのは、

 

「…………オラっ!!」

 

 水辺まで移動して立ち往生した毬藻セルリアンに高速で接近し、そのままドロップキックを叩き込んで湖に叩き落とす、というものである。

 風を切って地を駆けた俺は、そのまま両足を毬藻セルリアンにめり込ませ、その巨体を湖に突き飛ばす。……流石にあの図体ゆえか、ドロップキック程度では大した傷もついていないが、もとより俺の狙いは攻撃ではなく『突き飛ばし』である。

 哀れセルリアンはそのまま湖に沈む……が、それを黙って見守っているほど俺は平和ボケしてはいない。

 

「そしてトドメ!」

 

 そのまま跳躍すると、俺は半ば湖に沈んだことでちょうど地面と同じくらいの高さになりつつあった毬藻セルリアンの核に勢いよく着地する。

 ぴしり、と。乱雑な着地の衝撃によって、セルリアンの核にヒビが入った。それが核全体に波及し、自壊する直前――再度跳躍した俺は、岸からセルリアンの爆発を見守った。

 

「やりましたね、チーター!」

「おう」

 

 スワンボートを桟橋に寄せながら言うチベスナに、俺はサムズアップしながら答えた。

 俺の作戦の全貌は、もう言わずとも分かるだろう。

 セルリアンが来る可能性のない湖上に配置したチベスナを囮に使うことで相手の意識をそちらに集中させ、その上で水の上に突き飛ばすことで周囲が破壊される可能性を限りなくゼロにして、さらに身動きもとりづらくしたところで確実に核を破壊する……そういう作戦だ。

 アニメでは確か海に落ちたセルリアンが溶岩になってたし、多分セルリアン共通の弱点として水があるような気がするので安全性を考えればセルリアンの核を破壊する必要は必ずしもないのだが、正直セルリアンが水に浸かるだけで死滅するかについてはちょっとよく分からないので、安全策をとらせてもらった。

 海水じゃないとダメとか、水が弱点なのは溶岩からできた黒セルリアン特有とか、そういう可能性も十分にあるんだよな。そしてその場合、湖底でセルリアンが徐々に成長していくとかいうホラー展開も大いにあり得る。それは流石に怖過ぎる。

 

「ったく、到着早々セルリアン騒ぎとか、勘弁してほしいよな……。せっかくの遊園地だってのに」

「全くだと思いますよ。でも、これで後はのんびり楽しめるというものだと思いますよ」

「……チベスナにしてはいいこと言うじゃん」

 

 『どういうことだと思いますよ!』と遺憾の意を表し始めたチベスナを流しつつ、作戦の為に脇に置いておいたソリからトートバッグを回収していると……ガサガサ、と目の前の林から唐突に物音がした。

 

 …………ま、さか、またセルリアンか!? このタイミングで!?

 

 咄嗟にソリを守るためにチベスナにしっぽで合図しつつソリを掴みあげかけた俺は、そこで自分の考えすぎを悟った。

 理由は二つ。

 まず、匂いが違う。これはセルリアンの匂いではない。

 そしてもう一つ。茂みから出てきたのは――、

 

「…………ありゃ? すみません、このあたりでセルリアンを見ませんでしたか? 緑色の、大きなセルリアンだって連絡を受けて来たんですけど……」

 

 俺の記憶にもうっすら残っているイヌ科のフレンズだったのだから。




GB六巻と「ばすてき」における遊園地の描写を見る限り、多分最終話で出てきた遊園地は全体のごく一部で、林を隔てた先にかなり広大な遊園地が広がってそうです。あくまで自然ベースで。

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