畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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六四話:湖面下の白鳥

「ま……まぁまぁ、ヒグマ、気にしなくていいから、な……?」

 

 数秒。

 やっとの思いで、俺はようやくそう言葉にすることができた。

 それくらい、気まずかった。だって完全に俺……やらかしちゃってるもん。ヒグマの一番ナイーブな部分をズバっといっちゃったもん。地雷にストンピングキックだもん。

 

「ああ……」

 

 ヒグマは弱弱しく微笑んでいたが、明らかに引きずっている様子だった。

 リカオンとキンシコウも、ヒグマがヘコんでいる理由は分かっているらしくどことなく気まずそうな苦笑を浮かべてるし。彼女たちも、似たような部分で思うところはあるということだろう。

 うう……逆鱗にも琴線にも触れてないのに下手に触れるより気まずい空気になってしまった……。いったいどうすれば……。

 

 

「チーター、それよりチベスナさんは早くゆうえんちで遊びたいと思いますよ?」

 

 

 ――そんな空気を打破してくれる救世主が、ここにいた。

 チベスナである。

 いつもは空気の読めてない言動に呆れるところだが……今日ばかりは、そんな空気の読めないチベスナの姿に後光が差して見えるほど有難かった。いやまぁ、もともとチベスナは遊園地で遊びたいってずっと言ってたしこの発言も平常運転なんだろうけどな。

 

「あ、ああ! そうだな。せっかくの遊園地だし……まぁアトラクションはほぼ未整備状態だと思うが、遊べそうなものならそこそこ残ってるだろうから探しに行ってみるか。あ、そうだ。ヒグマたちもどうだ?」

 

 即座にチベスナの発言に乗っかると、続いてヒグマたちにも水を向けてみる。

 ここで遊園地で遊ぶことを口実にハンターたちと別れてもいいと言えばいいのだが……別に俺達が消えてもヒグマの気持ちが改善されるわけじゃないからな。

 それなら、気まずい気持ちは遊園地で遊ぶことによって楽しい気持ちで上書きした方がよかろう。

 

「ん……しかしなぁ」

 

 とはいえ、ヒグマはどうにも『遊ぶ』ことに慣れていないのか、俺の提案に軽く渋っていた。

 ハンターたるもの常在戦場! がモットーっぽいヒグマのことだし、それ自体は想定の範囲内だ。

 

「まぁまぁ、ヒグマだって常に根詰めるわけにもいかないだろ? ちょうど今はセルリアンを退治した直後なわけだし……少しくらい休んでもいいんじゃないか?」

「むぅ……」

「ヒグマさん。チーターさんの言うことにも一理ありますよ」

 

 俺の提案に乗ったのは、横でにっこりと目を細めて事態を眺めていたキンシコウだった。……何気にキンシコウ、対人能力強者感あるよな……。ここまでちょっとかかわっただけでも気難しさがよく分かるヒグマと一緒にいるんだからある意味では当然だが。

 

「だが、まだ近くにセルリアンがいるかもしれないのに……」

「なら、なおさらチーターさん達について行ってあげないとダメじゃないですか? チーターさん達はこれからここで遊ぶんですから……。チーターさん達が危ない目に遭わないように守るのも、ハンターの務め。でしょう?」

「……あ、でもキンシコウさん。チーターさん達はセルリアンを、」

「リカオン?」

「なんでもないです」

 

 なんてやりとりがあり。

 

「まぁ……確かにキンシコウの言うことにも一理ある。ハンターとして、せめてチーター達が次のちほーに行くまで世話してやらないとな」

「まぁ遊ぶ人数は多い方が楽しいですし、チベスナさんは寛容なので別にいいと思い、」

「チベスナぁ!!」

「ひっ、な、なんですか? チベスナさん今いいこと言ったと思いますよ!」

 

 全然言ってねぇよ! 自分の寛容さアピールをしつつ一緒に連れて行ってあげますって体になるのは別に全くこれっぽっちもいいことじゃねぇ! しかも今の流れ的にヒグマ達ハンターが俺達のことを護衛するって流れだったのに何で一瞬で一緒に遊ぶ方向に捻じ曲げてんだよ!! 実質はそうなんだけど建前はちゃんと守れよ!

 

「はぁ……もういい。お前らのペースにいちいち合わせてたら大変だ……。どっちにしろ、まだセルリアンがいるかもしれないところにハンターでもないフレンズを二人だけで歩かせるわけにはいかない」

 

 仕方なく、と言った感じで頭を掻くヒグマ。すっかり冷静さを取り戻している……ように見えるが、もしそうなら『そもそもセルリアンがいるところに普通のフレンズをいさせられるわけないだろ、とっととここから離れろ』という話になっているだろう。そうなってないあたり、そこまで思考を巡らせることができていないみたいだ。そう考えるとけっこうテンパってるのかもな。

 まぁ、そこのところも含めて、ヒグマには気を取り直してもらおう。

 そんな決意を込めて、俺は四人に呼びかける。

 

「さあ、遊園地を楽しむぞ」

「おー! と思いますよ!」

「おー」

「おー、です!」

「…………お、おう」

 

 結果、全員が拳を突き上げてくれた。

 けっこうノリのいいハンターである。

 

の の の の の の

 

ゆうえんち

 

六四話:湖面下の白鳥

 

の の の の の の

 

 というわけで、ついに遊園地である。

 俺は『ついに』というほど楽しみにしていたわけではないのだが、チベスナの力の入れようが凄まじかった。もはやすべてを遊びつくすと言わんばかりの勢いで、チベスナは迷いなく動き始める。

 

「どこ行くつもりだよ? お前地図見てないだろ」

「さっきのところだと思いますよ! まずはボートから。セルリアンのせいでチーターは乗れなかったと思いますよ」

「ああ……そういえば」

 

 そこ律儀にやり直すんだ。別に俺はスワンボートくらい乗らなくてもいいんだけど……。

 

「ぼーと、ですか?」

 

 そんな俺達のやり取りに首を傾げたのは、キンシコウだった。

 そういえばキンシコウは現場の様子を見てないから知らなくて当然か。とはいえ、キンシコウが乗っかったことで本格的にスワンボートで遊ぶ流れになったらしかった。

 別に構わないのだが……スワンボートなんてすぐ飽きそうなんだがなぁ。乗ってるうちに次にどこに行くか考えておかないと。そんなことを考えながら、俺はキンシコウに頷いて見せる。

 

「ああ。スワンボートって言ってな。足元のペダルを漕ぐことで水の上を移動することができる乗り物だ」

「なんだかよく分かりませんけど……楽しそうな乗り物ですね」

 

 そう言って、キンシコウは微笑んだ。うむ、同じ『言ってることよく分かんない』でもチベスナとではお淑やかさが天と地ほども違う。アイツの場合ただ『チーター』の一言だからな。しかも言外に『言い直せ』だからな。

 

「……チーター、なんだと思いますよ?」

「いや別に。お前はそのままでいいよ」

 

 まぁ、だからといって見習ってほしいとも思わんが。もう慣れたし。

 

「あ、見えてきたと思いますよ。あれがぼーとです」

「あー、あれか」

 

 チベスナが見えてきた真っ白いスワンボートを指差すと、ヒグマは何か得心がいったように返した。流石にこのへんをうろちょろしていただけあって、スワンボートは見たことがあるらしい。

 

「なんだ、知ってたんだと思いますよ?」

「いや。見たことがあるだけだ。お前みたいに乗ったことは一度もない」

「わたしも、見たことしかないですねぇ。リカオンはどうです?」

「わたしもです。というか、あれ動くんですかぁ?」

 

 動かないならなんのために置いてあるというのか。ただ乗っても全然面白くないと思うんだが。

 

 ちなみに、スワンボートは桟橋に寄せてある一つの他に、岸の近くに寄せてあるのが二つ、あと何らかの事情で遠くに行ってしまったらしいものが一つある。桟橋に寄せてあるものがさっきチベスナが使っていたものだな。

 

「ム……人数分はなさそうだぞ?」

「別に全部使わなくてもいいと思いますよ。中はけっこう広めなので三人くらいなら入れますし」

「じゃあ、チーターさんとチベスナさん、わたし達三人で二つのぼーとを使う、ということで問題なさそうですね」

「だなー」

 

 キンシコウの提案に俺が同意をしてみせると、他の三人も追従するように同意してみせる。

 まぁここはそこまで揉めるようなところではないので別にいいだろう。

 

「じゃあ、チベスナさん達はこっちで」

「わたし達はこっちにしましょう!」

「……え?」

「……ん?」

 

 問題は、スワンボート。

 桟橋近くまでやってきた俺達のうち、チベスナとリカオンが全く同じタイミングで同じスワンボートを指差したのだ。

 スワンボートは基本的に白鳥を模しているのだが、ところどころデザインに差異があったりする。その為、それぞれの好みが被れば……こういうことも、当然起こる。

 

「………………」

「………………」

 

 チベスナとリカオン。

 二人のフレンズが、じっと互いの瞳を見つめる。

 

「……勝負、だと思いますよ」

「……そのオーダー、受けて立ちます」

 

 なんかどうでもいいところで白熱のバトルが繰り広げられることとなった。

 

の の の の の の

 

 結局、世界一くだらないバトルは『こんなところで時間を無駄につぶすな』というヒグマさんのもっともなんだかそれを言ったらおしまいなんだか判断に困る一言によってお流れになった。

 俺の提案した『どっちも第一希望を使わない』という勝者ゼロの結末によって決着を見た戦いを終えた俺達は、レクチャーもそこそこにスワンボートに乗り込んでいた。

 

「しかし飲み込みが早いなぁ。流石ハンターか」

 

 漕ぎながら、俺は隣を並走しているハンター達を見て言う。

 漕ぎ担当のリカオンはひーひー言っているが、作業量はともかく足の動かし方は既に滑らかそのもの。このへんの適応力は、色んなタイプのセルリアンと戦ってきた経験から来るものなんだろうか。

 

「……それほどでもないよ」

 

 俺の独り言に応じたのは、距離の関係上一番近くにいるヒグマだった。聞こえてたのか。いやクマでも聴力はヒト以上だから聞こえていても当然だとは思うが。

 

「今日は、お前たちを巻き込んでしまったからな。今まで……何度も。お前たちはまだよかった方だ。中には……」

「いいよ、言わなくても分かってる」

 

 まるで自分の傷を抉るみたいに言うヒグマを遮って、俺は前を見た。

 ヒグマの表情は、見ないでもわかる。本当に難儀なヤツだ。別にそこまで抱え込む義理も義務もどこにもないというのに。ついでに言うなら、こういうときくらい楽しめばいいのに。まぁヒグマの性格上、どうしても頭の片隅で色々と考えてしまうんだろうけど。

 

「俺達、さっきも言ったけど旅してるんだよ」

 

 横で必死こいて漕いでるチベスナに水を飲ませてやりながら、

 

「……ふぅ。映画撮影の旅だと思いますよ」

「それサブの目的な」

 

 メインそっちじゃねぇって何度言ったら分かるんだ。

 

「正しくは、観光旅行。パークのいろんなところを、観光してまわってるんだ」

「かんこう……?」

「景色やアトラクションを楽しんだり、そこの地方にいるフレンズと遊ぶのを楽しむってこと」

 

 観光は流石に通じないか。しょうがない。

 で、ここからが本題なのだが。

 

「どの地方のフレンズ達も、皆平和そうに過ごしてたよ」

 

 俺は、ヒグマの目を見ながら言う。

 これは事実、確かにその通りだった。

 セルリアンはいたが、ヘラジカ達だって普段は簡単に撃退していたみたいだし、他のところだって……被害の程度はそこまで高くなかった。遊園地で出会った個体にしたって、逃げようと思えば簡単に逃げられたし、その場合は普通にハンターに退治されてただろう。

 フレンズがセルリアンの危機におびえて過ごしている、といったような地方は……全くなかった。それは、誰のお蔭か。決まっているだろう。

 

「全部……とまではいかなくても、けっこうお前たちのお蔭なんだと思うよ」

 

 遊園地だけじゃなく、他の色んな地方に足を運んでセルリアンを始末してくれるハンターの活躍あっての、パークの平和なのだ。コイツらがいなかったら、何度となく『パークの危機』はフレンズ達に牙を剥いてきただろう。その猛威は、ひょっとしたら旅をしている途中の俺達に降りかかっていたかもしれない。

 俺だってそれはよく理解してる。チベスナはいまいち分かってなかったみたいだが。

 

「チーター、お前……」

「今まで見えないところで頑張ってくれて、ありがとな。お前たちのお蔭で、俺達の旅はここまですごく楽しかった。……まぁ、旅はまだ続くから、今礼を言うのもおかしな話だけどな!」

「チベスナさんも一応お礼すると思いますよ」

 

 あ、珍しくチベスナが空気読んで乗っかった。空気読んだというより素直にそう思っただけだろうけど。

 

「…………」

 

 それに対し、ヒグマは黙ってそっぽを向いてしまった。だが、それによって見えなくなった表情がどんなものかについては、横のキンシコウの笑顔が物語っている。

 それと、ほんのり赤くなったヒト耳とか。

 そっぽ向いたヒグマは、やがてぽつりとこう呟いたのだった。

 

「……別に。わたし達はハンターとしてすべきことをしてるだけだ。礼なんかされても……困る」

 

 …………なんかヒグマのフォローに入りたがるキンシコウの気持ちが分かった気がするな。




地味にヒグマとチーターの口調が似てますが、ちゃんと違いが分かりますかね……。

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