畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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実は今回は本来前話の後半になる予定でした。
ただ、前話が長すぎたので分割しました(いつもの)。


六六話:狩人の矜持

 俺の策――それは即ち足漕ぎ車の改造だった。

 結局のところ、俺とチベスナの二人に合うちょうどいい塩梅の足漕ぎ車はない。ならば、うまい具合に調整してしまえばいいのである。流石にバラして組み立ててみたいな本格的改造は無理だが、たとえばサドルの高さを調整したりとか、そういうことは十分に可能な範疇だろう。

 

「チーター、ソリ持ってきたけど何を使うと思いますよ? ぬいぐるみを一緒に乗せるんですか?」

「それに何の意味があるんだよ」

 

 そしてダクトテープでぬいぐるみを固定しないと多分途中で落ちるぞ。

 

「使うのは、タオルの方だ」

 

 言いながら、俺はソリから何枚かタオルを取り出して、足漕ぎ車のサドルの上に重ねていく。

 解決法は簡単だったのだ。

 要するに、この足漕ぎ車に俺が入らなかったのは、子供向けだからサドルの高さが低く、ペダルを回すのに長い脚が邪魔だったからでしかない。

 なら、その分サドルの高さを上げてしまえばいい。そうすれば足元に長い脚を詰め込まなくてもよくなり、俺でも入るようになる。

 無論、サドルを高くすればその分天井は相対的に低くなるが、そこについてはそもそもけっこうな余裕があったので問題なかった。背筋を伸ばすと頭が天井にぶつかるが、狭っ苦しいというほどではない。

 

「どうだ。この発想力! これで俺も足漕ぎ車に乗れることが……」

 

 言いながら、タオルを山のように積んだサドルの上に腰掛ける俺。

 しかし、得意げに言ったセリフは途中で止めざるを得なかった。

 ぐりっ、と。

 

「あ、タオルの山崩れたと思いますよ」

 

 俺が座った拍子に、タオルの山が重みに耐えきれずに崩れてしまったからだ。

 …………ま、まぁそんなことは分かってたから。ここからダクトテープでタオルの山を固定して初めて完成だから……。

 

「さ、さぁチベスナ。改めて作業を開始しようか」

 

 言いながら、俺はもう一度サドルの上にタオルを重ねて高さを調整する。

 ちょっと締まらなかったが、まぁこれで問題なく足漕ぎ車に乗れるようになったのだった。

 

の の の の の の

 

ゆうえんち

 

六六話:狩人の矜持

 

の の の の の の

 

 ちなみに、タオルをダクトテープで固定すると説明したが、それはタオルにじかにダクトテープを貼りつけたわけではない。そんなことしたら繊維がダクトテープに貼りついちゃって、ほつれができてしまうからな。

 今回の場合はダクトテープ同士を貼り合わせてタオルに貼りつかないようにしたダクトテープを紐のように使ってサドルと密着させ、その上で紐のようにしたダクトテープとサドルを別のダクトテープで固定する、というスタイルをとった。

 余分にダクトテープを使うことにはなってしまったが、そもそも消耗品でしかないダクトテープよりもタオルを大事に使う方が俺にとっては重要なのだ。タオルいっぱいあるけど。

 

「おおおぉ……これは……すごいと思いますよ」

 

 さて、そんな俺達は現在、意気揚々と足漕ぎ車に乗って走り出していた。ちなみにこの足漕ぎ車、ハンドルが左右二つについており、それぞれが左右の車輪の動きに対応している。

 正直に言って、操作はしづらい。息を合わせないと多分色々なって横転する。

 

「あっ、二人もやっと乗り物を決めたんですね。だいぶゆっくりみたいですけど」

 

 そう言いながらこっちに寄ってきたのは、絶賛翼つき三輪車を動かしているリカオンである。なんかすごいダサいぞリカオン。

 

「安全の為なのか知らないが、どうもペダルが空転しやすくてな。あんまり早く動かすとギアが外れるっていうか。ハンドルが二つあるせいでうまいこと車輪の向きも合わないしな」

「チーター」

「俺達がゆっくりなんじゃなくてこれがこの車の限界なんだよ」

 

 リカオンと話してるんだから別にお前が要約を求める必要はないだろチベスナよ。

 

「リカオンの方はけっこう速度が出そうだよな」

 

 言いながら、俺は並走しているリカオンを見た。

 三輪車とはいえ俺達よりはずっと速度が出そうだが、そういえばさっきからリカオンはそこまで速く走ってなかった気がする。それこそ、俺達とどっこいどっこいくらいだ。一輪車のヒグマはもちろん、スケボーのキンシコウはかなりアクロバティックなことをしているから、リカオンにできないということはないと思うのだが……。

 

「まーそうですけど……。わたしはみんなでワイワイする方が好きですから。ヒグマさんはもちろん、キンシコウさんも意外とこういうのやると熱中しちゃうタイプですしね」

 

 言いながら、リカオンは二人の先輩ハンターの方に視線をやった。

 確かに、リカオンの言う通りヒグマは一輪車で高速回転しているし、キンシコウもなんかよく分からない空中技をキメ始めている……が、俺としてはなんとなく意外だった。

 リカオンこそこういうときに一番はしゃぐタイプだと思っていたのだが。というか、さっきまでチベスナと一緒にはしゃぎまくってたからな。……いや、それも『チベスナが一人で突出しているから』なんだろうか。

 そこまで明確に気遣ってたわけじゃないと思うけど、確かリカオンって群れで狩りをする生き物だったはずだし、自然とそういうことに気を配る癖がついてるのかもな。

 

「……リカオンは、どうしてハンターになろうと思ったんだ?」

 

 そんなことを考えていたせいか、思わずそんな言葉が口を突いて出ていた。リカオンも予想外の質問だったのか、軽く目を丸くしていた。

 少し考え込んでいたが、やがてリカオンは首を傾げながら、

 

「何故って……なんででしょうね?」

 

 と、疑問を返してきた。いや、俺が聞いたんだけども。

 

「ハンターになる前は、普通に暮らしてたんです。でも、ヒグマさんとキンシコウさんと出会って……そしたら、いつの間にかハンターになってました」

「いつの間にかて」

 

 まぁ、フレンズらしいといえばフレンズらしいけどな……。

 

「だから、なんだか今日は久しぶりな気分でした。こういうの、最近はなかったですからねー」

 

 そう言って、リカオンは表情を綻ばせる。まぁ、リラックスできたのなら何よりだが。

 

「こういう楽しいことをしてると、ハンターやっててよかったなって思います。ハンターのしごとはきついオーダーばっかりですけど……」

「チベスナさんも、いつもセルリアンを退治しつづけるのは大変だと思いますよ。リカオンはよく頑張ってると思いますよ」

 

 お、珍しくチベスナが他のフレンズのことを褒めた。意外とリカオンとチベスナのウマが合っているようで何だかうれしい。こうしてフレンズの輪が広がっていくのも旅の醍醐味だよなぁ。

 

「にしても、よくそこまでして二人で同じ乗り物に乗りたがりますよね」

 

 と、そんなことを考えていたら、不意にリカオンが俺達のことを見ながら口元に笑みを浮かべた。

 

「? 別に乗りたがってたわけじゃないが」

 

 チベスナが乗ろうって言うから、乗れるようにしただけで……。チベスナだって無理だと分かってたら大人しく別の乗り物にしてただろうし。

 

「でも、けっこう色々ためしてたじゃないですか。結局いいのは見つからなかったのにそうして手間をかけてますし」

「ああ」

 

 なるほどな。リカオンが何を言いたいのか分かった気がする。

 要するに、『いつも旅してるのになんでこういうところでまで一緒に行動したがってるの』ってことだろう。確かに今回、ヒグマもキンシコウもリカオンもすがすがしいほどに一人用の乗り物を選んでたしな。

 そんな中でわざわざ不便な二人用の乗り物を選んでるのは、リカオンからすれば不思議に見えてもおかしくない。

 

「別に手間でもないしな、このくらい」

 

 言いながら、俺は片手でハンドルを操作しながらもう片手で別方向に舵を切ろうとするチベスナの腕を掴む。そっちに行ったらタイヤが変なことになるだろ。

 

「手間じゃない、ですか?」

「だって、楽しいじゃないか」

 

 無事に軌道修正を果たした俺は、首を傾げるリカオンに教えてやる。

 

「確かに、別々の乗り物に乗ってもいいが……一緒の乗り物に乗れるようにするために試行錯誤を繰り返すのも楽しいもんだ。楽しいことは手間には感じないモンだよ」

「乗り物に乗る前から楽しいんです?」

「そうだな」

 

 ま、準備が楽しいって気持ちが分からないのも、フレンズ的には無理ないかもしれないけどな。ただ、旅をしているとそういう本題の前の脇道も楽しめるようになるもんだ。

 そう思いながら、俺は隣の相棒に声をかける。

 

「な、チベスナ」

「え? チベスナさんは特にそんなことないと思いますよ……。さっさとチーターがいいことを思いつけばよかったと思いますよ」

 

 …………さっきの発言取り消し。

 

の の の の の の

 

「ふー、楽しかった。リカオン、そっちはどうだった? ……ん? どうしたんだチーター。なんかすごい機嫌が悪そうだが」

「べつに」

 

 いつも通りだよ。

 

「チーター、いい加減機嫌を直すといいと思いますよ」

「主にお前の失礼な言動が原因だからな!」

 

 まったくコイツは本当に……。

 

 ……というわけで、一通りサイクリング(?)を楽しんだ俺達は、しばらくして乗り物たちを元の場所に戻しに来ていた。

 ちなみに、ヒグマとキンシコウはいつの間にか自分たちの乗り物を交換していたらしく、ヒグマは小脇にスケボーをかかえ、キンシコウはにっこり笑顔のまま一輪車に騎乗していた。こいつらもこいつらでパークのアトラクションをエンジョイしまくってるよな……。

 

「さて、このあとはどうすると思いますよ? チベスナさんはまだまだ遊び足りないと思いますよ」

「まだ時間もあるしな」

 

 えーと、現在時刻は……まだ一時か。日没までまだあと五時間くらいはあるな。色々楽しめそうだ。

 ……しかし、地味に時間が確認できるのは有難いな。日没時間とかは分からないから完全に残り時間については感覚でしかないが、それでも明確に時間感覚の指標を随時確認できるというのはいい。スケジュール感を持って観光できるし。

 それに、別にノルマがあるわけではないからスケジュール感を持ちつつスケジュールに追われる感じではないからな。

 

「次はー……そうだなー」

 

 時計をソリに戻した俺は、サドルに重ねたタオルを分解しているチベスナを横目に地図を広げる。

 んーと、他に遊園地でまだ機能が生きてそうな近場のアトラクションはー……『お化け屋敷』に『宝探しゲーム』……あと『大アスレチック』とかか。

 一番近いのは……、

 

「大アスレチックだな」

「だいあすれちっく、ですか?」

「ああ」

 

 俺は頷いて、片づけを終えて地図を覗き込んだチベスナに指さして見せる。するとその後ろからハンター達も覗き込んできた。

 

「ここだな。アスレチックは動力が殆ど必要ないから、遊べないっていう心配はいらない。多分かなり楽しめるぞ」

 

 そう言うと、チベスナはもちろんハンター達もずいぶん楽しみそうに表情を綻ばせた。うむうむ、順調に遊びを楽しんでいるようで何よりだ。

 そうこうしているうちに乗り物も戻したので、俺達はゴーカート乗り場を後にする。……しょうがないことだが、結局ゴーカートは乗れなかったなぁ。かばんが誕生したらかばん経由でラッキーに遊園地の設備直してもらうかね。

 

 ……ラッキーといえば、もう昼だしジャパリまんもらえないかな――と一瞬思ったが、この遊園地の整備状況じゃラッキーはあんまりこの地方には来ないんだろうし、ジャパリまんもらうのは難しいかね……。

 と。

 

「あ、ボス」

 

 そんなことを考えていたそばから、ラッキーを発見した。林の向こうからぴょんぴょんと、ジャパリまんの入ったカゴを持って飛び跳ねている。

 ……あれ、この地方にラッキーはあまり来ないって言った矢先に……。

 別にそうでもないのか、それとも俺達やハンターが此処にいると悟ってジャパリまんをわざわざ届けに来てくれたのか……どっちだろう? まぁどっちでもいいか。

 

「ちょうどよかった。ラッキー、ジャパリまんを五個くれないか?」

 

 目の前まで言って問いかけると、ラッキーは差し出すように背伸びをして俺にジャパリまんを近づけてくれる。

 

「いつもありがとな」

 

 言いながら、俺はジャパリまんを五つ回収。そしてハンターとチベスナに配った。いやあ、おなかがすいた時にすぐご飯が手に入るのは便利だな。それにジャパリまんはおいしいし。あまりにおいしすぎてダメになりそうだ。

 早速もらったジャパリまんを頬張りながら先を急ごうとすると、ジャパリまんを渡して空になったカゴを持ったままのラッキーが、まるで俺達の前を通せんぼするみたいにして立ち塞がっていた。

 

「ラッキー?」

「……どうしたんだボス? ジャパリまんはもう空みたいだが……」

 

 怪訝に思うが……ラッキーは何も言わない。何やらピリピリした様子で警告音めいた電子音を鳴らしているが……べつに俺達、悪いことはしてないしなぁ。

 さっきの乗り物もちゃんと元の場所に戻したし、乱暴に扱ったりもしていないし……。

 

「チベスナ、お前なんかしたか? 隠してることがあるんならラッキーに謝れよ」

「なんでチベスナさんに限定するんだと思いますよ!? そんなこと言ったらチーターだって何かしたんじゃないですか?」

「俺はこれでもけっこう気を配ってるんだぞ」

 

 パークの物を壊さないようにとかそういうことは特に。

 ……んー、しかし、チベスナも特に心当たりがないとなると……、

 

「――――ヒグマさん」

 

 と、リカオンが先ほどまでの遊びを排した真剣な表情で声を上げ、……あ。

 遅れて、俺の鼻も『それ』を感知した。

 

「……ああ。………………いるぞ」

 

 それは、セルリアンの匂い。

 ヒグマとキンシコウも、リカオンの雰囲気が変わったのを察知した段階で既に戦闘モードに入っていた。

 

「セルリアンか。……どうする?」

 

 言いながら、俺はラッキーを見下ろす。

 なるほど、ラッキーが立ち塞がっていたのはセルリアンから俺達を遠ざける為だったってわけだ。……ハンター達まで一緒に遠ざけられそうになってたのは意外だったけど、まぁよく考えたらラッキーがフレンズによって対応を変えるわけがないか。

 

「どうするもこうするも、早く倒さないとゆうえんちのアトラクションが壊されそうだと思いますよ。ボスは置いといてセルリアンを倒しに行きましょう」

「ダメだ」

 

 と、チベスナがいつものノリでセルリアン退治に向かおうとした、ちょうどその時。

 いつにもまして鋭い声で、ヒグマが俺達を制止した。

 

 ………………、……。

 

「……確かに、お前たちは強いのかもしれない。自分の身は自分で守れるくらいに。道の先に立ち塞がる障害を蹴散らせるくらいに。……でもな、お前たちは『ただのフレンズ』で、『ハンター』じゃないんだ」

 

 決然と。

 突き放すように、冷たい声色でヒグマは言う。俺もチベスナも、そんなヒグマのことを何も言わずに見ていた。

 

「お前たちの、出る幕じゃない。引っ込んでろ」

 

 チベスナが、鋭い口調のヒグマにむっとした表情を浮かべる。が、俺はそのチベスナの肩に手を置いた。

 その脇に、リカオンが並び立つのが見えたからだ。

 

「ヒグマさんの言う通りですよ、チーターさん、チベスナ。わたし達は、『ハンター』ですから。こういう危ないことは、わたし達に任せてればいいんです」

 

 その言葉こそ、ヒグマの言葉の裏に隠されていた気持ち、なのだろう。

 確かに、余計なお世話だ。

 俺達は、自分で自分の身を守れる。誰かのことを助けることすらできる。

 …………でも、別に俺達に、そんなことをしなくちゃいけない義務があるわけじゃない。力があるからといって、振るわなくちゃいけないなんて話にはならない。

 力ある者が、それでも義務に囚われずに、日常を過ごせるように。

 

 おそらくはそれも、彼女達が戦う理由なんだろう。

 

 ……強いだけなら、ライオンだってヘラジカだって、十二分に条件は満たしているからな。アイツらがのんびり暮らしていられるのは、この彼女たちの不器用な矜持のお蔭なんだろう。

 ならば。

 

「……ごめんなさいね、二人とも。悪いんですけど……一緒に、逃げてもらえますか?」

 

 そう言って、おそらくは避難誘導役を買って出たらしきキンシコウが、苦笑を浮かべる。

 

「ああ、いいよ」

「しょうがないと思いますよ」

 

 ……断る理由なんか、断れる理由なんか、ないに決まってるじゃないか。

 二つ返事を返した俺達は、そのままキンシコウに先導されて、初めてセルリアンを相手に『避難』した。


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