「見ない顔ね。他のちほーからやってきたフレンズかしら?」
そう言って首を傾げてみせたのは、黄色と茶色の網目模様のマフラーが特徴的な少女だった。
いや、マフラーだけではない。スカートやサイハイソックス、ドレスグローブなんかもすべて網目模様。フレンズならすっかりお馴染みのけも耳に、モヒカンのようなたてがみ、そしてその両脇に生えた茶色い角。既にこの世界に転生してかなり経ち、前世の記憶もそこそこ(細かいことは)薄れてきた俺だが、流石にこれほどあからさまな特徴があれば分かる。
コイツは……、
「わたしはアミメキリン。アナタ達は……」
アミメキリン。
けものフレンズ好きとしては、記憶に新しいフレンズだった。俺は動画投稿サイトの一挙放送でけものフレンズを知った身なので、初めてリアルタイムで見た回に登場したフレンズだったからな。
「おお。チベスナさんは、」
「ああ、待って!」
普通に自己紹介しようとしたチベスナを制止して(チベスナさんって言っちゃってるので制止もクソもない)、アミメキリンは待ったをかけるように(というか真実待ったをかけているのだが)手を差し伸べる。
そして、次にこう言う。
「私がアナタ達が何のフレンズが推理してあげる!」
とのことだった。
なんというか、アニメで見た光景だが――アミメキリンは探偵を志すフレンズだったということだし、アミメキリンとしては当然の流れではあるか。
と、そんな思いで見守っていたのだが。
「推理だと思いますよ?」
チベスナが、不意に口を挟んできた。
ああ……そういえばチベスナってけっこう映画は見ているはずだもんな。当然、探偵とか刑事とかの映画も見ているはずで……推理なんて言い出すと、反応してくるはずだよな。
そんなチベスナにアミメキリンは鷹揚に頷いて、
「ええ! そうよ。犯人を言い当てるみたいに、アナタが何のフレンズかズバリ言い当ててみせるわ!」
「面白いと思いますよ! チベスナさんが何のフレンズか、言い当てられるものなら言い当ててみるといいと思いますよ!」
おい、答え言ってるぞ。
「このアミメキリンに任せなさい! アナタ達は──」
あ、コイツチベスナって言葉を聞き流してた。馬鹿でよかった。
「……ええと、川の中で軽快に動き回れる能力、それと群れで行動する習性…………」
おっ、けっこういいところを見てるな。
アニメではポンコツな気がしたが……いや実際にポンコツだったが。でも、そういえば……なんとなくだが、アニメでも『高いところに登る習性』とか言っていたような。今にしてみればヤギの習性とも符合するポイントだし、そう考えるとアミメキリンの着眼点って意外と悪くないのかもしれないな。
「アナタは──」
まぁ、その優れた着眼点からサーバルを『ヤギ』なんて回答を導き出してしまうくらいのアレなので、そんなにまともな回答は期待できないのだが――なんて思っていたのだが、
「────ヌーね!!!!」
「どこがだよ!!」
思っていたにも拘わらず、俺は思いっきりツッコんでしまっていた。
いや、だってそうだろ? ヌーって……色からして、俺はもちろんチベスナとも全然違うし。そもそもヌーって明らかにネコでもキツネでもないじゃん。多分、ウシとかそのへんでしょ? 蹄あるし。どう考えても……えーと、目? 科以上だとは思うから……目とか網(?)とか以上に違ってるのに間違えるとか。
……フレンズ同士の種類の識別がどれほどの難易度かは知らないが、多分科レベルくらいの区別ならつく(チベスナはつく)だろうし、そう考えるとアミメキリンがどれほどトンチンカンなこと言ってるのかが分かるだろう。コイツかなりトンチンカンだよ。
「失敬な!」
と、開口一番にツッコミを入れて呆れていた俺だったが……対照的に、チベスナは実に心外そうにそんなことを言っていた。
「全然違うと思いますよ!」
「なっ!?」
「耳をかっぽじってよく聞くといいと思いますよ! チーターは断じてチーターです! 足が速くてすごく強いしいつも頼れると思いますよ! そしてもちろんチベスナさんはチベットスナギツネだと思いますよ! 疑いの余地もなく! アナタ馬鹿なんじゃないですか!」
「しっ、失礼ね!!」
……ああ、売り言葉に買い言葉の応酬が始まってる……。
「名探偵であるアミメキリンに対して馬鹿とは、アナタこそ馬鹿なんじゃないかしら!? というか、アナタ達が嘘を言ってるのよ!」
「嘘とは失礼だと思いますよ! チベスナさんの言っていることは常に真実だと思いますよ! 探偵の風上にも置けませんね!」
「何おう!? アナタが嘘を吐いてることは既に調べがついているのよ!! 大人しく吐きなさい!!」
「食べてもいないのにいきなり吐けないと思いますよ!!」
「むぐぐ……」
……全体的に馬鹿すぎる……。
そもそもアミメキリンの推理は大外れだし、チベスナの言っていることは大体嘘っぱちか勘違いだし、嘘だと調べなんかついてないし、吐くってそういう意味じゃないし、それなのに納得しちゃってるし……。
ああ、同レベルの知能指数が並んでるとここまでアホな会話が繰り広げられてしまうんだな……。
呆れた俺は、文明的フレンズとして二人の馬鹿に助け舟を出してやる。
「まぁまぁ。俺はチーターだしそこのフレンズはチベスナだから。そのへんにしとけ」
「うるさいわ! 外野は黙ってなさい!」
「チーターは一言余計だと思いますよ!」
……………………。
「別にいいけどな、俺はお前らのバカな話が終わるまで一人で川で時間潰してるし……。せっかく仲裁しようとしたのに扱いがひどくても別に気にしないし……」
「あっ! え、ええと! そういうのはいいのよ! 名探偵にも間違いはあるし!」
「そそ、そうだと思いますよ! チーター、くじけちゃいけないと思いますよ!」
それはさておき。
「改めて、俺はチーター。こっちはチベスナだ」
「むーびーすたーのチベスナだと思いますよ。こっちはかんとく」
「監督じゃないが」
先手を打って自己紹介したのになんでわざわざ監督って言うんだよ。サブリミナル監督には屈しないぞ。
「じゃあわたしも改めるわ。わたしは名探偵のアミメキリン! このろっじでちほーいちの名探偵を目指してるわ!」
と、キリンは腰に手を当てて胸を張りそう言った。
正直、名探偵とかロッジ地帯じゃお前くらいしかいないと思うし、そこまで肩肘張らなくてもいいんじゃないかと思うが……。そんな風に夢を抱くフレンズは、なんとなく厳しく当たれないのが人情というもの(だと思う)。
俺はさらっとそのへんを流して、
「へー、名探偵ねぇ」
「えー? アミメキリンがですか? その様子じゃ無理だと思いますよ」
…………頼むから穏便に流させろよ!!
「何よ! 失礼ね! さっき推理だって水辺にいたのがイレギュラーじゃなければけっこういい線いってたじゃない!」
ぷぷぷと笑うチベスナに、憤慨して言うアミメキリン。
まぁ、アミメキリンの言う通りではあるんだよな。確かヤギって夜行性じゃないからアニメでの推理は大外れだったが(そういえばアミメキリンって高いところに行く習性とかあるんだろうか? 俺は全然知らないが)、今回については「川で行動」「群れで行動」と、状況から要素を抜き出すのはけっこう上手くいっている方ではあったんだよな。
「でもチベスナさんはチベットスナギツネだったしチーターはチーターだったと思いますよ! 大外れだと思いますよ!」
「まぁまぁ」
そのへん続けるといつまで経っても終わらないからな。
「で、アミメキリンはどうしてここに? 俺達はパークを旅してるんだけどさ」
話を変える意味も込めて、俺はそんな話をアミメキリンに振る。話が変わるとアミメキリンはケロッとした様子で、
「あら? このわたしが名探偵になったいきさつをそんなに聞きたいのかしら?」
「そんなに聞きたくないと思いますよ」
と、すっかり機嫌をよくしていた。……直後のバカのせいで速攻で機嫌を損ねていたが、それはそれ。俺が軽くシメたことによって気を取り直したアミメキリンは、機嫌よさそうにいきさつを語りだす。ほっ、どいつも馬鹿でよかった。
「わたしの故郷は、へいげんちほーだったわ」
「あ、チーターと一緒だと思いますよ」
「チベスナ」
これから回想シーンに入るところだろ。黙ってろ。
「へいげんちほーに生まれたわたしは、その持ち前の探求心で自分の正体についてつよいこーきしんを持ったわ……」
持ち前の、とか言っちゃうんだな……。まぁいいけど。
「そして、調査の結果、としょかんで自分の正体が知れることを知ったわたしは、としょかんではかせ達に自分の正体を教えてもらったの。わたしの正体はなんと! アミメキリンだったらしいわ」
それは自己紹介の時点で知ってるが。
というか、仮にも名探偵なら自分で推理しようとは思わなかったのか……。まぁ、名探偵としてロールプレイすること自体図書館で色々知識を仕入れてから始まったんだろうし、その時点でやってなくても特に不思議ではないが。
「そして、そのとしょかんでわたしに運命的な出会いがあったの」
「そ、その出会いとは……?」
あ、チベスナが完全に引き込まれてる。馬鹿だ。
そしてそんな馬鹿なチベスナに気分をよくしたアミメキリンは、満足げに頷きながら言う。
「そう! 『名探偵』よ!」
「おお!」
自慢げに言うアミメキリンに、完全にチベスナは過去の遺恨を忘れて楽しんでいた。馬鹿は馬鹿だが、ああいうところは素直に羨ましいと思う。俺なら過去の悪感情が邪魔をして、ああいう風に素直に楽しむこともできないだろうしな。
まぁ、フレンズ相手ならそこまでの悪感情を抱くことはまぁないと思うが……。
「名探偵、それはあらゆる謎を解決する聡明なフレンズ──。わたしはそんな存在になるため、はかせ達に『名探偵になるための修行場所』を教えてもらって、このろっじにやってきたのよ!」
…………とのことだった。
確かアニメだと『タイリクオオカミの漫画を読んで』名探偵を目指したということだったと思うが、まぁそのへんは今回の説明ではかっこつけるためにボカされたと思うのが妥当だろう。
「博士って、そういうことも教えてくれるんだな」
と、俺は感心まじりに何気なくそう呟いていた。まぁPPP──プリンセスがアイドルについて詳しかったり、同じくPPPのマネージャーであるマーゲイがアイドルについて詳しかったり、タイリクオオカミが漫画について詳しかったりしているあたり、博士がヒトの文化を一部伝えているのは間違いないだろうし、アミメキリンが探偵について博士から教えてもらっているのも考えてみれば普通のことなんだが。
だが、アニメを見ていたときの印象だと博士は島全体に関することや自分たちの食欲を満たすことでしか動かない──という印象があったので、なんとなく意外だった。
「………………」
「……ん? チベスナ、どうした?」
「なんでも。なんでもないと思いますよ」
……? にしてはなんか思わせぶりな感じで黙っていたが……さてはアミメキリンと俺の話が弾んでいたからつまんなかったとかか?
「ま、そのへんはあとでにしておくか。それよりも──」
そう言って、俺は空を見上げる。
川で悪戦苦闘していたり、アミメキリンとお喋りしていたせいか──
「もう、すっかり日が暮れかけているしな」
天中に上る日は、既に半ば沈んでいた。
橙色に輝く空の下で、俺はアミメキリンに言う。
「なあ、アミメキリン。俺達これからバンガローっていうところで寝るんだけどさ。よければ一緒に来ないか?」
「えー、アミメキリンも一緒だと思いますよ?」
俺の勧誘に、チベスナはなんとなく不満そうだった。
「チベスナさん、キツネをヌーと間違えるようなのはちょっといやだと思いますよ!」
「なっ! それはアナタ達が川で遊んでるからじゃない! これはひっかけよ!」
あー、また売り言葉に買い言葉が始まった。
「何を! チベスナさんならたとえあらゆる条件をしいられてもチーターだと当てられると思いますよ!」
「じゃあ紙を食べるのは?」
「や、ヤギ……!」
「ほら見なさい!」
「ぐぬぬぬ……」
…………この馬鹿どもは……。
「ほら、バカども二人。そんなこと言ってないでさっさとバンガロー戻るぞ。日が沈んだら俺は夜目がきかないんだからな」
「はーい」
やむなく、俺は二人を促してバンガローへの帰路に就くことにしたのだった。
…………なんか、ほんの三〇分弱の会話だったのにめっちゃ疲れた気がする……。
ちなみに、今回の名探偵はキリン以外にもう一人います。
まぁ小ネタなので気にしなくて大丈夫です。