畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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七五話:坐すべき安楽椅子は

 アミメキリンと合流した俺達は、そのままバンガローに戻ることに。

 

「暗いなー……」

 

 その帰路の途中。黄昏を通り過ぎて薄暗くなった草原地帯を、俺達は歩いていた。

 来た道は一直線(しかもソリの跡がくっきり残ってる)なので迷う心配はないが、何分薄暗いもんだから、どうにも足元がおぼつかない。足元の草の陰も相まって、細かい地形なんかは殆ど分からない有様だった。

 これの何がマズいって、つまり、足元のデコボコとかで躓くかもしれないのが怖い。これだから日が暮れる前に寝る支度をしたいんだよな。眠くなるし。

 

「チーター、大丈夫だと思いますよ? ここで野宿します?」

「いや。そもそも懐中電灯があるしな」

「なにそれっ!?」

 

 ソリを牽くチベスナに言いながらトートバッグから懐中電灯を取り出す。

 まぁ懐中電灯があっても視界の明瞭さは完璧にはならないのだが……と、そんなことを考えていたら、それを見ていたアミメキリンが目を丸くして反応していた。そうだった。フレンズからすればこういう文明の利器は物珍しいよな。

 

「これは懐中電灯だ。この持ち手をぐるぐる回すと、先端が光る」

「な、なんてこと……! これは事件かしら!?」

「事件ではなく、かいちゅうでんとうだと思いますよ」

 

 そういうことではなくてな。

 

「俺は夜目がきかないからな……暗くなったらこうして周りを照らすんだ。こうすればあたりが暗くても転ばずに済む」

「なるほど……。や、やるわね」

 

 俺の説明に、アミメキリンはどことなく悔しそうに答えた。何か張り合っているような雰囲気を感じなくもないんだが、このへん本当に探偵に関係ない雑学的なアレだから気にしないでほしいんだけどな……。そもそもアミメキリンは俺と違って夜目きくみたいだし、懐中電灯がなくても暗いところが見れる分探偵的には有能なんじゃね?

 

「んで、今の時間は──」

 

 言いながら、俺は懐中電灯でソリの荷台、正確にはその中にある時計を照らしてみせる。現在時刻を確認する為である。

 

「わっ、まぶしいと思いますよ」

「すまんすまん」

 

 途中でうっかりチベスナの顔に光を当てちゃいつつ、

 

「ふーむ……もう六時か」

 

 確認してみると、既に現在時刻は午後六時。あたりが薄暗くなるのも当然というものである。……っていうか、六時には既にもう眠さが鎌首をもたげ始めてるって改めて考えるとかなりヤバイな。

 前世じゃ午後六時とかまだ余裕で働いてる時間だし。そう考えると、フレンズの生活って自由というより…………定年後のおじいちゃん? いややめよう、そういうこと考えるとなんかすごく夢がない。

 

「ろくじ?」

「アミメキリン、チーターの言ってることを気にしてるときりがないと思いますよ」

「なんか俺が不思議ちゃんみたいな風に言うのやめろよ!」

 

 お前にもいずれ時間の概念を叩きこんでやるからな! っていうかもう時計手に入れてから何日か経ってるんだから、合間合間で俺が確認してるの見つつなんとなく時間の概念くらい分かれよ!

 

「ふしぎちゃん?」

「アミメキリン、チーターの言ってることを」

「もういいよ……」

 

 もうこれ以上はエンドレスだからやめよう。はい、やめやめ!

 …………っていうか、普段散々聞き返してるくせにほかのフレンズが聞き返したらチーターの言うことだからみたいな空気出してくるのやめろよチベスナ!

 

の の の の の の

 

ろっじ

 

七五話:坐すべき安楽椅子は

 

の の の の の の

 

 そんなこんなで、ぬるっとバンガローに到着。

 あたりはすっかり暗くなっていたが特に道中トラブルが起きることもなく、フツーにバンガローにたどり着くことができていた。もっとも既に暗くなったバンガローの周辺は、懐中電灯なしだと俺の目では何がどうなってるんだかさっぱり分からなかったが。

 

「さて、こうして無事にバンガローに着いたわけだ」

 

 バンガローの中に入って呟く俺の横を、タオルを抱えたチベスナとアミメキリンが通り過ぎる。

 バンガロー近くにソリを置いているのだが、夜目の利かない俺じゃそのソリからタオルを持ち出す作業だけで軽くもたついてしまうので、比較的夜目が利くチベスナと普通に夜目が利くアミメキリンに作業をしてもらっているのだった。

 まぁ懐中電灯を使えば暗さの問題は解決するのだが、そうすると片手がふさがってしまうので特に意味がなくなるっていうね……。

 

「このあたり、こういうのもあったのね。新しい発見だわ……」

「ん? アミメキリンはこのへんが縄張りじゃないのか?」

 

 ぼんやりとバンガローの中で目を凝らしていた俺は、そこでアミメキリンの言葉に首を傾げた。

 さっき聞いた話じゃ、このロッジ地帯に住んでいるみたいなことを言っていたが……。

 

「わたしの縄張りはさっきの川の向こうよ。今日は風に乗って綿毛が飛ばされてきた事件の究明のために川に来てたの」

「それは事件なのか……?」

 

 いたって普通のことなのでは……。いや、チベスナはなんか『おっ探偵らしいことやってんじゃん』みたいな見直した的視線を向けてるが。コイツの琴線はほんとよく分からん。

 そんなことを考えながらタオルで寝床を作りつつ、

 

「っていうか、ここって特に名探偵に関係がありそうな要素ないんじゃないか?」

 

 思わず、俺もちょっとだけツッコミを入れてしまう。

 まぁ博士達の真意がまずもってよく分かってないんだが……。面倒くさいから煙に巻こうとしていたのか、あるいは本当にロッジ地帯に何かしらがあるのか……あ、もしかしてタイリクオオカミと引き合わせるのを狙ったとか? 多分博士達とオオカミは面識あるだろうし、オオカミが探偵の漫画を描いてることも把握してるだろうし、それなら博士達が『探偵としての修行場所』としてロッジを提示するのは自然な気がする。

 まぁ、そんなこと考えず『ヒトが昔住んでたところだし謎には事欠かないでしょ』とかみたいなノリでさらっとおすすめしただけという可能性もあるが。

 ともあれ、それについてはアミメキリンの反応で分かるだろう。さてどうだろうか。

 

「そうなのよね……。なんとなくこのあたりが過ごしやすいからこうしてるけど。何かいい事件ないかしら」

 

 ところがどっこい、アミメキリンは名探偵に関係ありそうな要素がないけどとりあえず居心地がいいから縄張りにしていたらしい。博士たちからは具体的なアドバイスとかもらってないみたいだなこれ……。

 同じロッジに滞在していたのにオオカミが尊敬する作家だと気付けなかったくらいには天然なアミメキリンだし、多分『ここは名探偵の修行にふさわしい場所ではないのでは?』という思考に至るにもまだ時間がかかるかもしれないなぁ。なんというか、気長な話だ。

 

「探偵の修行っていうわりにはだいぶ呑気なんだな。修業なんだし、いくら過ごしやすいからってもうちょい……」

「チーター、過ごしやすいのも大事だと思いますよ?」

 

 呆れたようにお小言を呟いた俺に、チベスナが意外にもアミメキリンのフォローへ入った。

 

「合わないちほーの暮らしは、疲れますからね。チベスナさんさばくちほーで暮らしたらすぐバテると思いますし、チーターだってこうざんで暮らしたら絶対すぐバテると思いますよ」

「そこ突かれると苦しいな……」

 

 実際のところ、高山はマジで疲れたしな。名探偵っていう目的があるんならもうちょっと探偵らしいことができる場所を探したらいいんじゃないかと思ったが、まぁそのへんは過ごしやすさとの兼ね合いもあるか。

 

「ちょっと、待って待って」

 

 そんな感じで珍しくチベスナに論破されていると、アミメキリンが少し前のめりに割って入る。何を……あ、旅の話に興味を持ったか?

 

「今さばくちほーとかこうざんとか言ってたけど、ひょっとしてアナタ達……色んなちほーに詳しいのかしら!?」

「そりゃもちろんだと思いますよ!」

 

 あ、やっぱり。アミメキリン的には、名探偵修行が行き詰まってる以上色んな情報を聞きたいと考えるのは自然な流れだしな。そこに俺達のような旅人のフレンズが来たら、こういう風になるだろう。

 

「じゃ、じゃあ是非! 是非色々話を聞かせてくれないかしら!? わたしが名探偵の修行をするのに適した場所……その参考にしたいの! あと、修行場所を探すのも手伝ってほしいの」

「チベスナさんはやさしいのでいいと思いますよ。ね、チーター」

「おう」

 

 チベスナの恩着せがましさはさておくとして、俺としてもフレンズ助けは望むところというか。話をするくらいでいいんなら、いくらでもという気分だ。

 ただし……。

 

「……もう眠いからなぁ……また明日な」

 

 大方寝床の作成を完成させた俺は、そう言ってタオルの上で丸まった。

 

「ええー!? そんなのあり!?」

 

 アミメキリンが愕然とした様子で声を上げるが、そこは許してくれ。眠らなくていい動物と違って、俺は昼行性だからなぁ……。

 そんな感じで、眠りの世界に落ちつつ。

 ロッジ地帯の一日目は終わりを告げたのだった。

 

の の の の の の

 

 翌朝。

 案の定日の出とともに目を覚ました俺は、腹部に強い圧迫感を感じた。この感触は……一本じゃない。二本だ。

 視線を自分の腹のあたりに落としてみると、今日はチベスナが足を二本ほど俺の腹の上に投げ出していた。いつもは片腕か片足なので、今日はバンガローという広々空間での睡眠だからか、いつもより寝相がフレキシブルな気がするぞ。

 

「おい、チベスナ、邪魔」

「むぅぅ……邪魔とはなんだと思いますよ……」

 

 足を退かしてチベスナを起こしつつ、俺は身体を起こして伸びをする。アミメキリンは……、

 

「あら、おはよう」

 

 あ、いた。

 ちょうど俺が身体を起こしたタイミングで、アミメキリンがバンガローの中に入ってきた。何やってたんだろ……朝の散歩かなんかだろうか。キリンって意外と早起きなのな。

 

「おはよう」

「おはようと思いますよ」

 

 俺達も立ち上がって挨拶……あ! また猫の手!

 

「……? チベスナ、チーターはどうかしたの? まだ寝てる?」

「いえ、これはいつもだと思いますよ。挨拶すると大体こうなるんです」

「おかしなフレンズなのね……。昨日と一緒なのに」

 

 ヴっ……アミメキリンにおかしなフレンズ扱いされた……。しかも昨日も招き猫してたのに気づいてなかった……。

 

「それはさておき、チーター。さっさと行くといいと思いますよ。旅の話とかもするといいと思いますよ」

「仮にも承諾したのはお前なのに完全に丸投げなんだよな……」

 

 チベスナの丸投げは今に始まったことじゃねぇけど。

 

「じゃあ、行くか。話は修行場所を探しながらにしよう」

「はーい」

「分かったと思いますよー」

 

 そう言いながらバンガローの外へ向かうと、二人分の足音も一緒についてきた。

 ──そうして、俺とチベスナとアミメキリンの長い修行場所探しの一日が始まったのであった……。




探偵のあるべき場所といえば安楽椅子ですよねという偏見。

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