「映画より映える場面を、見せてやると思いますよ!」
「違いますわチベスナ、もっとこう……グッという感じでしたわ」
「何を……チベスナさんの演技はこの録画通りだと思いますよ。さぁ見てみるがいいのです」
「……………………」
セルリアンの危機も去ったヘラジカの陣地。
そこでは、死よりも恐ろしい辱めが繰り広げられていた。
「ほらここ! 途中で恥ずかしそうに視線を逸らすと思いますよ。ここがポイントだと思いますよ」
「うむむ……」
「……………………」
俺の目の前ではチベスナとシロサイが録画していた映像の真似をしているが、こんなものは序の口。向こうの方ではヘラジカがメガホン(の形に丸めたパンフレット)をとって、先ほどの再現作業がなされていた。
……控えめに言って、恥ずかしさで死ぬ。
……どうしてこんなことになったのか。
その原因は、今から数十分前に遡る……。
「ヘラジカ!」
ヘラジカ組による一斉攻撃により、残ったセルリアンが残らず爆発四散した直後のこと。
気が抜けたのか仁王立ちから片膝を突いたヘラジカを見つけて、俺は急いでヘラジカの傍まで駆け寄った。
「気にするな、ちょっと疲れただけだ。少し休めばすぐに元気になる!」
幸い、そう言うヘラジカの様子に必要以上に気負った物はなかったから、おそらく本当にその通りなのだろうが……それでも心配がなくなるというほど、人の心(フレンズだが)は単純じゃない。ヘラジカはすぐさま他のフレンズ達に取り囲まれていた。
俺でもヘラジカがいきなり現れたときには度肝を抜かれたのだから、ヘラジカ組の驚きたるや相当な物だっただろう。存分に心配されるがいい。
「そういえば……さっきは話の続きだったが」
で、フレンズ達に胴上げみたいな体勢で担がれながら、ヘラジカは腕を組みつつ話を切り出してきた。どうでもいいが、その格好恐ろしくカッコ悪いな。
「その、『さつえい』だったか? 察するにフレンズが戦う姿を撮るみたいだったが……」
「ああ、違う違う」
なんか勘違いをしているようだったので、俺は先手を打って訂正する。ヘラジカのことだし、『私も協力するか、休んだら「さつえい」しよう! 今度は二人きりで!!』とか言い出しかねないからな。
今回改めて実感したけど、俺やっぱ戦闘とか苦手なんだよ。いや、頭はあるからそこそこ戦えはすると思うが、パワーがな……。セルリアンみたいに核を攻撃すればいいっていうならどうにでもなるが、フレンズ相手だと火力不足が如実に出る。回避して持久戦に持ち込もうにも、あんまり持久力ないしで、敵が頑丈なだけで大分キツくなってしまう。
大体、誰かに勝ったってトロフィーを手に入れてもあんま嬉しくなかったし…………精神的にも向いてないんだと思う。
そんな自己分析はさておき、俺はヘラジカに撮影の意味を説明していく。
「撮影っていうのは、このカメラでフレンズの『演技』や風景……『映画』に使うものを撮ることを言うんだ。で、このカメラを使えば、見た映像を後から見返すことができる」
「な、なんだとぉ!? ……それで、『えいが』というのはなんなんだ??」
「やっぱヘラジカもそこからか……映画っていうのは、自分たちで演じる漫画みたいなものだ。あるいは、『すごく大袈裟なごっこ遊び』を撮影したものだな」
「おぉー! なるほどぉ、まんがというのは知らないが、それは中々面白そうだなぁ」
やっぱり漫画は分からなかったか。念の為別の表現も考えておいて良かった。二度手間になるところだった。……しかし『すごく大袈裟なごっこ遊び』って、言い得て妙だな。最初に見せられたチベスナの自称映画もそんな感じだったし。フレンズ向けの説明はこっちの方がいいかもしれないな…………。
「……チーター?」
「んっ? あ、すまん。ちょっと考え事してて聞いてなかった」
ヘラジカに呼びかけられて、俺は我に返る。そういえば
「ああ、じゃあもう一度言うぞ? その『さつえい』とやら、私達も挑戦してみたいんだが。なぁ、お前達!」
「拙者も忍者のえいがをさつえいしてみたいでござる!」
「わたくしも引き続きお手伝いいたしますわ! えいがを撮るのはとても楽しいんですの!」
「シロサイがここまで言うってのは気になるんだわー、私もやってみたいね!」
「せっかくですし私もやってみたい、ですぅ」
「私も……………………」
ヘラジカの言葉に応じて、彼女を担ぎ上げてるヘラジカ組が口々にそんなことを言った。
おぉ、願ったり叶ったりじゃないか。元々ヘラジカ達も交えての映画撮影に挑戦してみるつもりではあったんだし。
「いいぞ。撮影人数が増えたらより良いものが作れるしな。チベスナもいいだろ?」
「無論だと思いますよ。まぁ主演はチベスナさんで確定ですけど」
うむ。俺も駄々こねられるとめんどくさいから最初からお前を主演にするつもりだったしそこは何も問題ない。
しかし、そうすると脚本はどうしようかな……あ、あとヘラジカは今お疲れモードだし、座っててもできる仕事にしといてやらんとな。
――――思えば、ここの判断が後々の悲劇に繋がっていたのかも知れない。
「それで、みんなはどんな映画にしてみたい? 今から話を考えるから、なんかイメージがあったら反映させてみるぞ」
脚本といっても、まったく無から生み出すのはけっこう大変だと知ったので、俺は軽い気持ちでそう言ってみた。すると真っ先にチベスナが手を挙げて、
「チベスナさんが一番目立つものを!」
「はいはい」
「……チーター、返事がてきとーだと思いますよ」
お前のリクエストは最初から読めてたから。それ以外の奴をよろしく。
「拙者、先ほども言ったとおり忍者の映画をやってみたいでござるよ」
「ではわたくしは騎士のお話がいいですわ!」
「んー、私は陽気な感じがいいかなー。あんまり激しく動くのは苦手なんだわ!」
「私は白熱したバトルが見たい、ですぅ!」
「……………………優しいお話が、いいかな…………」
「私はチーターと戦えれば、何でもいいぞ!」
「ヘラジカの要望以外は聞き入れた」
「なんでだぁ!?」
むしろお前の方がなんで戦いたがってんだよ。
「っつーかヘラジカは無理しすぎ。えーと……あ、こんなとこにパンフがある。こうして……ほらメガホン。お前はこれ持って皆に指示とか出しててくれ。指示の内容は俺が教えるから」
「おぉ! なんだかそれはそれで面白そうだなぁ!」
よし、単純でよかった。
俺から丸めたパンフレットを受け取ったヘラジカはメガホンで手をぺしぺしやりながら満足そうにしている。
うむ……これで問題はなさそうだな。
しかし、要望……チベスナが一番目立って、忍者で、騎士で、陽気で、白熱バトルで、優しい話か……。
まぁリクエストとるって言ってた時点で分かってたことだが、大分要素がばらけてるなぁ。これは話を考えるのも中々大変そうだ。その間、暇させちまいそうだな。
よし。
――――そして次の台詞が、悲劇の引き金となった。
「俺は脚本考えるから、皆は演技の練習でもして待っててくれ。細かいやり方はチベスナとかシロサイに聞いてなー」
で、今に至る。
連中は演技の練習に、こともあろうに俺がさっき決めた啖呵を参考にしだしたのである。いや、そりゃ演技指導だ! とか意気込んでたけどさ。でも目の前でやるのは……なしでしょ……。
しかも悪気があるわけじゃねぇから、強く出づらい。つらい。この状態で脚本考えなきゃいけないとか……。しかも筆記用具もパソコンもないから全部頭の中でだ。キツすぎる。こりゃ、早いうちに最低でも筆記用具の確保は考えとかないとだなー。
……思考が軽く脇道に逸れたが、そういうわけで俺は恥で死にかけているのだった。マジで羞恥心で人が死ぬなら五、六回は死んでる。何故素直に格好つけたままでいさせてくれないのか。
「チーター、脚本まだですか? チベスナさんはすっかりあったまったと思いますよ」
と、そんな益体もないことを考えていると、チベスナが催促をし始める。お前の演技が暖まったとか知ったこっちゃないよ。
「お前らのリクエストがバラバラだから上手く内容が定まらないんだっての。もうすぐできそうだからちょっと待ってな」
「えー、しょうがないですね。シロサイ、もう一回最初からやると思いますよ」
……。
うおおおおおおおお!! 早く完成させないと俺の心が死ぬ……!!
結局、必死の構成作業の甲斐あって、脚本はそれから一〇分後に完成した。
地面が映されていた。
ひび割れた石畳の地面。ヘラジカ達が縄張りの本拠地にしている陣地のものだが――今は、ある種異様な雰囲気が画面から滲み出ていた。
『よし、オーケー』
ゴソゴソという音の後、ハスキーな女性――チーターの声が入り込む。これカメラマンの仕事では? と毎度のことながら思うチーターだが、細かいことを気にしていてはジャパリパークではやっていけないのである。
『ヘラジカ、合図を』
『うむ!』
地面を映しながら、ふたりのやりとりが続く。鷹揚に頷いたらしいヘラジカは軽く息を吸い、
『3、2、1、スタート!』
その言葉と同時に、カメラが前を向く。
そのレンズの向かう先――そこは、先程チーター達も戦っていたステージの上だった。ステージの上では、キョロキョロとあたりを見渡すシロサイの姿が。
『ここに呼ばれたはずなのですが……この手紙の差出人はどこですの……?』
どうやら、シロサイ扮する騎士は手紙でこのステージに呼び出されたという設定らしい。口調も特に変更はされていなかった。どうやら先の失敗を反省し、もう余計なキャラづけをするにはやめたらしい。
『フッフッフッ……。ここでござるぞォ……』
と。
ちょうどシロサイの背後、何もないはずの空間から、謎の声が漏れ出てきた。
『!』
反射的にシロサイが突撃槍を展開してその場で振り払うが、その直前にタッという足音がして、回避されてしまったことが分かる。
その次の瞬間――ズゥ、と、シロサイの持つ突撃槍の先端に、緑衣の忍者が姿を現す。
『(や、やった……! できたでござるよ……!)』
……小声で喜びが漏れてしまうのはご愛嬌だ。
『な……。何やつ! ですの!』
ワンテンポ待ってから突撃槍を振るうシロサイに合わせて、カメレオンも跳躍して離れた場所に着地。フレンズだからこそできる見事なスタントであった。チーターも『フレンズならでは』の演出についていろいろと考えているらしい。
『我こそはカメレオン・ニンジャ……。お主に妻子を殺された忍者でござるぞォ!』
『な……!? そ、そんなこと知りませんわ! 人違いですの!』
『問答無用でござる! お命頂戴でござるぞォ……!』
言うなり、カメレオンはシロサイに飛びかかった。シロサイはそれを辛うじて――というには余裕があるが――防いでいくが、どうにも相手を憎みきれないのか、なかなか攻勢に出られない。
そんなときだった。
『あなた! もうこんなことはやめるですぅ!』
『そうだよカメレオ……じゃなかった、パパ! 私達の為に争っちゃ駄目だよー!』
声に反応して、カメラがステージから離れて二人のフレンズを映す。ヤマアラシとアルマジロの二人である。どうやらこの二人が妻子ポジらしい。……そもそも二人は死んでいたのだが。
『ば、ばかな!? …………えーと』
『(二人とも死んだはずではなかったのでござるか!)』
『二人とも、死んだはずではなかったのでござるか!?』
今回、カメレオンは台詞大量だったから覚えられないのも仕方がないかもしれない。
『……………………そ、それについては、私がせ、説明するよ……。……………………やっぱり恥ずかしい』
『あ、アナタは名探偵ハシビロ!? 何故ここに!』
小声で呟いてるのはご愛嬌なハシビロコウを見て、さすがに二回目だけあって貫禄の(?)演技を見せるシロサイ。そんな彼女に、ハシビロコウが説明しようとすると――、
『私のお陰だと思いますよ!!』
ザ! と。
両手を腰に当てながら、チベスナがドヤ顔で現れる。
『そう……全てはこのチベスナさん博士によるものだったと思いますよ。チベスナさんが間違って実験で二人をやっつけちゃったので、科学の力で復活させてあげたのです。そこの騎士は全く無関係だと思いますよ』
『なんだ…………そうだったでござるか。人違いで攻撃して悪かったでござる。ごめんなさい』
ペコリと頭を下げるカメレオン。明らかにごめんなさいで済まされる問題ではないが――、
『なに、間違いは誰にでもありますわ。気にしないでくださいですの』
――シロサイ、意外にもこれを快く許す。
『チベスナさんのお陰で一件落着だ思いますよ! さあ、皆一緒に陽気に踊ると思いますよ!』
『わー!』
『るんたったった~♪』
チベスナの号令で、その場のフレンズ達はインド映画もかくやという勢いでダンスを踊り出す。その場は一気に和やかムードになっていった。
そして、そんな陽気なムードの中で動き出すフレンズが一人。
『…………この騒ぎに乗じれば、チーターと戦えるんじゃないか……? よし、チーター! 私と勝負しよう!』
『やらねぇよ! つか今撮影してんだろうが! おい! せっかくそれっぽい役職与えてやったんだから大人しく監督っぽくしてろ! おいこら! 聞け脳筋!!』
カメラがブレて、迫ってくるヘラジカが映し出され――――ブツン。
「……………………これはひどい」
…………そんなわけで迫り来るヘラジカを宥め賺した俺は、撮影した映像を見てぽつりと漏らした。
何って、内容が。
というのも、これ俺が元々考案した話とは違うんだよね。実は妻子はチベスナ博士に殺されてて、ヤマアラシとアルマジロは二人は回想シーンで登場してもらう予定だったり、名探偵ハシビロはチベスナ博士の居場所を突き止める為に出てきたりだったのだが…………。
チベスナの『悪役じゃないですか! 嫌だと思いますよ!』という強硬な反対やハシビロコウの『もっと優しいのがいいな……』という控えめな要望、アルマジロの『最後に皆で大騒ぎしたら面白いんじゃない!?』という提案などを無理やり取り入れた結果…………ああなった。
うん、やっぱりフレンズ達の濃い要望をいちいち取り入れたら、カオスなものしかできないね。
「そんなに悪かったですか? チベスナさんは面白かったと思いますよ」
「そりゃお前はな」
お前の役どころが一番カオスなんだよ。なんだ殺しちゃったけど甦らせたって。
「本当に面白かったぞ? もっと自信を持て、チーター。お前はすごいかんとくだ!」
「……どうも」
別に監督ではないと言っていると言うに……。
「それで、なんだったか? 確か、地図を探してるんだったか?」
と不意にヘラジカがそんな話を切り出してきた。ああ、撮影作業の合間に話してたんだっけ。忘れてた。そもそも最初の目的はそれだったからな……。
で、地図のありかは……。
「悪いが、ここに地図はない」
……。やっぱりかー。パンフはあっても地図がない時点でそんな気はしていたが。しかしそうすると……。
「だが、ライオンの城にならあるかもしれない」
「ライオンの城か」
「ああ。ライオンの城はここから道をまっすぐ行けば着く。そう迷う心配もないだろう」
ふむふむ……。確かに、ライオンの城はだいぶ立派な施設だった気がするし、地図がある可能性も十分あるな。ついでに、売店とかがあれば筆記用具もほしい。
これは、次の目的地は決まったな。
「とはいえ、だ」
そこで、勢い込んでライオンの城に出発しようとしていた俺を押し止めるようにヘラジカが続けた。
「…………今日はもう遅い。私達も今日は此処で寝泊まりするから、今日のところは休んだらどうだ?」
…………言われてみれば、既に日は傾きかけていた。それに、セルリアンと大立ち回りしたり撮影したりでわりと疲れているしな…………。
その言葉に、俺は横で座っていたチベスナをチラリと見てみる。
「チベスナさんも、今日はちょっと眠いと思いますよ」
その言葉通り、チベスナはただでさえ細い目を眠そうに細めていた。
うん、満場一致だな。
「じゃ、お言葉に甘えて休ませてもらうとするかな。ヘラジカ、今晩はよろしく」
「ああ、任せろ!」
ヘラジカは、何故か笑みを浮かべて頷いた。俺はその笑みの理由がいまいちはかりかねていたが――その後、日が落ちるまでしつこく決闘の誘いをしてきたヘラジカによって、その真意を思い知らされるのだった。
お陰で、疲れ果ててすぐに眠れたのはいいことだったのか、悪いことだったのか――――。
ともあれ、こうして俺のフレンズ生活一日目は、波乱のままに終わりを告げたのだった。
……まだ一日しか経ってないのか。
ヘラジカ編終了であります!