「……ところでさっきから気になってたんだが」
「なんだ? オオカミ先生」
歩き始めてからどれくらい経っただろうか。
不意に、横を歩くオオカミ先生がそう切り出してきた。なんだろうか? と思いチベスナから水筒を回収していると、オオカミ先生は怪訝そうな表情を浮かべながら俺にこう問いかける。
「その『先生』っていうのはなんだ? ……いや、意味は分かるんだが」
「ああ」
そういえば。
『この人はもう先生だな』って思ったから特に説明もなくそう呼んでた(フレンズなら気にしないだろうし)が、オオカミ先生は気になるのか。横のチベスナなんか全然普通にスルーしてたのに。
「別に、深い理由はないよ。ただ、こう……俺も一応映画っていう『作品』を作っている身だからな。作品づくりの先輩に対して敬意を払ってるみたいな」
「う、うん……?」
一応説明してみたが、オオカミ先生の方はいまいちピンときてないみたいだった。それでもチベスナなら速攻で『チーター』と言いそうなところを自分なりに咀嚼しようとしているあたりは、やはりチベスナとは知性の『格』が違うんだよな。
「要するに、尊敬してるってことだ。落ち着かないならやめるけども」
「いや、そこまでじゃないんだ。気になっただけだからな。呼び方は好きにしてくれていいよ」
オオカミ先生はそう言うと、それ以上底に関して特に何も言うこともなくなった。
……ただ。
そのしっぽは、たいそう機嫌よさげにゆらゆらと揺れていた。
うーむ、やはりフレンズだけあって、こういうところは分かりやすいのだなぁ。
フレンズの健脚を以てすれば、たいていの距離は『ちょっと歩くだけ』になる──というのは、これまでの旅の経験で分かり切っている。
分かり切っているが……やはりこうやって実際に『ちょっと喋りながら散歩する』だけで、あっさり数キロも歩いてしまうのを実感すると、自分がフレンズだということを再確認するなぁ。
地図で見た時はけっこう遠いなって思ったんだけどな。なんかヒトだった頃よりだいぶ距離感が変わった気がする。数キロ単位の距離感が。
……いや、地図見て遠いなって思える時点でまだヒトだった頃の感覚のままなのかね? 考えてみれば、ほんの一か月で前世の長い間かけて培った感覚が変わるわけないのだが……。
「チーター、なにたそがれてるんだと思いますよ?」
「もう黄昏時だからなぁ」
そんなダジャレを言う俺の目の前には、見上げても見上げきれないほどの大木があった。
いや……大木というのは少々語弊があるか。
それは、複数の樹木からなる旅籠だった。周囲を包むようにして作られたロッジを備えた木が何本も聳え立ち、その間を通路が繋いでいる。木の宿屋というよりはむしろ、『林』の宿と言った方がよさそうな風体だった。
流石はジャパリパークというべきか。こういうつくりなら自然の中に宿泊施設を作っても不自然にならないし、けもの達の生態系を乱すこともないだろう。観光と動物たちの暮らしを完全に両立させているあたり、本当に大したもんだと思う。
「ここはろっじ・ありつか。アリツさんが経営しているろっじさ」
「意外と立派だと思いますよ」
ちょっと自慢げにロッジを紹介するオオカミ先生に、チベスナが早速失礼をかます。いやまぁ立派って言ってるから本人は褒めてるつもりなんだろうが、『意外と』って言っちゃうと完全に侮ってることになるからな……。
「だろう? わたしも最初はボロいと思ったんだが、住んでみると意外としっかりしていてね。アリツさんの管理の賜物だよ」
と思ったら、オオカミ先生の方もあっさり肯定してしまっていた。それでいいのかオオカミ先生……。
でもまぁ、確かに他のパークのアトラクションや施設に比べたら、圧倒的にきれいだよなぁ……ロッジ。そう考えると、ここを管理しているアリツカゲラの苦労がしのばれる。いつもお疲れ様です。
「あ~、お帰りなさいオオカミさん~」
と、そんなことを考えていると、ふわふわと空から風を切る音が聞こえてきた。見上げるとライトグレーとダークグレーの縞模様の翼を持った、金髪のフレンズがちょうどこちらの方へ降りてきているところだった。
スーツのようなぱりっとした服を着ている上半身とは裏腹に、穿いているスカートはかなりのミニスカートで……っていうかロッジ在住のフレンズはけっこうきわどいの多いな? もうちょっとアミメキリンの色気のなさを見習ってもいいと思う。いや、アイツの色気のなさは中身の問題もある気がするけど……。
「そちらのお二方は~? お客さんですかぁ?」
「ああ。さっきそこの浜辺で会ったんだ。こっちのネコのフレンズがチーター。キツネのフレンズはチベスナさ」
「チーターだ。よろしく」
「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナさんだと思いますよ」
オオカミの紹介に合わせて、俺はネコの手をしながら挨拶を──はっ!
「久しぶりのお客さんです~。お二方とも、よろしくお願いしますね~。……チーターさんはどうしたんですかぁ?」
「いつものことなので、気にしないでいいと思いますよ」
「そうですか~。ではさっそく、中に案内しましょうか~」
……はっ、話が進んでる。
「おや、チーター、戻ったみたいだね。良い顔だったからちょっといただかせてもらったよ」
「どうせならチベスナさんの顔をいただくといいと思いますよ」
「きみの顔はちょっとね……」
なんかチベスナがオオカミ先生につかみかかってるが、ともかく。
「それで、今日はお泊りでよろしかったですか~?」
「もちろん」
泊まる為にやってきたようなものなので、此処で泊まらずに先を急ぐという選択肢はない。というわけで、即答した。
するとアリツカゲラは嬉しそうに顔を綻ばせながら、
「では、お部屋を案内しますね~」
「それじゃあ、わたしは自分の部屋に戻るとするよ。じゃあ二人とも、またあとで」
「またと思いますよ」
「ああ、じゃあな」
そこでオオカミ先生とは別れて、俺達はアリツカゲラと一緒に一通り部屋を見ることになった。
「じゃぱりしあたーと同じくらいひろびろとしていると思いますよ」
ソリをロビーに置いて
アリツカゲラに案内される道すがら、チベスナはきょろきょろと周囲を見渡しながら呟く。
確かに、壊れていたりしてどこか狭い印象のあった例のオレンジホテルと違い、ここは天井も道幅もそこそこ広い。それこそ野生動物がのっそり歩いていても特に問題なさそうな程度には。
「そうでしょう~? こちら、昔からある場所をろっじとして使っているんですよ~」
チベスナの呟きに、アリツカゲラはうっとりしながら答える。チベスナもある意味似たようなことをしていたが、コイツの場合はただあるものを利用しているだけで、アリツカゲラのように整備していたりはしていないんだよな。
そう考えるとこうやってホテルの支配人(?)みたいなことまでやってくれるアリツカゲラのサービス精神というか、そういうのはすごいなぁと思う。好きでやってるんだろうけど、アルパカと言いジャガーと言い、たま~にマジで凄い奉仕精神の持ち主がいるよな、フレンズって……。
「こちら、お部屋『ふわふわ』となっております~。ハンモックに揺られて眠る心地は、水辺に住むフレンズさんにも大人気! 最近はペンギンのフレンズさんがお泊りにきてましたね~……」
「ペンギン?」
アリツカゲラの言葉に、俺は軽く首を傾げた。
ペンギンって……ここ、森だよな。いや、海に近いしペンギンのフレンズも来るのだろうか。そういえば雪山地方も近いし、寒いところが好きなペンギン的には『寒いところと海が近い』ってことでわりといいスポットなのかもしれんな。
「ええ。なんでもとしょかんに行く途中とかで……迷ってしまったそうですよ」
と思っていたら、普通に迷子だったらしい。えぇ……図書館ってことは……森林地方か。水辺地方からロッジ地帯って、完全に森林地方と真逆じゃないか。何を間違えればそんなことになるんだ。……いや、地図が読めないフレンズ達ならわりとよくあるんだろうか?
「運んで行って差し上げようかと思ったんですが、お仲間のフレンズさんが迎えに来たので……よかったですね~」
「大変なんだな……」
どのペンギンのフレンズだか分からないが、相当な天然みたいだな……。誰だろう、やっぱりフルルとかかな? あるいは俺の知らないペンギンのフレンズかもしれないが。
確か、新しく別のペンギンのフレンズも出てたような気がするんだよな……ロリっ子のペンギンとか、コウテイみたいなペンギンとか。名前は完全に忘れたが。
「はい、続いてはお部屋『しっとり』。暗いところや岩場で住んでいらっしゃるフレンズさんに好評のお部屋です~!」
「おお! チベスナさんここがいいと思いますよ!」
「いや早いわ」
早速決めにかかろうとするチベスナに、俺はツッコミを入れて制止する。っつーかこんな固い地面で寝たら俺の身体がガチガチになるわ。
「え~。チーターはタオルでも敷いて寝ればいいと思いますよ。チベスナさん的にはここが一番快適です」
しかし、チベスナ的にはもうなんか譲りたくない的な空気を出しているようだった。そりゃチベスナは高原で洞穴暮らしだったからこういう環境が過ごしやすいんだろうけども、俺からしたらただの固い床だよ。
せんべい布団で寝たら本当に体中バキバキになって翌朝とかきついからな? タオルでカバーできる状況を越えちゃってるだろ、これ。
「あの~……好みが合わないようでしたら、お二方に別のお部屋を紹介することも……」
「タオルでどうにかなるレベルじゃないだろ、この硬さ。デコボコしてるしさぁ」
「チベスナさんはいつもチーターの好みに合わせてはんもっくなんだから、今日くらいチベスナさんに譲るといいと思いますよ」
「うぐ……。……いや! あれはそもそも安全の為であって俺の好みでもねぇから! さも当然みたいな空気を演出して恩に着せるなよ!」
「ちっ、バレちゃったと思いますよ」
「あの~…………」
「ん~……。しょうがねぇなぁ、ソリをここまで持ってくるか。床の上だとタオル越しでも死ねるけど、ソリの上にタオルならいつも通りだし」
「そうしようと思いますよ」
俺が妥協してみせると、チベスナもそのあたりが落としどころだと思ったのだろう、チベスナがここまでソリを牽いて、俺はその中で寝るということで話が落ち着いた。
「じゃあアリツカゲラ、俺達はこの部屋にするよ」
「は、はぁ……。お二方とも、なかよしなんですね……」
「…………?」
いや、今の言い争い見てなかったのか?
「チーター! そんなことより、早くオオカミのところに行こうと思いますよ! 絵を見たいと思いますよ」
「ああ、そうだったな」
アリツカゲラの天然発言はさておき、待ちきれないと言わんばかりのチベスナが、もと来た道を先導し始める。
オオカミ先生のイラストを見せてもらうって約束だったからな。俺も、けっこう楽しみにはしているんだよな。
というわけで、俺達は先ほど別れたオオカミ先生の部屋まで向かうのであった。
アリツさんのセリフは油断するとアニメのまんまになってしまうので地味に苦労しました。
が、チベスナのお陰でなんとかなりました(なってるのか?)。