「やあ、待ってたよ」
部屋に到着すると、オオカミ先生は既にこちらの方へ向き直って出迎えてくれていた。
アリツカゲラの案内でやってきたオオカミ先生の部屋は、彼女の言うところの『みはらし』という部屋の一つらしい。というか俺も初めて知ったのだが、部屋は一種類につき一つしかないというわけではなく、この部屋の他にも『みはらし』は幾つか存在しているとのこと。
考えてみれば当たり前の話で、旅館で言えば『松竹梅』の三種類の部屋が一つずつしかないわけがないのであった。アニメ見た時からずっとだから、前世から今の今までずっと勘違いしてたわ……思い込みって恐ろしい。
「お待たせたと思いますよ。ささ、描いた絵を見せるといいと思いますよ」
「まあまあ、ちょうど今新しい絵を描いていたところだったんだ。それを完成させてからでもいいだろう?」
「えー」
飄々とチベスナを宥めるオオカミ先生に若干不服そうなチベスナ。まぁ俺達が押しかけてる形だしそこは待とうぜ……と肩ポンして抑えつつ、俺はチベスナの肩越しにオオカミ先生の作業状態を見てみる。
オオカミ先生も別に隠しながら描いているというわけではなかったので、その絵の内容はあっさりと見ることができた。
「それは……」
「ああ、これはマンガの新作さ。これを描き上げて図書館に持って行って、はかせ達に本にしてもらうんだよ」
「本に、ですか?」
オオカミ先生の言葉に、チベスナは首を傾げる。
実際、俺もそこは気になっていたところだった。本に……というが、オオカミ先生の描いているギロギロはコマ割りこそあれど吹き出しの類は全くない。犬の足跡っぽい書き文字(?)はされているが、到底言語的なものではないし。
これでは本に
そう思っていた俺の疑問に答えるように、オオカミ先生は頷いて見せた。
「ああ。わたしは絵が描けても文字は分からないからね。はかせ達に文字を書いてもらって本にするんだよ。なんでも『ものずきなフレンズにたまに読み聞かせしてやってるのです。われわれはかしこいので』らしいね」
「うわあ、言いそうだと思いますよあの鳥」
「鳥て」
確かにいかにも博士や助手が言いそうなセリフだなぁと(アニメからの印象一〇〇%で)思ったが……。チベスナ、意外と博士達と仲良くないんかな? だからカメラの使い方とかも教えてもらってなかったりなんだろうか。
…………考えてみれば、チベスナが博士達と仲良くなれる要素がなかった。コイツ生意気だし、博士達も生意気だし、絶対すぐ喧嘩になると思うぞ。
「ははは。でもお蔭でわたしのマンガもみんなに読んでもらえるわけだからね。あの二人には感謝してもしきれないよ」
「それはまぁ……」
が、そんなチベスナも博士助手には感謝しているらしい。顔を突き合わせれば喧嘩はするが、仲が悪いというほどではないみたいだな。よかったよかった。
「さ、なんて言っている間に描きあがった。待たせたね……見せてあげよう、わたしの描いたものを……!」
そう言って、オオカミ先生は立ち上がり、今まさに書きあがった漫画原稿をこちらに持ってきてくれる。
……うーむ、なんかこっちがちょっと緊張してきた。
「おお、これが……」
「名探偵ギロギロの生原稿というわけか……」
俺とチベスナは、オオカミ先生から受け取った原稿を手に取ってじいっとその技量を観察していた。いやほんと、これすごいと思うよ。改めて見て気付いたが、これ全部鉛筆描きなのな。それなのに全然下書き感とかないし……。
「ん? チーター、よくこれがギロギロだって分かったね?」
えっ? あっ。
し、しまった! まだギロギロという名前すら教えてもらってなかったのについ! あんまりにも絵に感心しすぎててうっかり口を滑らせた!
「い、いや……何言ってんだ。自分が作家だって言ったときに描いた漫画のタイトルも一緒に話してただろ?」
「あれ、そうだったっけ?」
咄嗟にシラを切ると、オオカミ先生は首をかしげてしまった。あぶない。かなり苦しい感じだったが…………うまく煙に巻けたみたいだ。図書館に行ったこともないのにギロギロのことを知ってた理由とか、聞かれたら絶対答えられないからな。まさか『俺は転生していて前世でこの世界のことを知っていました』なんて言えるわけないし……。
「…………」
「それより、これはなんてシーンなんだ? 文字がないから、絵だけだといまいち分からん」
「ああ。今から読み聞かせてあげるよ。この場面はギロギロがセルリアンたちの根城を発見したところから始まっていてね…………」
そう言って、オオカミ先生はギロギロの内容を話し始める。
チベスナはもちろん、俺も転生してから初めて触れる『自分以外が考案したまともな創作物』に、興味津々で聞き入った。
「そしてそのとき、ギロギロの目が妖しく光って……!」
「はわわわわわ…………」
オオカミのおどろおどろしい説明に、チベスナは完全に入り込んでしまっていた。
俺も……まぁ、流石にチベスナみたいに我を忘れて──というほどではないが、それにしても意外とよくできた話づくりの工夫に、気づけば感心するやら勉強になるやらでがっつり身を乗り出して聞いてしまっていた。
ビーバーの凄さを見た時も思ったが、やっぱりこういう芸術というか工芸というか、とにかく創造的な方面において、フレンズとかヒトとかってくくりはあまり意味がないのかもしれないな。
「……とまぁ、こんな感じかな。続きはまだできてないんだ」
「ええー! すっごいいいところだったのにと思いますよ!」
「いやまぁ押しかけたのは俺達の方だからな……」
チベスナが続きを楽しみになる気持ちも分かるくらい良い出来の話だったが。
アミメキリンが探偵を目指すくらいハマってしまうのも理解できる。ただでさえ娯楽の少ないジャパリパークでこんなもんを見てしまったら、そりゃハマってしまうだろうな。
「それなら……代わりに一つ、面白い話を聞かせてあげようか?」
すると、オオカミ先生はいらずらっぽい笑みを浮かべながら、そう切り出してきた。同時に、さりげない動きで手元にスケッチブックと鉛筆を引き寄せる。
あっ、これは……。
「おお! それは是非とも聞きたいと思いますよ!」
そして案の定チベスナは乗り気だし。これはあとでどうなっても知らんぞ……。
ノリノリのチベスナに気を良くしたオオカミ先生は完全に察している俺に気付いているようで、こっちを見てウインクすると、小さく息を吸って話を始めた。
「──セルリアンには、色々な種類があってね」
「んっ?」
あっ、チベスナが風向きのおかしさを感じ始めた。
「その中でも、昔いたらしいのが『セルリアンの中のセルリアン』なんだ。このセルリアンは恐ろしくて、たくさんのセルリアンを自分の配下に従え、パーク中のフレンズを襲わせていたんだって……」
「はわわわわわ……ち、チベスナさんが求めていたのはそういうのでは……」
「さーらーに!!」
「はわわわわわわ…………」
チベスナの顔が見たことない感じになってる……。オオカミ先生じゃないが、この顔は確かに『良い顔』と言えるかもしれない。いただいた顔の絵を見て演技の参考にするのもいいな。
「この『セルリアンの中のセルリアン』は──なんと、一匹のセルリアンじゃなく、色んなセルリアンが一つに合体したものだった……らしいんだよ」
「なななななんと」
む。
「色んなセルリアンが合体しているから、石を壊しても別のセルリアンの石を壊さない限り完全に倒せない。そのことを知らずに戦うと、石を壊したあと油断した隙を突かれて食べられて……!」
「わわわわわわわわわ……」
「……確かに信憑性があるな」
ぽつり、と。
俺の口から、そんな呟きが漏れた。
「ん?」
「ちちちチーター?」
「だってそうだろ。セルリアンってのは通常、単独行動が基本だ。大量発生した場合でも連携をとることはない。だが、実際に『一体のセルリアンを頂点としたセルリアンのグループ』は存在する……」
アプリだと、確か『女王』って個体がいて、そいつの配下となるセルリアンがパークで色々悪さをしていたって話を聞くし。
だが、現実に俺が出会ったセルリアンはそんな風に徒党を組んで悪さをしていたケースは一切ない。これは何故か。……アプリ版で登場していたセルリアンは、元々すべて『女王』から分離した個体なんじゃないだろうか?
そう考えると、それを可能とする『女王』は最初から大量の『核』を持っていないと筋が通らない。その『核』はいったいどこから調達したのか? …………複数のセルリアンが融合していた、と考えるのが一番スマートだろう。
「え、えーとチーター。今のは全部冗談であってね……」
……とか考えていたのだが、そんな俺に待ったをかけるようにオオカミ先生がちょっと困り顔でそう言っていた。なんかちょっと怖がっているような感じだ。
「……あー。なんだ、冗談だったのか……」
いや嘘なのは分かっていたが、考えてみれば『テキトーに言った冗談』に真面目な信憑性を与えられたら、ちょっとビビるよな。ちょっと身近な危機だったので真面目に考えすぎてしまった。
いや、実際アニメで出てきた黒セルリアンとか、下手したらほかのセルリアンを吸収して巨大化~みたいなこともやってくる可能性あるんじゃね? みたいな連想をしてしまって、ちょっと危機感を煽られてしまった。
「じょ、冗談だったなんてチベスナさんは最初から分かっていたと思いますよ。ち、チーターは分からなかったようですけど」
「チベスナのいい顔はいただいておいたよ」
チベスナがオオカミ先生に飛びかかっているが、それはともかくとして。
「…………しかし、オオカミ先生のほら話のネタってどっから出てきてんだろうな?」
そんな、どうでもいいことに思いを馳せる俺なのであった。
いやマジで、あれだけ多彩なほら話よく思いつくよな……。
タイトルはギロギロのことではありません。