畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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ゆきやまちほー
八四話:肌刺す鋭い凍風


「……あ」

 

 しばし一面の銀世界にハイテンションモードだったチベスナだが、一通り雪やこんこして雪面に自分のデスマスク(?)を量産したところで、思い出したように俺の方へと振り返ってきた。

 

「そういえばチーター、大丈夫だと思いますよ? この先はゆき()()ちほーですし、こうざんみたいな感じになるのでは……」

「そこのところは、ぶっちゃけ心配いらん!」

 

 言いながら、俺はソリから飛び上がり、広々とした雪原の上に着地する。

 その装いは──おそらく、常の俺を知るチベスナから見れば異質そのものだっただろう。なぜながら今の俺は、腰にタオル、首にタオル、肩にもタオル──まるで外套か何かのようにタオルを合体させて纏っているのだから。

 

「チーター、それは……?」

「雪山地方はな……確かに『山』ではあるが、()山ではないんだよ」

 

 首をかしげるチベスナに、俺はそう答えた。

 思い返してみるといい。高山地帯ではかばんもサーバルもバスを使わずに山を登っていたが──確か、雪山地方ではバスを使っていたではないか。

 ……あれ? 使ってたっけ? 確かアニメだと徒歩だったような……でもまぁ、雪山地方を抜けてもバスに乗ってたってことは雪山地方越えにバスが通れないような場所がないってことだし、徒歩で移動してた場所も寒さでやられてるサーバルとかばんがいけたんだし、俺がいけないってこともないだろう。

 つまり、道の険しさ自体はそこまでではない! ということになる。

 まぁ、山道だし平地よりは疲れると思うけどな。

 

 では何が問題かといえば──雪! 風! 寒さ! である。

 俺は確かにフレンズで、おそらく普通のヒトよりは寒さに強いと思われる。だが──同時に()()()()フレンズである俺は、野晒しで夜の寒さ上等なフレンズよりも寒さ耐性が低い。

 これは別に恥ずべきことじゃあない。文明的であるということはあらゆる方面で優れているってことじゃないからな。むしろ寒さに慣れちゃだめだ。不自由に慣れてしまっては生活はどんどん原始的になってしまうからな。

 

 ……話がそれた。で、その寒さに対して俺が導き出した回答──それが、タオルの重ね着であった。

 あれだけ雪山地方の気候を警戒していた俺が『まぁ雪山地方入ったら防寒着とか売ってるでしょ』みたいなあっさり楽観視のもとにこの地方へと足を踏み入れた理由も、ここにある。

 ぶっちゃけ、コートはあれば大層助かったが、最悪なくてもよかったのである。なぜなら、タオルがあるから。タオルがあれば最低限寒さに凍えてダウンするようなこともないだろうしな。

 

 確かに俺の今の恰好、ミニスカートでめちゃくちゃ寒いが、ドレスグローブにサイハイソックスもあるから、実質外部から露出してるのって太ももと首から上だけなんだよ。だからタオルで腰回りを温めて、ついでに首から肩にかけてを温めれば、それだけでだいぶ違うはず──と考えたわけだ。

 

「おお、チーターが自信満々だと思いますよ……大丈夫なのですか?」

「チベスナ、俺は学習するんだ」

 

 そう、俺の前世はヒト。

 ヒトは、決してすぐれた身体能力を持つ生き物ではなかった。体毛だって獣ほどあるわけではないし、むしろツルッツルのハゲザルである。だが、だからこそ──ヒトは学んだ。

 寒さという試練を学習し、それを乗り越える叡智を生み出したのだ。

 であれば、ヒトの前世を持つ文明的なフレンズとして──寒さという試練を学習し、それを乗り越える叡智を生み出すことなど造作もないのである!!

 

「フフフ……ハハハ! アーッハッハッハッハ!!」

「なんだかんだ休んでるうちに元気になったみたいで何よりだと思いますよ」

 

の の の の の の

 

ゆきやまちほー

 

八四話:肌刺す鋭い凍風

 

の の の の の の

 

「しゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃぶい…………」

 

 それから一時間弱。

 俺はソリの中で丸くなって寒さに震えていた。

 

「チーター、速攻で元気なくなったと思いますよ」

 

 ソリを曳くチベスナの呆れ声が聞こえてくる。が……俺としても、この事態はさすがに計算外だった。

 タオルによって完全防備を固めるという俺の目的は──まぁ、けっこうそこそこな成果を得ることができた。

 そもそもヒトよりも寒さ耐性のあるフレンズの身体である。タオルを被る程度でも十分寒さは和らぐし、歩いていれば身体も暖かくなるので余計に寒さも気にならなくなっていた。

 だが……俺はタオルのもう一つの特性を考慮に入れていなかった。

 その特性とは────『吸水性』。

 雪山地方には、雪が積もっている。今歩いている状態だと晴れているのだが、にしたって周りには雪だらけ。そしてその雪がもともと何だったかといえば──水である。

 

「こ、こんなはずでは……」

 

 俺はタオルの山に身体を突っ込みながら、茫然とそう呟く。

 

 端的に言って、タオルが水を吸った。

 んで、その吸った水が…………あまりの冷たさに、凍った。

 そうなってしまうともはや俺は防寒着を身にまとっているのではなく、雪の塊を体にへばりつかせているのと同じになるわけで……急速に体温が奪われた俺は、こうしてぶるぶる震えながらソリの中でダウンしていたのである。

 いや……マジで誤算だった。まぁ確かにヒトがタオル被ってもダメなことはわかってたけど、フレンズなら平気かなって思ってた……。

 

「まったく、チーターはほんとにダメダメだと思いますよ。チベスナさんのことをもう少し見習うべきでは?」

「毛皮貸してくれたら見習う」

「なっ!? なんて恐ろしいことを思いつくんだと思いますよ!? そんなこと絶対しないと思いますよ!」

「えー……」

 

 わりとマジでチベスナのブレザーと首元のもこもこがうらやましいんだが……。あの服、増殖できたりしないかな。脱いだあと放置してたら自然と生えてきたり……しないか。

 

「それで、この先はどうすると思いますよ?」

「んーと……この先には登山コースがあって、その先に温泉宿があるんだが……」

「おんせんやど?」

「あったかい湖に入れるホテル」

「ほぉー……行ってみたいと思いますよ!」

 

 ただ、このまま行くとちょっと問題があるんだよな……。

 

「そっちに防寒着を売ってるか分かんないんだ」

 

 そう。防寒着の問題である。

 

「まさかこのままチベスナのソリの中でぬくぬくしてるわけにもいかないし。早いとこ防寒着を買いたいんだけども……んー、一応この近くにスキー場はあるんだな……」

 

 地図を確認してみると、スキー場があってそこで色々スキー用品も買えそうな場所を発見した。おそらくそこにスキーウェアみたいなノリで防寒着もあるんだろうが……温泉宿と若干方向が違うんだよなぁ。

 

「どうする? チベスナ。温泉宿を後回しにしてスキー場を目指すか、防寒着を後回しにして温泉宿に行くか」

 

 どのみち俺は新たな装備を手に入れるまでソリからは出ないという固い決意を持っているので、実際ににソリを曳く役割のチベスナに意見を聞いてみる。するとチベスナは割合あっさりと、

 

「じゃあ温泉宿に行こうと思いますよ」

 

 と言った。

 

「……いいのか? 防寒着がなかったら俺、またソリの中に逆戻りだけど」

「別にいいと思いますよ。寒いのは仕方ないですし……チベスナさんは平気だから、ここはむーびーすたーとしてひと毛皮脱ぐときだと思いますよ」

「おぉ……!」

 

 その言葉に、俺はガラにもなく感動していた。

 あのチベスナが……恩着せがましいことにかけてはこの島で右に出るものがいないであろうあのチベスナが、『困ったときは助け合い』という趣旨のセリフを言ってのけるとは。ひと毛皮脱ぐっていうのはよくわからないし脱げるなら物理的に脱いで俺に貸してほしいのだが、そこはそれ。チベスナの厚意が、今は何よりも温かい……。

 

「その代わり、このちほーを越えたらチーターがチベスナさんの乗ったソリを引っ張る役をやるといいと思いますよ」

「ああ、いいよいいよ。そのくらい全然! 任せておけ!」

 

 嬉しくなった俺は、チベスナの交換条件も喜んで引き受けた。いやあ、あのポンコツがこんな……。変わってないように見えて、チベスナも少しずつ成長してるんだな。俺はなんだか親心みたいな気持ちを覚えたのだった。

 

 で、そんなことを考えていた俺は……そして感動していて気付かなかったが単に調子こいていただけのチベスナも、気付いていなかった。

 そもそも体力のない俺が、慣れない地方を終えた後にすぐにチベスナを載せてソリを曳いたらどうなってしまうのか、ということを……。

 その過ちに俺たちが気付くのは、もう少しあとのこと。

 

の の の の の の

 

「あ、何かあったと思いますよ」

 

 ずりずりと雪原を進んでいくと、白い笠を被ったような針葉樹林の手前に『登山コース』と刻まれた立て看板を発見した。

 ずりずりとそこに近寄ったチベスナは、溝の中に雪が積もった立て看板をじっと見て、

 

「……なんとか…………こーす? と思いますよ」

「登山コースな」

 

 さすがに漢字は読めないチベスナに、俺はソリの上から身を乗り出して補足する。……うっ! さむさむ。

 

「とざん? ああ……やまのぼりのことだと思いますよ?」

「そうそう。よく知ってたな」

「こうざんにいたときにたまにフレンズが言ってたのを聞いてたと思いますよ」

 

 へー。登山ってけっこう難しい言葉だと思うが、まだ使うフレンズいたんだな。まぁオオカミ先生みたいなフレンズもいるわけだし、別段意外なことでもないが。

 

「えーと、地図を見た感じ、この登山ルートを進んで途中で降りる方向の道へ行くと温泉宿があるっぽい」

「おお! つまりずいぶん近いってことだと思いますよ!?」

「それでもそこそこ歩くけどな……」

 

 地図見た感じ、ソリを曳く前提で考えると一時間くらいかかりそうだ。…………あ、そういえば雪山地方だとかばんとサーバル遭難してなかったっけ? してた……してなかった? してた……ような気がする。

 あ、そうだしてたわ。確かアバンで思いっきり凍死しそうな展開が生えてきて当時めっちゃビビった記憶あるし。確かかまくら作ってどうにかしたんだっけ。

 っていうかそうでなくても、常識として雪山の天気は変わりやすいからな……。チベスナがソリを曳いてる間、俺がそういうことを気にかけないと。……気にかけてどうするんだ? ヤバくなったらかまくら作ればいいか……。でもそうするとソリが入るようなかまくらは俺には作れないだろうし、たぶん吹雪にやられてタオルが全滅するなぁ……いやだなぁ……。

 

「チーター、どうしたんだと思いますよ?」

 

 でも、かといって回り道をして温泉宿に行ったら(俺が凍え)死ぬほど回り道だし……。仕方ないか。ここはイチかバチかだ。

 

「いや、なんでもない! さあ、いざ行かん温泉宿へ!」

「おー! と思いますよ!」




順調にフラグを立てています。

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