畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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八五話:白塊飛び交う凍戦場

 道中、俺としてはかなり楽ちんであった。

 というのも当然といえば当然だ。何せチベスナのソリの上で寝っ転がってるだけだからな。

 最初の方こそ凍り付いたタオルに体温を奪われた後遺症でかなり寒かったが、凍り付いたタオルを取っ払って普通のタオルの中で体を暖めていれば、すぐにぬくぬくしていくわけで。そのうえ動く必要もないのでごろごろしながら体力の回復に努めることができた俺は、登山コースに入ってからしばらくしたころにはもうすっかり平常時の体力を取り戻していた。

 ただ、いかにフレンズといえど、エネルギー保存則から逃れられるわけではない。動けば疲れるのだ。この場合、労せず移動し体力の回復までできた裏側には──相応の疲労を抱えた人物がいる。

 

「はぇあー、疲れたと思いますよー」

 

 雪におおわれた坂道がなだらかになり少し開けたところに出たあたりで、チベスナはそう言いながら足を止めた。

 悪路に強いチベスナといえど、寝っ転がった俺+αを引っ張りながら登山道を歩き続けるのは疲れることだろう。俺はソリから降りて、

 

「お疲れ、チベスナ。休憩にしようか」

 

 とチベスナの労をねぎらった。

 

「そうすると思いますよー」

 

 チベスナの方はよほど疲れているらしく、普段なら俺に対し三回くらいは恩着せがましい発言をしてくるであろうところで素直に頷いて雪の上に座り込んだ。……どうでもいいが、この冷たいカーペットの上にじかで座れるって凄いよな。俺絶対無理だわ。

 

「本当にお疲れ様。まぁあんまりゆっくりもできないんだが……それでもしっかり休んだほうがいいわな」

「チーター、何そんなに急いでるんだと思いますよ? 心配しなくても日が暮れるまでにはやどにはつくのでは?」

「うーん、順調にいけばな……」

 

 言いながら、俺は冷たいのを我慢して雪を掬い、山のように固めていく。

 

 これは別に遊んでいるわけじゃない。一種の『予行演習』みたいなものである。

 というのも、さっきもちらっと考えていたが雪山の天気というのは変わりやすいのである。ただでさえ俺がソリに乗っていたせいでペースが遅いのだから、今晴れていたとしてもいつ吹雪が始まるか分かったものじゃない。

 さりとてこのあたりに吹雪をしのげるような建物はない。ならばこそ、こうして『吹雪が起きたときに隠れられる場所』を作る練習をする必要がある──というわけだ。これ、かなり死活問題である。特に俺。

 

「チーター? 何を面白そうなことをしてるんだと思いますよ? そういうのはちゃんとチベスナさんにも説明するべきだと思いますよ!」

「かまくら作ってんだよ」

 

 つまり、かまくら。

 

 雪があれば無限に作れて、中に入ることで風や雪から逃れられて暖をとれるという優れもの。

 ただ、前世は雪で遊んだこととか数えるほどしかないし、大人になってからは当然一度も雪でハシャいだことなんかない。そんな体たらくではいざってときに本番で失敗してしまうかもしれないので、ここで予行演習しようというわけなのだ。

 分かったかチベスナ? こっちは遊びでかまくらやってんじゃねぇんだよ。……遊びでかまくらやってんじゃねぇってどういう心境から出てくる言葉なんだよとちょっと思ってしまった。

 

「かまくら……この間砂浜で作ったああいうのだと思いますよ?」

「近いな。でもこっちは外を綺麗に作るというよりは、中を綺麗につくるって感じかな」

「はぁ」

 

 チベスナは要領を得ない様子だったが……しかし、そっちのほうにかまっている暇はない。周囲に無限にあるのではないかと思うくらい積もっている雪をかき集め、山に盛っては押し固めを繰り返す。手はほんのりかじかんできたものの、それでもフレンズの膂力は凄まじく、みるみるうちに一メートル程度の雪の山を築き上げることができた。

 

「んで、この中を掘って中に入れるようにするんだよ。それが『かまくら』」

「ほー! 面白そうだと思いますよ。それでそのあとどうすると思いますよ?」

「中に入るだけだが」

「えー……」

 

 チベスナ的にはどうやら中に入るだけのものは面白くなかったらしい。やっぱ作りこみの余地とかないといやなんだろうか。コイツ微妙に凝り性だしなぁ……。

 

「もっとこう、えんたーていめんと性を出せないと思いますよ? ただ雪を固めて穴掘っただけじゃ面白くないと思いますよ」

「いやこれ、緊急避難用だしな」

 

 そういえばチベスナにかまくらを作る理由とか説明してなかったわ。

 

「雪山の天気って変わりやすいからさ。吹雪になったときに隠れるためのものだから、そこまで外に凝ったりできないんだよ」

「ふぶきって何だと思いますよ?」

「あー……大雨の雪バージョンみたいなの」

 

 そう説明すると、チベスナは一瞬ぽかんとした表情を浮かべて、

 

「あっはっは! チーター、それは心配しすぎだと思いますよ。こうざんでもこんなに晴れた日に大雨が降ったことは一度もなかったと思いますよ!」

「いや山……いや雪山の天気は変わりやすいんだって」

「大丈夫ですってチーター。こうざん生まれのチベスナさんが言ってるんだから問題なしだと思いますよ」

「ここ雪山地方だっつってんだろ」

 

 そう言うと思ってわざわざ雪山って言いなおしたのになんでそれでもなお自信満々なんだよお前。ここがホームだとでも思ってるのか?

 

「えー。チーターは心配しすぎだと思いますよー。そんなに寒いの怖いと思いますよー?」

「……、……怖いとか怖くないとかじゃなくてだな……」

「うぷぷー。怖いんだと思いますよー」

 

 …………、……こ、このクソ野郎……!

 いや! 我慢、我慢だ。こいつはただ退屈だから俺を煽って構ってもらおうとしているだけ。ここでかまくら作りを放棄して攻撃しにいったりしたらチベスナの思うつぼどころか、俺の目的であるかまくらの予行演習すらできなくなってしまう。

 落ち着いて、落ち着いて……。

 

「お? これってこうやって握ると固くなると思いますよ? チーターがやってたのはそういうことだったんですね」

 

 落ち着いて、落ち着いて……。

 

「えいっ」

 

 ぼすっ。

 

「………………」

 

 俺の頭に、軽い衝撃とひんやりとした感触が緩やかに広がっていく。

 多分、チベスナの投げた雪の塊が俺の頭に着弾した感覚だった。

 

「あっ、ミスったと思いますよ。ごめんなさいと思いますよ」

「………………………………」

 

 俺はかまくらを作る手を止めて、ゆっくりと立ち上がり、そしてチベスナの方へと振り返る。

 

「……チーター? 今のはわざとじゃないと思いますよ? 間違って手が滑って、」

「いい度胸してんなぁ、お前」

 

 そして、決戦の幕が上がった。

 

の の の の の の

 

ゆきやまちほー

 

八五話:白塊飛び交う凍戦場

 

の の の の の の

 

「にゃああああああ! チーターやりすぎだと思いますよー!!」

 

 雪玉の嵐の中で、チベスナはかろうじて作ったらしい雪の壁の陰に隠れて叫んでいた。

 俺の足元には無数の雪玉があり、俺はその雪玉をチーターの高速移動で以て際限なく投げ続けている。チベスナは最初何発か被弾しつつもなんとか雪の壁を作り、そこでやり過ごしているつもりのようだが……俺の手元にはかまくらをバラバラに粉砕して作った大量の雪玉があるのだ。チャチな雪の壁など真正面から破壊してくれるわ。

 

 これは──合戦である。

 

 雪を用いた、誇りをかけた合戦。即ち雪合戦。誇りをかけて戦っている以上、相手が降伏するまで攻撃の手を止めるわけにはいかないのだ。断じてチベスナの調子に乗りっぷりが我慢の限界を超えたから泣きが入るまでいじめてやろうとかそういうわけではない。

 

「おら! おら!! どうしたポンコツアホギツネ! これが吹雪だ! かまくらは大事だろ! ええ!?」

「ひい! こんなの雪の壁があれば十分だと思いますよ!」

「まだ言うか!」

 

 往生際の悪いチベスナに業を煮やしてさらなる雪玉を投擲しまくろうとしたところで……ふと、俺は雪玉の残弾がだいぶ少なくなっていることに気づいた。チッ……削り切れなかったか。このまま投げ続けて本格的に残弾が切れるとチベスナに反撃の機会を与えてしまう。それはまずい……ということで、俺は一計を案じることにした。

 

「しぶとい奴め……玉が切れたか」

 

 そう言って、俺は雪玉を投げる手を止める。同時に、雪玉の山を足で蹴った。ころころと雪玉が転がるが、まぁそれだけだ。ただそれだけのことでしかない。

 ただ、チベスナはフレンズであり、その聴力は人間のそれをはるかに超えている。

 要するに、

 

「う、嘘だと思いますよ! 今雪玉が転がる音が聞こえたと思いますよ! そうやってチベスナさんをだまして、油断して顔を出したところを狙い撃ち作戦ですね! チベスナさんの眼はごまかせないと思いますよ!!」

「…………チッ」

「ほら! ほら!!」

 

 そう言って、チベスナはより一層雪の壁から出る気をなくしたようだった。

 

「……ふっふっふ。それにどうですか。やっぱり吹雪が来たって雪の壁に隠れてれば全然危なくないと思いますよ! チーターの心配しすぎが証明されてしまったと思いますよ?」

「おーおー言ってくれるじゃねぇか」

 

 んで、チベスナが慌てた自分の気持ちを落ち着けるために長々とくっちゃべってくれてたおかげで俺も準備が終わったんだが。

 

 ──雪合戦。それは、雪の玉を相手に投げてぶつける遊びである。

 なぜ今の形にルールが設定されたのか。本当のところは多分誰にも分らないが──俺はおそらく、『手軽さ』と『安全性』に理由があると思っている。手のひらサイズの雪玉なら簡単に作れるし、ぶつけてもあんまり痛くないというわけだ(いや、ぎちぎちに固めたのを全力で投げたらそれはそれは痛いと思うが)。

 しかしこれは、あくまで()()()設定したルールにすぎない。

 たとえばフレンズが設定したルールの雪合戦であれば────。

 

「本物の吹雪は、そんなもんじゃどうにもならないがなぁ!」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()を投げつけるのも、当然セーフ!!

 そういうわけでフレンズたる俺の膂力によって投擲された巨大な雪玉は、雪の壁に隠れることばかりを意識して他への注意を怠っていたチベスナの頭上へふわりとした軌道で落下していき、

 

「ぎゃあ!!」

 

 そのまま、五行山の下敷きになった孫悟空よろしく巨大雪玉に押しつぶされた。

 俺はそんな哀れな孫悟空のもとへと歩み寄って、トドメを刺すみたいにこう言ってやった。

 

「分かったかねチベスナくん。こういう理不尽な雪の暴力に勝つためにも、かまくらは必要なのだよ」

「かまくら、意外とエキサイティングだったと思いますよ……」

 

 こうして俺は、チベスナにかまくらの重要性を伝えることに成功した。

 ちなみに途中まで作っていたかまくらは全部投げつくしたので、作成作業は最初からになった。




チーターはチベスナの理解を得ることができ、チベスナはチーターに構ってもらうことができ、お互いにウィンウィンの雪合戦でした。

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