畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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八七話:雪辺の陰打払う黒狐

「ふー……雪ももう止んできたか?」

 

 外の音に耳を澄ませていた俺は、そう言って入り口近くに積んでおいた雪をかき分けるべく手を突っ込んだ。

 というのも、ソリが入るくらい入り口を大きくした弊害か、吹雪がかまくらの中に入ってきてしまうという不具合があったため、チベスナのリクエストで入り口をふさいでおいたのだ。真っ暗闇になってしまったがまぁそこは懐中電灯という文明の利器があるので問題なかった。なんだかんだ、ソリの中に二人して入ってたから寒さはそこまで感じなかったしな。

 

「確かに、もう音はしないと思いますよ」

「んじゃ、掘るぞー……」

 

 言いながら、俺は雪をかき分ける。

 そして雪をかき分けて見た外の景色は──先ほどまでの吹雪が嘘のような、青々とした空だった。

 むろん、雪はこれでもかというくらい積もってるけどな。

 

「チーター、どうだと思いますよ?」

「ん、問題ないな。吹雪は止んでる。また天気が変わる前にとっとと行こう」

 

 そう言って、俺は入り口をふさいでおいた雪山を蹴り払い、かき分けながらかまくらを出る。『あとちょっとだと思いますよー!』なんて言いながらソリを曳くチベスナがそれに続き、俺たちはようやっと青空の下へ戻ってくることができた。

 

「時間は……二時間か。だいぶロスしちまったな」

「別に先を急ぐ旅でもないですし、ちょっとくらい遅れてもいいと思いますよー」

 

 ソリから時計を引っ張ってきて確認した俺のぼやきに、チベスナの能天気な答えが返ってくる。まぁ確かに、どうせあと一〇分もしたら到着するような場所にいるわけだし、旅を急ぐという観点から言えば二時間のロスくらい何の問題でもない。

 ……だが、チベスナはひとつ忘れている。

 

「遅れた分、一日目の宿での探索時間も短くなるからな……。中途半端なところで切り上げようとしたらお前、文句言うだろ」

 

 そう。これから俺たちが行く場所は、今まで体験したことのないパークの施設なのだ。そう考えると、チベスナはおそらく目をキラキラと輝かせながら温泉探索をしたがるだろうし、そうこうしているうちに夜になったし寝るぞと言ってもたぶんすごく不満げにすると思う。

 俺はそういうの明日に回せばいいじゃん……と思うのだが、まぁチベスナはそうもいかないんだよな。

 

「そ、そんなことないと思いますよ?」

 

 と、そんな理解も込めて言ったのだが、当のチベスナはそう返してくるだけだった。意地張ってら。

 

「そーかそーか。それなら俺も楽でいいんだけどなー」

「というか、チーターの夜目があんまりきかないのがダメだと思いますよ! もっと夜目をきかせるべきだと思いますよ!」

「無茶言うな」

 

 ほんとに無茶言うな。

 

の の の の の の

 

ゆきやまちほー

 

八七話:雪辺の陰打払う黒狐

 

の の の の の の

 

「……お?」

 

 で、そんなバカ話をしつつ歩くこと一〇分ほど。

 山道を降りきって平坦な道が続いていたその先に、和風の建築物を発見した。まぁ言うまでもないが、温泉宿である。

 いやーしかし……こうして見るとけっこう年季が入ってるな。そもそも屋根の上とか垣根(?)みたいなのにもめっちゃ雪が積もってるし、雪かきとかしてないんだろうか。

 なんか勝手なイメージでギンギツネは雪かきとかやってそうなイメージあったけど、まぁやってないってこともあるか。フレンズだもんなー……。

 

「チーター、ここが今日のやどだと思いますよ?」

「ああ。フレンズがいるかもしれないから、いたら挨拶しようか」

 

 まぁギンギツネとキタキツネがいることは分かってるんだが……と思いつつチベスナに声をかけていると、

 

「あら? アナタたちは……見ない顔ね? どこから来たの?」

 

 音を聞きつけたのか、宿の中から暖簾をくぐって、一人の少女が現れた。

 毛先の黒い灰色の長髪をした、狐耳の少女だ。纏っている濃紺のブレザーはどこかオオカミ先生を彷彿とさせるが、全体的な印象はどちらかというとチベスナ寄りって感じだ。このへんはさすがにキツネって感じだな。

 フレンズの名前は──ギンギツネ。

 

「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナ! こっちはかんとくのチーターだと思いますよ」

「監督じゃないが。……俺たちはへいげんちほーから来たんだ。旅をしてるんだよ」

 

 と答えると、ギンギツネは驚いたような表情を浮かべていた。

 

「旅を? 珍しいわね……。わたしはギンギツネ。この温泉宿に住んでいるのよ。中にもう一人フレンズがいるんだけど……」

「紹介してくれるのか?」

「んー……ちょっと今はねー。取り込み中だから、悪いけど見つけたらそっとしておいてほしいの。あ、ここで休憩するっていうなら歓迎よ! 使ってない部屋もたくさんあるの」

「おー、ありがとうと思いますよ」

 

 ギンギツネはそう話しながら、俺たちを宿の中まで案内してくれる。

 宿の中──ロビーのようなところに入ると、もう水の音が聞こえてきた。ちょろちょろという音は、わりと近い。壁で一応仕切られているようだが、本当に壁一枚隔てた先に温泉があるらしい。

 

「ここはね、おんせんって言って、温かい水に入って休憩できるのよ」

「おおー……。……あれ? おんせんって、温かい湖に入れるところなのでは?」

「まぁ温かい湖でも別にいいんだけど……」

 

 前に温泉について解説したからか、どーでもいいところに引っかかって首をかしげるチベスナに、ギンギツネは苦笑しながら案内を続ける。

 そういえばギンギツネの語り口、なんとも知性を感じさせるなぁ……。やっぱ普段から天然なキタキツネと一緒に過ごしているから、常識的なものが身についているのだろうか。

 コツコツと、石の地面を革靴が叩く音を聞きながら進んでいくと、やがて朱色の絨毯が敷き詰められた廊下に出た。この温泉宿は平屋らしく、二階へ続く階段のようなものは存在していない。部屋数もそこまで多くはないようだが、まぁそもそもジャパリパークに宿泊目的で来るような客はだいたいロッジに行くだろうし、此処の役目はメインが温泉レジャーで、宿泊自体は危急の時(主に吹雪とか吹雪とか吹雪)の緊急避難程度だったんだろうな。

 

「……というか、よくおんせんのことを知ってたわね? へいげんちほーにもおんせんってあるの?」

「いや、ないと思いますよ。チーターが知ってたんだと思いますよ」

「へぇ……物知りなのね、アナタ」

「ま、まぁな」

 

 なんで知ってるの? とか聞かれると面倒なので、俺は言葉を濁しながら歩いていく。

 

「そういえばここ、なんだかへいげんちほーのライオンの城みたいだと思いますよ」

「確かに。和風だなー」

 

 まぁ温泉宿といえば和風だと思うので、別にそこの符合に意味はないと思うけどな。

 なんてことをくっちゃべりながら歩いていると、ふと廊下の隅の方からガチャガチャという音が聞こえてきた。

 

「……? ああ、もしかしてあれが?」

「ええ。キタキツネよ」

 

 察して横を歩いているギンギツネに問いかけてみると、ギンギツネは気持ち肩を落としながら答えた。確か、ゲームに熱中してるからそっとしておいてあげてほしいんだったか。なんかアニメのときよりも消極的なような気がするけど、これからだんだんギンギツネの鬱憤がたまっていって口うるさくなったりするみたいな流れがあるのかもしれないな。

 

「恥ずかしい話なんだけどね、あそこで遊べることを知ったら、ずっと入り浸るようになっちゃって……。ちょっとは外に出ないと身体によくないと思うんだけど」

「ずっとあそこにいると思いますよ? じゃぱりまんは?」

「ボスが持ってきてくれちゃうのよね……」

 

 あー……なるほど。確かにラッキーはそういうサポートとか無駄に手厚そうだ。ゲームやるのもフレンズの自由だと認識しているなら、下手に干渉するわけにもいかんしな……。

 でもまぁ、ギンギツネ的には一緒だった相方が急につれなくなってるわけで、あんまりおもしろくないよな。

 

「ギンギツネは一緒に遊ばないと思いますよ?」

「わたしは……あんまりうまくできなかったから。すぐ負けちゃうのよ! あれ卑怯だと思わない!?」

「思わないって言われても、俺らは見たこともないしな……」

 

 あー……キタキツネの方がセンスあるのか。それでギンギツネは勝てなくて面白くなくなって……みたいな感じか。

 これはいかんなぁ……。こうやってゲーム嫌いが生まれていくのか。まぁこの先に続く未来がアニメのアレだとしたらほのぼのしてるし別にいいんじゃねと思わないでもないが、それはさておき、なんか協力できそうならやりたいな。

 

「まあ、そこはいいのよ。じゃあ空いてる部屋に案内するわね」

「おう」

 

 とはいえ、すぐに『それじゃあよくない! なんとか俺たちが間を取り持つよ!』とか言うのもそれはそれで大袈裟な気もするので、その場は軽く流して座敷に案内されることに。

 

「ここが空いてる部屋ね。けっこう広いから、のんびり使ってちょうだい」

「おおー……! ますますライオンのお城みたいだと思いますよ」

「さっきからライオンって言ってるけど、やっぱりへいげんちほーにもおんせんやどがあるの?」

「こういう座敷的なのがあるんだよ」

 

 首をかしげるギンギツネに、俺が補足を入れておく。

 

「まあ……こういう和風な趣のする施設は平原地方と雪山地方のほかには見たことないから、珍しいのは確かだな。そういえばロッジ地帯でも和風コンセプトの施設は見なかったな……。やっぱ此処とコンセプト的に競合するからか?」

「チーター」

「ロッジでこういう感じの施設見なかったよな。不思議」

「確かに見なかったと思いますよ! 不思議!」

 

 ……俺の言葉選びが悪いんだろうか? 最近ちょっと自信がなくなってきた。

 

「そうなの? ほかのちほーにはどんなものがあるのか、わたし気になるわ。しんりんちほーとみずべちほーには行ったことあるけど、ほかのちほーには行ったことないのよ」

「ふふん! チベスナさんは既にほとんどのちほーに行ったことがあると思いますよ! みずべちほーには行ったことありませんが……」

「んじゃ、せっかく座敷についたことだし、それぞれの知ってる地方について四方山話といくか」

 

 俺がそう言うと、二人は首を傾げながらこう返した。

 

「よもやまばなし?」

「チーター」

 

 ………………。

 ……そういえば四方山話の正確な意味ってなんだ? 俺もよく分からんぞ……。




四方山話、皆さんは正確な意味を答えられますか?

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