畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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ちなみに正解は「いろんな話題の話」です。


八八話:電子の陽浴びる白狐

「四方山話というのはだな……まぁなんというか、とりとめのない話というか……」

 

 そう言いながらチベスナの表情を伺ってみるが、どうやら『とりとめのない』ではいまいち意味がよく分かってないらしい。うーん……何となくざっくりと『雑談』って感じで使ってたけど、実際俺も四方山話の意味って正確に知らないんだよな。どう表現したらいいだろうか……。

 

「あー、あれだよ、あれ」

「チーター、さすがのチベスナさんでもあれでは意味が分からないと思いますよ」

「さすがのチベスナさんなら四方山話の時点で意味を理解してくれよ」

 

 ぐぬぬ……となっているチベスナをよそに、ちょっと考えてみるが……やっぱいい表現は思い浮かばない。もう『雑談』でいいか。ざっくりとはいえなんとなく意味は分かるだろ。

 

「簡単に言うと、雑談だな。フリージャンルの」

「ざつだん」

「なるほど、そういうことだったのね。初めて聞く言葉だから戸惑っちゃったわ」

 

 俺もまさか話し始める前の段階でここまで躓くとは思ってなかったよ。

 

「さすがにいろんなちほーを旅していただけのことはあるわね。わたしが聞いたこともない言葉だったわ。これは面白い話が聞けそうね!」

「ハードル上げんのやめてくれないかな?」

 

 そんな面白い話できないからね。俺としてはチベスナのポンコツエピソードを話せばわりとウケるとは思ってるが、フレンズにとってはいち個人のポンコツエピソードを笑うという感性はないだろうからなぁ。

 自分が見たわくわくする環境や現象について説明するのが一番フレンズウケがいいと思うのだが、俺はそういうのをきっちり話すのあんまり得意じゃないから……。オオカミ先生ならそういう話めっちゃうまいと思うけど。

 

「では、チベスナさんが話してあげようと思いますよ! えーとまずはチベスナさんとチーターの出会いから! あれは……風の強い日のことだったと思いますよ……きょーふーがであいのよかんを……」

「しょっぱなから脚色してんじゃねぇよ」

 

 あー……。

 これは俺がチベスナの脚色をいちいち訂正しなくちゃならないという、一番めんどくさいパターンだな?

 

の の の の の の

 

ゆきやまちほー

 

八八話:電子の陽浴びる白狐

 

の の の の の の

 

「……という感じで、吹雪を乗り越えてこの温泉宿にたどり着いたわけだ」

 

 結局、途中からチベスナの曖昧な記憶とか誇張脚色とかを訂正するのが面倒になった俺は、自分から語り部の役目をチベスナから奪い取って四方山話を完遂させていた。

 いやだってしょうがないじゃないか。チベスナ、たまに全く違う話しだすし、あわよくば俺と出会う前の映画館での武勇伝(たぶん脚色してる)を話そうとするし……。

 まぁ、そんな感じでぐだぐだな四方山話だったが、どうやらギンギツネの方はそれでも楽しんでくれたらしい。

 

「興味深い話だったわ! でも、ここに来るまで吹雪に遭ったって、それは大変よね。かまくら……? がどんなものなのか分からないけど、アナタたちやっぱり物知りなのね」

「えへんと思いますよ」

「お前が威張ることじゃないが……」

 

 まぁ普通のフレンズより物知りってところは事実だと思うが。

 

「じゃあ、次はギンギツネの番だな。水辺地方と森林地方の話をしてくれよ」

「ん、あ……でもその前に、そろそろキタキツネを呼ばないと。もうそろそろボスがジャパリまんを用意してくれてる頃だろうし」

「あー、もうそんな頃合いか?」

 

 ソリから持ち出しておいた(ソリはロビー的な場所に置いておいた)時計を確認してみると、もう一時間近くも話し込んでいたらしい。時刻は六時。フレンズ基準でいえばかなり遅い時間である。

 そろそろラッキーはキタキツネのところへジャパリまんを運んでいる頃だろうということで、キタキツネのいるところまで向かうことに。

 

「で、着いたわけだが……」

 

 俺達が着いた先にあったのは、なんともノスタルジーを掻き立てられるゲームコーナーだった。なんともこじんまりとしているが、まぁ観光客が来て楽しめる程度の広さはあるようだ。

 

「ここは……あーけーどで見たことがあると思いますよ?」

 

 きょろきょろとあたりを見渡しながら、チベスナが言う。確かにアーケードにもあったような筐体がいくつかあるな。

 

「クレーンゲームはなさそうだが」

「残念だと思いますよ‪……‬」

 

 チベスナは肩を落として言うが、俺的にはなくてよかった。あったらチベスナが挑戦したがるのは目に見えてるからな。またアーケードみたいなことになられでもしたら敵わない。まぁ、流石にチベスナも学習してるからもうそんなことにはならないと思うが。

 で、さらに奥を見ていくと、筐体の一つにかじりつくようにしている一人の少女が目にとまった。

 

 前髪のごく先端だけが茶色がかった、金髪の少女。

 オレンジ色のブレザーとミニスカートは現実では有り得ない色合いだが、何故か全体に不思議な調和を齎している。

 その表情は物静かそうな無表情だが、これは引っ込み思案や臆病さゆえのそれというよりは、何事にも動じないマイペースさの現れと言った方がいいのかもしれない。そんな力強さを感じる横顔だった。

 

「‪……‬ん」

 

 と、さらにその奥に長いテーブルがあるのを見つけた。使われている様子はないが‪……‬‪……‬あれは、卓球台か?

 

「キタキツネー、ご飯食べるわよ! ボスがジャパリまん持ってきてくれてるでしょう?」

「うー‪……‬もうちょっと遊んでからー」

 

 ギンギツネが声をかけているが‪……‬おそらくいつものやりとりであろうと推測できるくらい滑らかに、キタキツネが渋る。

 

「わー、あれすっごいワガママだと思いますよ。ご飯の時くらい遊びは中断するべきだと思いますよ」

「‪……‬‪……‬」

 

 いやお前、もっともらしいこと言ってるけど大体いつもこんな感じだからな? この間休憩時間中に『ラッキーからジャパリまんもらったし食べるぞー』って言ったのにお前よく分かんない砂いじりに熱中してたじゃん。そんで俺に怒られてたじゃん。

 まあ、人の振り見て我が振り直してくれるなら俺としても助かるんだが‪……‬。

 

「それはそれとしてこれ楽しそうだと思いますよ。ちょっと遊んで‪……‬、」

「おいコラ」

 

 早速ミイラ取りがミイラになってんじゃねぇよ。なんでゲームに夢中になってるのを見て苦言を呈してからノータイムでゲームやりたいモードに移行できるんだよおかしいだろ。

 

「もう、キタキツネったら‪……‬。もう十分げぇむはしたでしょ? ちょっとくらい中断なさいよ」

「今いいところなの〜。ここのステージクリアしたら〜」

「アナタいっつも言ってるじゃないそれ!」

 

 ‪……‬うわー、まるでゲームにかじりつく子どもとそのお母さんみたいな会話だぁ‪……‬。

 キタキツネの気持ちも、元ヒトだった経験を持つ俺としては良くわかるので、なんとも言い難い。ただ、今の俺の立ち位置としてはキタキツネにはゲームを中断してもらいたいので‪……‬。

 

「ちょいちょい」

 

ギンギツネとは反対の方へ回り込んで、俺はキタキツネの肩を突っつく。

 

「ん‪……‬お!? キミだれ‪……‬?」

「俺はチーター。さっきここに来た旅のフレンズだ。んでもってあっちが一緒に旅してるチベスナ」

「よろしくと思いますよ」

 

 ‪……‬あ! そういえば招き猫の手‪……‬出て、ない! キタキツネを突っつくことで相殺された(?)ってことか。よしよし、幸先いいぞ。

 

「それよりだな、キタキツネ」

「‪……‬なにー?」

「ギンギツネの言うこと聞かなくていいのか?」

 

 単刀直入に言うと、キタキツネは露骨に嫌そうな顔をした。差し詰め内心は『ははぁ、さてはコイツもギンギツネに言われてボクにげぇむをやめさせるよう言われたんだな』って感じだろうか。このままだとガッシャーンと心の扉を閉められて何を言っても響かなくなってしまうので、俺はそうなる前に扉に足を挟み込むセールスマンのように言葉を差し挟む。

 

「俺も、ゲームやりたいんだがな」

 

 その一言を聞いて、キタキツネの顔色が分かりやすく変化した。具体的に言うと、理解者を見つけたかもしれないという期待感だ。

 実際、チベスナと一緒にいる時はギンギツネ側の振る舞いをする俺だが、ゲームの楽しさは知ってるからな。この間のアーケードでもけっこうゲームしてたし。

 

「そうなの‪……‬? じゃあやろうよ」

 

 そう言って、キタキツネがゲームを勧めてくる。ギンギツネは『裏切るの!?』とばかりにハラハラした表情を浮かべているが‪……‬なに、心配は要らない。

 ギンギツネに目配せしながら、俺はケモ耳でも聞こえないくらい小声で言う。

 

「(だがもう一度言うぞ。いいのか? ‪……‬このままだと、ゲームができなくなるぞ)」

「えぇ!? なんで!?」

 

 今日イチのリアクションを見せたキタキツネによって、小声の意味はあんまりなくなってしまったが‪……‬。まぁそれでも俺は小声を継続しながら重ねて、

 

「(だってそうだろ? ここの機材だってメンテなしに使えるわけじゃない。いずれは整備しなきゃいけなくなることだってあるだろう。そんなとき、ギンギツネの協力が得られなかったらどうする?)」

「あ‪……‬」

 

 チベスナだったら三回ほど『チーター』が挟まりそうな発言だった自覚はあるが、流石に天然とはいえ天然の後にバカがつかないタイプのフレンズだったからか、キタキツネは俺の意図を読み取ったようだった。

 そう。あまり言うことを聞かずにギンギツネの不興ばかり買っていると、いずれメンテが必要になった時にギンギツネの助けを借りられない可能性が出てくるのだ。

 キタキツネはそういう機械事情とか現時点では疎そうなので、その可能性は普通に脅威に感じることだろう。

 その証拠にキタキツネは俺の言葉にこくりと頷き、

 

「‪……‬わかった。ジャパリまん食べる‪……‬」

 

 と返してくれた。

 ギンギツネもこれには驚いた様子で、

 

「すごいわ! なんて説得したの?」

 

 と問いかけてきた。まぁそこまで言ってしまうとフェアじゃないので黙っておくが。

 ただまぁ、これって根本的な解決にはなってないんだよなぁ。だってギンギツネがゲームを止めたいのは、キタキツネがゲームばかりでろくに他のことしないってのもあるが、根本のところは『ゲームが苦手だから』ってところだろうし。

 そこのところをどうにかしないとなぁ‪……‬。

 

「ささ、部屋に戻ってジャパリまんを食べようと思いますよ」

 

 ギンギツネもチベスナくらい呑気だったらよかったんだけどな。


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