キタキツネのゲーム中断に成功した俺たちは、最初にギンギツネに案内された座敷にやってきていた。
ちなみにこの座敷はふすま一枚隔てて外と繋がっており、外にはなんと露天風呂がある。というか全体的に広いし、隅の方に長机がたくさん積まれてるし、『の』の字が刺繍された座布団もいっぱいあるので、なんというか……プレイルーム的な趣を感じる。団体客とかのためのものだったのかね。
「改めて見ると、ここ広いなー……」
「だと思いますよ? じゃぱりしあたーの方が広いと……」
「一室と映画館一つで広さ比べするなよ」
などと言っているうちに、キタキツネとギンギツネが座敷にジャパリまんを並べてくれた。いやー、寒かったり動いたりで正直ちょっとお腹が減っていたので、いつもよりもジャパリまんの匂いがかぐわしく感じる。
「ゆきやまちほーのジャパリまんは冷たいらしいけど、ジャパリまんは冷えてもおいしいわよ」
ジャパリまんを座敷に広げたギンギツネが、そんなことを言う。……そういえば、言われてみればほかの地方で食べたジャパリまんはどれもほんのり暖かったような。ラッキーもさすがに出来立てを用意しているというわけではないと思うが、それはそれとして配達前に温めてくれてたりしてるのかもしれないな。
ただ、雪山地方は見ての通り寒さしかないからなぁ……。運んでいるうちにジャパリまんも完全に冷えて……それどころかアイス的な趣を獲得してしまっているのだろう。
まぁ俺はアイスジャパリマンもそれはそれでうまそうだと思うので諸手を挙げて歓迎したいが。
「えー? 本当ですかー? チベスナさん、ジャパリまんはぬるいより温かい方がおいしいと知っていると思いますよ。グルメなチベスナさんを冷えちゃったジャパリまんで満足させられるとは……」
それにチベスナもこう言ってることだし。
チベスナがこういうふうに侮るってことは、まぁ大体おいしいってことの前兆だから。
「じゃ、いただきます」
試しに広げられたジャパリまんのうちの一つ、ピンク色のジャパリまんを頬張ってみる。中身はいちごジャムだ。が……雪山地方の気候で冷やされたいちごジャムは、普段食べているものよりも粘度をさらにあげており、ほとんど固形のような舌触りだった。
ひんやりとした冷感と、それでもなお味や触感を損なわない饅頭の生地が混ざり合い、一種のコールドスイーツとしての味わいを形成している。これは……いいものだ……。雪山地方スイーツここに極まれり。
ジャパリまんという食べ物がなぜフレンズのソウルフードとなっているのか、その理由を今更知った気分だ。
このジャパリまんという食べ物……熱くても、ぬるくても、冷たくても……それぞれのおいしさがある! 様々な気候があるジャパリパークの全域で食べられる料理だからね、どの温度にもうまみがあるというのは大事なポイントだ。さすがジャパリまん。
「お、おいしいと思いますよー!」
「でしょう? 前にこっちに旅しにきたフレンズにも食べてもらったけど、同じこと言って同じようにおいしそうに食べてたわ」
「ロイヤル、だったっけ……」
胸を張るギンギツネの横で、キタキツネがそのフレンズのことを思い出しているのか、ぼんやりと天井を見上げながらジャパリまんを食べていた。ロイヤル……ロイヤル? 誰だそれ。アニメには登場してないフレンズかね。
「そうそう、ペンギンのフレンズでね。一人で旅をしていたらしいのよ。確かとしょかんに行くって言ってたけど、元気にしているかしら」
「え、ペンギン?」
ペンギン……ロイヤルペンギン……あっ! ロイヤルペンギンの、プリンセス……ってことはそいつたぶんプリンセスじゃん! なんでプリンセスって名乗ってないのかは分からんが……。
「そうそう。なんでも調べたいことがあるんだって。ただ、としょかんは反対方向だった気がするのよねー……」
「ああ、そのフレンズの話ならチベスナさん聞いたことがあると思いますよ」
心配そうに言うギンギツネに、チベスナが答える。
うん、そして俺も聞いたことある。というかロッジでアリツカゲラが話していたからな。森林地方に行こうとして何故かロッジまでやってきたおっちょこちょいの天然ペンギン。あれ、プリンセスのことだったのか……。
「チベスナさん、そのフレンズについてはろっじで話を聞いたと思いますよ。お仲間のフレンズが助けに来てくれたらしいと思いますよ」
「なんだ、そうだったの? それならよかったわー。ちょっと心配だったのよ」
「ギンギツネ、追いかけたほうがいいんじゃないかって言ってたもんね……」
「でも、なんだかとても急いでたから言うに言えなかったのよ」
へー、そういう経緯があったとは。っていうかプリンセスとこの雪山コンビにそんな接点があったとは思わなかった。まぁ言ってもキョウシュウエリアって意外と狭いし、こんな感じで意外と思われるような組み合わせのフレンズが実は顔見知りだったってことはけっこうあるのかもしれないな。
かくいう俺たちだって、ここまでアニメに登場していたフレンズの殆どと出会っては遊んでるわけだし。サーバルには結局会えずじまいだったけどな。
「あのフレンズは前に水辺地方に行ったときは見かけなかったから、たぶん新しく誕生したフレンズだと思うのよね」
「おお、生まれたてのフレンズですか。最近多いと思いますよ」
「そうねぇ、最近は噴火も多いし……」
「噴火が多いとセルリアンも多いよね……」
「ちょっとキタキツネ、あんまり不気味なこと言わないでよ……」
ぼそりと呟いたキタキツネの不穏発言に、ギンギツネがぶるりと体を震わせながら言う。確か、サンドスター・ロウが火山から噴き出て、それがセルリアンに力を与えてる……とかなんだったっけ。そのへんの説明はアニメだと詳しくやってなかった気がするから、俺はよく分からんが。
「そういえば、ギンギツネは水辺地方と森林地方に行ったことあるあらしいけど、キタキツネはどうなんだ?」
キタキツネのセリフでギンギツネがちょっとびびっているので、俺は話題を切り替える意味もこめてキタキツネに話を振ってみる。
するとキタキツネは頷いて、
「ボクもギンギツネと同じだよ……。というか、ギンギツネと一緒にしんりんちほーまで行ったんだ。としょかんに行きたくて」
「へぇ、そうだったのか」
二人旅だったってわけか。図書館が目的地ってことは……自分が何者かを調べてたって感じだろうか。あるいは、この温泉宿について聞きに行ったとかかね。テレビとか筐体とか地味に文明の利器の使い方を知ってるし、温泉の入り方も知っているわけだからどこかしらで調べたのは間違いないだろう。
「そういえば、はかせとじょしゅにはお世話になったわね。お礼をしたいけど、はかせとじょしゅはゆきやまちほーの気候が合わなかったのよ」
「『合わないちほーの暮らしは寿命を縮めるのですー!』って言いながら飛んで行っちゃったよね……。吹雪がそんなに苦手だったのかな」
あー……言いそうだ。っていうかアニメでもそんなことを言っていたような気がする。
…………あのアニメでのセリフ、そういう事情があった──自分たちが苦手な気候の地方で痛い目を見たから誇張表現していただけだったとかじゃないよな? でもなぁ……アニメとかほかのフレンズの話とかから見えてくる博士と助手の性格を考えると、あながち突飛とも言い切れないんだよなぁ……。人徳……。
「確かに言いそうだと思いますよ。まったくこれだから鳥はいけないと思いますよ! かしこいフレンズはみんなそういうとこダメですね」
「おう全く関係ないところからあてこすってきやがったなお前」
ぐりぐりしつつ、
「んで、この後はどうするかー」
「チーターチーター、痛いと思いますよ」
「ええと、別にわたしは何も考えてないけど……チーターは何か考えてるの?」
「ん、ちょっとな」
「チーター」
実は先ほど、遊技場を見ていたときに色々と面白そうなものには目を付けていたのだ。せっかくだしこの後、キタキツネとギンギツネを誘ってやろうと思っていたのである。
俺はチベスナの頭から手を放し、
「さっきの遊技場に、こーんな長いテーブルがあったろ?」
「いたた……そんなのあったと思いますよ?」
「お前は筐体しか見てなかったから分からんと思うが」
チベスナはさておき、キタキツネとギンギツネの方に視線を向けてみると……二人とも、やはりそのテーブルの存在は認識していたらしい。突然話に出てきたことを疑問に覚えているのか、怪訝な表情はしつつもこくりと頷いてくれた。
うむ。これで二人とも『何それ?』って言ったら本格的にどうしようもなかったが、ここが通じるのであれば話がスムーズに進むぞ。
「確かに、あそこには長いテーブルがあるわ。でも何のために使うのか、よく分からなかったのよね……真ん中が変な網で仕切られてて使いづらいし」
「ボクはあれ『ほっけー』をやるんだと思う……げぇむであったんだ。えあほっけー」
「結局使う道具が見つからなかったじゃない」
俺をよそに『アレ』の使用方法で盛り上がるキタキツネとギンギツネだが……実は俺は、『アレ』の使い方を知っている。……っていうかヒトなら誰でも知ってると思うけどな。
「のんのん。アレはエアホッケーに使うものじゃないぞ」
「じゃあチーターは何に使うか知ってるの……?」
エアホッケー説を否定すると、自説を否定されたキタキツネがちょっとむっとしながらも問いかけてくる。
「もちろんだ。いいか、アレはな……『卓球』をするためのものなんだよ」
「たっきゅう?」
「チーター」
はいはい、そう来ると思ったよ。
「卓球と言うのはだな……簡単に言うと、このくらいの大きさのボールを叩いて飛ばしてそれを取れなかった方の負けというゲームだ」
「なぁんだ、それなら変な方向にかっ飛ばせば簡単に勝てると思いますよ。チベスナさん得意だと思いますよ」
「ところがどっこい」
早合点するチベスナを抑えて、俺は続ける。大体、そんな簡単なゲームだったらゲームとして残ってないっての。
「この卓球というゲームは、最初はボールを自陣と相手陣で一回ずつバウンド、それ以降は相手陣で一回バウンドさせないとアウトとして相手のポイントになる。バウンド回数がそれより上でも下でも相手のポイント。相手がボールをとれなかったら自分のポイント。そういうふうにして……」
……あれ、何点先取だっけ。
二〇点……とかじゃ、さすがにないよな。確か一一点とかそのへんだった気がするんだが、うーん、切りが悪いしなぁ……。…………よく考えたら別に完全に正しいルールじゃなくても見とがめる人とかいないし、適当でいいか。
「えーと、一〇点先取したら勝ち、だったかな。そういうゲームだ」
「おお……面白そうだと思いますよ!」
「そうね! わたしもやってみたいわ」
「ボクも……ちょっとやってみたい」
俺のルール説明を聞いて、一定の興味を持ったのだろう。全員が好意的な反応を返してくる。まぁフレンズって往々にしてこういう遊びに対してはいいリアクションしてくれるもんな。
「んじゃ、食後の腹ごなしもかねて……遊技場に戻って卓球しようぜ」
──ここまでは、計算通り。
この『卓球』という遊びを使って……ゲームが苦手なせいでキタキツネに置いて行かれてしまっているギンギツネの悩みを何とかしてやろう。
『「ロイヤルやってみてよ!」あいあいのミスじゃない説』を提唱します。