そして俺たちは、先ほどやってきた遊技場に戻ってきていた。遊技場の奥には使われていない様子の卓球台が相変わらず鎮座しているが……見た感じ、卓球できないほど壊れているというわけでもなさそうだ。ただ、問題が一つ。
「ラケットとボール……どこかね」
「え? ……あっ、本当だ。ないと思いますよ」
そう、ラケットとボールが……ないのである。これは地味にピンチだ。まぁ、卓球台がある以上どこかしらにあるとは思うけどな。えーと、ありそうな場所といえば……。
「まず最初に思いつくのは、物置だな。ギンギツネ、ここって物置あるか?」
「一応、いろんなものが入ってる場所ならそこよ?」
問いかけてみると、ギンギツネはあっさりと部屋の隅を指さした。カーテンで隠されているが、どうやらあそこが物置らしい。そちらの方へ確認しに行ってみると、
「モップ、バケツ、雑巾、バケツ、バケツ……バケツ多いな!」
いやまぁ、掃除用具がいっぱいあるのは想定の範囲内だったが……ほかにあるのは箒……なんだこの棒? 雪かきに使うんだろうか? あとはさらにバケツ、モップ……バケツ……あ! バケツの中にピンポン玉が入ってるぞ!
「これか……っと、おお!」
バケツを持ち上げると、その下に重ねられていたバケツの中にもラケットが入っているのを確認した。なるほど、こういうしまい方をしていたんだな。分かりづらい……。ともあれ、無事に見つけることができてよかった。
「おーい、あったぞ。これだ。人数分は余裕であるな……」
ボールの数は『たくさん』。ラケットの数も六本ほどあるので、四人でダブルスをやっても全然おつりがくるくらいだ。……チベスナが調子に乗って二刀流とか馬鹿なことをやりだしそうだけど。
「これですぐにでも卓球が始められるが──その前に、ギンギツネとキタキツネにはルールをもう少し詳細に把握してもらった方がいいかもしれないな」
さあ始めようか、と思って三人の様子を見た俺だったのだが……その三人の表情が『とりあえず聞いてみて分かった気にはなってるけど詳しいことはイメージできないし大丈夫かな?』って感じの顔だったので、俺は本格的に開始する前に一回チュートリアルを挟んだ方がいいな、と悟った。
「おいチベスナ、ちょっとこっちきて。向かい側に立ってくれ」
「こう……だと思いますよ?」
「そうそう」
チベスナにラケットを渡して、対角線上に立たせた俺は、そのままボールを構える。
「ちょっチーター、待つといいと思いますよ! いきなりすぎませんか?」
「試しだから。今のはポイントに数えないから安心しろ」
と言って──スパン! と球を打つ。
正直上手くできるかは疑問だったが、俺の放ったピンポン玉は力を抑えていたこともあって割合正確にバウンドし、チベスナの手元近くへと吸い込まれるように飛んでいく。
うむ、計算通り。チベスナにはいきなりだったが、さすがに俺も卓球初経験の相手に厳しいコースを攻めてファーストコンタクトを台無しにするなどという大人げない行為をするつもりはない。こうやってチベスナでも簡単に返せるぞというのを実感させて、まずは手ごたえを、
「うう、やぁああ──っ! と思いますよ!」
ひゅっ、と。
咄嗟に高速移動を利用して首を傾げた俺のすぐ横を、ボールが高速で通過していった。
俺は髪の何本かをはらはらと散らしたそれを視線で追いかけ、ラケットを持ってない方の手でボールを掴んだ。このまま吹っ飛ばしたらすごい勢いでバウンドして、探すのがめちゃくちゃ面倒になるからな。
……フフ、こういう場面だとかわすのに精一杯でボールそのものへの対処とかできないのが基本気味だが、俺の場合はそうはいかないのだ。そもそもチベスナの膂力程度ではじかれたボールなど、それこそ止まっているようなもの。ボールを
「今のはアウトだな。あんまチカラ入れて打つとこうなるから気をつけろよ」
「むー……突然だと加減が難しいと思いますよー」
チベスナはむくれて言うが……まぁ実際そうだろうな。
フレンズの膂力ってのは、大前提として人間とは比較にならない。雪合戦のときも言ったが、ヒトのゲームはヒトに合わせてルールが設定されている。フレンズの膂力で考えたら、敵陣地でワンバウンドというルールはだいぶ面倒くさいものだろう。できなくもないだろうが。
「さ、続けるとしよあっち!?」
と、ルールも分かったところで本番を……と思ったのだが、そこで急にボールを持った俺の手が熱を持っていることに気づいた。
慌ててボールを手放すと……どうやらつかみ取ったボールがそれでも回転を続けていたらしい。どんだけだよ……。
「よっ、と……」
ボールを足で踏み抑えながら、俺は改めてフレンズの膂力のすさまじさに舌を巻いていた。
そりゃそうだ、チーターの身体能力下では止まってるような速さでも、人間基準で言えば人類最高峰を一足飛びで超越しちゃってるんだからな。回転数だけで手が熱くなることだってそりゃああるだろう。
「……フレンズ基準のスポーツ、か。こりゃあ思ったよりも複雑になりそうだな……」
とはいえ、俺のやることは変わらない。ルールを二人に伝えて、卓球をする。そしてその中でうまい具合にギンギツネとキタキツネに卓球の面白みみたいなものを感じてもらえれば、ゲームをやる頻度だって落ちてギンギツネにしてもいい感じになるだろう。要するに、ゲームのようにどっちかが圧勝するバランスでなければいいわけだからな。
「今回はダブルスで行くことにするか」
「だぶると思いますよ?」
「そう。二対二ってわけだな。俺とチベスナ、ギンギツネとキタキツネでやるぞ」
俺がそう言うと、
「ええ!? アナタもチベスナも卓球に慣れてるみたいじゃない。不公平じゃないかしら」
「あー、大丈夫大丈夫」
俺はルールを知ってるってだけだからな。そもそも前世でも卓球なんてたまにテレビで中継やってるのを見てたくらいで、ルールすらうろ覚えなんだし。正直フレンズより上回っている部分なんてなんてほとんどないと言ってもいい。
「そうかしら……。まぁ、とりあえず従うけど……」
心配そうな表情のギンギツネと我関せずとばかりにイメトレに余念がないキタキツネにラケットを手渡し、俺はボールを持ってコートのそばに立つ。
「ダブルスの場合は、こうやって台座に二人並ぶわけだ。特にとるときの分担にルールはなかったから、互いに譲り合ってチームワークで返していこう」
考えてみればこのダブルスのルール、けっこういいかもな。一人で守るだけだとフレンズの素早さなら大抵の球は取れてしまうが、ダブルスだと分担の分守備範囲に空白が生まれるからそこまで防御で拮抗しなくなる。いいバランスになりそうだ。
「サーブは俺達から。ちなみにサーブは二本ずつ打ったら交代になる…………はず。たぶん」
多分な。記憶が曖昧だから全然自信ないけど。
ただ、そんな自信なさげな俺の心情などフレンズたちには全く関係ないらしく、三人はふんふんと興味深げに頷くばかりだった。話が早いのはとても助かるのでありがたい。
「──それじゃ、ゲームを始めるぞ」
そう言って、俺はボールを高く上げた。
「うーん、負けたかー」
俺は手に持ったボールを弄りながら、そう呟いた。
いや、残念だったがまぁ想定していなかったわけではなかったので、そこまで悔しくはない。
途中までは、とても有利にゲームを進めることができていたのだ。
確かにギンギツネとキタキツネのセンスはよかった。キタキツネはちょっと動きが遅れがちだったが、ギンギツネがうまい具合にそれをフォローし、キタキツネに
だが、俺たちだってコンビネーションで言えばもはやパークで一、二を争うレベルといっても過言じゃないと思っている。
今更ボールがどこに来たから行けとかそういうことを言わなくても近くにいるんだから尻尾でぺちっと叩けばそれで合図になるし、なんなら合図を出さなくてもなんとなくチベスナが行くだろうというところはチベスナに任せて、それでだめなところは俺がフォローすればいいだけだし。
そんな感じで、コンビネーションの差で終始試合は俺たち有利で進んでいた、のだが……。まぁあともう少しで俺たちの勝ち、というところで、チベスナが調子に乗ってしまい。
そこをギンギツネがうまい感じに突いて、負けたということなのであった。
「ま、負けた……負けたと思いますよ……」
そんな経緯なのでチベスナは非常に悔しそうだが、俺としてはまぁ……途中までのアレが俺たちの実力だと思えば、そんなに悔しくはないのであった。やっぱ結果より過程が大事っていうかな。詰めの甘さって意味では結果も反省した方がいいと思うけども。
いやでも、あそこで巻き返して見せたギンギツネがすごい。やっぱクレバーだなぁ。
「……面白いわね、卓球!」
ギンギツネの方も、ぱあっと表情を明るくしてとても楽しそうだ。キタキツネも勝てたからか、けっこうまんざらでもなさそうな感触。
これは、二人とも共通の趣味として卓球が入ってくれるかな? そうなればギンギツネの方ばかりが置いて行かれるということもなくなるだろうし、二人にとってもいい影響になってくれるはず。
「俺は……ちょい疲れた。軽く休んでるから、あとは二人でエキシビジョンマッチでもしてみたらどうだ?」
「えきしびじょんまっち?」
「練習試合ってことだよ」
俺が休憩モードに入ったのを見てとったのかとっととゲームをしに走ったチベスナはさておき、俺は二人にそんな提案をしてみる。
俺の提案に二人は顔を見合わせると、
「いいわね! 負けないわよ、キタキツネ」
「ギンギツネこそ……この間みたいに負けてもしらないよ」
そう言って、火花を散らし始めるのだった──。
長くなったので分割しました。卓球(とゲームを始めてしまったチベスナ)編、もうちょっと続きます。