エキシビジョンマッチの開幕を決意した二人は、今まで隣り合って戦ってきた状態から互いにテーブルの対角線上に向かい合うように立つ。
完全に戦闘態勢に入った二人の姿は、まさしく猛獣。いやキツネだけど。ともかく、二人ともポイントという餌を狩る捕食者の眼をしていた。
「卓球において、わたしとキタキツネの条件は同じ……! この勝負、負けられないわ!」
「でも、ボクが勝つ……何故なら、ボクの方が強いから……!」
サーブは、どうやらキタキツネからやるようだ。筐体に備え付けられている椅子に腰かけてテーブルからちょっと離れたところに陣取った俺は、そんな二人の様子を俯瞰的に眺めていた。
……しかしちょっと熱が入りすぎているような気がするけど、大丈夫かねあれ。さっきのダブルス卓球でもキタキツネはもちろんギンギツネまでかなりマジでやってた気がするし、二人ともゲームになると熱くなりすぎるタイプなんじゃないかなと危惧しているが……。……まぁ、そのときは俺がほどほどのタイミングで仲裁に入ればいいか。
「チーターチーター、このれーすげーむというのはどうやって遊べばいいと思いますよー?」
「今忙しいからあとでな」
今俺は二人の戦いを見守るので忙しいんだよ。
「えー……。しょうがないと思いますよ……」
すごすごと引き下がっていくチベスナを見送り、俺は改めてキタキツネとギンギツネの戦いを見守り始める。この戦いがうまくいけば、ギンギツネの不満もある程度は解消されることだろう。そうなれば俺も気持ちよくこの旅館を満喫できるというものだ。
「行くわよ──キタキツネ!」
ギンギツネが、ピンポン玉をぽーんと高く上げる。
戦いが……幕を上げた。
「すぅ──ていやっ!」
スパン! という小気味のいい音と共に、ギンギツネがサーブを放つ。あまりの高速に球の形が若干歪んでいるが……まぁ、フレンズの眼なら余裕でとらえられるレベルだ。どうやらギンギツネの方は、チュートリアルのときのチベスナの失敗からある程度パワーを抑えているようだな。
これに対し、キタキツネは──。
「ふん゛っ!」
ズッパァン!! と。
強烈な音を響かせて、渾身のスマッシュをたたき出した。それでいて、チベスナのようなホームランではない。きちんと回転をかけて、その力で以て相手陣内でバウンドするような軌道を作り出している。……いやすごいセンスだなキタキツネ。まぁさっきのダブルスでもそれなりに覚えはよかった記憶があるが。これは一点目は決まったかな……。
「甘いわっ!」
と、思っていたのだが、意外にもギンギツネはキタキツネのレシーブを読み切っていたかのようにあっさりと返してしまった。パン! とはじけるような音を立て、ピンポン玉は渾身のスマッシュ直後で動きが硬直していたキタキツネの脇を通っていく。
まさか今のを返し切るとは……あれだけの剛速球をリターンされたら、俺でもなければ殆どのフレンズじゃ反応できないと思うぞ。いや……それだけじゃない。剛速球を正確にリターンするだけの精密な動作や剛速球を受けきる手首のパワー、そしてキタキツネが勝負をしかけてくることを予測する思考力の全てが揃っていないと今のリターンは成立しなかった。
「ふふ、こういう細かい動きは得意なのよ、わたし」
流石、長年キタキツネと行動を共にしているギンギツネというわけか……やっぱIQの高さが凡百のフレンズとは違うって感じがするよなー。
「むむむ……まだまだ、勝負はこれから!」
「かかってきなさい! ひとひねりにしてあげるわ!」
それでもまだへこたれないキタキツネに受けて立つ構えのギンギツネ。これは目が離せない試合になりそうだぞ……。
と、思っていたところで。
「チーター、チーター、なかなかゴールできないと思いますよー」
チベスナが俺の前に立ち塞がった。
「またかお前……」
正直今いいところだから後にしてほしいんだが……このまま放置してると、最悪アーケードの二の舞になりそうで怖いしなぁ……。しょうがない、ちょっと一旦エキシビジョンマッチからは離れることになってしまうが、ここはいったんチベスナのゲームの方を見てやるか。
「ちょっとだけな。んで、何が分からなくてゴールできなくなってんだよ?」
「まぁ、ちょっと見てもらいたいと思いますよ。このゲームめっちゃ難しいと思いますよ……」
「お前が操作方法間違ってるだけなのは確定してるんだけどな……」
言いながら俺は立ち上がり、チベスナの先導に従って件のゲームが入っている筐体までやってくる。
ゲーセンによくある(イメージ)タイプのリアルな運転席みたいなデザインの筐体ではなく、普通の筐体である。このデザインなら実質操作性はただのゲーム並だし、チベスナでも難しいところなく操作できると思うんだがなぁ。
「何が分からないんだ?」
「分からないことはないと思いますよ。ただ……」
言いながら、チベスナはゲームを開始する。……っていうかコイン投入口あるのに特に投入とかせずゲームプレイできるんだ。やっぱギンギツネかラッキーあたりがそういうふうに設定してんのかな……どうやるんだろ。
「……この、カーブのやり方がうまくいかないと思いますよ」
言いながらチベスナはゲームを操作していくが……レバーを思いきり横に倒すものだから、ゲーム内の機体もがくっと曲がり、その結果カーブを曲がり切れすぎて壁に衝突しているようだった。
……あ、勢いよくぶつかるから壁から壁へ跳ね回ってエアホッケーみたいなことに……っていうかダメージがどんどん蓄積してる。エネルギーゲージの減り方が恐ろしいな……。
「わー! わー! やばいと思いますよ! くっ……」
あ、なんとか持ち直した──と思ったら今度は壁際ぎりぎりを走行しているせいでさらにエネルギーが削れていく……。
このゲーム、壁にぶつかるたびにエネルギーが減っていくみたいだな。その関係で、壁際ギリギリに走行すると恐ろしい勢いでエネルギーが減って……、
「あ」
ぼーん、と機体が爆発炎上してしまうのだ。
現実的に考えたら、レースの大会で機体が爆発炎上するようなルール設定ってヤバイよな。
「チーター、これどうしたらいいと思いますよ!? すごくつまんないと思いますよ!」
「それチベスナの操作が悪いだけだからな」
言いながら、俺はチベスナから操作を代わる。そもそもこの手のゲームはレバーの操作精度がものをいうのだ(たぶん)。車の運転でもアクセルはベタ踏みしない。同じように、レバーも必要に応じて必要なだけ倒せばよいのだ。
「──こんなふうに、な」
言いながら、俺はレバーを刻むように動かし、ゲーム内の機体を操作する。
レバーの微修正に応じてゲーム内の機体も若干リアリティのない挙動で曲がっていき、チベスナが先ほどクリアできず壁に当たったカーブも余裕で曲がり切って見せた。
「おぉぉ~……! すごいと思いますよ!」
「いやまぁ普通に操作すればこのくらいはな……」
レバガチャ操作とかは多分小学生くらいで卒業するからな……と思ったけど、チベスナにしてみればこの手のゲームは概念的にすら初めて触れるものだろうし、知能があれど慣れてなければ誰だって最初はレバガチャ操作をしてしまうものか。
ただまぁ……。
「ヒトのスペックを越えたフレンズが操作すれば……意外と簡単なんだなぁ、レースゲーム」
俺がアーケードでやったのはハンドルを回したりして操作するタイプだったからそこまでフレンズのスペックの強さみたいなものを感じることはなかったのだが、こういうゲームゲームした操作方法だとフレンズの動体視力の優れっぷりがよく分かる。ハイスピードで走行してても急な障害物とか簡単に回避できるしな。
「おー……なんとなくやり方分かったと思いますよ! チーター交代!」
「うわっお前掴みかかるなって! く……いいところだったのに」
チベスナのやりたい欲がオーバーヒートしたみたいなので、俺は仕方がなく席を譲ってやった。交代時にちょっと動きがブレたようだが、『なんとなくやり方分かった』というチベスナの言葉は自惚れではなかったらしく、意外ときっちりと操作できていた。
さて、チベスナも満足いく動きができるようになったみたいだし、キタキツネとギンギツネの様子を見に行くかな。
「おーい、二人とも調子はどうだー?」
声をかけながらテーブルの方に戻ると、そこには──。
「やった! やったわ! ねぇキタキツネ、もう一度やりましょう?」
「えぇ~……もう疲れたよぉ。ギンギツネしつこいよぉ~……」
飛び跳ねながらキタキツネに卓球をせがむギンギツネと、そんなギンギツネを煙たがるキタキツネの姿だった。
「あ、あれ……? ど、どうしたんだ? エキシビジョンマッチは?」
「ギンギツネが勝ったよー……」
戸惑いながらも問いかけてみると、キタキツネがぶすっとしながら答えた。え……なんかすごいいい勝負になりそうな空気だったと思うんだが……なんでこんなことに……?
「ギンギツネ、ボクが打つ玉全部簡単に打ち返すんだもん! 全然勝てないよ!」
「アナタの打つ玉が分かりやすいのよ! さあさあ、続きをやりましょう!」
…………あー、これは……そうか。まさかあるわけなかろうと思っていたが……あってしまったのか。
ギンギツネがキタキツネよりも強すぎて、キタキツネが卓球を楽しめない可能性。
もちろん考えなかったわけではないが、キタキツネだってセンスはあるわけだしそこまで大きな差にはならないと思っていたが……ギンギツネはキタキツネのセンスを、『キタキツネが選びうる戦略を読む』ことで無効化してしまったってわけか。なまじ長い間一緒にいるから、たぶんキタキツネが次にやりそうなことが自然に読めちゃうんだろうな。結果、キタキツネが色々やっても全て完封できてしまったと……。
これは……。
そしてキタキツネは、決定的な発言をしてしまった。
「卓球、全然勝てないんだけど! ボクもう卓球やりたくない! げぇむやる!」
「え、げぇむと思いますよ?」
そう言い残して、キタキツネはチベスナの方へ行って対戦モードを始めてしまった。
ぽかんとしたまま一人残されたギンギツネに、俺は気まずい思いを抱きながらこう言った。
「あー………………卓球やるか?」
……うーん。かばんみたいにはいかんなぁ…………。
レースゲームも卓球もそうですが、ヒトの娯楽はヒトの身体能力を前提にルールが組みあがってるので、フレンズ向けではないと思います。