畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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つまり今回は温泉回です。


九二話:万象覆う白熱の霧

「………………」

 

 まぁその場はチベスナとキタキツネはゲームをし、俺とギンギツネが卓球をやることで事なきを得た(得てない)のだが……その代償は大きかった。

 

「チーター、大丈夫だと思いますよ?」

「ちょっとつらい……」

 

 フレンズ基準で言えば卓球なんてお茶の子さいさいなのは間違いない。多分ヒトと卓球をやったところで、何ゲームやっても疲れることはないだろう。そもそものスペックが違いすぎるわけだからな、当然の話だ。

 ただ、フレンズ同士で卓球をやるとなれば話は別。膂力面でのアドバンテージが失われる以上、スタミナの消費も──大体ヒトが本気で卓球をやるのと同じくらい激しいわけで、そんなのを何ゲームもやれば、スタミナに乏しい俺がどうなるかなど火を見るよりも明らかなのだった。

 

「うだーん……」

「チーター、ボスを探してまたジャパリまんもらってきますか?」

「腹は減ってないからへーき……」

 

 ただ単純に疲れたってだけだからな。

 ……いやーしかし、まさかここまで躓くとは思わなかったなぁ……。さっくり万事解決とまではいかなくても、もうちょっとこう、少しは状況がよくなるかなーと思ってたんだが、まさか全くもって意味をなさないのは想定外だった。まぁ、既にキタキツネもギンギツネもそこまで険悪なムードではないので、そこのところは救いだが……。

 

「それよりチベスナさん、この宿の探索に行きたいと思いますよ? チーター今日動けます?」

「うーん……」

 

 どうだろう……普通に身体ダルイしなー。歩き回るくらいならあと一時間くらいゴロゴロしてれば平気だと思うけど、あと一時間かー……。……今の時間が五時だから、六時くらいか。ヒト基準だと全然早い時間だが、早寝早起きに慣れてしまった俺的にはだいぶ遅い時間だ。

 

「疲れをとるなら、いい方法があるわよ」

 

 そんなふうに考えていた俺に、事情を聞きつけたらしいギンギツネが声をかけてきた。首だけをギンギツネの方に向けると、彼女はお座敷の障子の方を指さしてこう言った。

 

「ほら、おんせん。あそこでゆっくり浸かると、疲れがすっきり癒されるのよ」

 

 …………これひょっとしたら、卓球の前にそっち行った方が流れ的には自然だったな?

 

の の の の の の

 

ゆきやまちほー

 

九二話:万象覆う白熱の霧

 

の の の の の の

 

 かっぽーん。

 

 そんな俺の後悔はさておき、温泉である。

 ちなみに俺は文明的なフレンズであり入浴時には服を脱ぐのだが、チベスナ以外のフレンズの裸を見るのは文明的なフレンズゆえの羞恥心的な問題もあるので、今回はギンギツネとキタキツネの浴場への同席は遠慮してもらった。

 要するに、今この温泉には俺とチベスナしかいないというわけである。色気も何もあったもんじゃねぇのだった。

 

「あっつ! あっつ! あっついと思いますよこれ! チーターなんで入れるんです!?」

「チベスナ、あんま裸で飛び回るなよ……」

 

 お湯の中心に座る俺から見たら湯気でチベスナの顔しか見えないが、湯気の下では相当あられもない姿になっていることが容易に想像できるからな。あと単純に床が水だから飛び跳ねてると滑って転んだりして危ない。

 

「俺が入れたのは、事前に身体を洗ったからだぞ。そうしないと熱さに身体が慣れないからな……」

「そういうことは早く言うべきだと思いますよ……。お陰で無駄に熱い思いをしたと思いますよ……」

 

 確かにチベスナがこういうことを知るわけないし、早めに言っておくべきだったかもな。完全に忘れてたしちょっと反省。

 共同の浴場だと湯舟に入る前に身体を洗うのはマナーとして当然……というのがヒトの前世を持つ俺の認識だったが、チベスナからしたらそんな話は知ったこっちゃないしなぁ。

 

「ふう……ようやく入れると思いますよ」

 

 湯舟のふちでお湯をすくっては体にかけ、を繰り返していたチベスナが、そう言いながら湯に浸かる。すいーっと俺の横に近づいてくるチベスナを横目に見ながら、俺は周囲を見渡しながら呟く。

 

「しかし此処は──景色が綺麗だなぁ」

 

 こんな場所を貸し切りで楽しめるというのだから、本当に贅沢な話だ。というかキタキツネやギンギツネだけならともかく、ほかのフレンズまでいたら流石に俺一人のわがままで貸し切りとかできなかったのだが、そういうことは一切なかった。確かアニメで……なんのフレンズか忘れたけど誰かしらいた気がするんだが、まだここまでたどり着いていないのか、はたまた今日はたまたまいないだけなのか……謎だよよよ。

 

「景色ですか? 真っ白くてよく分かんないと思いますよ?」

「お前なあ……よく見てみろよ。真っ白い景色の向こうに霞がかって見える雪景色……実に幻想的じゃないか」

「白多すぎじゃないです?」

 

 ………………。

 ……こ、これだから風情の分からないフレンズは……。こういう景色に詫び寂びというものを感じてこそだな……。

 

「というか、チーター本当にこういうのがいいと思ってるんですー? 案外そういうふうに言ってるだけで自分でも何がいいんだかよく分かってないと見たと思いますよ。うぷぷ」

「お? 言ったなお前? そういうこと言っちゃったな?」

 

 確かに……確かに俺は生前、ごくごくフツーのクソみたいな感性を持った一般人だった! 山の中で心とか洗われる(笑)とか虫がうざいだけでしょ(笑)みたいなこと考えてた! むしろそうやって自然を持てはやす風潮を冷めた目で見ていた! だがな……違うんだよ!

 完全なる生身のヒトと違ってなあ……フレンズの身体は、頑丈ゆえに虫の被害が圧倒的に少ないのだ! っていうか絶無! そんな恵まれたフレンズの身体なら、ヒトの身だとうっとうしいと感じていた部分もあんまり気にならなくなる! その分純粋な自然を楽しむ心の余裕が持てるのだ!

 そんな俺に…………よく分かんないけど世間で持て囃されているからとりあえず自然っていいよねって言っとけみたいな妥協は存在しない!!

 あと、子供のころは虫とか自然とか冒険とか大好きだったからね俺。素地はあるんだよ素地は。

 

「こういうのはな、毎日同じものがあるわけじゃないのだよチベスナ君」

「なんか始まったと思いますよ」

「話は茶化さず聞くこと」

 

 先に進まないからね。

 

「たとえばこの雪。よーく見ればわかるが、温泉の近くにある雪は湯気の熱で徐々に解けているだろう? そうでなくとも、湯気が凝結して雪が氷に変わっていたりする。そして雪は当然ながら新たに降ったりもする。似ているようで、実は常に変化し続けているのだよ」

「雪が変わってることに気づいてもとくに嬉しくもないと思いますよ……」

「まぁ確かに実益はないだろうな」

 

 雪の変化を見ていてもお腹は膨れないしな。だが……。

 

「そういう景色の移り変わりを見て、なんかこう……いい感じの気分になるんだよ」

「ならないと思いますよ?」

「うぐぅ……!」

 

 くっ……ここから先の感覚が…………言語化できん! なんといえばいいか……とにかく伝われ! そういう何でもない景色の変化というか、世界の移り変わりというか、移ろう情景とか、そういうのを見て……なんかエモい気分になるんだよ! 分かれ!!

 

「でも、こうやってお湯に浸かってると、ジャパリまんがおいしそうだなと思いますよ」

「──そう、それだ!」

 

 なんとなしに呟いたチベスナに、俺は我が意を得たりとばかりにびしっと人差し指を突き付ける。まさしくそれだ。ジャパリまん。俺はやったことないけど、こういう露天風呂だと湯に浸かりながらお酒を飲む贅沢みたいなのがわりとステレオタイプな感じであると思う。

 ああいうのも、お酒を飲んでいい気分になりながら景色を楽しんでいるわけで……それをフレンズ流に置き換えれば、ジャパリまんを食べながら湯に浸かることで得られるいい気分が詫び寂びの入り口になるのではなかろうか!?

 

「まぁ今はジャパリまんがないので、やっぱりチベスナさんにはよく分からないと思いますけど……」

「明日朝イチでラッキーからジャパリまんもらって試そうな」

 

 そんなことを話していると、そこで頭がぼうっとしてきた感覚がした。うーむ、もうそろそろ上がらないと逆上(のぼ)せそうだな。

 そう判断した俺は、ざぱあっと立ち上がりお湯から出る。……うっ寒。露天風呂だからお湯から上がるとモロに冷気が来るな……。

 

「あれ、チーターもう上がると思いますよ?」

「ああ。というかお前もとっとと上がらないと逆上せるぞ。ただでさえ寒冷地のフレンズで熱に強くないんだし」

「チベスナさんはチーターほど弱くないので大丈夫だと思いますよ……でもまぁ、チーターが上がるならもういいですね」

「そうしとけそうしとけ」

 

 チベスナに声をかけながら、浴場の脇の方に準備しておいたタオルを使って体についた水気を拭う。チベスナの方は身体をぶるぶると振るわせて水気を飛ばすという原始的極まりないやり方をしているようだが……そのやり方、せっかく拭った俺の髪にまた水が撥ねるからめっちゃやめてほしいんだけど。

 っていうか短髪のチベスナと違って俺の髪の毛めっちゃ長いから、水気拭うの大変なんだよ。あー、髪も服みたいに消したり出したりできたら楽なのになー……。

 

「よいしょっと」

 

 ただ、こうやって服を念じるだけで消したり出したりできるのはかなり便利だけどな。特に俺は女の子の服の着方なんて分からないからこういう部分は大助かりだ。

 

「チーター、チベスナ、もういいかしら?」

 

 と、そこで浴場の外──お座敷の方から、ギンギツネとキタキツネの声が聞こえる。いやー、すっかり待たせてしまったな。

 

「悪い、もう大丈夫だよ。待たせてすまんな」

「別にいいけど……チーターってやっぱり変わってるのね。同じ群れのフレンズとしか一緒に水浴びするのが嫌なんて今まで聞いたことなかったわ」

「同じ群れっていうのもちょっと語弊があるけどな……」

 

 まぁ一緒に旅しているっていう点で言えば同じ群れなのかもしれんが。

 ともあれ、こういう言われ方をするとなんか珍しいだけで俺の行動もそんなに不思議ではないのかな? という気もしてくる。水浴びしてるところに別の動物が入ってくると怒る動物とかいそうだしな。カバとか。…………完全にイメージだからあのカバが本当にそうかまでは分からんが。

 

「じゃ、次はわたし達の番ね。ほらキタキツネ、行くわよ」

「はーい」

「ゆっくりしてけよー」

 

 俺たちと入れ違いに露天風呂に移動していった二人を見送り、それから──。

 

「…………さあチベスナ、始めるぞ」

 

 俺とチベスナは互いに視線を送りあい、『行動』を開始した。




今回のタイトル、ルビを振るとしたら『みせられないよ』になるかなと思います。

ちなみにチーターのテンションがいつもより若干アレなのは久々のお風呂で無意識にテンションが上がってるからです。

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