九六話:未来護る古の先達 ・
「なんだかずいぶん暖かくなってきたと思いますよ」
雪山地方から文字通り『下山』してしばらくしたころ。
周囲の景色もだんだんと緑が増えてきたところで、チベスナがふと周りを見渡しながらそんなことを言った。
確かに、生き物の匂いがしてこなかった雪山地方と違って、この辺りまで来ると動物の息遣いや虫の羽音なんかが頻繁に聞こえてくるようになった気がする。
雪山地方の雪解け水が川になってたから、川下まで行けば多分水辺地方に自然と行けるだろうということでそれを辿ってここまでやってきたのだが──。
「いやあ、良い感じに行楽日和だな」
寒さもだいぶ和らいだし、草木が綺麗だし、なんていうか全体的に……のどかだ。
こうして暖かな陽気の中を歩いていると、さっきまでいたゆきやまちほーがいかに厳しい環境だったのかということを痛感する。やっぱ合わない地方の暮らしは寿命を縮めるよね……。
「花見でもしたいなと思ったが……流石に桜は咲いてないか」
「はなみだと思いますよ?」
あたりを見渡しながらぼやいた俺に、チベスナが首を傾げながら問いかける。
「花見ってのは、桜を見ながらジャパリまんを食べて風情を感じることだよ」
そんなチベスナに、俺はかなりざっくりと花見を解説する。実際、ヒトだって大多数は桜なんて見てねぇしな。宴会の口実っていう意味ではフレンズと大して変わらん。
「なるほど。つまりゆきやまちほーのお風呂みたいなものだと思いますよ?」
「大体そんな感じだな」
そう。あの時と同じく、花見というのは風流なものなのだ。俺も前世はレクリエーションという名の休日出勤の枕詞としてしか見ていなかったが、こうして自然に対して心を開いたうえで見てみると……うむ、桜が咲いてるわけじゃないけど、素晴らしい景色が広がっているのが分かる。
どのへんが素晴らしいかはなんか具体的に言語化できないけど、
「じゃあ、はなみすると思いますよ?」
「や、ここじゃ花見はできんなあ」
そう言って、俺は適当な枝を拾い上げて立ち止まると、地面に絵を描いてみせる。
「こんな感じで、花の咲いた木の下に座ってみんなで飯を食うのが『花見』だからな。二人でもべつにいいけど、このへんこういう見事な感じの花が咲いた木ってないだろ」
「たしかに。へいげんちほーでも見かけたことないですね……」
「花見するなら森林地方だな、多分」
森林って言うくらいだし、桜並木の一つや二つあるだろう。多分。
「ってことで、今は水辺地方を楽しむために先を急ぐぞー」
「急ぐと思いますよ?」
「いや、言うほど急がなくていいけども」
予定があるわけでもないしな。……いや、地味に急がなくてはいけない理由があったりなかったりなんだが、水辺地方にあるとも思えないし、今急いだところで誤差でしかないし……。
……ともかく。
そういうわけで俺たちは、すっかり暖かな水辺地方にやってきたというわけだ。
「じゃあ、約束守ってもらわないとですね」
そこでチベスナが、俺に向かってそんなことを言った。……約束? なんの話だ? 首を傾げる俺に、チベスナは心外そうな表情を浮かべてさらに続ける。
「あー! 忘れてると思いますよ! チーター、ゆきやまちほーでチベスナさんになんて言ったかちゃんと思い出すといいと思いますよ」
「雪山地方で……?」
雪山地方……んー…………あ! そうだ! 思い出した!
俺、そういえば雪山地方の前半だと寒さでバテてソリの中で丸まってたんだった。んで、その埋め合わせに暖かくなったら俺が代わりに引っ張ってやるって言ったんだったっけ。
面倒くさいが……約束は約束だしな。それにコンディションも悪くないし。
「いいぞ。やってやろう」
言って、俺はチベスナからソリを引き受ける。それからチベスナがソリの中に乗り込んだ。
「……うっ」
流石にタオルやらアクセサリやらの荷物を積んだソリは以前のように軽々というわけにもいかず、それにチベスナの重量を加えられた今、重いは重いが……でもまぁ、フレンズの膂力を以てすれば動かすのは簡単だ。
多分普通の成人男性だったら引っ張るので精一杯、一〇分も進めばバテバテって感じだろうが、俺はフレンズなので……わりといける!
「おー、これはかなり良い景色だと思いますよ」
「やるのは三〇分だけだからな。それ以上は疲れるからやらないぞ」
「はーいと思いますよー」
「返事は伸ばさない!」
完全に生返事だったが、聞いてるのやら聞いてないのやら……。
……時計は荷台だから、チベスナが時間確認してくれてないと俺は永遠にソリを曳き続けることになるんだが。そこんとこ頼むぞチベスナ。
「でもこれ、けっこうゴトゴト揺れると思いますよ? チーターもうちょっとしっかりしないと」
「お前な……」
これ、けっこう安定して進めるの大変なんだぞ! っていうかチベスナはもっといつもゴトゴトしてるし……。そこまで言うほど俺の動かし方が不安定ってわけがないと──、いや、待てよ?
チベスナに呼びかけられてちょっと内心心配になった俺は、足元の様子を確認してみる。と──、
「…………んー、これは我慢してもらうしかないな」
気づいてなかったが、川辺の足元には石が多めに転がっていた。
いやまぁ、よくある河川敷のように大きめの石ころがゴロゴロってほどではないが、それでも土にまみれてけっこう小石が転がっている。こんな足元なら、そりゃソリがゴトゴトしててもおかしくないというものだ。
しかも地形的な問題だと俺にはどうしようもない。遠回りしてもいいがただでさえスタミナに不安がある俺なので、率直に言って遠回りして疲れたくない。
「なんでだと思いますよ! これはチーターの怠慢では?」
「足元見てみろよ」
「こんな揺れてるときに外に身を乗り出したら絶対落っこちると思いますよ。……はっ、さてはそれが策略だと思いますよ!?」
「誰がそんな無駄な真似するかよ!」
転げ落ちて川に落ちたら、多分チベスナびっくりして溺れるし……。そうして流されたチベスナを追いかけるの、俺の役目だし……。何が楽しくて自分が最終的に損をするようなイタズラをするというのだ。俺はワルガキじゃないんだぞ。
「川の近くだから、地面に小石がいっぱい転がってるんだっつの」
「じゃあそこから出ればいいじゃないですか」
「遠回りだからやだ」
あと、ソリで手が塞がってるから地図と方位磁針で方角確認ができないんだよ。川を目印に移動してるから、そこから離れたら迷子になるかもしれん。俺、方向感覚はそこまでよくないしな……。周り森だし。
「それにそこまでゴトゴトしてるわけじゃないだろ。タオルの上にでも座って耐えてればどうだ?」
「あ! その手があったと思いますよ!」
うむ、ゴトゴトの問題はこれで解決だな。
…………今更だが、ゴトゴトってなんか妙な表現だな。フレンズってこういう直感的な表現が多い気がする。直感的ゆえに俺もなんだかんだで迎合しているが……。
ここは文明的なフレンズとして、もうちょっとちゃんとした言い回しをしないとダメだ。反省しよう。
「……ふー、ようやくできたと思いますよ。でもチベスナさんはいいとして、チーターは良いと思いますよ?」
──そんな反省をしつつソリを曳くことしばらく。
タオルの椅子を作ろうと三〇分くらいゴトゴトと悪戦苦闘していたチベスナ(揺れるとタオルが崩れてしまうらしい)は、俺の背にそんな言葉を投げかけてきた。
「ハァ……ハァ……良いって何がよ?」
「ゴトゴトのことだと思いますよ。チベスナさんはタオルがあるから楽ちんですけど、チーターは疲れるんじゃないです? ただでさえ疲れやすいのに……」
「何をバカな。ハァ……っていうかさっきも言ったが、ハァ……ここの地面そこまで悪路じゃないからな。ハァ……ハァ……お前が勝手に気にしてるだけで」
「っていうかけっこう長い間ソリを引っ張ってるというか……チーター息切れてません?」
「…………言われてみればけっこう疲れたような」
っていうかかなり辛いぞ。なんか自分から言い出すのはダサい気がするのでなんとなく言えなかったが……。
「あー! チーター、また倒れますよ! 休憩! 休憩だと思いますよ!」
「おー……」
というわけで、今日も休憩の時間と相成った。
「まあ、ちょっとソリ曳いて疲れたくらいの疲労なんか文字通りすぐ回復するんだけどな」
で、二〇分ほど休憩したあと。
木陰のいい感じに草が生えたところで休憩しながら、俺たちは地面に広げた地図を見ていた。
毎地方恒例のその地方の名所チェックである。いつもは歩きながら済ませているが、今日はいい機会なので休憩がてらやることにした。っていうか、いつもそうした方がゆっくり観光スポットをチェックできるよね……。
いつも有り余る体力に物を言わせて歩きながら見てるが、今やってるみたいに地図を見るときはチベスナが覗き見しようとしてくっついてくるので、歩きながらやるとそこはかとなく邪魔なのである。アイツソリ持ってるから。
「とかなんとか言ってチーター、ゆきやまちほーであっさり倒れてたと思いますよ?」
「あれは疲労っつーか寒さにやられてただけだからな」
きちんと寒さ対策の防寒着を手に入れた今、あんなヘマは踏まん。まぁもう滅多に寒い地方にはいかないと思うが……。寒いし。
「ところでこのちほーには何があると思いますよ?」
「そうだな……」
言いながら、俺は目の前の地図に視線を落とす。
水辺地方は、島の中心部にあるサンドスター火山の北西に位置する地方だ。出島のようにちょっとだけ飛び出た部分を含めた海岸線のエリアなので、水辺地方っていうよりもどっちかというと海辺地方だな。
ちなみにキョウシュウエリアはあからさまに九州地方をモチーフにしているというか形が酷似しているのだが、そこで言うと水辺地方は天草のあたりにあたる。……あたる、はず。多分……。自信はあんまりない……。学生時代天草一揆の話でちょっと勉強したからなんとなく覚えてるだけだし……。
「この地方で一番でかいところと言えば、水族館だな」
言いながら、俺は水辺地方の一番広い場所の中心を指さす。
流石に一地方全てを遊園地にしたジャパリパークだけあって、水族館もバカでかい広さだ。水辺地方を形成している半島(と言ってもいいと思う)の大部分が水族館化している。
もしかしたら、PPPライブのときに出てきたあのステージとかも、水族館の施設の一部だったのかもしれないな。……そう考えるとあのライブ会場、ひょっとしてペンギンショーやらの為に……、
…………。……!
……ああ!! PPPがアイドルでペンギンなのって、
フルルみたいなぼんやりした連中がきっちりアイドルやれてるのがちょっと不思議だったが、もうそこは種族的にそういうのが得意ってことなのかもしれないなあ……。
「すいぞくかんだと思いますよ?」
「ま、今は多分もぬけの殻だと思うがな」
いくらなんでも時が経ちすぎてる。ラッキーが整備しているにしても中の動物は全員フレンズ化するか老衰でお亡くなりになってるだろうし、多分建物としてのデザインを楽しむ以外に面白みはないだろうなあ。
…………その前提で言っても行ってみる価値を感じるくらいに面白そうなのがジャパリパークの凄いところだよな。魚や水棲動物のいない水族館って、普通なら完全に無意味でしかないのに。
「もぬ……チーター」
「何もないってことだよ」
映画とかで聞いたことないか?
「何もない……ピラミッドみたいなのだと思いますよ?」
「んー、どうなんだろ? 詳しいデザインは地図からじゃ微妙だな……」
っていうか、バカでかいから建物としての体裁をとってるのかすら疑問だ。なんかこう、ステージゾーンと水族館ゾーンみたいな感じで『地域』レベルの区分けがされてるみたいだし。
「とりあえずステージゾーン行ってみるか? なんか殺風景な予感がするが、近いし」
「ステージゾーンには何があると思いますよ?」
「見た感じはー……」
ステージゾーンを指でなぞりつつ見てみると、どうもステージゾーンは動物の屋外展示も兼ねているようだ。まぁこれについては何もいないであろうことは分かり切ってるが……お!? ビーチがあるじゃん。しかもこれは……シーサイドパレス。日中は遊んで夕方は此処でお泊りすら可能というのか……流石ジャパリパーク、無敵の行楽地じゃないか……。
「喜べチベスナ、海水浴場があるぞ!」
「おー! かいすいよくじょうと思いますよ! ……なんですそれ?」
「この間遊んだばっかりだろ!」
砂浜だよ、砂浜。
しかも海水浴場ってことは多分マリンスポーツ的なのもできるからな。遊興が捗るぞ。
「おー、ろっじに行く前の砂浜だと思いますよ? また砂のお城を……二号……」
「まだアレ作るのか」
俺はそろそろ砂遊びじゃなくてマリンスポーツに挑戦したいぞ。雪山地方でも色々作ったし、正直何かを固めて象る系の遊びはそろそろ飽きてきた。
「よっ! なんか面白い話をしとるなー?」
と。
俺とチベスナがいつものようにこの地方での旅に思いを馳せていると──不意に、後ろから声が聞こえてきた。
「!」
その声があまりにも自然で──耳のいいはずの俺やチベスナがそんなに自然に『そいつ』の接近を許していた事実に気付いて、俺は思わずする必要のない警戒をしながら振り返ってしまった。
果たして、そこにいたのは。
「やー、驚かしてごめん。しっしっし、わたしは──ジャイアントペンギン。ま、よろしくなー」
────俺が
ということでサプライズ登場──パイセンことジャイアントペンギン先輩。
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