畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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パイセンの口調難しいです。


九七話:水先案内のススメ

「チベスナさんはチベットスナギツネのチベスナだと思いますよ。こっちはかんとくのチーター」

「監督じゃないが、チーターだ。よろしく」

 

 ジャイアントペンギンにそう言って、俺は招き猫の手を──作ってる! 招き猫の手になってるじゃん! また!!

 

「……どうしたんだ? なんか急に固まったけど」

「気にしないでいいと思いますよ。チーターいっつもこうなので」

「ははーん。……そーゆーけものから生まれたフレンズなんだし、気にしないでいいと思うぞ?」

 

 ……はっ! なんか初めてこの流れで諭された気がするぞ。

 

「ま、まぁまぁ……これは矜持みたいなもんだから」

「きょーじ? ……ああ、矜持。まー、そういうことなら何も言わないけどなー」

 

 あ、矜持で通じた。こいつはけっこう賢いフレンズだ。

 ちょっと感心していた俺に、ジャイアントペンギンはゆらゆらと体を揺らしながら、

 

「お前ら、このあたりのフレンズじゃあないな? 図書館に向かうならこっちの道に行くより、ちょっと戻って西の方──あー、左に行くのがいいぞー?」

「いいんだいいんだ。俺達、ここの観光に来たんだよ。もちろん最終的に図書館に行くつもりだけど、その前にこの先の水族館に行こうと思って」

「観光」

 

 と、ジャイアントペンギンは先ほどまでの余裕に満ちた表情とは違う、本当に素の真顔を見せた。……意味が分からない、わけじゃないよな。イントネーションがちゃんとしてたし。

 ま、観光に行きたいってフレンズは珍しいし、無理もないか。

 

「チベスナさん達の縄張りはへいげんちほーですけど、今はえいがさつえいの旅をしてると思いますよ」

「だから観光って言ってんだろ。それに最近映画撮影してないし……」

「…………はっはっは!」

 

 うおっ、びっくりした。

 俺とチベスナが軽く言い合ってると、ジャイアントペンギンが突然笑い出した。いったいなんだというのだ。

 

「観光。観光かぁ。お前たち変わってるなあ。よし、気に入った。わたしがこのちほーを案内してやろう」

「お? いいのか?」

 

 ジャイアントペンギンの申し出に、俺は少し驚きながら問い返していた。いやあ、今まで施設や一部地域の案内をしてくれるフレンズはいたが、地方全域レベルで案内してくれるフレンズなんていなかったからな。

 現地のフレンズの案内をつけつつ旅をするのはわりと初めての経験だが──ま、たまにはこういうのも楽しいだろう。

 

「せっかくだしやってみるといいと思いますよ」

「お前はこんなときでも態度がデカいな……」

 

 基本的にチベスナが『お願い』することってあんまりないよね。大体許可したり許容するような言い回しというか。口癖の問題かもしれんけど。

 ともあれ、そんなチベスナにもジャイアントペンギンは大して気にした様子も見せず、むしろおどけたような調子で、

 

「それじゃあ、つつしんでご案内させていただくぞ」

 

 と、仰々しくお辞儀をするだけの余裕すらあった。

 なお、チベスナにはこのユーモアは伝わらなかったらしく、フツーに『急に何言い出してんだコイツ?』って顔してた。

 

の の の の の の

 

みずべちほー

 

九七話:水先案内のススメ

 

の の の の の の

 

「でも、案内するって言っても、俺達行先決まってるんだけどな」

 

 三人で並んで歩き始めたタイミングで、俺は単刀直入にそう切り出した。

 直前まで話していた通り、水族館を回るつもりだったからな。水上のいい感じのスポットとか紹介されたりしたら困るし、土壇場で色々不具合が出るより、早いうちに切り出した方がよかろう。

 ジャイアントペンギンのリアクションについては半々の可能性(許容してくれるのが半分、想定外だと渋るのが半分)だったが──、

 

「水族館だろ? 観光したいんならそこが基本だろーしなー」

「おお! 話が早いと思いますよ! 流石ジャイペン」

「ジャイペンて……いやいやそうではなく」

 

 話、早! 流石に観光という概念を分かっているだけあって、観光するときに抑えておきたいポイントを理解できていると見える。……理解できてるのかよ。かなり高度というか文明的なのでは? こいつ……。

 

「別になんて呼んでもいいけどなー。()()は先輩とかジャイアント先輩って呼ぶけど」

「何で先輩なんだ?」

 

 フレンズに先輩とか後輩って概念があるところからして驚きだが、にしたって上下関係とかなさげなフレンズが誰かのことを先輩と呼ぶとは珍し──いや、よく考えたら平原地方だけで見てもライオン様だのヘラジカ様だのがいたっけ。アレは群れのボスだからだが。

 

「ん? そりゃージャイアントペンギンだからじゃないか。ほら、ジャイアントペンギン。分からんか?」

「うーん……」

 

 なんかめっちゃデカいのであろうことは想像つくが、ジャイアントペンギンが何なのかはちょっと分からんな……。どっかで聞いたことあるような気はするが。

 っていうか今さらっと流してたが、フレンズと元動物トークするのってなんか変な感じだな。

 

「ジャイアントペンギンというのはだな。現生ペンギンたちの祖先──つまり古代のペンギンってことだ。先輩の『けもの』だから先輩。分かりやすいだろ?」

「ああ……なるほど」

 

 価値観が『動物』なフレンズにとって、上下関係や階級は基本的に群れの中に存在するものしかない。そんなフレンズたちが、『先輩』という人間社会の階級を認識できるとしたら──それは『人間の解像度』で見直せば動物の世界にもあるもの、ってことになるわけか。

 要するに、動物からしたら祖先の種族が先輩ってこと。スケールのデカい話だなあ……。

 

「……ってことは、俺にとってはサーベルタイガーとかが先輩になるのか?」

「トラ感あんまりないけどなー」

 

 なんてくだらない話をしつつ。

 

「ただ、水族館──見てもそんなに楽しいとは限らないぞ?」

「ん? どういうことだと思いますよ」

 

 あっ。

 

「だって、流石に今は何もないからなー。見てもそこまで面白くないというか」

「チベスナさんそれ知ってると思いますよ。もののけのからですね?」

「もぬけの殻な」

 

 もののけの殻ってなんだ。生え変わりの季節か?

 ともあれ、『普通の観光』という概念を知っているが故の誤謬(ごびゅう)に陥っているジャイアントペンギンが誤解したままというのも据わりが悪い。俺はチベスナへのツッコミもほどほどに注釈を入れるべくさらに口をはさんだ。

 

「でも、それでいいんだよ。俺ら別に動物が見たいわけじゃなくて、『水族館』っていう施設そのものを楽しみたいだけだから……廃墟になってたとしても、そういうの込みで」

「廃墟でいいのか? それはお前ら……フツーに変わってるな。まー動物を見に水族館に行くって言いだしても、それはそれでフレンズ的に変わってるけどな」

「チーター」

「向こうの言ってることが分からないからって俺に聞くなよ。要するに変わってるってことだ」

 

 動物を見に行くために水族館に行くのはフレンズ的に変わってるけど、廃墟でもいいから水族館が見たいっていうのはスタンダードに変わってるって意味だろうな。

 まぁチベスナには言っても分からんと思うが。

 

「っつか、パークにあるのなんて大体廃墟だし……。それでもけっこう楽しめるもんだよ。元が相当楽しかったんだろうな。ジャイアントペンギンはあんまりほかの地方には行ったことないのか?」

「んー? そういえば最近はあんまり出歩いてなかったな。昔は色んなとこ行ったけど、色々あった今は、やっぱり此処が一番合うんだ」

 

 まぁそうだろうな。ジャイアントとはいえペンギンはペンギンだろうし。

 

「ま、わたしの出身自体は此処じゃなくて、こうざんのあたりなんだけどな。お前なら分かるかこの理由。ん?」

 

 と、そんな話の流れで、ジャイアントペンギンは俺のことを試すような目で見た。

 

「あ! チベスナさん分かると思いますよ! 実は空が飛べますね!」

「飛べないんだなーこれが」

 

 ペンギンだっつってんだろチベスナ。

 んで、んー……。出身地方が高山地帯な理由? こういう聞き方をするってことは、元動物の生息地帯が高山だったから……とかではないんだよな。っていうかジャイアントペンギンって既に絶滅してる古代のペンギンらしいし……。

 出身……って、()()()()()()()()出身だよな。ならそこで、フレンズ化前のジャイアントペンギンがサンドスターを浴びたってことになるわけで……。

 ……じゃあ、化石がそこにあったのか。そこに都合よく化石が埋没していたと──いや違うな。

 そういえば、思い出した。

 確か高山地帯って、化石博物館があるんだった。結局俺らは高山地帯を抜けるのに精一杯でそこには行ってなかったが──フレンズ化前のジャイアントペンギンがそこに展示されていたなら、廃墟になって保存状態が悪くなったところにサンドスター火山の噴火が発生したタイミングで──とかあるかもしれない。

 

「化石博物館で展示されていたから。どうだ?」

「おお! なかなかすごい知識量。やっぱお前変わってるな……」

 

 あ、お前()じゃなくなった。

 

「でも残念。そうじゃーないんだなー。まぁイジワル問題だし正解ってことにしといてやろう」

 

 えー、これで正解じゃないのか? だとしたら……なんでだろう。正解ってことにしておくっていうあたり、多分当たらずとも遠からずなんだろうが……。あ、展示はされてなかったけど保管庫にあったとかそのあたりか? まぁ別にどっちでもいいか。

 

「で、えーと何の話をしてたんだったか。……そうそう、わたしがほかの地方に行くのか? って話だったなー」

「チベスナさんと同じこうざん出身ってことは分かったと思いますよ。でも、実はそんなに旅とかしたことないのでは? まぁチベスナさん達がすごすぎるのでそれが普通だと思いますけど……」

「ここぞとばかりにイキり倒してるな……」

 

 まぁ、俺の予想ではそんなことないと思うけども。多分かなりフレンズとして過ごして長いと思うし、地味に博士レベルにいろんなことを知ってるんじゃないか? そういう意味では、昔ではあると思うけど、けっこういろんなところを旅してきたはずだ。

 思うに、多分コイツは()()()()()()旅を経験しているはずだ。図書館か何かで観光についての本を読んだか……。ともかく、何らかの理由で観光のことを知り、俺達と同じようにこの島を観光して回ったのだろう。そう考えれば色々と物知りなのも納得がいく。

 

「もちろん、いろんなとこを旅したことがあるぞ」

 

 ほらやっぱり。だから言っただろ、コイツもこいつで多分ライオンみたいに大人びた性格のフレンズなん、

 

「例の異変の前は、島の外にもたまに泳ぎに行ったけど……そういえば、最近は全然だったなー」

 

 あっ、スケールが違ってらっしゃる。

 

「??? しまのそと?? チーター??」

「だから何で俺に振るんだよお前……」

「あっはっは、多分そこまではチーターも分からんと思うぞー」

 

 ジャイアントペンギンはそう言って笑い、

 

「ま、ジャパリパークはこの島だけじゃないってわけだ……。島の外にも、此処と同じように当然パークがある。……ししし。知りたいか? 知りたいか?」

「知りたいと思いますよ!」

 

 ああ、鮮やかなまでに釣られている……じゃなくて!

 

「いやいやいや! 確かにそこは気になるが……いくらなんでもおかしいだろ! 今例の異変って言ったな!? その前のことを知ってるって……お前、何者だよ!」

「お? そこに突っかかるってことは……お前も『例の異変』や島の外のことを知ってるってことだなー」

「うっ……いやそういうわけでも……」

 

 くっ、完全に俺の方だけ情報を引き出されてる感が……。

 

 っていうか、そこに違和感をおぼえたら色々とおかしいぞ、コイツ。

 『ヒトの観光』を知っているのも、『ヒトのユーモア』を知っているのも。さっき言ってた『普通に変わってる』って言葉だって、考えてみれば『フレンズ的に』という意味じゃないってことは……それって、()()()()()()()()()変わってるって意味じゃないか?

 そのうえ『例の異変』の前を知ってるって言葉からして……コイツもしかして。

 

「ま、それについては別にあとでもいいか。そうだなー、わたしは別に、他のフレンズと大して変わらないけどなー」

 

 ジャイアントペンギンはそう言って笑い、こう続ける。

 

「ただ、パークが運営してた時代からずっと生きてきただけのフレンズだ。ゆる~く、なが~く生きてきただけの、な~」




・こいつはけっこう賢いフレンズだぞ。
チーターより遥かに賢いですね。

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