畜生道からごきげんよう   作:家葉 テイク

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一〇〇話が目前に迫ってきました。


九八話:未だ星無き夜天

「例の異変……前から?」

 

 ジャイアントペンギンの言葉に、俺は思わずそう問い返していた。予想外の発言ってわけじゃあなかった。言う直前には思い至ってたしな。ただ、それでもなお、問い返してしまうくらい──現実感のない発言だった。

 だって、例の異変ってあのツチノコや博士助手でさえ伝聞調の出来事だからな。それこそヒトが生きてる時代に暮らしていたフレンズしか知らないことなわけで……それって言うなれば、ジュラ紀のことを覚えてますって言ってるようなもんだ。

 だが、そんな俺の信じがたいものを見るような目にもジャイアントペンギンはあっさりとした様子で、

 

「んー。まぁね。ちなみにチーターは()()()()についてどこまで知ってる?」

 

 問い返したそばから、ジャイアントペンギンは言った。

 どこまでって──と思って、俺も例の異変についてそこまで詳しくないことに思い至った。アレってけっこう、考察でも解釈が分かれてたような気がしたんだよなー……。俺はもう細かいことは覚えてないけど、巨大セルリアンの討伐が例の異変って言われたり、実はそうじゃない別の異変があるとかって話があったり……。

 

「……なんかヤバイのが起こったってことくらいしか。大勢のフレンズがそれでいなくなったり、パークの運営が難しくなったりしたんだろうなっていう推測くらいはしてるが」

「チーター?」

「なるほど、そういう感じか。まあー……簡単に言えば、わたしはその前からいたフレンズの生き残りってわけだ。海のフレンズにはけっこう長生きな奴もいてな。わたしほどのはいないけど、セルリアンは海には近づけないからな……」

「ああ、それで……」

「チーター?」

 

 チベスナうるさいな。……と、いかんいかん。そうか、こういう話をされたらチベスナはついていけないもんな。多分興味もないだろうし。

 

「ま、この話はこのくらいにしておくか。チベスナには分からないだろうからなー」

「むっ、そんなことないと思いますよ! 何ならさらなる新情報を……」

「コラコラチベスナ、ムキになるな。ジャイアントペンギンもめんどくさくなるからあんまり煽らないでくれよ」

「にしし、すまんすまん。可愛くってついなー」

 

 こいつ、けっこういい性格してやがるな……。

 

「それより案内だったな。ほら、そろそろ見えてくるころだぞ。みずべちほーの水族館、その最初のアトラクション────ステージゾーンだ!」

 

 露骨に話題を切り替えたジャイアントペンギンの言葉に前方に意識を集中してみると──。

 言う通り、そこには今までの青々とした自然の景色とは別種の自然の景色が広がっていた。

 岩山を模した塀によって形作られたそこは──まさしく、海岸線の岩場。リアス式海岸を思わせるゴツゴツした『無機質による自然』は、ぱっと見ただけでは水族館のアトラクションとは思えないくらいに風景と調和していた。

 このへんは、やはりジャパリパークという感じだ。やっぱり廃墟とはいえ、こういう細かい造詣の細かさを見ているだけでけっこう楽しめちゃうんだよなー……。もともとのセンスやこだわりが極まってると、いくら劣化してても一定の面白さが残るというか。廃墟としても面白いというか。そういう感じだ。

 

「……しょーじきわたしはここで『もぬけの殻じゃん』みたいなリアクションをしてくると思ったんだが……ほんとにこういうので楽しめちゃうんだな、お前ら」

 

 半ば呆れたように言うジャイアントペンギンに『お前ら』と言われて横を見てみると、チベスナの方も尻尾が楽し気に揺れているのが分かった。

 あれ、お前こういうの楽しめる性質だったっけ。俺が感心してるところに冷や水浴びせてくるのがお前の普段の行動だった気がするが……。

 

「みずべちほーにもこうざんみたいな場所があったと思いますよ。低いのに面白いですね」

 

 ああ……生まれ故郷みたいな感じのする場所に興味を示していたと。チベスナらしいな……。

 

「アイツはともかく……そもそもほかの地方のアトラクションもこんな感じだったしな。本来の楽しみ方ができるところの方が少なかったくらいだ」

 

 植物園とか、ピラミッドとかはそうでもなかったけどな。あれ、そう考えると砂漠地方って意外と保存状態よかったのか? 地下道はボロボロだったが。

 

「筋金入りだな。ま……水族館としての楽しみ方は半減でも、そういう意味なら此処は意外と見どころありそうだぞ? 何せジャパリパークは、基本的に色々凝ってるからなぁ」

「それは分かる」

 

 俺が常々思ってたことだ。ジャパリパーク、基本的に色々凝ってる。

 この感覚を共有できるフレンズに出会えるとは思わなかった……。チベスナがこの先色々なものを見て目が肥えたら、そのうち通じるようになるかなと思ってた程度だった。

 

「ま、わたしはそれが良いものとまでは思わないけどな」

「そうか? まぁそうか……」

 

 言われてみれば、俺も昔はそこまでこういう施設そのものの設計理念(?)に思いを馳せたりすることはなかった気がする。

 多分、ジャパリパークを旅するようになって、壊れた施設を前にその設計者に思いを馳せることが多くなったからこそ、なんだろうなぁ……。

 

「チベスナさんはさっきから全然分からないと思いますよ」

 

 と、俺とジャイアントペンギンが話している横で、チベスナがむくれながらそう呟いた。そうむくれるなよ。俺にとっては貴重な、対等な視点で話ができるフレンズなんだからさ……。

 

「風情ってことだよ」

「なるほど、お風呂でジャパリまん……」

 

 その納得の仕方はどうなんだ。

 あとチベスナ、何気にさっき『分からない』ことを否定してたけど、やっぱ分かんなかったんだな。

 

の の の の の の

 

みずべちほー

 

九八話:未だ星無き夜天

 

の の の の の の

 

「で、ここは既に水族館のステージゾーンだぞ」

 

 と、ジャイアントペンギンがだしぬけにそう言ったことで、俺はようやっと既にアトラクションに入っていることを思い出した。

 というのも──ジャイアントペンギンとの話が弾んでいたのもあるが、周りがあまりにも()()()()()()()()()()のだ。

 もちろんここはステージゾーン。動物の屋外展示やショーのステージなんかがたくさん散らばっている場所なわけで、本物の岩場のように歩きづらかったりするわけではない。

 ただ、屋外展示の塀や道、階段、壁など──大体の要素が岩で構成されていて、その構成具合も実に自然な感じなのだ。その作りがあまりにも自然なものだから、俺としては普通に水辺の岩場を探索しているような気分になって、水族館にいるという自覚が薄れてしまっているのだった。

 俺でこれなのだから、多分チベスナなんて余計にだろう。

 

「マジか。えーと、ちなみに見どころは?」

「ペンギンがいなくなったペンギンの展示だな」

「それは虚無を展示してるんじゃないか?」

 

 見ている側の心も虚無に包まれそうだし……。

 まぁ、そういうときは説明のボードとかを読むといいんだよな。多分ジャパリパークのことだし、説明好きなボードが確認できたりするはず。そして説明のボードを読むだけでも色々バリエーションがあったりして楽しめるはず。

 ここの近くにあるのは……、

 

「お、ロイヤルペンギンのボードだ。やっぱりあった」

 

 注意深く観察してみると、塀を構成している岩の隙間に、埋め込まれたような形でロイヤルペンギンの解説をしているボードがあった。何もここまで徹底しなくても……。ちょっと探しづらいぞ。

 

「お? チーター、字が読めるのか?」

「ふふん。チーターはかんとくなので字が読めると思いますよ。そしてもちろんむーびーすたーであるチベスナさんも……」

「おお! それは凄いな。チーターはともかくチベスナは意外だったぞ」

「それどういう意味だと思いますよ?」

 

 売り言葉に買い言葉というよりは、本当にどういう意味だか分かってなさそうなチベスナはさておき。

 

「監督じゃないが。……ジャイアントペンギンも字くらい読めるんじゃないか?」

「んー、まぁな。読めるといえば読める。でも、長いこと字なんて読む機会もなかったしなぁ、大体忘れてるぞ」

「あー……」

 

 なるほど、確かにヒトが撤退した後のジャパリパークで文字を読むスキルなんか使わんわな。そして使わないスキルはいずれ錆びついていく、と……。

 義務教育とかで物心がつく前に文字を覚えた俺はおそらくいくら時間が経っても忘れないが、そのへんは本当に『後天的』に文字を覚えたフレンズならではの弊害だな……。

 ともあれ、ジャイアントペンギンはあんまり文字を読むのが得意ではないようなので、俺が文字の説明を音読することにする。

 

「えーと、どれどれ。『ロイヤルペンギンはマカロニペンギン属のペンギンで、主に南極に生息しているよ』」

「南極ってどこだと思いますよ?」

「海上のど真ん中にある雪山地方みたいなところ」

 

 チベスナにこたえつつ、俺は音読を続ける。

 

「『白い顔に黄色い冠羽が特徴だね。マカロニペンギンとは種族的にも近くて、種間雑種もできるんだよ』」

「しゅかんざっしゅ?」

「俺も微妙……」

 

 多分、文字的に種族の間で雑種ができるってことだと思うけど……。

 

「種間雑種っていうのは、異なる種類の動物同士で雑種ができる──つまり交配できるってことだ。ライガーとかレオポンとか聞いたことないか?」

「ないと思いますよ」

「なるほど、よく分かった」

 

 やっぱりそういうことね。っていうかジャイアントペンギン、そういう方面にも詳しいのか。やっぱ長いことフレンズとして過ごしてたってことは、研究者や飼育員とかかわったりすることも多かったんだろうか。

 これは意外と生物学系の知識に関してはけっこうありそうだぞ。

 

「『ちなみにロイヤルペンギンは今のところジャパリパーク以外では世界のどこでも飼育されていない、とても珍しいペンギンなんだ』。へー、そうなんだ」

「珍しいペンギンだと思いますよ」

 

 もういないけどな。っていうか『どこにもいない』ってかなり更新性の高い情報だと思うんだが、そんなに新たに飼育される見込みのない種類なのかね……。絶滅危惧種か何かなんだろうか。

 

「ちなみに、わたしの後輩にもロイヤルペンギンのフレンズがいるぞ。意地っ張りだけど頑張り屋で、応援したくなる面白いヤツだな! ししし」

「へぇ」

 

 ロイヤルペンギン──プリンセスだよな。ペンギンたちに先輩って呼ばれてると言った時点でそういうつながりがあるのは予想できていたが、こういうふうに言及するほど強いつながりだったとは。

 

「今もわたしの話に影響されたんだか知らないけど、アイドルを目指すーって言ってな。今頃はとしょかんのあたりかね。案外迷子になってるかもしれんけど」

 

 確かに。道間違えてロッジに行ったくらいだしな──って、ジャイアントペンギンの話に影響されて? ってことは……まさか、プリンセスがアイドルを目指した理由ってジャイアントペンギンにあるのか!?

 マジか。そんな裏設定があったとは知らなんだ……。

 

「昔は、あそこのステージでペンギンのフレンズが歌ったり踊ったりしてたもんだ、って話をしたらな。……今はまだ、誰もいないけど──」

「そのうち、あそこでライブとかやるのかもしれないな」

 

 岩場に囲まれたステージは、アニメでPPPがライブしていたステージとは似ても似つかない場所ではあるが──。

 アニメでは描かれなかったいつかの時間軸では、多分PPPがあそこでライブをしたりもするのだろう。なんか夢のある話だ。

 

「しかし、南極生息のペンギンで旅ってのもかなりガッツがあるよな……」

「そのうえおっちょこちょいで抱え込みやすい性格だしなー。正直ちゃんとやってけてるか心配だけど」

 

 ジャイアントペンギンはそう言って、小さく笑う。言葉とは裏腹に、どうにかなりそうみたいな心配は欠片もしていなさそうな声色だった。

 

「ま、アイツの根性は信頼してるから大丈夫だとは思うけどな! ……そうだ。お前ら、もし図書館に行く途中でアイツを見つけたら、ちょっと世話してやってくれないか?」

「別にいいですけど、どんなカッコしてるか分からないと思いますよ」

「そこは大丈夫だ。さっきのボードの説明見ただろ? チーターならなんとなく一目見れば察しがつくだろーよ」

「まぁ……だろうな」

 

 そもそも、姿形は知ってるし。ジャイアントペンギンは絶対そういう意味で言ってないだろうが、分かることに違いはない。

 

「そういうことなら、任せとけ。俺もこのパークにペンギンアイドルを復活させたいってフレンズがどんなヤツなのかには興味があるからな」

「チベスナさんもあいどるがどんなものか興味あると思いますよ。むーびーすたーのライバルに……」

「ムービースター、かー? ……お前が?」

 

 む、ジャイアントペンギンが引っかかった。

 それに対して、チベスナが心外そうな表情を浮かべて……。

 

 俺は慌てて、チベスナを宥めにかかった。スターならもう少し余裕を持ちなさいよ。




こういう感じで、本人(プリンセス)のあずかり知らないところで根回しをするので
結果的に後輩連中から「よく分かんない情報網が……」って思われるんだと思います。

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