Muv-Luv ~岩国基地防衛戦群像劇~ 作:グノーレフリスク
1998年7月8日2150時 国連軍岩国基地
「斯衛軍第三大隊、国連軍第512大隊は直ちに南部防衛線に移動、包囲下の第五師団と臨時集成戦術機大隊『山桜』を救出せよ。」
これが今回の任務の概要だった。
いくら練度が高いからといって毎度毎度こんな戦場に送られては命がいくつあっても足りない、と斯衛軍中尉一橋頼季は愛機である紅い瑞鶴を操りながら思った。
「ホークス2より大隊各機、国連軍が後ろで援護、我々は突入して血路を拓く。ついてこい!!」
「「「了解!!」」」
第三大隊も随分減った。下関から撤退した頃はまだ30機はいたのに今ではその3分の2だ。そんな戦力で2kmものBETA密集地帯を抜けようとしているのだ。
「南無八幡大菩薩」
いつものように唱える。
大丈夫だ、いつものように生き残れる。
地面直上の低高度で最短距離を突き進む。
孤立した戦車を見た、
取り残された避難民を見た、
絶望に抗う彼等を希望を持って自分達を見上げる彼等を、
無視して進む。
国民を守るための軍を救うために国民を見捨てるのだ。何ももんだいはない。
何も考えるな。
目の前に現れた要撃級を横に薙ぐ
背後から近づいてきた要撃級を切り裂く
悩んでいた若い衛士は下関の赤間神社で避難民を守ろうとして戦車級に喰われた。
避難民も誰一人として救えなかった。アイツは...クソ...
戦車級が群がって...今でもあの硫黄臭が...
腹いせのように近くにいた戦車級の群を叩き斬る。
これが栄光ある元将軍家親藩の末裔か、
斯衛軍か、
皇帝陛下を
将軍殿下を
帝国臣民を
まもる醜の御楯か、
目的地まで1000mをきった。
此処までに何人の人の願いを切った?
嗚呼八百万の神よ、八幡大菩薩よ、人の神は何処に有りや?例え地獄が満杯になろうとも我らを見捨てる道理は有るまいに
否、地獄は此処だ。ならば我らも彼らも凡て地獄の獄卒、鬼に鬼と言って言われて何が悪い?
味方も随分減っている。誰も救援要請を出さずに静かに消えていく。
「っああああああああああああ!!!」
突撃級に弾かれ折れた長刀を投棄、すぐさまもう一本を右手に保持させ突撃を開始
「ランディングゾーン200m前!!着陸用意!!」
平地に着陸、周りのBETAを排除する
すぐ前には包囲網から突破してきた第五師団、その後ろには無数のBETA、
残存推進剤は3割、帰投は不可能、第五師団は通りすぎ、異星起源種と相対する
これは此方と彼方の生存戦争
そうだこれは戦争なのだ
ならばどんな手段を使っても構わない
「ホークス2に継ぐ、此処は自分が引き受ける、貴官らは転身せよ、そして生き残れ」
これは転身だ。断じて敗北などではない。今なら大東亜戦争時の大本営の参謀達の気持ちもよくわかる。
「お、おいっ待」
回線を切る。
生き残れ
杜甫は国破れて山河有りと詠んだ、彼等の戦争ではまだ人が残っていた。
だが此度の戦争は国も山河も滅びる、人すら滅びようとしている。
滅んだ国を山河を悼むのはBETAか?
断じて否、人間だ。人間が、人間だけが滅んだ山河を
悼むのだ。
「国破れ山河有れども人在らじ
春望の詩誰かは詠まん」
辞世の句をひとりごちて苦笑する、もう聞く人もいまいに
BETAとたった一騎で闘う...これ程の暴挙に陥った人間は今まで...
いや幾人もいた。俺が此処に至るまでに俺が見捨てた数ほどいたのだ。
ならばこれは自業自得、他人の死を見棄ててきた誰かは此処で一人死ぬ。
だが怪物達よ同類よ、俺が、人間が簡単に滅ぶと思うなよ。
返り討ちの刀は未だ折れずに此処にある、耳を揃えて返してやるから首を洗って待っていろ。
1979年冬 ポーランド人民共和国領エルブロンク市
少年戦車兵は地獄の亡者の行進を見た
西へ、西へと歩く難民達
肉親が倒れても気にも止めない
寧ろ遺品を奪い合う
そんな彼等を撃てと言われた
ヴィスワ川防衛線構築の邪魔になるから
大隊長は言い切った
彼等は軍をひいては人類の邪魔をする人類の敵だと、
だから何も問題はないのか
違う、
小さく、しかし確かな声が世界の何処かで響いた
国民を守るのが国のはずだ、共産主義国家のはずだ
狂った総統や国王や将軍の為に命を棄てるヤツらとは違うはずだ
こんなこと、きっと、絶対、間違ってる
現実は非常だ
装填手が舌打ちしながら少年を突き飛ばし
機関銃が禍々しい音をたてて火を吹き
難民達は真の意味で亡者となった
その日、少年のちっぽけな理想は泥の中で汚れきった