Muv-Luv ~岩国基地防衛戦群像劇~ 作:グノーレフリスク
津和野町
町内には死の匂いが立ち込めていた。歴史浅からぬ山陰の小京都の姿はもはや見る影もない。BETAが跋扈する阿鼻叫喚の地獄の中を牧野陽警部補は一人さまよっていた。
「はあッ、はあッ、畜生っ...!!」
物陰に隠れて雨と血に濡れた上着を脱ぎ捨てる。7月の肌寒い風に身を晒す。最悪の、そしておそらく最後の一日だ。
物音と悲鳴、叫び声はするが肝心の怪物の姿は通りにほとんどない。それもそのはず、大半のBETAは地中から出現すると同時に北と南、おそらく広島市と松江市に向かっていったのだ。その他はおそらく家の中で「食事」でもしているのだろう。
為すべきことは既にした。自分の勤め先、交番で県警に連絡。銃もとってきた。後はここから脱出するだけだ。
だが、実際問題、そんなことが出来るのだろうか?警官といえどもBETAを倒す訓練なんて積んでいるはずがない。家の陰から次の家の陰まで20m程度。その距離が限りなく遠い。
グシャグシャ、ゴキッ、家の中で音がする。先ほどから聞こえてきた悲鳴が聞こえない。
「う...うああっ...」
今なら行ける。そう考えたのは彼の焦りとパニック、恐怖によるものだった。
彼は走り出した、なんとかなると信じて。
すぐに白っぽい、人間を模したようなおぞましい怪物がこちらをむく。あり得ない素早さで近寄る。思わず拳銃を取り出して撃つ。乾いた音が響く。
それがまずかった。BETAが一斉にこっちを向いた、気がした。
「ひッ、あ...ぁあああああああああ!!」
無我夢中になって撃ち続ける。弾倉が空になる。
「はぁっ、はあッ、」
BETAは、倒れずにこちらを未だ向いていた。
「く、来るなぁ..!」
拳銃の再装填は間に合わない、咄嗟に拳銃を投げてしまう。悔やんでももう遅い。拳銃は
BETAにも当たらず地におちた。
BETAがいたぶるかのようにゆっくり近づく。振り返えるが、そこにもバケモノ。
「こ、のっ、化け物共めえぇぇっ!!」
今や信じられるのは己の肉体のみ。彼はBETAに拳を向けて走り出した。
日本海に展開していた米海軍第7艦隊の戦術機甲部隊が日本軍の要請を受け現場に着いたときには既に饗宴は終わりかけていた。
空中からの40mm斉射で蝟集していた戦車級を蹴散らして2機のF/A-18が着地する。
既に大型種はツワノにはおらず、街の一角には突撃級が掘ったと思われる大穴と、
「Oh,shit...They ate him,We,we can’t save.sorry」
(畜生、奴ら喰いやがった。済まない、救えなかった...)
辛うじてそれと判別できる若い人間の下半身があった。
「...That’s terrible.Report it to our boss.I inquiry this cave while you do it.」
(...酷いな、上に報告しておけ。俺はその間にこの洞を調査しておく。)
彼は小型種を蹴散らしながらセンサー類を一斉に起動させBETAのおおよその数と進んだ方向、光線級の有無を調べようとした。結果は彼の予想外であった。センサーは多数の光線級、要塞級の足跡を検知した。
「Fuck!Stop reporting and call HQ,It’s emergency!A large number of BETA is going south!they’ll reach SITONAIKAI sea in 2hours!Many raser and fort classes accompany with them!」
(畜生!報告を止めて司令部を呼び出せ!緊急事態だ!多数のBETAが南に向かいやがった!2時間以内に瀬戸内海に達するはずだ!多数の光線級と要塞級と共にだ!)
返答がない。
彼が振り返ると、
そこには天を衝くほど巨大で吐き気をもよおすほど悍ましい要塞級が1匹、戦術機を踏み潰して佇んでいた。
30分後 日本海海上 第7艦隊旗艦 強襲揚陸艦ベロー=ウッドCIC内
外は大雨であったが艦内は充分快適であった。若干冷房が効きすぎているCICでは二人の将校が話しあっていた。
「艦長、ツワノに派遣した戦術機分隊が1機損失ながら帰投しました。その衛士から報告です。」
通信兵が報告する。
「ふむ、国連軍には、報告しておいてやれ。衛士達には休息をとるようにと」
「艦長、この状況なのに偵察だけで援軍を出さないのですか?日米安保条約違反ですぞ。」
「いいかね、中佐。君は艦上機衛士の育成がどれ程コストが高いかしらんからそう言えるのだ。もう我々は1機と1人喪った。損失はもう充分だ。彼らをこんな陸戦で、光州事件を起こすような国で喪う訳にはいかんのだよ。それに、」
「それに?」
艦長はしまったという顔を一瞬したがすぐにニヤッっと笑って続けた。
「ここだけの話だが、上は「より人類に貢献できる日本政府を欲しがっている」。この位の事は日本政府との関係悪化のためにおそらく見逃すだろうな。」
その顔言葉を聞いて中佐は背筋が凍った。
...あぁ、我が国は人類滅亡の淵であっても国益の為に国家間の対立を助長させるのか
二時間後 広島県広島市内 産業奨励館
館内には輸送バスを待つ人々で一杯だった。
だが彼らの顔に深刻そうな表情は浮かんでなかった。
ラジオやテレビではずっと「防人ライン」の堅固さを喧伝していたし、今回の避難もBETAによる環境被害を避けるための一時的なものと説明されていた。
何よりここ広島は瀬戸内海に面した一大軍事都市だ。
南部の宇品港は陸軍の施設だったし、更に、東に目を向ければそこには東洋一の軍港、呉があった。
誰かが持ち込んだラジオからは国営放送のアナウンサーが状況に対する楽観的な見通しを語っていた。いや、騙っていた。
彼らは急に高速道路の上りの交通量が増えたことも、軍の兵士や士官が何か張り詰めたような顔で市内に繰り出していたことも、戦術機が超低空で飛び始めたことも、一度など海上に一条の光線が走り、高度を上げすぎた1機が撃ち落とされたことも知っていた。
だが、誰一人としてそれを九州地方の壊滅として受け止めた者はいなかった。
素朴に軍の精強さを信じていたのだ。
ラジオが数回目の防人ライン特集を始めたときだった。
地面が何の前触れもなく大きく揺れた。
地学を少しでも噛ったことがある人々はこれは地震ではない、何か別のものだと感じた。
しかし行動を起こすには最早遅すぎた。
次に硫黄の臭いが館内に充満した。
そして産業奨励館のあの特徴的な大きなドームを真下から光線が貫いたが、この瞬間を見たものはほとんどいなかった。
地中から百鬼夜行のような怪物達が現れ、館内を百鬼夜行がいるに相応しい場所、地獄に変えたからだ。
同様のことが広島城や宇品港で起きた。
持ち主のいなくなったラジオはその数分後に中国地方全域に避難命令が発布されたことを虚しく喚いていたが、やがてそれも赤い蜘蛛のような怪物に喰われて聞こえなくなった。
べんきょーいやだーおふとんにかえるー