血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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大変お待たせしました。第97話スタートです。
いかなる災害の時でも職員は全力で事態の収拾に当たっています。アンツィオ高校ではどう言う対応を取るでしょうか?今日は船舶関係のお話が出てきます。私は船舶についてはあまり詳しくないのでわかりませんが、もし矛盾点などあったら教えていただけると嬉しいです。
ちなみに、艦長は軍隊や自衛隊においての言葉のようですが「学園艦」ですのであえて艦長にしています。


第97話 アンツィオ編 漂流

カルパッチョは、心の中のペパロニに問いかけてしばらく経った後にパンと自分の両頬を叩き気合いを入れて目を見開いた。そして、カルパッチョは部屋を囲うように設置されたホワイトボードを一つずつ確認していった。ホワイトボードには新たな情報が書き込まれている。また数人の遺体が新たに発見されたこと、ガスタンク群の火事が未だ収まらないことなどが記載されていた。カルパッチョは、真剣な眼差しでそれを一つずつメモしていった。そして、最後にホワイトボード行動表の自分の名前のところに'本部内に出勤'と書きこんだ。その行動表には向かって一番右端の枠に災害対策本部の職員全員の個人名と設置された班の名称が書かれており、その隣の横長の自由記入のスペースに今どんな行動をしているのかが書かれている。例えば、風紀委員は現在、行方不明者の捜索と遺体の収容、そして治安維持のパトロールを行なっていてその中でも風紀委員長は行方不明者捜索と遺体の収容の任を行なっているとのことだった。こういう具合に一目見れば誰がどこで何をやっているかわかる便利なものである。今でこそ当たり前のように災害対策本部内で使われているこの行動表は、カルパッチョの指示で取り入れられた設備だった。彼女が災害対策本部に着任するまで、こうした設備はなかったので誰がどこにいるか分からず災害対策本部内がいつ機能不全に陥るかわからない状態になっていた。これから先、そんなくだらないことで機能不全に陥っていては災害対策本部の資質が疑われかねない。もしも、この災害対策本部が無能集団と見限られたら恐らく一般生徒たちは二度と指示に従わなくなるだろう。それは何としても避けるべきことである。緊急事態時は行政だけではやれることに限界があり、一般レベルでの協力が不可欠である。もしも、災害対策本部が信頼をなくしてしまっては協力を仰ぎにくくなることはもちろんのこと最悪、一般の生徒たちが避難命令などに従わずに災害対策本部が予測できない思わぬ行動を取った場合、死者や怪我人をさらに増やす可能性があった。さらに、これから先に西住みほ率いる大洗女子学園反乱軍派による攻撃が行われる可能性はもはや90%を超えており、しかも今回の攻撃よりさらに苛烈になる可能性が大いに高い。西住みほや知波単がなぜここまでの兵器を保有しているのかは全く不明だが、今回の空襲の結果を鑑みれば相当な戦力を保持しているのは間違いない。それらの兵器で次に攻撃されたらその時はどれくらいの被害が出るか検討もつかない。それだけではない。現在この日本の海には知波単や聖グロリアーナ以外にも西住みほ率いる反乱軍への支持を表明した学園艦が数多く存在する。もし、それらの学園艦と遭遇した際、西住みほの敵となったアンツィオ高校学園艦は強制的に停船させられて臨検を受ける可能性がなきにしもあらずだ。確かに、学園艦は司法警察官吏及司法警察官吏ノ職務ヲ行フヘキ者ノ指定等ニ関スル件 第7条が定める20トン以上の船舶であるため同法を根拠として学園艦艦長、機関長などに特別司法警察職員としての権利は法律で認められているが、それは船内で何らかの犯罪が起きた場合のみ認められるものであり、船内で何も犯罪が発生していないにも関わらず、他の船舶を強制的に停船させて臨検をしても良いという意味ではない。臨検は海上保安官などの行政機関の司法警察員に認められた職権であり、艦長などには認められていない。もちろん、学園艦が軍艦であり、なおかつ他国と交戦中なら別だがそういうわけでもない。したがって臨検をするという行為は違法かつ特別司法警察職員という職権の乱用である。しかし、それらの学園艦は残虐な戦争犯罪に平気で手を染める西住みほに同調する学園艦である。彼女たちは何をするかわからない。もしかしたら無理やり乗り込まれて、良くても臨検及び責任者の拘束、最悪のケースを想定するならば攻撃されて多数の死者負傷者が出るなどということもあり得る。そうした甚大な被害を出す可能性がある緊急事態が再び発生した時に、時間と人員のロスを無くして迅速かつ正確な行動をし、少しでも犠牲を減らすための工夫でもあった。黒森峰の堅物な生徒たちから見たら、そんなこともできないのかと笑われそうだがそれこそがノリと勢いで行動し楽観的なアンツィオ高校という学校なのだ。皆、なんとかなるだろうという楽観的な考え方で特に対策することがなかった。カルパッチョは、アンツィオ高校災害対策本部に初めて着任してその実態を垣間見た時あまりのルーズさに愕然とした。まさか、生徒を始めとして教職員、市民の命を預かる災害対策本部までこんなにルーズで楽観的だと思わなかったのだ。楽観的なことが悪いことであるとは言わない。あまり肩肘を張っていると疲れてしまう。しかし、何事にも限度がある。度を越えた楽観さで物事にルーズなのはいただけない。そのルーズさが人の命を奪う可能性がある。少しは真面目に最悪の事態というものも考えるべきであろう。仮にも彼女たちは災害対策本部の職員である。カルパッチョは、彼女たち災害対策本部の職員たちのルーズさにいささか憤りを感じつつも、イタリア人気質なアンツィオだから仕方がないと割り切って一つ一つ懇切丁寧にこういう緊急事態発生時の対応について指導をした。

しかし、アンツィオ高校は何も劣っているというわけではない。優れている点もある。それは古い物に執着しすぎず新しいものも積極的に受け入れるという点だ。もちろんアンツィオ高校は古いものを捨てて全て新しいものにという態度をとり、伝統を軽んじているというわけではない。食事を例外にして新しいものを何でも受け入れるという気質が伝統なのだ。だからこそ新しいことを取り入れようという提案も拒絶感を抱くことなく受け入れることができるのである。だから、カルパッチョが提案した行動表の設置やその他の効率的な方法への改善についても特に反対意見が出るわけでもなくスムーズに行うことができたのだ。

カルパッチョは行動表への記入が終わると他の職員や班が何をやっているのかを一通り確認して頷き自身の仕事を始めた。カルパッチョの仕事、それは報告を聞き的確な指示を出すことだ。一見単純に見えるが実はこれが一番難しいかもしれない。少しの判断の遅れや間違いが被災者や職員の尊い命を奪うことになるのだ。カルパッチョは常に自分のせいで被災者や職員が犠牲になるかもしれないという恐怖と戦っていた。そして、今日もまたカルパッチョの戦いが始まった。カルパッチョは代行で指揮していた河村から業務を引き継ぐ。

 

「河村さん。ありがとう。半日いなくてごめんね。」

 

「いえ、大丈夫ですけど心配になっちゃいますから、今度は戻る時間とかもしっかり置き手紙に記しておいてくださいね。とりあえず、現段階でこちらに届いた新たな報告です。目を通しておいてください。それでは災害対策本部、本部長の職をお返しします。」

 

河村はこちらを向くとカルパッチョの制服が破れていることに一瞬驚いた表情になったがそのことに特に触れることなく報告書を手渡した。カルパッチョは河村からそれぞれの班から提出された報告書を受け取りそれを少しめくりながら言った。

 

「ありがとう。ごめんね。」

 

「いえ、それでは私は元の業務に戻ります。」

 

「うん。そっちもよろしく頼むわね。広報は任せたわ。」

 

「はい!本職ですから任せてください!」

 

カルパッチョは河村の頼もしい言葉を聞いてにっこりと微笑むと椅子に腰掛けて手書きで作られた仮の報告書をめくった。これは、職員たちがその足で自ら駆けずり回り、その目と耳で見聞きしてかき集めた情報だ。カルパッチョはしばらくそれを見ていた。すると、突然入口の方からカルパッチョを呼ぶ声が聞こえてきた。

 

「本部長!」

 

「はい!何ですか?」

 

「学園艦艦長がお見えです!」

 

「艦長が!やっと来てくれましたか……わかりました!すぐに行きます!」

 

カルパッチョが廊下に出ると第二次世界大戦期のイタリア海軍の将校服を身に纏い、軍帽を被って髪を一つに縛った背の高い女子生徒が立っていた。さすがアンツィオだ。このようなところまでイタリア式だった。彼女はカルパッチョの姿を見て海軍式の敬礼をした。カルパッチョは戦車道で採用される陸軍式で答礼した。

その生徒はアンツィオ高校の生徒の中では珍しく物静かな少女だった。落ち着いていて決して威圧的ではなく優しい。まさに艦長に相応しい人物であると言える。そんな印象をカルパッチョは抱いた。そして、その少女の瞳はカルパッチョと同じ凛として強い瞳をしていた。

 

「災害対策本部、本部長の普通科2年落合陽菜美です。」

 

カルパッチョが手を差し出すと艦長はしっかりとカルパッチョの手を取り強く握った。

 

「学園艦艦長で船舶科3年の工藤彩乃です。今日は現在の本艦の状況の報告にきました。陽菜美ちゃんね。よろしく。それにしても凄い格好ね。制服、ビリビリに破れているじゃない。何かあったの?」

 

「あはは……なんでもありませんよ。大丈夫です。どうぞこちらに。工藤艦長こそ大丈夫でしたか?お怪我はありませんか?他の船員の皆さんは無事ですか?被害状況は?」

 

カルパッチョは矢継ぎ早に焦った様子で尋ねた。工藤は驚いた顔をすると苦笑いしながらカルパッチョに落ち着くように窘めた。

 

「そんなにいっぺんに質問されても答えられないよ。落ち着いて。陽菜美ちゃんは焦ってはいけない立場だよ。陽菜美ちゃんはドンと構える度量を持っていないとダメ。それがトップというものだから。」

 

カルパッチョは工藤に優しく穏やかに叱られてハッとした。そして、恥ずかしそうな顔をして俯くと工藤に謝罪した。

 

「すみません……つい……焦ってしまって……」

 

「気持ちはわかるわ。私も陽菜美ちゃんと同じ立場にいるから。でも、もし陽菜美ちゃんが焦ったらみんなはどうなると思う?」

 

「それは……」

 

カルパッチョは言葉を詰まらせる。工藤は優しい口調で厳しく指摘した。

 

「死よ。陽菜美ちゃんが判断を焦った。そのせいで大勢が死ぬのよ。もし、そうなったら責任取れる?耐えられる?わかっていると思うけど陽菜美ちゃんの肩には数万もの命がかかっているってことを忘れないようにね。もちろん素早い決断は必要よ。でも、焦りは判断力を鈍らせてしまうわ。陽菜美ちゃんには職務についてる時は何事にも動じない胆力と慎重かつ素早い判断が求められているの。そうした一見真逆なことを同時にやらなきゃいけない立場ってことよ。」

 

「はい……」

 

カルパッチョは工藤からの厳しい指摘に肩を窄めて俯いていた。すると、工藤はカルパッチョの肩に手を置いて微笑んだ。

 

「陽菜美ちゃん。そんなに落ち込まなくていいのよ。ここで今失敗しておいてよかったじゃない。今のうちにたくさん失敗しておきなさい。そして、いざという時どういう行動を取るべきか学んでおくといいわよ。絶対に後悔しないようにね……私みたいに……」

 

工藤は悔しそうに唇を噛んで俯く素ぶりを見せた。工藤の過去に何かあったようだが、工藤はカルパッチョに詮索する時間を与えることなく、すぐに話を切り替えるようにパンと一つ手を叩いた。

 

「さあ、それじゃあ本題に入りましょうか。」

 

 

カルパッチョは頷くとペンを持ってホワイトボードの前に立ち筆記の体制を整えた。

 

「お願いします。今の状況をできるだけ詳細に教えてください。お話を聞くときは失礼ですが背を向けながらということになります。職務上ホワイトボードへの書き取りが必要ですから許してください。」

 

「わかってるわ。そんな細かいこといちいち気にしないから安心して。それじゃあ報告させてもらうね。陽菜美ちゃん落ち着いて聞いてね。焦ったらダメよ?報告は2つあります。1つ目、我々は総合的に判断をした結果、本艦はこれ以上の航行継続は現段階では不可能であるという結論を出すことにしたわ。というのも、本艦の操舵等の中枢ともいえる艦橋があの爆発で跡形もなく吹き飛ばされてしまってその時間帯学園艦の艦橋指揮者だった副長を始めとする船員の多くがいまだに安否不明で行方不明になっているの。船舶科も被害状況などの情報収集を全力で行なっているけどまだ被害の全容も何が起きているのかも把握しきれていない状態よ。だから、恐らく長期間の漂流は覚悟しておいたほうがいいわね。2つ目、機関について。機関は陽菜美ちゃんも知ってると思うけど原子力を動力としていて学園艦の中心部のかなり深いところで厳重に管理されてるし、強度も相当あるからちょっとやそっとで壊れないはず。だから機関自体は大丈夫だと思うわ。でも、通信機器も爆発で壊れたし機関室に通じる通路も今回の爆発の影響で壁が崩れて近づけないらしくて、原子炉の保守管理も掌っている機関長と連絡が取れていない状態よ。例え機関室が無事でも艦橋が失われて操舵が不可能な以上は学園艦は航行することができないわ。今の学園艦はハンドルがない車のようなものよ。よって、我々船舶科は艦長の権限により漂流を宣言します。」

 

工藤は取り乱すことなく落ち着き払った声でこの学園艦が現在置かれている状況を淡々とカルパッチョに説明した。誰から見てもこの学園艦は現在絶望的な状況に置かれているように見えた。カルパッチョはまたしても焦っていた。ペンを持つ手がかすかに震える。何か打開策はないだろうか。もし、本当にこの学園艦が動かせないとなると非常にまずい。まさに言葉通りの絶海の孤島状態に陥る。事件が起きた時点でどの辺りを航海していたのかはわからないが少なくとも陸からは何海里も離れた随分遠い場所のようだ。このようなところで食料が底をつきたらそれこそ目も当てられない事態になることは自明だった。原子力という莫大なエネルギーがあるにも関わらず舵が取れずに鉄の塊と成り果てた学園艦とともにただ波に揉まれていつ助けが来るかも分からないなか海上を漂流し最悪数万の無辜の生徒、教職員、市民たちと共に餓死という運命を辿ることになるかもしれない。それは絶対に許されないことだ。工藤に何か言わなければならない。でも、何を言えばいいのかわからない。先ほどよりもさらに焦りが増していくのを感じた。すると、カルパッチョの肩に工藤が手を置いた。カルパッチョはピクリと肩を震わせて振り向くと工藤は首を横に振りながらカルパッチョを見つめている。工藤は暗に「焦るな。落ち着け。」と言っていた。カルパッチョはゴクリと唾を飲み込み、目を瞑り大きく深呼吸をして心を落ち着かせた。何回か深呼吸を繰り返して目を見開くと腕を組みながら、アンチョビたちのために蓄えた頭の中にある膨大な知識を総動員させて策を考える。するとカルパッチョの頭の中に遠い昔の記憶が浮かんできた。それはカルパッチョがまだ、アンツィオ高校に入学する前、中学生の頃に来た学校説明会で船舶科の先輩から聞いた話の記憶だった。当時の先輩の話によるとこの学園艦は艦橋がダメになった場合も副艦橋にもう一つの操舵装置があり、それも失われた場合は機関室で手動操作切り替えにより動くようになっているとのことだ。カルパッチョは船舶には詳しくないが、この短期間にシステムを変えることはほぼないだろう。そう考えると昔聞いた方法で操舵が可能なはずだ。カルパッチョは副艦橋と機関室に希望を託して祈るような気持ちで工藤に尋ねた。

 

「副艦橋は?副艦橋が無事なら……」

 

すると工藤はカルパッチョの言葉を遮って首を振りながら言った。

 

「陽菜美ちゃん。いいところに目をつけたわね。確かにこの船は艦橋が失われたら副艦橋で操舵室で操舵できるようになっているわ。でもダメ。副艦橋も爆発で失われているわ。ついでに言うと副艦橋もダメになった場合、機関室でも手動で、合わせて3カ所で操舵できるようになっていたんだけど、神様のいたずらね。3日前にタイミング悪く故障してしまったわ。今度の寄港地が横浜港でもう数日の辛抱だったのに持たなかったわ。」

 

カルパッチョの思惑は見事に外れた。事態は最悪だ。まさか、危惧したことが現実になろうとは思わなかった。カルパッチョはペンを強く握りしめながら苦しそうな声で言った。

 

「それじゃあ……この学園艦はもう……」

 

「ええ。交信もできない以上死んだも同然よ。学園艦の特性が完全に裏目に出たわね。あとは今のところできることといえば救助を要請する国際信号旗を掲げてどこかの船が偶然通りかかるのを待つくらいよ。」

 

工藤は怖いくらいに冷静だった。まるでこの事態をなんとも思っていない。それどころか楽しんでいるようにも見えた。カルパッチョはゴクリと唾を飲むと口を開いた。

 

「このこと、皆に情報を公開してもいいですか?」

 

すると工藤は静かに微笑みながら言った。

 

「陽菜美ちゃんに任せるわ。私たち船舶科もやれることを全力でやる。だから陽菜美ちゃんも決して諦めないで。あ、そうだわ。陽菜美ちゃんにあげようと思ってたものがあったわ。きっと今の陽菜美ちゃんに必要なものよ。はい、これ。」

 

工藤はやにわにアタッシュケースから分厚いファイルと、10枚ほどの書類がホッチキスで止まったものを取り出してカルパッチョに手渡した。カルパッチョはそれを受け取ると表紙をめくった。

 

「これは……工藤艦長!これ、どこにあったんですか!?」

 

カルパッチョは驚きの声をあげる。カルパッチョが工藤から受け取ったもの。それは危機管理の鉄則が書かれた書類と非常事態時の行動マニュアルだった。それはまさに今、カルパッチョが必要としているものであった。

 

「その分厚いファイルは艦橋の跡地の瓦礫の撤去作業を手伝っていたら出てきたの。本当なら見つかったものは全て遺留品として風紀委員に引き渡す決まりなんだけどこれは陽菜美ちゃんが持ってたほうがいいと思ってね、隠し持ってたの。そして、もう一つのホッチキスでとめてある資料は船舶科の艦長に就任したら必ず渡されるやつ。災害時にトップがすべき行動が書かれているわ。私はもう頭の中に全部その紙に書かれた内容が入ってて必要ないから今は陽菜美ちゃんに預けるわ。存分に役立ててくれると嬉しいな。」

 

「拘束されるかもしれなかったのに、そこまでしてくれるなんて……それに、こんな大切なものまで……ありがとうございます!助かります!存分に役立てます!」

 

「ふふっお役に立てて何よりだわ。隠し持ってた甲斐があったわ。それじゃあ、私は戻るわね。」

 

「あ、工藤艦長。ちょっと待ってください。あの、職務上のお願いです。この後、各班や担当部署の責任者たちを集めた会議が開催されます。工藤艦長も出席していただけませんか?この学園艦の運行を担ってきた艦長としての幅広い経験や知識を是非今の私たち、災害対策本部に提供してもらいたいのです。」

 

「うん。もちろんいいわよ。私でよければ喜んで提供させてもらうわ。だけど、一旦戻らせてもらえると嬉しいな。船舶科のみんなにひとこと言っておかないときっとみんな心配する、会議に参加するってことを伝えておかないと怒られちゃうから。」

 

カルパッチョはハッとして、不測の事態で仕方なかったとはいえ、皆に心配をかけてしまった自分の軽率さに恥ずかしさを思いながら工藤の申し出に許可を出した。工藤は安心したように微笑んで艦橋跡へと戻っていった。カルパッチョはふうっと一つ大きなため息を吐いてまだ工藤の温もりが残るイスに腰掛ける。そして、カルパッチョは工藤が風紀委員に拘束される危険を冒してまで隠し抜いた重要資料である分厚いファイルを開けて隅々まで目を通す。その資料はおそらく、わざわざ工藤が隠さなくても風紀委員もそれなりの配慮をしてカルパッチョの手元に届いたであろうが、兎にも角にもカルパッチョのためを思っての行動だ。カルパッチョは何故だか可笑しくなってクスリと笑いながらありがたく、そのファイルの中に収められた重要書類を読み漁った。そこには歴代会長たちが災害時にどう行動すべきか定めた諸規定と災害時の生徒会長、すなわち本来災害本部長の任に就くべき人間やその他の災害対策本部の職員たちに与えられた職権、そして生徒会の部署が災害時どのような職務を行うのかが書かれていた。カルパッチョは一通り1ページ30秒ほどの速さで目を通したが、とても短時間で見られるものではない。仕方がないので切りのいいところで読むのをやめてもう一つのホッチキスで止められた資料に目を通した。表紙には[災害発生!そのときトップがなすべきこと〜危機管理鉄則〜]と書かれており、1番はじめのページをめくると"はじめに"という題の後にこの文書が作られた経緯が書かれていた。その文によると、この文書は東日本大震災を契機に災害大国日本で学園艦も災害に対する意識を高めるべきであると被災地に一番近く、なおかつ被害が大きかった岩手県釜石市出身の当時のプラウダ高校の艦長を呼びかけ人として各校の艦長が集まり、全国学園艦艦長連絡会を創設して策定したものであると記載されていた。カルパッチョはさらにページをめくり、内容を確かめると其処には災害時にどう行動するべきかの"教え"が書かれていた。その書類の分量は其処まで多くはないのですぐに読み終えて最後のページに到達することができた。最後のページには艦長連絡会の事務局の電話番号と住所、さらに連絡会に所属している学校名が書かれていた。その中には当然、アンツィオ高校もあるし、今回アンツィオ高校を攻撃した知波単学園の名前もあった。さらに皮肉なことにその連絡会の事務局が置かれた場所は東日本大震災で津波による死者が0で「奇跡」と言われた大洗町を拠点とする学園艦大洗女子学園だった。この当時、誰がこんな事態に陥ることになることを予想できただろうか。誰が敵味方で戦うことなんて想像できただろうか。カルパッチョは思わずため息をついた。

 

「大洗……か……何で……何でこんなことになっちゃったんだろう……確か大洗女子ってたかちゃんの学校だよね……?親友と戦うなんて嫌だよ……でも、どんな結果になっても私はたかちゃんを信じてる。だってたかちゃんが私を殺そうなんて考えるはずないものね……でも、たかちゃん確か高校で戦車道始めたって言ってたわよね。そう考えるともしかして反乱軍の中にたかちゃんが……いいえ。そんなことないわよね。まさかあの優しいたかちゃんが虐殺なんてする西住さんに加担するわけないものね……」

 

カルパッチョは机に突っ伏しながらボソボソとか細い声で何度も自分に言い聞かせていたが、不安は全く消えない。それどころかますます不安が大きくなっていった。実際に、たかちゃんこと鈴木貴子とは連絡が1ヶ月ほど取れていない。何度かメッセージアプリで連絡を試みたがなしのつぶてである。嫌な予感がして仕方なかった。”もしかしたら自分はたかちゃんに殺されるのではないか”という恐怖と親友を信じられないという自己嫌悪感がカルパッチョの心を蝕む。しかし、今そんな答えの出ない問いを考えても仕方がないことである。今のカルパッチョには答えの出ない問いを考える余裕はない。カルパッチョは気合いを入れ直すかのように両手で頰をパンと張る。

 

「元気出さなくちゃ!私がこんな調子じゃみんな不安になっちゃうわ!今は、アンツィオ高校の生存第一に考えなくちゃ。」

 

カルパッチョは何かを宣言するかのように力強く言うと早速会議で使う資料を一枚一枚手書きで書き始めた。パソコンがあれば楽だが電気が来ないので使うことはできない。カルパッチョは必死になって何とか会議の予定時間13時になる10分前に出席者全ての資料を書き上げた。ちょうどカルパッチョが全ての資料を揃えた頃、各班の班長、部長、委員長たち、災害対策本部の幹部クラスの人間たちが災害対策本部がある教室に集まって来た。一番最後に工藤が入室したことを確認して石井はカルパッチョに声をかけた。

 

「全員集合しました。」

 

「ありがとうございます。それじゃあ早速会議を始めましょう。ここじゃあちょっと狭いので隣の教室に移動してください。」

 

「了解しました。おおい!受付の子たち!誰か来たら待っててもらうように言っといて!」

 

「了解です!」

 

カルパッチョは手書きの資料の束を持って後ろに災害対策本部幹部と工藤艦長を引き連れて隣の教室に移動した。教室は元あった学習用の机と椅子は取り払われて代わりに会議室にあるような長机と椅子が整然と並べられ、会議室の様式になっている。カルパッチョは皆に座るように促して自分は一番真ん中に座って資料を配布する。この学校の行く末を決める会議が始まる。カルパッチョはゴクリと唾を飲み込むと静かに口を開いた。

 

「皆さん。只今から第一回目の会議を始めます。よろしくお願いします。」

 

つづく




次回の更新は2/11 21:00の予定です。次回は少し本編をお休みして途中になっていた特別編で登場人物の紹介をしていこうと思います。たくさん登場人物が出てきたので一度おさらいしておきましょう。
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