あれから毎日、優花里はみほとともに冷泉麻子を誘拐する訓練を繰り返した。冷泉麻子は、頭がいい。何か危険を察して失敗などということは避けなければならない。
失敗は死を意味する。
「そうそう、優花里さん。そんな感じだよ。そうやって後ろから近づいて、鼻と口を薬を塗ったハンカチで30秒くらい抑えて、体がダランとしてきたら手と足を縛って。この袋の中に入れるの。」
「はい…」
みほの顔が近い、粗相をしたらすぐにでも刺されそうなくらい近い。
みほは、優花里に誘拐術を指導する。優花里はそれを必死で頭に叩き込んだ。本来なら犯罪行為であり、絶対にやってはいけないことだ。しかし、命の危機であるならば話は別だ。
何日も何日も訓練を行った。だいぶ上手くできるようになってきた頃、みほから冷泉麻子の「狩り」の作戦を明かされた。
「じゃあ、作戦を発表するね。まず戦車道の練習の後、みんなを誘って私の家でご飯会をやるね。それで、ご飯会の後の帰り道、麻子さんが一人になったところで優花里さんは麻子さんを訓練通り薬で眠らせて、暴れないように手足を縛って、ここに連れてきてね。冷泉さんは頭がいいから、絶対に察知されないように、十分気をつけてね。ご飯会の時もいつも通りにしててね。」
とうとう優花里も犯罪に加担する日が来たのだ。優花里はみほの姿が黒く染まっていくような感覚を覚えた。そして、染まった黒い闇はみほの体から溢れ出し、優花里を呑み込んだ。闇に囚われた者は簡単にはい出すことはできない。
そして、とうとう決行の日、空は優花里の気持ちと同じようにどんよりとした雲に覆われていた。今にも雨が降り出しそうな空模様だ。優花里は内心麻子に何かの用事があってご飯会に参加できないことを祈っていた。練習の後みんなにみほはこう切り出した。
「みんな、今日私の家でご飯会やらない?」
「はい!楽しみであります!」
「うん!いいよ!やろう!」
「そうですね。やりましょう。楽しみです。」
「麻子も行くでしょ?」
「うん。行く。」
みほは、麻子の返事を聞いてほくそ笑んだ。優花里の願いは見事に打ち砕かれた。
ご飯会は盛大に行われた。優花里は、食欲がなかったがお茶で無理やり流し込んだ。みほは普段通り楽しげに食事を楽しんでいる。どうすればあんなに普通にできるのか、不思議に思った。時は過ぎ、やがてご飯会はお開きになった。優花里はみほに個人的な相談があるからとみんなを先に帰らせた。
「秋山さん。じゃあ、計画通りよろしくね?」
「はい…わかりました…」
「私は先に拠点に行ってるから。終わったら連絡ちょうだい。」
「了解です…」
優花里は「狩り」に出かけた。震えながら。吐き気を催しながら。そして、一つずつ頭で今まで訓練した誘拐術を反復していた。
麻子は沙織と歩いていたが、やがて麻子は1人になった。ついに決行の刻限が来た。優花里はハンカチに薬品を染み込ませる。30秒で眠らせることができる薬品である。自分が眠ってしまっては元も子もないのでマスクと手袋までして完全装備で臨んだ。
後ろからそっと近づく。誰もいないことを確かめ、周囲の状況を確かめた。その日は新月で月も出ていない。みほは誘拐に格好な舞台を用意していた。また、麻子の通り道は住宅街の比較的人通りの少ない場所だ。やるなら今だ。優花里は麻子の口と鼻を必死で押さえ込んだ。
「!!」
麻子は何事かと必死に抵抗した。しかし、30秒くらい経った頃には、手足をだらんとさせ、気を失っていた。優花里は口にガムテープを貼り、手足をロープで縛った。そして、麻子を用意したカバンの中に入れた。そして、誰も見ていないことを確かめると必死で拠点に向かいながらみほに連絡する。
『もしもし、西住殿ですか?』
『秋山さん?成功した?』
『は、はい。成功です。今からそちらに向かいますので。』
『わかりました。準備しておきます。』
重いカバンを引きずりながらようやく拠点に到着した。
「秋山さん、やったね。これで、一人前の私の諜報員だよ。」
みほは子どものように無邪気に喜んだ。優花里は心のどこかで達成感を覚えていた。そして、すぐにそんな自分に嫌悪感を抱いた。
みほは、カバンを開けると。満足そうに呟いた。
「ふふふ……可愛いなあ。冷泉麻子さん。必ず、あなたを私のものにしてあげる。」
「…」
「秋山さん!」
「はいぃ…」
呼ばれるとは思ってなかった優花里はだらしのない声を出してしまった。
みほは笑いながら
「麻子さんをベッドに寝かせるのを手伝ってくれない?」
と言った。優花里は言われたまま、麻子をベッドの上に寝かせた。麻子はこの後何が起こるのか知る由もなく、スヤスヤ眠っている。
みほは、寝かされた麻子を見て
「冷泉さん。小さくて本当に可愛いなぁ…必ず、私のものにしてあげるからね。」
と麻子の頬を撫でながら愛おしそうに呟いた。
続く
次回、視点が変わります。
お楽しみに