血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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2週間ぶりの投稿です。
どうぞお楽しみください。


第105話 アインザッツグルッペン

残虐な処刑が行われた翌朝、みほは冷泉麻子、澤梓、赤星小梅、川島恵子そして今回の会議の主役たる秋山優花里を集めて臨時の幹部会議を開催した。主な議題は2つでまずは、秋山優花里の復帰を認めるか否かが審議された。これについては優花里は両親を処刑させられて相応の罰を受けたと判断され、全会一致で復帰を承認された。優花里は全会一致で承認されたことに心の中で驚いていた。優花里のことを反逆の罪で逮捕した梓でさえ優花里の復帰を喜び、歓迎していたのだ。なぜだろうかと優花里は頭の中で思考する。もしかして、その歓迎の笑顔の裏には何か企みがあるかもしれない。彼女たちが作る笑顔をそのまま受け入れるのは愚かなことであろう。優花里はそれぞれの顔を一瞥してそれぞれの人物に関する記憶から仮説を立てるべく思考と彼女たちの笑顔からの分析を続けた。優花里のもう一つの人格は思考と分析を好んだ。この人格のおかげで優花里はただの"戦車オタク"を脱却して"研究者"としての素質を見出すことになり、将来戦車道戦略論研究の第一人者になるが、それはまた別の話である。さて、優花里はそれぞれの表情や目を見て分析を試みたが、彼女たちの笑顔に裏があるようには思えない。全員、誰一人として優花里を警戒していなかった。心から優花里を歓迎していた。彼女たちの信頼を取り戻すのにさして時間はかからなさそうである。優花里はくすりと笑みを浮かべた。この連中の信頼を勝ち取りみほに次ぐナンバー2に上り詰めてやる。優花里は机の下で拳をつくって野心を燃やしていた。皆それぞれ歓迎の言葉を優花里にかけて二つ目の話題へ移った。二つ目は秋山優花里の復帰後の職務に関する案である。みほは資料を配った。皆、その資料を手に取り目を通した。みほの案で提示されていることをまとめると次のような内容だった。

1.新しく懲罰部隊としての性格を持つアインザッツグルッペンを設置し、優花里はそこの司令官として配属すること。

2.それに係る人事としてオレンジペコ、アッサムという二人の反逆者を出した聖グロリアーナの兵士に連帯責任を負わせることを名目にして1000人を無作為に選び、隊員として配属させそれに補完する形で収容所の囚人たちの中でAまたはBグループに分類された者たちの中から希望者を募り、自らの身の安全と引き換えに任務に当たらせること。

3.当該部隊の設置の前後にかかわらず、反乱軍の軍紀違反者のうち、身柄の拘束が必要ない軽微の罪を犯した者または、拘束されたとしてもすでに刑期が終了し出所した者も同じく配属させること。

この3つを提示した。そして、最後にみほは恍惚とした今にも蕩けそうな笑みを浮かべながらその部隊の目的やそのおぞましい知識人層と指導者層の抹殺という任務を事細かに説明した。だが、これについては全会一致では決まらなかった。麻子が強く反対したのである。彼女曰く、これ以上敵を作るのは得策ではなく、知識人や指導者たちを抹殺するなどとんでもない。むしろ他学園艦のそれらの層と協力しながら共同統治などの道を模索すべきであると述べた。しかし、みほは麻子の案に首を縦に振らなかった。みほは指導者層と大人を危険視していた。みほが目論む理想の帝国を大人の思惑で蹂躙されたくないと思ったのであろう。大人は汚いことをするものだ。あの文科省の役人は学園艦を廃校にしようとしていた。もし、大人をこの帝国でのさばらせておいたら必ずやみほが思い描く理想の帝国を崩壊させる要因になる存在である。そんな危険な者たちは即刻処刑すべきであると考えていた。さらにみほは現指導者層の多くが旧体制主義者であり、生かしておけば必ずや反乱の火種になるし、上層部を生かしている以上、抵抗力を挫くことはできないとし徹底的な公開処刑を実行するべきであると主張し、梓と小梅もその意見に同調した。優花里はただ笑顔をつくって議論には参加しなかったがどうやらその意見に賛成であるというような雰囲気だ。川島はこの議論に関しては意見を述べる立場にないとしていた。麻子とみほ、小梅、梓との議論は平行線をたどった。しかし、しびれを切らしたみほによる強行採決により、小梅と梓とみほと優花里の賛成多数で承認という決着を見た。ちなみに、川島は棄権し麻子は当然ながら反対に票を入れた。優花里はこの議論の様子を驚きながらも楽しそうに眺めていた。今日は驚くことだらけである。何しろ、"逆らう"ことに執拗で異様な拒否感を抱き、ついには処刑にまで行きつくこともあるみほに麻子が物怖じせずしっかりと自分の意見を述べていたからである。それが例え、みほの意向に沿う意見ではなくてもだ。これに関しては全く情報がない。後で、麻子のことを直接聞いてみることにしよう。恐らく、隠すことではないはずだ。さて、臨時会は全ての案が可決承認されて閉会した。各々が外に出て行った。優花里はみほに少し残るように言われていたので残っていた。恐らく話題はこれから行われるアインザッツグルッペンのメンバー選定についてだろう。みほと優花里二人だけが残された部屋は先ほどまでの激論を交えていた部屋は先ほどの騒々しさと打って変わって無音の空間に変わっていた。二人はしばらく口を開かなかった。5分ほど意味のない沈黙が続いたような気がする。先に口を開いたのはみほだった。

 

「優花里さん。残ってくれてありがとう。すぐに終わるから安心して。」

 

「はい。アインザッツグルッペンの隊員たち選定の件ですよね?」

 

「うん。優花里さん正解。明日から早速該当者たちと面接を始めたいんだけどいいかな?」

 

「はい。もちろんです。明日からで構いません。」

 

「話はそれだけ。ね?早かったでしょ?もう戻ってもいいよ。」

 

みほはそう言って席を立とうとした。だが、それを優花里が呼び止める。優花里にもみほに聞きたいことと意見が二つあった。みほは上げ掛けた腰を再び下ろして優しげな微笑みを浮かべて首を右に少しだけ傾げた。

 

「どうしたの?優花里さん。何か問題があった?」

 

「いえ、全く先ほどの話とは関係ないのですが、先ほどの会議の時、冷泉殿が反対意見を出しましたよね?普通なら西住殿はその場で反逆の罪で逮捕しそうなものですけど冷泉殿は特にお咎めなしでした。それはどうしてですか?」

 

みほは優花里の質問を腕を組みながら時折頷いて聞いていた。みほは優花里の質問を最後まで聞き終わるとクスリと笑って優花里の質問に回答した。

 

「ふふふ。麻子さんはそういう役目を負ってるからね。誰も彼もがイエスマンであってはならない。ノーと言ってくれる人も一人は絶対にいないとね。」

 

「なるほど。そういうことですか。」

 

優花里は納得してふふっといたずらっぽく笑う。

 

「話はそれだけかな?」

 

みほは再び首をかしげる。優花里は首を横に振った。

 

「いいえ。お話はもう一つ。アンチョビ殿のことです。」

 

優花里の言葉を聞いた途端、みほは怪訝な表情になった。

 

「優花里さん……まさか、この期に及んでまだ、アンチョビさんを解放してほしいなんて言わないよね?」

 

みほは粘りつくような視線を優花里に送った。優花里はいたずらっ子のように笑いながら否定した。

 

「ふふっ。違いますよ。私はそこまで愚かではありません。提案があるんです。」

 

「ふーん。それなら良いけど。それで、提案って何かな?」

 

優花里はどこから持ってきたのか懐に忍ばせてあった大洗女子学園とアンツィオ高校の全体図を取り出して机に置いてその図を交互に指をさした。

 

「我々は今、二つの戦線を抱えています。西住殿の趣味は敵をじりじりと痛めつけて追い詰めることでしょうけど、それではこちらは持ちません。ですから、抵抗する戦力が著しく低いアンツィオ高校は長くてもこの2週間以内に占領すべきです。幸い、好都合なことに敵の抵抗勢力になり得る戦車部隊の隊長であるアンチョビ殿は我々の手の中にある。ならば、これを使わない手はありません。プロパガンダを作成しましょう。アンチョビ殿を辱めている写真か映像を撮ってアンツィオ高校の上空から大量に投下しましょう。そうすれば敵の抵抗意欲を削ぐこともできますし、アンチョビ殿の身柄はこちらにある。抵抗すればアンチョビ殿の命はないと知らしめることもできるはずです。ちなみにプロパガンダを撮影する時は公開にするべきです。ただし、外で公開すると生徒会派のスパイに情報が流出するかもしれないので、屋内で少人数に見せるという方式がいいかもしれません。」

 

みほは悪い笑みを浮かべて優花里の提案を腕を組み、時折頷きながら聞いていた。そして、優花里が話が終わると同時に嬉しそうに手をぱんっと打った。

 

「ふふふ。優花里さんの提案、そのまま使わせてもらうね。ありがとう。さっそく梓ちゃんたちに実行してもらうよ。」

 

優花里は微笑みを浮かべて大きく首を縦に振った。ようやく全ての話が終わって、みほは会議室から退室した。部屋には優花里がただ一人だけ残された。優花里は手をだらんと伸ばしその上に枕にするように頭をのせた。優花里はしばらく何もない空間に目を向けていた。そして、ふと目をそらすと慎重に唇を動かした。

 

「アンチョビ殿、ごめんなさい。でも、この娘のためです。」

 

優花里は残酷な笑みを浮かべていた。

 

*******

 

秋山優花里という少女が気が狂い、自らの両親を滅多刺しにして処刑したらしい。この話はその日の夜には反乱軍派の生徒のほとんど全てが知るところとなった。更に次の日の夜には生徒会派も含めて学園艦中ほとんど全ての人間に知れ渡っていると生徒会派に送り込んであるスパイから連絡があった。これはみほにとっても優花里にとっても予想外の展開だった。こんなに早く学園艦中に情報が回るとは思ってもみなかったのである。別に隠すほどのことではないし、むしろ情報が広がり西住みほ率いる反乱軍の残虐さを学園艦中に知らしめ、抗戦意欲を削ぐことができるならむしろ好都合だ。だが、反乱軍派に生徒会派のスパイが紛れ込んでいて情報が流出していたというのであれば話は別だ。こちらの情報が全て生徒会の手の中にあるというのは悪夢だ。次にみほが出す一手を知られてはせっかくの計画が台無しである。みほは、梓に命じて情報流出の経緯を捜査させた。すると、捜査線上に一人の反乱軍の少女が浮上した。名前は若狭美希という。彼女は、聖グロリアーナの生徒で軍事境界線監視第十小隊の小隊長をしていた。風紀委員たちが怪しい人物が軍事境界線付近を出入りしていないか聞き込みをしていたところ、他の監視隊員たちから若狭が今朝、普段見かけない人物と話をしているのを見たという証言が相次いだ。梓は若狭という少女が何か事情を知っていると踏み、若狭に任意同行を求めた。彼女は抵抗することなく素直に任意同行に応じ、次のように話した。秋山優花里の両親が処刑された次の日の朝、軍事境界線の生徒会の実効支配圏から反乱軍の実効支配圏へ一人の少女の越境が確認された。そこで、越境した者を直ちに拘束し、越境の理由を取り調べたところ、拘束された少女は「私は放送部に所属している王大河という者で、生徒会の許可を得て戦場ジャーナリストをしている。今回は越境するつもりは全くなく、今回は間違って越境してしまった。」そのように供述した。若狭は王の所持品検査を行い、怪しい物を持っていないことを確認して所持品と拘束する直前までの行動から鑑み彼女の言っていることには嘘はなく、真実であると断定し、昨日あった悲劇の詳細を伝えてもう二度とこちら側に来てはならないこと、次は逮捕し本部に引き渡さなければならないことを伝えて釈放したという。本来であれば拘束したらすぐに秘密警察隊の隊長である澤梓に身柄を送致するとの決まりだったが、若狭は昨日の筆舌に尽くしがたい光景を目にし、王大河が処刑される可能性が高いと思い、罪悪感にかられ釈放したと話した。なるほど、つまりこの王大河という放送部の記者が今朝の出来事を部に持ち帰り、午後のニュースとして学園艦のテレビやラジオで放送して学園艦の隅々まで伝わったのか。梓は納得した。しかし、このまま若狭を無罪放免というわけにもいかない。梓は若狭にとりあえず口頭で規則に反したことについて厳重注意を行い、みほに口頭による報告と書類を送致した上で判断を仰いだ。書類を手渡すとみほはクスリと怪しげな笑みを浮かべて受け取り、それを側に控えていた優花里に渡した。

 

「梓ちゃん。報告ありがとう。処分についてはこちらで決めます。お疲れ様。」

 

「お役に立てて光栄です。他にお仕事何かありませんか?」

 

「うーん。特に今のところはないかな。自由時間でいいよ。久しぶりにうさぎさんチームのみんなで銭湯にでも行ってきたら?はいこれ。」

 

みほは財布から入湯料を取り出して梓に手渡した。

 

「え?そんな!自分たちで払いますよ!」

 

梓が断ろうとするとみほは首を横に振る。

 

「ううん。いつも頑張ってくれてるから今日は私の奢り。さあ、行ってきて。」

 

みほは千円札何枚かを梓に無理矢理握らせた。梓はこれ以上固辞するのも失礼だろうと考えてそれを受け取ると何度も礼を言って嬉しそうにかけていった。みほは満足げにその後ろ姿を見送ると回れ右をして顔写真と経歴、そして今回の件について記してある書類に目を落としていた優花里に声をかける。

 

「この子どうかな?この間の会議で決めたアインザッツグルッペンの隊員として予定していた聖グロの生徒だし、どうやらこの子はまだ教育が足りないみたいだし……ふふっ……この機会に……優花里さんの意見を聞かせて?」

 

「私の意見ですか?良いと思います。教育的意味でも十分に理にかなうと思います。若狭殿のような事例なら慈悲の心をなくし、命令一つ容赦なく、徹底的に殺戮ができる心の無いロボットに改造するということもできるはずです。というか軍規違反者で刑期がおわった者や拘束する必要がない軽微な罪を犯した者は全員配属させるって会議で言ってませんでしたか?」

 

「ううん。全員とは言ってないかな。ある程度は選抜しようって思ってるけど、優花里さんは全員の方がいいと思う?」

 

「私は、全員でもいいかなって思います。学園艦ですから指導者層や知識人それに成人男性など殺戮対象は沢山います。少しでも効率的に素早く終わらせるために一人でも多くの隊員を確保したいところです。」

 

みほは優花里の意見を顎に手を当てて少し考えた。しばらくして決意したように大きく頷く。

 

「うん。わかった。そう考えると全員がいいかもね。優花里さんの部隊だから優花里さんに任せるよ。」

 

「ありがとうございます。お任せください。」

 

「それで、組織を運営する上で他に何か要望はあるかな?」

 

優花里は指でVのマークを作りながら自らの要望をみほに伝えた。

 

「そうですね……もしも、望みが叶うなら副官が欲しいです。一人は私とは真逆のタイプの副官が欲しいです。もう一人はどんなタイプで構いません。」

 

みほは".何だそんなことか"と言わんばかりの顔をしながら優花里の望みを快諾した。

 

「優花里さんの副官ね。もちろんいいよ。早速二人、準備するね。」

 

「ありがとうございます。実は一人はもう決めてあるんです。本人には話していませんが、聖グロリアーナのルクリリ殿。あの子を預からせて頂けませんか?」

 

優花里の所望した人物は意外な人物だった。いつの間にルクリリに会ったのだろうか。確かに優花里とルクリリの組み合わせは未知数で面白い。みほは思わず口角を上げた。

 

「ルクリリさんかあ。どうしてルクリリさんがいいのかな?理由を教えて?」

 

すると優花里は少しみほの問いに対する答えを考えて言葉を組み立てた。

 

「そうですね……理由ですか……やはり、ルクリリ殿の強気な性格を求めてっていうところでしょうか。私は、ルクリリ殿をこの部隊で"殺戮と残虐の英才教育"を行えば、残虐なサディストへと変化すると確信しています。これこそきっと今、西住殿が一番求める好みの人材でしょう。今の聖グロリアーナの紅茶の名をもらった幹部生の中では一番素質のある人物だと思います。」

 

「ふふふ。残虐なサディストか。確かに聖グロリアーナにも一人は欲しいって思ってたんだ。ふふっ、ルクリリさんにはたっぷり"殺戮と残虐の英才教育"をほどこしてあげてね。あはっ!なんだかゾクゾクしてきたなあ……」

 

みほは頬を紅潮させて恍惚とした表情を浮かべていた。これでまたみほの優花里に対する評価が上がったはずだ。優花里はほくそ笑む。優花里のみほへ従属した者の中で一番の地位に就くという野望へまた一歩近づいた。

 

「私にお任せください。」

 

優花里は今回のルクリリを残虐なサディストにする計画に絶対的な自信があった。絶対に失敗はしない。優花里は自信満々な表情で胸を張る。みほは優花里の自信に満ちた表情を見てくすりと笑うと満足そうに頷く。

 

「うん。よろしくね。それじゃあ、もう一人の副官ももう決めちゃおうか。そうだなあ……誰がいいかな……?あ!この子なんてどうかな?」

 

みほはガサガサと机の上を漁り、一枚の紙を取り出して優花里に差し出した。優花里はうやうやしく受け取るとその紙を確認する。すると、そこには黒森峰の服を着た長身で鼻が高く金髪碧眼の明らかに日本人ではない少女が写っている。

優花里は書類の上だったとはいえいきなり外国人が登場したことに戸惑いを隠せなかった。この外国人は一体何者であろうか。すると、みほは優花里の心の中を読んでいたかのように言った。

 

「いきなり外国の人だったから驚いちゃったかな?この写真に写る子の名前はエリーゼ・イェーガー。ドイツ人だよ。彼女は元々長期交換留学生として私が黒森峰に追放された後に来日したんだって。それで、赤星さんに楽しいところに連れて行ってあげるとまるで誘拐犯みたいな誘い文句で誘われてやって来たみたい。1ヶ月ほど前まで直下さんの下で絶滅収容所の看守をしていたんだけど、さすがドイツ人だけあってナチスのことを知ってるからついには耐えきれなくなって収容所の職員たちの会議中にこの絶滅収容所をアウシュビッツと同じだと批判したらしいの。まあ、その子の指摘はもっともなんだけどね。だって絶滅収容所はナチスの絶滅収容所を参考にしてあるんだもん。でも、批判したらそれなりの罰を受けてもらわなくちゃいけない。ということでしばらく懲罰房に入れてあげて、たっぷりとお仕置きをしてあげて最近出て来たばかりなんだけど……どうかな?性格は優しい子でね、看守としては全然全くというほど板に付かなかったっていう印象かな。どうしても処刑とかができないし、囚人たちに優しくしちゃってね。」

 

「そういうことですか。いいと思います。ぜひこの子でお願いします。今まで優しかった子を真逆な残虐な性格にすることほどやり甲斐のある仕事はないかもしれません。その優しい光を徹底的に殺戮を愉しむ残虐な闇の心にしてあげましょう。ところで、この子、日本語はできますよね?私、ドイツ語は話せないんですけど……」

 

「うん。日本語ぺらぺらだよ。安心して。ふふふ……一気に楽しみが二つ増えちゃったね……楽しみだなあ……二人ともどんな風に育ってくれるのかなあ……!」

 

みほは先ほどに増してさらに息を荒くし、頰を赤らめてとろとろに蕩けた顔をしていた。身体中に快感が電流のように駆け巡っている様子だった。そんなやりとりの後、みほは早速命令書の作成に取り掛かった。しばらくして全ての項目を記入し、作成が終わると優花里にルクリリとイェーガーを召喚するように指示した。優花里は二人を呼びに収容所と聖グロリアーナの駐屯地へ向かった。最初は二人とも配属を渋っていたが、処刑か配属かどちらかを選べというみほの脅しと、アインザッツグルッペンとしての任務は確実に遂行してもらうが、一般の隊員としてではなくそれなりの地位と権限を持つ幹部として迎え入れるので悪いようにはしないという説得に応じて渋々配属を受け入れた。幹部が3名編制され、必要ならばまた増やせばいいということになり、幹部以外の若狭をはじめとする一般隊員たちの兵士の編制が行われることになった。3人がかりで1日200人近くと面会し、聖グロリアーナから約半数の兵士たちをアインザッツグルッペンに配属させた。彼女たちの反応はまちまちだった。ある者は恐怖を感じていたし、ある者は絶望し、ある者はみほの悪魔の心に毒されてさらなる殺戮ができると配属を喜ぶ者もいた。みほはその様子を愉悦の表情を浮かべて眺めていた。ちなみに、収容所の囚人からも募集したところ、優花里の予想に反してAとB両グループのうち、全体の3分の2が応募した。優花里はせいぜい1割入隊すれば御の字だと思っていたが、彼女たちのほとんどが応募して来たのは意外だった。それだけ彼女たちは"生"に執着していたのだ。人間狩りで動物のように狩りたてられた彼女たちなら自らの手を血に染めてでも生き抜こうとする強い"生"への執着を見せるのはある意味自然かもしれない。だが、彼女たちは自らが遭わされた残虐非道な行為を他者に向けることを承諾したのだ。何度も任務を説明して再三本当にそれでいいのか尋ねてもそれで良いという。自分のためなら人をも踏み台にする人間の闇の部分だろう。もっとも、この極限状態では普通のことであり、日常茶飯事のことだ。昨日の友が今日の敵であることなどよくある話である。みほはそんなあさましい縞模様のパジャマを着た人間たちを蔑みの目で眺めていた。

さて、編制作業は1週間ほどで終わりを告げてアインザッツグルッペンの仮の運用が始まった。隊員たち全員にライフルとアインザッツグルッペン用の制服が支給された。皆、今まで身につけたこともない服に戸惑っていたし、囚人組に至ってはライフルなど手にしたこともないので戦々恐々としながら爆発物でも触るかのような慎重な手つきで落とさないように抱えていた。まずは、銃など扱ったことのない囚人組に銃の構え方から教えなくてはならない。優花里が懇切丁寧に教えて、ある程度できるようになった。一応、的にしっかり当てることができるかテストしてみたところ全員がど真ん中とはいかないにしても的のどこかには10発以内で当てることができるようになった。それを見計らって優花里はみほから運用開始の命令を受諾して本格的に運用が開始された。だが、運用が開始されたからといって最初から現場に投入されるわけではない。まずは、絶滅収容所での研修からだ。1週間ほど絶滅収容所の看守たちに殺戮のレクチャーを受ける研修用のプログラムが組まれた。そのプログラムというものは朝昼晩毎日まるで食事でもするかのように銃殺を行わせるというものだった。最初は皆、躊躇いなかなか引き金を引けなかったが3日もすれば慣れてしまって積極的に引き金を引いた。元囚人たちも自分が生き残るためならばと積極的に銃をとっていた。プログラムが終わる1週間が経つ頃にはアインザッツグルッペンのメンバー全員が躊躇うことなく囚人を銃殺できるようになっていた。彼女たちは残虐な悪魔の手先の処刑人となったのだ。彼女たちの優しい心は残虐な心に殺されてしまった。彼女たちは虐殺を愉しむサディストになっていた。彼女たちアインザッツグルッペンの悪名が全学園艦に知れ渡り恐怖のどん底に陥れるのはこの日からすぐのことである。さて、この殺戮を愉しむ集団となったアインザッツグルッペンはみほを大変満足させた。みほは嬉々としながらプログラム終了を通達し、出撃までしばらく待つように指示を出した。優花里はとりあえず研修が終わったことにホッとしつつも次の任務を考えて気を引き締めた。この間、みほに進言したことをみほが聞き届けてくれたならば、初戦は2週間以内のうちでアンツィオでの任務になるはずである。そうであるならば抵抗力もほとんどないずいぶん楽な任務地になりそうだ。優花里はライフルの銃口を磨きながらいつ出撃命令が出てもいいように怠ることなく備えていた。その頃、みほは着々とアンチョビをプロパガンダ映像に出演させる準備を整えていた。戦局は少しずつ動き出そうとしていたのだった。

 

つづく


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