血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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今日もアンツィオ編です。
よろしくお願いします。
そして、西住みほ殿!お誕生日おめでとうございます!
これからも大暴れしてください!
今日のお話には西住殿は登場しませんが、今日も楽しんでいってください!


第114話 アンツィオ編 拘束

静まり返った特別災害対策本部が設置されている教室で私は自らの席に腰掛けて手を机の上で組みながら大きなため息を吐き出した。先程から立ったり座ったりを繰り返し、どうも落ち着かない。いや落ち着けるはずがないのだ。知波単所属の零戦と思われる機体が学園艦に不時着ないしは墜落してから緊急出動をした風紀委員と消防団は30分もしないうちに見事、機体を見つけ出した。報告によると機体は中規模の損傷が見られる状態であるとのことである。では、その機体を操縦していたパイロットはというとものの見事に姿を消していた。どうやらどこかに逃走し隠れてしまったようだ。操縦席を捜索したが身柄がわかるものも全て持って逃走したようで手掛かりにつながるものは何一つ残っていなかった。とはいえ、そこまでは複数ある予想の範囲内だった。意識があるにも関わらずわざわざ敵の勢力範囲内にとどまりたいなどと思う者は余程の戦闘狂でない限りあり得ない。少しでも危険を忌避したいと思うのが人情だろう。私たちが敵を知らないように敵も私たちを知らないのだ。何をされるかもわからないのだから逃げるというのは当然の判断と選択である。では、逃げられたままでいいのかといえば当然そんなわけにはいかない。敵を学園艦にのさばらせたまま放置するというのは学園艦の秩序にも関わる大問題だ。何としても捕らえねばならない。不時着から機体発見までそこまで時間は経っていないことを考えると、恐らくまだ遠くには行っていないはずである。とはいえ、この学園艦は建物や道が入り組んで人1人を探すにしても至難の技だ。私は更に特別災害対策本部員のうち業務維持に必要な人員を残してその他全員を捜索に投入した。更に、裏道や隠れ場所などに精通しているジェノベーゼさんたちに道案内を依頼もして、ローラー作戦での捜索を行った。それでもなかなか見つからない。そして今、不時着から2時間は経とうとし、私は相変わらずソワソワと教室を行ったり来たりしていた。

 

「ふふふ。珍しいですね。落合さんがそんなにソワソワするなんて。」

 

私の珍しい姿に河村さんがクスクスと笑った。確かに、私は普段は事態を冷静に見つめて指示を出すことに長けている。それは戦車道でも同じことが言えた。でも、今回ばかりは私の心は大きく揺れる。とても冷静にはいられなかった。一刻も早く、住民に知られる前に身柄を確保しなくてはならない。それしか頭になかった。落ち着こうと思えば思うほど焦りがこみ上げてくるのである。私は河村さんにそう言われても部屋中を歩き回りながら言った。

 

「こんな時に落ち着けって言う方が無理な話ですよ。これだけ人員を費やしてもまだ見つからないなんて、一体どこへ!?」

 

私は焦りのあまり拳を机に叩きつけた。机の上にあったものがその衝撃で崩れ落ちる。河村さんは私のそばにやってきて落ちた物を拾い、机に戻すと穏やかに微笑んで私の両肩に手を載せながら言った。

 

「落合さん。焦ってはいけません。焦ってもどうにもならないことはどうにもなりません。冷静になって少し落ち着いてください。」

 

「そうですよね……私が一番落ち着いてないといけませんよね……それなのに私……すみません……」

 

「いえいえ、気持ちはわかりますよ。だって学園艦の秩序崩壊の危機ですからね。でも、多分大丈夫です。これだけの数で捜索すれば必ずすぐに見つかるはずです。どんなに逃げようとも結局は脱出不可能な孤島と変わりないんですから。」

 

その時だった。無線が入り、パイロットを発見したとの知らせが入った。無線の向こう側では怒号が飛んでおり、報告している風紀委員は息が上がっていた。しばらくして、不法侵入の現行犯で身柄を拘束したとの報告が入った。報告によると、パイロットには幸い怪我もなく無事であるとのことだった。私は住民たちに悟られないように迅速に風紀委員が管理している留置所まで連行するように指示を出した。無線を置き、私はホッとして河村さんを見ると河村さんはウインクしながらいたずらっぽく笑った。

 

「河村さんが言った通りになりましたね。」

 

「ほら、言った通りになったでしょ?」

 

河村さんは腕を組んで得意げな顔をしていた。

 

「はい。ひとまずは安心しました。あとは、住民に彼女の姿が見られてなければ良いのですが……では、留置所に行ってきます。これから取り調べとか色々と忙しくなりますね。」

 

私はそう言い残して街の一番はずれにある留置所へと向かった。

留置所に着くと、そこには沢山の風紀委員がいた。恐らく、パイロット発見の報を聞いて集まってきたのだろう。私はその中の一人に風紀委員長の稲村さんとの面会を求めた。すると、風紀委員は少し待つように言って稲村さんを呼んできてくれた。私は沢山の風紀委員たちをかき分けながら現れた稲村さんの姿を認めると駆け寄って今日の功労者に握手を求めた。

 

「稲村さん!ありがとう!本当にありがとうございます!身柄確保できてよかった!安心しました!」

 

私が手を差し出すと稲村さんも手を差し出して私の手を握ってくれた。

 

「私は私の仕事をしただけです。大したことはしてないわよ。」

 

恐縮する稲村さんの肩に私は手を載せて私は再び労いの言葉をかけた。

 

「いいえ。そんなことはありません。パイロットに怪我をさせずに身柄を無事確保するというのはやはりさすがだと思いますよ。日頃の訓練の賜物ですね。本当にありがとうございます。」

 

「過分な評価、ありがとうございます。そう言っていただけるとみんなの士気も上がります。」

 

私はにこりと微笑みをたたえると稲村さんも嬉しそうに笑っていた。その後、私は実際に身柄を確保し、パイロットの手首に実際に手錠を掛けた風紀委員に面会し、その風紀委員にも労いの言葉をかけて、その功績を称えた。留置所前に集まっていた他の風紀委員にも一人一人声をかけて労をねぎらい、しばらく休憩したらそれぞれの持ち場に戻るように指示を出した。私はしばらくその様子を眺めていたがやがて一人また一人と持ち場に戻っていき留置所前には私と稲村さんの二人が残された。私の顔はいつのまにか再び仕事の顔に戻っていた。私は深く息を吸い込むと稲村さんの方に向き直った。

 

「稲村風紀委員長、早速なんですが、パイロットの取り調べのために面会を要請します。よろしいですか?」

 

「ええ、もちろんです。落合本部長。こちらへどうぞ。」

 

稲村さんは守衛に門を開けるように指示を出した。私は稲村さんに先導されながら留置所の中に入った。留置所など始めて入るが、テレビで見た警察の施設のようなかなり本格的なつくりをしていた。今後一切ここにお世話になりたくないものだ。廊下に2つの靴音を響かせながら、一番奥の取調室に案内された。部屋はまさに取調室というような雰囲気で部屋の真ん中に机と椅子がセットで置いてあり部屋の入り口付近にもう一つ調書作成用の机が置いてあった。稲村さんは今回の事件で拘束した少女の写真付き資料を手渡してしばらく待つように言った。しばらくすると、3つの足音が近づいてきて、取調室の前で止まる。ガチャリとドアが開く音がして、黒い袋を被らされて手錠と腰縄をされた小柄な人物が稲村ともう一人留置所職員に連れられて入ってきた。私はそのあまりに奇妙な姿にぎょっとしながら少し体をピクリと震わせた。留置所職員はパイロットの頭に被せられた袋と手錠を外すと彼女を私の対面の椅子に着席させ、腰縄を椅子に結んだ。彼女は凛とした表情をして真っ直ぐ射抜くような鋭い瞳で私を見ている。私は竦み上がるような気分になったが、気を取り直して口を開いた。

 

「東田信子さんですね?」

 

私は資料にあった名前を読みあげた。すると、5秒ほど沈黙の後、彼女は頷いた。

 

「はい。」

 

「わかりました。では、今から取り調べを始めます。あなたには憲法第38条に基づいた黙秘権があります。供述したくないことはしなくても構いません。まずは、簡単な質問から始めます。歳はおいくつですか?」

 

「15歳です。」

 

「15歳……高校1年生ですか?」

 

「はい。」

 

「所属は?」

 

「第二知波単艦上戦闘機航空隊です。」

 

「そうですか。ありがとうございます。では、拘束容疑ですが、あなたには学園艦艦長及び学園艦首長の許可を得ていないにも関わらず、学園艦上空に飛来し、不当に学園艦に着陸し不法な乗艦を行なったものである。という乗退艦管理法違反の容疑がかかっています。この容疑については認めますか?」

 

「はい。認めます。」

 

東田信子という少女は案外あっさりと容疑を認めた。黙秘をするものだと思っていたが、質問にも素直に応じた。彼女に対する印象は真面目そのもので私の中で印象はとても良くなった。次に、もはや分かりきった話だがなぜ不法侵入をしたのか動機を聞き出そうと口を開いた。

 

「では、なぜ不法侵入などしようと思ったのですか?」

 

「アンツィオ付近を飛んでいて零戦の発動機が故障し、どうにもならなくなって……止むを得ず……」

 

「そうですか……大変でしたね……では、なぜアンツィオ付近を飛行していたのですか?」

 

この質問をした瞬間、今まで素直だった東田さんが変わった。

 

「それは………黙秘します……」

 

予想通りの反応だった。やはり、事件の核心をつくことは供述しにくいようだ。だが、今すぐ無理やり自白させる必要もない。東田さんとは気長に勝負しようと決めて今日は取り調べを終わりとすることにした。私は一度大きく伸びをして姿勢を正す。

 

「黙秘ですか。分かりました。構いませんよ。あなたの権利ですから。今日はいろいろなことがあって疲れたでしょう?まだまだ日数はありますし、1日目の取り調べはこれで終わりにします。供述調書に目を通して間違いがないかよく確認して署名捺印してください。」

 

東田さんに調書を差し出すと彼女は調書を確認して署名捺印した。私は稲村さんともう一人の風紀委員に目で合図すると、東田さんは再び袋を頭に被せられ、手錠をされて再び独房へと連行されていった。

私は、取り調べが終わってもしばらく取調室に残っていた。稲村さんと重要な話をするためだ。しばらくすると稲村さんが戻ってきた。私は稲村さんに声をかけて再び取調室へと招く。

 

「取り調べお疲れ様、落合さん。」

 

取調室に再び入室した稲村さんが私をねぎらう。

 

「いえ、東田が素直に応じてくれたのでそこまで大変ではありませんでしたよ。さて、風紀委員長の稲村さんにお願いがあります。東田信子は、現在不法侵入の罪で拘束されていますが、本来私たちが追及すべきはそこではありません。彼女には人道に対する罪、無差別大量殺人の罪の疑いがあります。勾留期間の20日以内に捜査して証拠を見つけ、再拘束し何としても私まで送致してください。私は体制を整えて待っています。あなた達は捜査のプロです。期待しています。」

 

私も稲村さんを労いつつ稲村さんの瞳を真っ直ぐに見つめて稲村さんに協力を要請した。すると、稲村さんは自信ありげに胸を張る。どうやら、"捜査のプロ"という言葉が効いたようだ。

 

「任せてください!必ず証拠を見つけてみせるわ。風紀委員の誇りにかけて。」

 

「よろしくお願いします。後もう一つ。今回の件で正式な司法組織を整えなくてはいけません。風紀委員からも数人検察官役を出していただきたいので、捜査や業務に差し支えのない範囲内で人材提供をお願いします。」

 

「わかりました。早速人員の選定を開始します。」

 

稲村さんの言葉に私は深く頭を下げると取調室を出て対策本部に戻り早速、総務班長の依田さんに司法組織の準備を行う法務班を総務班内でもともと司法関係の仕事をしていた法務係から格上げ、独立させて設置する旨を通達し、その日のうちに辞令書を仕上げて法務係長平沼美月さんに手渡して法務班を設置させた。そして、平沼さんら法務班に現行の学園艦における犯罪の刑罰に関する諸法といまだに廃止されることなく残っている戦時中につくられた戦争犯罪に関する法の研究を指示した。平沼さんは早速本棚の中から学園艦法令集を引きずり出して法務班の班員たちとともにページをめくる。私も法務班に付き合って学園艦法令集のページをめくって関係諸法を探していた。だが、この法令集は学園艦に関する全ての法令が収録されている。学園艦における犯罪に関する諸法は学園艦六法に収められているからすぐに見つけられたが、戦争犯罪に関する法については全30巻に及ぶ法令集の中に収録されている膨大な法令の中の一つでなかなか見つけられない。更に学園艦六法はしっかりと目次付きでまとめられているが、この法令集はただ集約しただけで目次などがつけられていない。流石はルーズなアンツィオといえる。きっとまとめるのが面倒くさくて途中でやめてしまったのだろう。アンツィオ生であるからあまり先輩の悪口など言いたくないがアンツィオの体質には本当に呆れる。何度も大きなため息をついては何冊も法令集を開いて目で法文を追っては閉じてを繰り返し、夜9時ごろになってようやく関係法である"戦時法"が見つかった。私は大きく伸びをして一際大きなため息をつき、その法令の条文を読み始めようと思った時だった。突如として誰かが飛び込んできた音が聞こえてきた。

 

「落合さん!大変です!」

 

私は突然の大声に驚いて身体をピクリと震わせた。声が聞こえてきた方を見ると河村さんが息を切らせながら真っ赤な顔をして立っていた。手には新聞紙らしきものが握られている。

 

「そんなに慌ててどうしたんですか?」

 

河村さんは私の机の側に大きく肩を揺らしながら近づくと思い切り手に持っている新聞紙らしきものを私の机に叩きつける。その時起きた風で机の上にあった法令集のページが数枚パラパラと捲れた。

 

「これを見てください!こんなものが出回っているようです!」

 

それは、新聞部が作成した号外新聞だった。それだけなら何ら問題はなかったかもしれない。しかし、問題はその内容だった。

 

「そんな……うそ……何で……」

 

私は言葉を失った。その新聞には大きく見出しに"敵機墜落!ざまを見ろ!搭乗員を拘束!"と書かれており、戦車演習場に不時着した零戦の機体と風紀委員に連行される東田信子の姿が写っていた。河村さんは苦虫を噛み潰したような顔で拳を机に叩きつける。

 

「やられました!すっぱ抜かれました!」

 

「でもどうして……?まさか誰かが情報を漏らしたの……?」

 

私が青い顔をして尋ねると河村さんはきっぱりとと否定した。

 

「それはあり得ません……恐らくこの写真を見る限り隠し撮りされたものです……相手は取材のプロのはずなのに……甘く見てました……」

 

河村さんはがっくりと項垂れる。私も唇を噛みながら手を震わせて新聞のページをめくった。一体他のページにはどんなことが書かれているのだろう。怖いもの見たさに近い感覚で私はページをめくっていた。他のページには彼女が犯した罪が列記されており、その中にこんな文字が踊っていた。"非道!無差別大量殺人、最高刑は死刑"更に論説の欄には"特別災害対策本部は搭乗員の首を括れ!"と敵愾心と搭乗員処刑の世論を殊更に煽る内容だった。恐れていた事態が起きてしまったのだ。

市民が暴徒と化す可能性がある。私は風紀委員に対して直ちに武装の上、緊急出動を指示した。だが、風紀委員の目をかいくぐり不吉な足音は静かにひたひたと近づいていることをまだ私たちは知らなかった。

 

つづく


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