血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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第117話 アンツィオ編 されど進まず

「会議は踊る、されど進まず。」これはフランス革命とナポレオン戦争後のヨーロッパ秩序再建と領土分割を目的として行われたウィーン会議で各国の利害が衝突してなかなか進捗しない状況を評して言われた言葉であるが、あの忌々しいビラが知波単の航空機から撒かれた後、私が招集した緊急会議も同じことが言えるかもしれない。もちろん、この会議の参加者にはお互いの利権とやらは存在しないが、まさにウィーン会議のように全くもって進捗しなかった。今回の会議の論点は二つであった。一つ目はドゥーチェの救出、そして二つ目がアンツィオがこの先進むべき道についてである。この二つの論点で私たちは激しく対立し緊急会議は休会と開会が幾度も繰り返されて6日間続くことになる。それこそ早朝から深夜までである。緊急会議のはずだったのに、かなりの時間を要したことはまさに皮肉な結果と言えるだろう。特に今回の緊急会議において激しく対立したのは風紀委員長の稲村さんと学園艦艦長の工藤さんである。その二人に便乗する形で私たちも二人の意見にそれぞれ分かれて対立したのである。稲村さんは零戦パイロット拘束が露呈した際に起きた凄惨な暴動以上に激しい暴動と混乱が起きる懸念と今まで無差別攻撃を受けてきた現状を鑑みて降伏は大洗反乱軍による大量虐殺をもたらす可能性を指摘し、功利主義の立場に立ってみんなの為に一人、即ち捕らえられているドゥーチェを犠牲にしての徹底抗戦を主張した。それに対して工藤さんは倫理的にこれ以上の犠牲は出すべきではないとして一人でも絶対に救うべきであるとし、その為には降伏するしか道はないので当然、降伏するべきであると主張した。また、大量虐殺の懸念については工藤さんには妹が知波単で学園艦副長の立場におり、知波単の上層部とのコネクションは交渉次第であるが比較的簡単に持てるのでそこから大洗反乱軍幹部との交渉チャンネルも開けるはずであるとの見解を示した。更に、例え徹底抗戦をするにしてもどのように抗戦をするのかということを指摘した。敵は航空戦力を使った無差別爆撃及び機銃掃射を主としてこの学園艦を攻撃している。その攻撃に対抗するすべは航空戦力もこの学園艦には存在しないし、戦車も航空戦力には無力としてもはやこの学園艦には無いということを強く主張した。この二人の意見はそれぞれが至極真っ当な意見であったのでどちらか片方に偏ることはなく二人の意見にちょうど半分ずつ支持が割れたのであった。稲村さんの意見には法務班長平沼さん、保健衛生班長石井さんら総務班長の依田さんが、工藤さんの意見には広報班長の河村さん、調査班長の田代さん、そして私も徹底抗戦よりも穏健派の立場にいるので工藤さんの意見を支持した。軍隊にもなりうる戦車部隊を率いる副隊長の位置にある人物なのに珍しいと思われるかもしれないが、私は基本的には争いごとを好まない。ましてや殺し合いなんてもってのほかだ。こんな無意味な戦争は一刻も早く終わらせたいというのが私の本音である。今回の対立を良い意味で捉えれば、穏健派と強硬派の意見バランスが取れていると言えるのだろうが、今回ばかりは都合が悪いことこの上ない。決議の投票権を持つ特別災害本部の職員たちが偶数であることと穏健派と強硬派がそれぞれ同数であったことが災いした。その結果泥沼の論戦が6日間続いたのだ。誰も先の見えない暗闇の中でそう簡単に物事を進められない。誰もが答えを探し続けてもがき苦しんでいた。特に今回はアンツィオ生が皆殺しになるかどうかということが頭にあるから尚のことである。議論は平行線をたどり続けて、全く終わりが見えない。同じような議論が繰り返されて誰もが疲れ切っていた。これ以上議論を重ねても仕方がない。このような前にも後ろにも進めないどうしようもない事態になった場合、私には取れる選択肢が二つあった。 一つは風紀委員長、法務班長、総務班長の職を特別災害対策本部長の職権を基に解任し、私がそれらの職を一時的に兼任して採決を強行する方法である。しかし、私はなるべくならその方法はとりたくなかった。今、風紀委員や法務班、そして総務班と事を構えて彼女たちの怒りを買うのは得策ではない。これから先も彼女たちの協力が何かと不可欠だ。特に懸案である戦犯容疑者東田信子の身柄を押さえているのは他でもない風紀委員である。報復措置として協力を拒まれたら大変困る。さらに言えば相手は治安組織であるから恨みを買えば風紀委員によるクーデターで私自身が拘束される可能性も否定できない。特に今回クーデターが起きれば私の身の安全は恐らく保障されないだろう。なぜなら、比較的簡単な手続きで即決裁判から処刑という一連の流れの前例を他ならない私が作ってしまったからである。今回もしクーデターが起きたとしたら決して例外ではないだろう。一応のトップである私を殺すことで風紀委員は権力掌握を企むかもしれない。また、法務班も係から班に格上げした時に新しく職権として拘束権を与えた関係上、同じくクーデターの懸念があるのであまり敵に回したくはない。革命やクーデターとはそういうものである。また、総務班も拘束権は無いものの重大な任務を担っており、復旧復興に不可欠な存在である。とにかく今は6日間ロスした分、少しでも前へ私たちが為すべきことを進めなければならない。こんな非常時にクーデターや協力拒否など愚かなことであるが、それが起きることがわかっていてわざわざ実行して防げるものを防がない方がもっと愚かであろう。そんな愚か者に私はなりたく無い。ならば、罷免及び強行採決以外の方法を取るしか無い。しかも、互いの面子を潰さないようにする方法はただ一つしかない。それは、別の会議の潤滑油になるような意見を出すことである。至極簡単な答えだがそれが一番良いのだ。私は議長ではあるものの発言をするために手を挙げた。

 

「あの、皆さん。よろしいですか?一つ提案なのですが、ここは降伏するしないということを無しにして一度相手の話を聞いてみるっていうのはどうでしょうか?交渉をするとだけ返事して実際に受け入れるかどうかはそれから判断しても遅くはないと思います。」

 

その提案に対して、真っ先に懸念を示したのは工藤さんだった。工藤さんはサッと素早く手を上げて立ち上がる。

 

「確かに、その意見はいい意見だと思うけど、あのビラには"降伏しろ"と書かれていたんでしょう?敵がそんな曖昧な態度で受け入れてくれるかしら?」

 

私は少し考えてから工藤さんの懸念に対して答えを示した。

 

「確かに、敵のビラには降伏勧告が書かれておました。でも、敵もそんなに一筋縄で行くとは思わないでしょう。今までの歴史上どんな戦いでも交渉くらいは行われるものです。もちろん、敵が占領して徹底的に街を破壊しようと思わない限りですが……でも、こうしてビラを投下して降伏を促しているということは少なくとも何かしらの交渉をする気があるということだと思います。する気がないなら全て焼き尽くし破壊すればいいだけの話ですから。」

 

工藤さんは私の答えに納得し、私の意見に賛同してくれた。他の皆も私の提案を歓迎してくれた。皆もこの長すぎる6日間に及ぶ議論に辟易していたようである。私の提案した案を採用ということであっという間に話はまとまった。あの、長い対立が嘘のように丸く収まり会議はようやく閉会した。閉会した頃にはもう外は暗くなっていた。これまでずっと会議が続いて明らかに皆疲れた表情をしていた。これでは良い仕事ができないことは誰の目から見ても明らかだ。このような非常時でも休息は必要である。私は皆に今日はもう休むようにと指示をした。皆、ようやく終わりを告げた会議にホッとして各々休息を取っていた。私はそんな皆の様子を微笑みながら眺めていたがやがて回答方法の確認のためにあの忌々しいビラをもう一度眺めた。ビラによるとモルース符号により回答せよとあった。ただ、敵も自らの空襲で無線通信機器を破壊したことはよく理解しているようで時間が指定してありその時間に知波単の航空機を北東方面に飛ばすので回光通信機による回答をせよと求められた。その回答時間は明日の21:00とあった。それまではしばらく休める。そう思っていた矢先のことであった。私の元に一人の来客があった。

 

「失礼します。稲村風紀委員長と落合本部長はいらっしゃいますか?」

 

私を訪ねてきた者は私の記憶が正しければ風紀委員で戦犯捜査の担当をしていたはずである。何かを予感して私は少し身構えながら応対した。

 

「はい。何でしょうか?」

 

彼女は私に近づいて徐に口を開いて耳元で囁いた。

 

「例の件ですが……証拠が上がりました。至急、風紀委員の本部に来ていただけませんか?確認してもらいたいことなど諸々あるので。」

 

私はハッと目を見開いて稲村さんと平沼さんに目配せをした。稲村さんと平沼さんは私の言わんとしていることを察して頷く。

 

「わかりました。すぐ行きます。稲村さん、平沼さん行きましょう。」

 

私と稲村さんと平沼さんは戦犯捜査担当の風紀委員に連れられて風紀委員の本部へと向かった。本部には捜査を担当した警察でいう刑事に当たる風紀委員が何人もいた。私たちが到着すると集めた数々の戦争犯罪の証拠が入った段ボール箱を私に手渡しながら言った。

 

「これだけの証拠を集めました。東田が戦争犯罪、民間人への無差別攻撃とそれに付随する大量殺人を犯したことは明白です。戦犯容疑で拘束命令状を請求します。」

 

「わかりました。拘束命令状の審理を開始します。発行までしばらくお待ちください。」

 

私は別室で平沼さんと審理を開始した。集められた様々な証拠の確認を行った。「わかりました。」とは言ったものの私はあまり風紀委員の言葉を信用してはいなかった。どこか頭の中で信じたくなかったのだと思う。私は取り調べの中で東田信子という人物が本当は優しくとても真面目な人物であることはわかっていた。だからどこかで彼女は空襲を実行した機体ではなく戦果確認機として搭乗していたのではないかと思いっていた。だからこそ、証拠が入った段ボール箱から見つけた一枚の写真はかなりこたえた。それは一機の零戦が機銃を撃ちまくっている様子を写した写真であった。そこに写っていた零戦の機体番号、それは紛れもなくあの不時着した零戦、東田信子の機体だった。信じたくはなかったがやはり東田は戦犯だったのである。私の頭の中に零戦の機銃で街や人を撃ちまくる東田の姿が浮かぶ。もちろんきっと彼女も心の中ではこんなことしたくないと思っていたはずだ。しかし、いくら命令だったとはいえここまで証拠が揃っているならもはや発行しないとは言えない。私は、東田信子の戦犯容疑での拘束命令状発行を決めた。私は重い心持ちで拘束命令状に私の名前を署名し、法務班の平沼さんも署名した。そして私はそれを持ち、発行を請求した風紀委員に拘束命令状を手渡す。

 

「東田信子の戦犯容疑での拘束命令状の発行を許可します。東田を戦犯容疑で再拘束してください。」

 

ついに東田の戦犯容疑が確実に固まった。これから始まる不幸な取り調べと裁判、そしてその先にあるものは私にとって過酷なものになると予想される。気を強く持とうと自分の心に言い聞かせていた。

 

つづく

 


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